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第十三話 約束したのに

 目を開けた。


「……ここは?」


 白い天井が見える。

 身体を起こそうとする。


「――っ!」


 激痛が走った。


「動かないでください!」


 慌てた声が聞こえる。

 レオは顔を向けた。

 そこには治療師の女性が立っていた。


「あなたは森で倒れていたんですよ」

「……森?」

「覚えていませんか?」


 少しずつ記憶が戻ってくる。

 巨大な魔物。

 リズ。

 最後の一撃。


「……リズ!」


 レオが身体を起こそうとする。


「だから動かないでください!」

「彼女は!?」

「彼女?」

「一緒にいた赤い髪の女だ!」


 治療師が少し驚いた顔をする。


「ああ……もう一人の冒険者ですね」

「無事なのか?」

「命に別状はありません」

「……!」


 レオは大きく息を吐いた。


「よかった……」


 全身から力が抜ける。

 治療師が呆れたように笑う。


「あなたも相当な怪我ですよ」

「……俺はいい」

「よくありません」


 ぴしゃりと言われた。


「右肩に深い傷。肋骨にもひびが入っています。それに魔力枯渇も酷い」

「……そうか」

「しばらく安静です」

「分かった」


 レオは目を閉じる。

 そして、もう一度思い出す。


「……約束した」


 また一緒に冒険する。

 そう約束した。

 だから――。

「早く治さないとな」


     ◇


 同じ頃。

 リズも目を覚ましていた。


「……ん」


 身体を動かす。


「痛っ……」

「無理しないで」


 治療師が声をかける。


「あなたはかなり無茶したんですから」

「……レオは?」


 最初に出てきた言葉だった。


「レオ?」

「茶色い髪の剣士です」

「ああ」


 治療師が頷く。


「別の所で治療を受けています」

「無事?」

「命に別状はありません」

「……よかった」


 リズは胸を撫で下ろした。

 そして――。


「会いたい」


 思わず呟く。


「……え?」


 自分でも驚く。

 今すぐ会いたい。

 顔を見たい。

 無事だと確かめたい。


「……私」


 リズは目を閉じた。

 もう完全に好きになっている。

 認めるしかない。

 あの人が好きだ。

 だからこそ――。

 胸が苦しい。


「……私には婚約者がいるのに」


     ◇


 三日後。

 レオはようやく歩けるようになった。

 治療師からも、無理をしなければ宿へ戻っていいと言われた。

 だが。


「……」


 レオは宿へ戻らなかった。

 向かったのは――。

 リズが治療を受けている治療院。

 扉の前で立ち止まる。


「……」


 会いたい。

 だが。

 中へ入る勇気が出ない。

 自分の姿を見れば、リズは安心してくれるだろうか。

 それとも。

 自分と会うことで、余計に別れが辛くなるだろうか。


「……」


 結局。

 レオは扉を開けた。


「リズは?」

「面会ですか?」

「……そうだ」


 受付に聞く。

 だが。


「申し訳ありません。彼女は今日、ご家族が迎えに来る予定になっています」

「……家族?」

「はい」


 レオの胸がざわつく。


「そうか……」


 もう帰るのか。

 当然だ。

 自分も家へ戻らなければならない。


「……伝言を頼めるか?」

「はい」

「また……一緒に冒険しようって」


 受付嬢が微笑む。


「分かりました」


 レオは治療院を出た。


     ◇


 その頃。

 リズも窓の外を眺めていた。


「……」


 今日、家から迎えが来る。

 もうここにはいられない。


 そして――。

 レオとも、しばらく会えない。


「……嫌だな」


 涙が出そうになる。

 けれど。

 泣くわけにはいかない。

 自分で選んだ人生だ。

 家から逃げて。

 冒険者になって。

 自由を手に入れた。

 その途中で――。

 大切な人に出会った。


「……なのに」


 どうして。

 どうして、その人と離れなければならないのだろう。

 その時。


「リズさん」


 治療師が入ってきた。


「先ほど、レオさんが来ていましたよ」

「……え?」

「あなたに伝言を頼まれました」

「何て?」

「『また一緒に冒険しよう』と」

「……」


 リズの目から涙がこぼれた。


「……馬鹿」


 嬉しい。

 嬉しくて。

 苦しい。


「……私も」


 小さく呟く。


「また、一緒に冒険したい」


     ◇


 夕方。

 リズは迎えの馬車に乗った。

 窓から街を見る。

 冒険者として過ごした街。

 そして――。

 レオと出会った場所。


「……」


 赤い髪を一束、指でつまむ。

 この髪とも、しばらくお別れだ。

 実家へ戻れば、魔法を解かなければならない。

 本来の金髪に戻る。

 緑色の瞳。

 子爵令嬢としての服。

 そして。

 婚約者との顔合わせ。


「……」


 胸が痛い。

 もし。

 もし婚約者が、レオのような人だったら。

 そんなことを考えてしまう。

 けれど。


「そんな都合のいいこと……あるわけない」


 リズは目を閉じた。


     ◇


 一方。

 レオも故郷へ向かう馬車に乗っていた。

 茶色い髪。

 平民風の服。

 冒険者としての姿。

 けれど――。

 もうすぐ、この姿とも別れなければならない。

 伯爵家へ戻れば。

 黒髪に戻る。

 青い瞳。

 貴族としての服。

 そして。

 婚約者との顔合わせ。


「……」


 胸が痛む。

 今さら婚約者と会いたくない。

 なぜなら。


「俺は……リズが好きだから」


 初めて、はっきりと言葉にした。

 窓の外を見る。

 夕暮れの空。


「……また会えるよな」


 そう呟く。

 返事はない。

 ただ馬車の車輪が、静かに回り続ける。


     ◇


 夜。

 それぞれの馬車が、それぞれの屋敷へ向かっていく。


 レオは知らない。

 リズが今、故郷へ帰っていることを。


 リズも知らない。

 レオが今、故郷へ帰っていることを。


 そして二人とも――。

 まもなく会うことになる。

 冒険者としてではなく。

 レオでもなく。

 リズでもなく。

 伯爵令息として。

 子爵令嬢として。

 家同士が決めた婚約者と。


     ◇


 レオは馬車の中で、目を閉じた。


「……また会おう」


 リズの顔を思い浮かべる。


 リズもまた。

 馬車の中で、同じ言葉を口にした。


「……また会おうね、レオ」


 その約束が果たされるまで。

 あと――。

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