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第十七話 まさか、お前が

 翌日の昼。

 ノースフォード伯爵家の応接室には、両家の者が集まっていた。

 昨日、レオンとリゼットは婚約を受け入れる意思を伝えた。

 今日は、その正式な話を進めるための席だった。


「では、改めて二人の婚約について――」


 ノースフォード伯爵が口を開く。

 レオンは隣に座るリゼットを見る。

 リゼットもこちらを見た。

 昨夜、二人で話した。

 ――すべて話そう。

 もう隠す必要はない。


「父上」

「何だ?」


 レオンが口を開く。


「その前に、一つ話しておきたいことがあります」

「冒険者のことか?」

「……はい」


 伯爵は驚かなかった。


「それなら昨日も聞いたぞ」

「そうですね」

「家に戻ってきた時、お前自身から聞いた」

「はい」


 レオンは頷く。

 そう。

 レオンが冒険者をしていたことは、すでに両親は知っている。

 髪の色を変えていたことも。

 偽名を使っていたことも。

 冒険者として魔物と戦っていたことも。

 だから。


「今日、話したいのは……俺が冒険者だったことじゃありません」


 レオンはリゼットを見る。


「俺が、冒険者時代に誰と一緒に活動していたかです」


 リゼットの父――エルヴァール子爵が眉を上げた。


「誰と?」

「はい」


 レオンは静かに答える。


「一人の女性冒険者と、何度も依頼を共にしました」


 子爵夫人が興味深そうに尋ねる。


「女性の冒険者ですか?」

「はい」

「それは……随分と仲が良かったのかしら?」

「……まあ」


 レオンは少し照れた。


「かなり」


 その答えに。

 リゼットの父が苦笑する。


「なるほど」

「そして」


 レオンは続けた。


「その女性冒険者が――」


 一瞬、言葉を止める。


「リゼットです」

「……」


 静寂。

 エルヴァール子爵が固まった。


「……何?」

「私です」


 リゼットが頷く。


「私が、レオンと一緒に冒険者をしていた女性です」

「……」


 子爵夫人が目を見開く。


「ちょっと待って」

「はい」

「あなたが言っていた……赤い髪の冒険者?」

「はい」

「リズ?」

「……はい」


 母親の顔が見る見る変わる。


「……まあ」


 その隣で、子爵は言葉を失っていた。


「お前……」

「ごめんなさい」

「いや」


 子爵は額を押さえる。


「冒険者をしていたこと自体は聞いていた」

「はい」

「だが……」


 娘を見る。


「まさか、婚約者になる男と一緒に冒険していたとは……」

「私も知りませんでした」

「それはそうだろうな」


 レオンが苦笑する。


「俺たちは互いの正体を隠していましたから」


     ◇


「……では」


 今度は伯爵夫人が口を開いた。


「リゼット嬢が、レオンと一緒に冒険していたのですね?」

「はい」


 リゼットが答える。


「偽名はリズでした」

「髪の色は?」

「赤くしていました」

「まあ……」


 夫人が口元を押さえる。


「あなたが言っていた赤髪の女性が……」

「私です」


 リゼットは少し恥ずかしそうに笑う。

 伯爵がレオンを見る。


「では、お前が話していた『リズ』という女性は……」

「リゼットだ」

「……」


 伯爵はしばらく黙っていた。


「つまり」


 ゆっくり口を開く。


「お前が婚約を嫌がって家を出た」

「はい」

「そして冒険者になった」

「はい」

「そこで一人の女性と出会った」

「はい」

「その女性に惚れた」

「……はい」

「その相手が、自分の婚約者だった」

「……そういうことです」


 伯爵は目を閉じた。


「……なんという話だ」


     ◇


「待って」


 子爵が顔を上げる。


「それなら、レオン君が『リズ』を好きになったという話は……」

「私です」


 リゼットが答える。


「……」

「そして」


 今度はレオンが言った。


「俺が『レオ』です」


 リゼットの両親が固まる。


「……」

「……」

「……レオ?」

「はい」

「あなたが……?」

「そうです」


 子爵夫人が目を丸くする。


「リゼットが話していた……無愛想だけれど、いざという時には助けてくれる男性?」

「……そんなこと言ってたのか?」


 レオンがリゼットを見る。


「言ってないわ」

「いや、今の話だと――」

「それ以上は言わないで」


 リゼットの顔が赤くなる。

 両家の大人たちから笑い声が漏れた。


「なるほど」


 子爵が笑う。


「ようやく話が繋がった」


     ◇


 だが。

 伯爵は一つ気になったことがあった。


「先日、大怪我をしたという話があったな」

「……はい」


 レオンの表情が少し変わる。


「それも……二人で受けた依頼なのか?」

「そうです」


 リゼットが答えた。


「凶悪な魔物でした」


 その声が少しだけ震える。


「私が……危険な状況になって」

「リゼット」


 レオンが小さく呼ぶ。

 彼女は頷いた。


「レオンが助けてくれました」

「……」


 伯爵が息を呑む。


「どんな状況だった?」

「私が魔物に追い詰められていました」


 リゼットは静かに話す。


「逃げることもできなくて……」


 あの時の光景を思い出す。


「その時、レオンが私の前に出ました」

