第八話 この気持ちは、何なのだろう
それから数日。
レオとリズは、変わらず一緒に依頼を受けていた。
けれど――。
二人の間には、以前とは少し違う空気が流れていた。
「レオ、これ」
「ん?」
ギルドのテーブル。
リズが自分の皿からパンを一つ取って、レオへ差し出す。
「朝、食べてないでしょう?」
「……どうして分かった?」
「顔を見れば分かるわよ」
「そうか?」
「そうよ」
レオはパンを受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それだけのやり取り。
なのに――。
リズは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
最近、こういうことが増えた。
レオのことが、妙に気になる。
怪我をしていないか。
疲れていないか。
ちゃんと食事をしているか。
依頼から帰ってくると、無事な姿を見て安心する。
「……」
リズは自分の胸元に手を当てた。
どうしてだろう。
ただの仲間なら、ここまで気にならないはずだ。
「リズ?」
「え?」
「どうした?」
「何でもない」
「そうか?」
「うん」
慌てて手を下ろす。
レオは少し不思議そうに見ていた。
◇
その日の依頼は、街から少し離れた村への護衛だった。
村へ向かう途中。
リズが突然足を止めた。
「ねえ」
「どうした?」
「あそこ」
道の脇に、小さな花が咲いている。
白い花。
風に揺れている。
「綺麗……」
リズがしゃがみ込む。
「こういう花、好きなのか?」
「うん」
「知らなかった」
「言ったことなかったもの」
リズは花を見つめる。
「小さい頃から好きなの」
「そうか」
レオはその花を眺める。
「じゃあ、覚えておく」
「……え?」
「お前が好きなものだろ」
リズが顔を上げる。
「……覚えておくの?」
「ああ」
何でもないように答える。
リズは胸が熱くなるのを感じた。
「……ありがとう」
小さく笑う。
レオはその笑顔を見て――。
「……」
言葉が出なかった。
綺麗だと思った。
いつもの笑顔よりも。
ギルドで見せる笑顔よりも。
ずっと。
「……レオ?」
「あ、いや」
慌てて視線を逸らす。
「何でもない」
レオの耳が少し赤くなっている。
それに気づいたリズも、顔を赤くした。
◇
村での依頼は順調に終わった。
帰り道。
空が赤く染まり始める。
「綺麗ね」
リズが空を見る。
「ああ」
「こういう景色、好き?」
「……悪くない」
「ふふ」
リズが笑う。
「あなたって、本当に何でも『悪くない』なのね」
「そうか?」
「そうよ」
「じゃあ……」
レオは少し考える。
「好きだ」
「……え?」
「この景色」
レオが空を見る。
「好きだと思う」
「……そう」
リズは少しだけ嬉しくなった。
「私も好き」
二人並んで歩く。
しばらく会話はなかった。
けれど、その沈黙は気まずくなかった。
むしろ心地よかった。
◇
帰り道の途中。
突然、雨が降り始めた。
「えっ」
リズが空を見る。
「雨……?」
ぽつぽつと降り始めた雨は、すぐに本降りになった。
「走るぞ」
「うん!」
二人は近くの岩陰へ駆け込む。
「濡れた……」
リズが髪を払う。
赤い髪から水滴が落ちる。
「風邪を引くぞ」
レオが自分の外套を脱ぐ。
「これを使え」
「え?」
「羽織っておけ」
「でも、あなたが濡れるじゃない」
「俺は平気だ」
「……」
リズは外套を受け取る。
肩にかける。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
二人の距離が近い。
雨音が周囲を包む。
他には誰もいない。
「……ねえ、レオ」
「なんだ?」
「あなたって……優しいのね」
「そうか?」
「うん」
リズは外套を握る。
レオの匂いがする。
それに気づいた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
「……っ」
「どうした?」
「何でもない!」
慌てて顔を逸らす。
レオは首を傾げる。
けれど、彼自身も落ち着かなかった。
近い。
いつもより。
リズの顔が近い。
濡れた赤い髪。
頬。
緑色の瞳。
「……」
レオは慌てて視線を逸らした。
「……俺も、変だな」
自分でも分からなかった。
なぜこんなに緊張するのか。
◇
雨が止んだ。
「そろそろ行くか」
「うん」
二人は岩陰から出る。
しばらく歩く。
やがて、街が見えてきた。
「じゃあ、また明日」
「うん」
別れる。
レオは宿へ戻った。
部屋に入る。
ベッドに腰掛ける。
「……」
今日一日を思い出す。
花。
夕焼け。
雨。
そして――。
リズ。
「……」
レオは自分の胸に手を当てる。
心臓が、まだ少し速い。
「俺は……」
その先が言えない。
けれど、一つだけ分かる。
「リズといると……楽しい」
そして。
「……もっと一緒にいたい」
その気持ちが、日に日に大きくなっている。
◇
一方。
リズも宿へ戻っていた。
ベッドの上。
借りた外套を膝に置いている。
「……明日、返さないと」
そう呟く。
けれど――。
もう少しだけ借りていたい。
そんなことを考えてしまう。
「……私」
リズは顔を枕に埋める。
「レオのこと……好きなのかな」
口にした瞬間、顔が熱くなった。
しばらく動けない。
やがて顔を上げる。
「……でも」
自分には婚約者がいる。
家が決めた婚約。
まだろくに会ったこともない相手。
「……」
そのことを思い出すと、胸が痛んだ。
もし本当にレオを好きになってしまったら。
この先、どうすればいいのだろう。
それでも――。
「……会いたい」
明日も。
明後日も。
もっと。
もっと一緒にいたい。
リズは自分の胸を抱きしめる。
◇
そしてレオもまた。
同じ夜、自分の胸に芽生えた想いを持て余していた。
「……好き、なのか」
まだ、その言葉を口にする勇気はなかった。
だが――。
すでに二人の心は、互いを特別な存在として見始めていた。




