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第三話 俺は、俺の力で生きていく

 冒険者になって三日が経った。


「……なるほど」


 レオは冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。

 壁一面に貼られた依頼書。

 薬草採取。

 荷物の運搬。

 街道の見回り。

 そして――魔物の討伐。

 伯爵家にいた頃には、どれも縁のないものだった。

 魔物討伐については、訓練で経験したことがある。

 だが、実際に報酬を得るために魔物を倒すのは初めてだ。


「……これにするか」


 レオが手に取ったのは、近隣の森に出没するゴブリンの討伐依頼だった。

 報酬は、それほど高くない。

 しかし新人向けとしては妥当だろう。

 受付へ向かう。


「この依頼を受けたい」

「はい。冒険者カードをお願いします」


 カードを渡す。

 受付嬢は内容を確認すると、にっこり笑った。


「ゴブリン討伐ですね。お気をつけて」

「ああ」

「初めての討伐依頼ですか?」

「……まあ、そうだな」


 本当の意味では初めてだ。

 訓練では何度も剣を振ってきた。

 しかし、こうして一人の冒険者として依頼を受けるのは初めてだった。


「頑張ってくださいね」

「ああ」


 ギルドを出る。

 レオは少しだけ口元を緩めた。


「……頑張る、か」


 伯爵家にいた頃。

 何かをすれば、


「さすが伯爵家のご子息です」

「将来が楽しみです」

「素晴らしい教育を受けていますね」


 そんな言葉をかけられてきた。

 だが今は違う。

 ここには、自分の家名を知る者はいない。

 レオという名しか知られていない。

 ならば――。


「俺の実力だけで、どこまでやれるか」


 それを試してみたかった。


     ◇


 森に入ってしばらくすると、魔物の気配がした。

 レオは足を止める。


「……いるな」


 茂みの向こう。

 耳を澄ます。

 小さな足音。

 複数。

 レオは剣に手をかけた。

 三体。

 ゴブリンが木々の間から姿を現した。

 こちらに気づく。

 奇声を上げながら、一斉に襲いかかってくる。


「遅い」


 一体目の攻撃を横へ避ける。

 そのまま踏み込み、剣を振る。

 ゴブリンが倒れる。

 二体目。

 振り下ろされた棍棒を剣で受け流し、懐へ入る。

 斬撃。

 三体目が背後から迫る。

 気配を感じて振り返る。

 攻撃を受け止め――。


「そこだ」


 剣を返す。

 三体目も地面に倒れた。

 静かになった森。

 レオは剣を振って血を落とす。


「……終わった」


 あまりにも呆気なかった。

 けれど――。

 胸の奥が妙に熱い。

 これは訓練ではない。

 誰かに見せるためでもない。

 自分で受けた依頼を、

 自分の力で達成した。


「……これが、冒険者か」


 レオは倒れたゴブリンを見る。

 そして小さく笑った。


     ◇


 ギルドへ戻る。

 受付で討伐証明を提出する。


「確認しますね……」


 受付嬢が証明部位を確認する。


「三体。間違いありません」


 そして報酬を取り出す。


「こちらが今回の報酬です」


 銀貨が数枚。

 レオはそれを受け取った。

 たった数枚。

 伯爵家の生活を考えれば、決して大きな金額ではない。

 けれど――。


「……自分で稼いだ金」


 思わず呟いた。


「はい?」

「いや……何でもない」


 銀貨を握る。

 不思議な感覚だった。

 誰かに与えられた金ではない。

 自分が剣を振り、自分の力で手に入れた金。

 その価値は、金額以上に大きく感じられた。


「お疲れさまでした」

「ありがとう」


 ギルドを出ようとしたところで、背後から声がかかる。


「おい、新人」


 振り返る。

 数人の冒険者がいた。


「ゴブリン三体、一人でやったんだって?」

「ああ」

「へえ。新人にしてはやるじゃねえか」

「そうか?」

「普通なら、最初は誰かと組むもんだぞ」


 別の冒険者が笑う。


「ソロでやるなら、もう少し強くなってからにした方がいい」


 レオは少し考える。

 確かに、その通りかもしれない。

 だが――。


「俺は一人で十分だ」


 そう答えた。

 冒険者たちが顔を見合わせる。


「言うねえ」

「まあ、死なない程度にな」

「ああ」


 レオはそのままギルドを出た。


     ◇


 街を歩く。

 手には、今日稼いだ銀貨。

 その重みを確かめるように握る。


「……一人で十分、か」


 口にした言葉を思い返す。

 正直なところ、不安がないわけではない。

 冒険者の世界は知らないことだらけだ。

 魔物も、依頼も、ギルドの仕組みも。

 何もかも、これから覚えていく必要がある。


 それでも――。

 不思議と後悔はなかった。

 屋敷を出るときに感じていた重苦しさも、今は薄れている。


「俺は、俺の力で生きていける」


 そう思えた。

 その日の夜。

 安い宿の小さな部屋。

 レオはベッドに腰掛け、窓の外を見る。

 王都の明かりが遠くに見える。

 伯爵家に戻れば、何不自由のない生活が待っている。

 父も母もいる。

 使用人もいる。

 そして――。


「……婚約者、か」


 その言葉だけで、胸が重くなる。

 まだ見ぬ女性。

 家同士が決めた相手。

 きっと悪い人ではない。

 それでも。


「俺は……自分で選びたい」


 誰と生きるのか。

 どんな人生を歩むのか。

 それくらいは、自分で決めたい。

 レオはベッドへ横になる。


「明日は、もう少し難しい依頼を受けてみるか」


 そう呟いて目を閉じた。

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