第七話 知らない顔
それから、二週間ほどが過ぎた。
レオとリズは、ほとんど毎日のように一緒に依頼を受けるようになっていた。
魔物討伐。
護衛。
薬草採取。
時には荷物運びまで。
依頼の種類は様々だった。
いつの間にか、ギルドでも二人が一緒にいることは珍しくなくなっていた。
「おはよう、レオ」
「ああ。おはよう、リズ」
朝、ギルドで顔を合わせる。
「今日は何にする?」
「昨日見つけた依頼がある」
「どれ?」
「これだ」
レオが依頼書を見せる。
リズが隣から覗き込む。
「街道の護衛?」
「ああ。三日間だ」
「三日……」
リズが少し考える。
「いいわね」
「そう思うか?」
「うん」
自然なやり取り。
以前なら、こんなふうに誰かと予定を相談することなどなかった。
今では、それが当たり前になっている。
レオ自身も、その変化に気づいていた。
そして――。
嫌ではなかった。
むしろ。
「……こういうのも悪くないな」
小さく呟く。
「何か言った?」
「何でもない」
「変なの」
リズが笑う。
レオも笑った。
◇
三日間の護衛依頼。
一日目は何事もなく終わった。
二日目も順調だった。
そして三日目。
「……止まって」
リズが突然言った。
「どうした?」
「何かいる」
レオも足を止める。
前方の森。
風が吹く。
木々が揺れる。
だが――。
鳥の声がしない。
「……魔物か」
「たぶん」
レオが剣に手をかける。
「護衛対象を下げろ」
商人たちが馬車の後ろへ移動する。
次の瞬間。
森から魔物が飛び出した。
「来る!」
リズが叫ぶ。
レオが前へ出る。
魔物の爪を受け流す。
その隙に、リズが魔法を放つ。
炎が魔物を包む。
「一体!」
「まだいる!」
左右から二体。
「右は任せて!」
「左は俺が!」
二人が同時に動く。
レオが一体を斬る。
リズがもう一体を魔法で吹き飛ばす。
だが――。
「……っ!」
さらに奥から魔物が現れた。
今までのものより一回り大きい。
「これは……」
レオが息を呑む。
「強そうね」
「無理はするな」
「あなたもね」
魔物が咆哮する。
大地が震える。
「来る!」
レオが前へ出る。
魔物の腕を受け止める。
「ぐっ……!」
重い。
剣で受けるだけでは押し切られる。
「レオ!」
リズが魔法を放つ。
魔物が怯む。
レオがその隙に斬り込む。
だが――。
魔物が尻尾を振り回した。
「危ない!」
リズがレオを突き飛ばす。
「――っ!」
代わりにリズが吹き飛ばされた。
「リズ!」
地面に叩きつけられる。
「……大丈夫か!」
「……平気」
立ち上がろうとする。
だが――。
「……っ」
足を押さえる。
「無理するな」
「まだ戦える」
「足を怪我してる」
「あなた一人じゃ危ないでしょ」
「それでもだ」
レオはリズの前に立った。
「ここからは俺がやる」
「でも――」
「任せろ」
その声には、いつもの冷静さがなかった。
必死だった。
リズは一瞬、言葉を失う。
「……分かった」
リズは下がる。
レオが魔物を見る。
「……来い」
◇
戦闘は激しかった。
魔物の攻撃は重い。
レオの腕が痺れる。
何度も吹き飛ばされそうになる。
それでも退かない。
リズが後ろから魔法で援護する。
「左!」
「分かってる!」
魔物が振り下ろした腕をかわす。
リズの魔法が直撃する。
魔物が怯む。
レオが踏み込む。
「――終わりだ!」
剣が魔物を貫いた。
巨体が崩れ落ちる。
静寂。
「……はぁ」
レオはその場に膝をついた。
「レオ!」
リズが駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ……」
レオは息を整える。
「お前こそ」
「私は……」
リズは足を見る。
痛みはある。
けれど動ける。
「大丈夫」
「そうか」
レオが安心したように息を吐く。
「……よかった」
その一言。
リズの胸が、少しだけ高鳴った。
「……レオ」
「なんだ?」
「どうして……」
言葉が止まる。
「どうして、そこまで私を心配するの?」
「……」
レオも答えられない。
なぜだろう。
仲間だから。
相棒だから。
そう言えば済む。
けれど――。
それだけではない気がした。
「……大切な相棒だからだ」
結局、そう答えた。
「……そっか」
リズは小さく笑った。
けれど、その笑顔はいつもと少し違った。
◇
宿へ戻った夜。
リズはベッドに腰掛けていた。
昼間のことを思い出す。
『よかった』
レオの声。
あの時の顔。
自分が怪我をしたことを、本気で心配していた。
「……大切な相棒」
その言葉を口にする。
胸が少し痛い。
嬉しい。
けれど――。
なぜか、少しだけ寂しい。
「……私、何を考えてるの?」
リズは胸元に手を当てる。
心臓がいつもより速く動いている。
まさか。
そんなはずはない。
自分は恋をするために冒険者になったわけではない。
婚約から逃げてきただけ。
「……なのに」
どうして。
あの人のことを考えると、こんな気持ちになるのだろう。
◇
同じ頃。
レオも宿の部屋で一人、椅子に座っていた。
「……大切な相棒、か」
自分で言った言葉を思い出す。
リズが怪我をした瞬間。
頭の中が真っ白になった。
自分が傷つくことは、それほど怖くなかった。
だが――。
リズが傷つくのは嫌だった。
もし、あのまま彼女が動けなくなっていたら。
もし、もっと酷い怪我をしていたら。
「……考えたくない」
胸の奥が締め付けられる。
レオは目を閉じた。
「俺は……」
そこで言葉を止める。
その感情に名前をつけるのが、怖かった。
◇
翌朝。
ギルドで二人は顔を合わせた。
「おはよう」
「おはよう、レオ」
「足は?」
「もう大丈夫」
「本当に?」
「本当よ」
リズが笑う。
レオも笑う。
いつも通りの朝。
いつも通りの二人。
けれど――。
昨日までとは、少しだけ違っていた。
互いを意識するようになっていた。