「……」

「攻撃を受ければ、ただでは済まないことは分かっていたはずです」


 それでも。


「それでも、私を庇ってくれました」


 伯爵はレオンを見る。


「お前……」

「……はい」

「命を懸けたのか」

「そうするしかありませんでした」


 レオンは答える。


「リズを失いたくなかったから」

「……」


 リゼットの目が潤む。


「私も……」


 彼女は小さく言った。


「レオを失いたくありませんでした」


     ◇


 誰も口を開かなかった。

 やがて。

 子爵が深く息を吐く。


「そうか」


 娘を見る。


「お前が、そこまで大切に思える相手だったのか」

「……はい」

「そして、その相手がお前の婚約者だった」

「はい」


 子爵は苦笑した。


「それなら……」


 レオンを見る。


「私から反対する理由はないな」

「……ありがとうございます」


 伯爵も静かに頷く。


「私もだ」


 レオンが父を見る。


「父上……」

「お前が婚約を嫌がっていたのは、相手が誰かも分からなかったからだ」

「……はい」

「だが」


 伯爵はリゼットを見る。


「相手が自分で選んだ女性だったのなら、話は違う」

「……」

「むしろ、これほど都合のいい話があるものかと思っている」


 リゼットが少し笑う。


「都合がいい……ですか?」

「婚約から逃げた息子が、逃げた先で婚約者を見つけて帰ってくる」


 伯爵は苦笑する。


「親としては、笑うしかないだろう」

「……確かに」


 レオンも苦笑した。


     ◇


 しばらくして。

 子爵夫人が二人を見る。


「それで?」

「はい?」

「あなたたち、これからどうするの?」


 レオンとリゼットは顔を見合わせた。


「……冒険者を続けたい」


 レオンが答える。


「私もです」


 リゼットも頷く。

 伯爵がため息をついた。


「やはりそうなるか」

「駄目ですか?」

「駄目とは言っていない」


 伯爵は苦笑する。


「ただし、条件はある」

「条件?」

「無茶をしないこと」

「はい」

「定期的に家へ戻ること」

「分かりました」

「それから――」


 伯爵はリゼットを見る。


「二人で行動するなら、互いに無茶をさせないことだ」

「……はい」


 リゼットが頷く。

 子爵も続ける。


「私からも同じ条件だ」

「分かりました」

「もう、心配をかけるようなことはするな」

「……はい」


     ◇


 話が一段落したところで。

 レオンがふと思い出したように口を開く。


「そういえば」

「何だ?」

「俺たち、最初は互いに婚約者がいると思っていたんです」

「それは聞いた」

「でも」


 レオンはリゼットを見る。


「お互い、その婚約者が嫌で冒険者になったと思っていた」

「そうね」


 リゼットも笑う。


「それで、冒険者になってから好きな人ができたと思っていた」

「……」


 両家の親が二人を見る。


「そして」


 リゼットが続ける。


「その好きな人と結婚できないと思っていた」

「……」

「だから、ずっと苦しかった」


 レオンが頷く。


「好きなのに、相手には婚約者がいると思っていたから」


 子爵夫人が目を細める。


「それが……」

「はい」


 リゼットが微笑む。


「全部、勘違いでした」

「……」

「私の婚約者は、最初からレオンだった」

「俺の婚約者も、最初からリゼットだった」


 二人は顔を見合わせる。


「そして」


 レオンが言う。


「今は、その婚約を自分たちで受け入れたいと思っています」


 リゼットも頷く。


「私もです」


     ◇


 両家の親たちは、しばらく二人を見つめていた。

 やがて。


「……ならば」


 伯爵が笑う。


「もう、私たちが心配することはないな」

「ええ」


 子爵も笑った。


「むしろ、こちらが二人に振り回されそうだ」

「それは……」


 レオンが苦笑する。


「否定できません」

「ふふっ」


 リゼットが笑う。

 その笑顔を見て。

 レオンも笑った。


 昨日まで。

 婚約という言葉は、二人にとって自由を奪うものだった。

 けれど。

 今は違う。

 自分たちが好きになった相手が。

 偶然にも、自分の婚約者だった。

 だからこそ。

 この婚約は、もう誰かに決められたものではない。

 二人自身が選んだものだ。


     ◇


 話が終わり、両家の親たちが部屋を出ていく。

 最後に残ったレオンとリゼット。


「……終わったわね」

「ああ」

「ちょっと緊張した」

「俺もだ」

「でも」


 リゼットが微笑む。


「これで、もう何も隠さなくていい」

「そうだな」


 レオンは窓の外を見る。

 青い空。

 暖かな風。


「……リズ」

「何?」

「また冒険に行こう」


 リゼットは笑った。


「うん」

「今度は、レオとリズとしてじゃない」

「じゃあ?」

「レオンとリゼットとして」

「……うん」


 そして。

 リゼットは少しだけ考えてから言った。


「でも、二人きりの時は……」

「?」

「レオとリズでもいいわよ」

「……それ、俺も思ってた」


 二人は笑った。

 もう、逃げる必要はない。

 今度は。

 自分たちが選んだ未来へ向かって。

 二人で歩いていけばいい。

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