第六話 知らなかった一面
翌朝。
レオはいつもより早く目を覚ました。
「……まだ早いか」
窓の外を見る。
朝日が昇ったばかりだった。
普段なら、もう少し眠っていてもいい時間だ。
なのに、今日は目が覚めてしまった。
「……」
ベッドから起き上がる。
顔を洗い、着替える。
剣の手入れをして、荷物を確認する。
そして――。
「……行くか」
まだギルドが開いたばかりの時間だった。
宿を出る。
歩きながら、ふと気づく。
「俺、楽しみにしてるのか?」
昨日。
リズと別れるときに言った。
『また明日』
その言葉が、頭から離れなかった。
レオは小さく笑う。
「……変な感じだな」
これまで、一人でいることが好きだった。
誰かと行動を合わせる必要もない。
自分の好きな時に依頼を受け、自分の好きな時に休む。
それが気楽だった。
けれど今は――。
「……リズ、いるかな」
無意識に足が速くなっていた。
◇
冒険者ギルド。
扉を開ける。
まだ人は少ない。
掲示板を見る。
そして――。
「あ」
いた。
赤い髪。
昨日と同じ場所で、依頼書を眺めている。
リズもレオに気づいた。
「あ、レオ」
「おはよう」
「おはよう」
たったそれだけ。
なのに、二人とも少し笑った。
「早いわね」
「そっちもな」
「昨日、早く寝たから」
「俺もだ」
「……」
「……」
二人とも、なぜか少し照れくさい。
それをごまかすように、リズが掲示板を見る。
「今日はこれなんてどう?」
一枚の依頼書を指差す。
「薬草採取?」
「そう」
「戦闘はないぞ」
「いいじゃない」
リズが笑う。
「たまにはゆっくりするのも」
「……確かに」
レオは頷いた。
昨日までなら、戦闘のある依頼を選んでいただろう。
だが今日は――。
「これにするか」
「うん」
二人で受付へ向かった。
◇
目的の森。
今日は魔物討伐ではない。
森の奥に生えている薬草を採取するだけ。
「この辺りにあるはずよ」
リズがしゃがみ込む。
「どれが薬草なんだ?」
「……知らないの?」
「俺は剣士だからな」
「昨日、魔法も使えるって言ってたじゃない」
「魔法と薬草は別だろ」
「それもそうね」
リズが笑う。
そして、一つの草を摘み取る。
「これ」
「それが?」
「薬草」
「普通の草にしか見えない」
「よく見れば違うわよ」
リズが葉を見せる。
「葉の裏に白い線があるでしょう?」
「……本当だ」
「覚えておいて」
「分かった」
二人で薬草を探す。
戦闘がないため、自然と会話が増える。
「ねえ、レオ」
「なんだ?」
「どうして冒険者になったの?」
レオの手が止まる。
「……」
「嫌なら答えなくてもいいけど」
リズは無理に聞こうとはしなかった。
レオは少し考える。
「自由になりたかった」
「自由?」
「ああ」
それだけ答える。
リズはしばらく黙った。
「……私も」
「え?」
「私も、自由になりたかったの」
今度はレオがリズを見る。
「何かあったのか?」
「まあね」
リズは苦笑した。
「家のこととか」
「……そうか」
「それ以上は秘密」
「分かった」
それ以上聞かなかった。
けれど、不思議とそれだけで十分だった。
二人とも、似たような理由でここにいる。
その事実だけで、少しだけ距離が近くなった気がした。
◇
昼。
森の中で昼食を取る。
リズが包みを開いた。
「サンドイッチ、食べる?」
「いいのか?」
「一人じゃ食べきれないから」
「じゃあ、もらう」
レオが受け取る。
一口食べる。
「……うまい」
「本当?」
「ああ」
「よかった」
リズが嬉しそうに笑う。
「料理するのか?」
「少しくらいはね」
「意外だな」
「どういう意味?」
「冒険者だから、料理なんてしないと思ってた」
「偏見よ」
「そうか?」
「そうよ」
リズが頬を膨らませる。
レオは思わず笑った。
「……何?」
「いや」
「笑った?」
「笑ってない」
「今、絶対笑ったでしょ」
「気のせいだ」
「もう」
リズが笑う。
レオも笑う。
森の中に、二人の声が響いた。
◇
午後。
薬草採取を終えた。
「これで依頼は終わりね」
「ああ」
レオが袋を見る。
「結構採れたな」
「報酬も悪くないでしょう」
「そうだな」
二人は帰路につく。
その途中。
小さな川があった。
水が澄んでいる。
リズが足を止めた。
「綺麗……」
「そうだな」
「ちょっと寄っていかない?」
「いいぞ」
二人で川辺に座る。
水の流れる音。
木々の揺れる音。
風の音。
静かな時間だった。
「……こういうのもいいわね」
リズが呟く。
「ああ」
「冒険者になってから、ずっと魔物を倒してばかりだったから」
「俺もだ」
「今日は楽しかった」
「……俺も」
レオは川を眺める。
不思議だった。
何か特別なことをしたわけではない。
魔物を倒したわけでもない。
高額な報酬を得たわけでもない。
ただ薬草を採って、昼食を食べて、川辺で休んだだけ。
なのに――。
「また、こういう依頼を受けてもいいな」
「うん」
リズが笑う。
◇
夕方。
ギルドへ戻る。
依頼達成を報告し、報酬を受け取る。
「お疲れさまでした」
受付嬢が二人に声をかける。
「今日は討伐ではなかったんですね」
「はい」
リズが答える。
「たまにはいいかなって」
「そうですね」
受付嬢が微笑む。
「お二人は本当に仲が良くなりましたね」
「……!」
リズが固まる。
レオも固まった。
「な、仲が良いって……」
「違うんですか?」
「……」
「……」
二人とも何も言えない。
受付嬢が楽しそうに笑う。
「では、また明日も頑張ってくださいね」
二人はギルドを出る。
しばらく無言。
「……仲が良いって」
リズが呟く。
「まあ……悪くはないんじゃないか」
「そうね」
少しだけ顔を赤くする。
レオも視線を逸らした。
◇
別れ道。
「じゃあ、また明日」
リズが言う。
「ああ」
「明日は……」
リズが少し考える。
「討伐にする?」
「そうだな」
「じゃあ、また明日」
「また明日」
リズが歩いていく。
レオはその背中を見送る。
「……」
今日一日を思い返す。
薬草。
サンドイッチ。
川。
笑い声。
どれも大したことではない。
けれど――。
「……楽しかったな」
レオは小さく笑った。
同じ頃。
リズも宿へ戻りながら、今日のことを思い返していた。
「……楽しかった」
そして、ふと気づく。
「私……レオと一緒だったから、楽しかったのかも」
その考えに、リズは足を止めた。
「……何考えてるのよ」
頬が少し熱くなる。
まだ、それが恋だとは思わない。
ただ――。
明日も会いたい。
その気持ちだけが、少しずつ大きくなっていた。




