第十二話 離れたくない
翌朝。
レオは冒険者ギルドの前で立ち止まっていた。
手には、昨日届いた手紙。
『近日中に戻ってきなさい』
父からの命令だった。
そして、その理由は分かっている。
――婚約者との顔合わせ。
「……」
レオは手紙を握りしめる。
帰らなければならない。
伯爵家の人間である以上、いつまでも逃げ続けることはできない。
だが。
「……リズに会えなくなる」
そのことを考えるだけで、胸が苦しくなる。
それでも、ギルドの扉を開いた。
◇
「おはよう、レオ」
中へ入ると、リズがいた。
「……おはよう」
「どうしたの?」
「いや……」
リズはすぐに気づいた。
「何かあった?」
「……少し、実家に戻ることになった」
リズの表情が固まった。
「……いつ?」
「まだ決まっていない」
「そう……」
胸が痛い。
自分も同じだ。
家から帰ってこいと言われている。
でも、それを言えない。
「レオは……」
「ん?」
「戻りたくない?」
「……」
レオは答えに迷う。
「戻りたくない」
正直な気持ちだった。
「でも、戻らなきゃいけない」
「……そう」
リズは俯いた。
「私も……」
「え?」
「私も、家から戻ってこいって言われてるの」
レオの胸がざわついた。
「そうなのか?」
「うん」
「……」
偶然だ。
そう思おうとする。
けれど。
妙な不安が胸に広がった。
「じゃあ……」
レオが呟く。
「俺たちも、しばらく会えないかもしれないな」
「……」
リズは答えなかった。
しばらくして。
「……嫌」
小さな声だった。
「え?」
「嫌よ」
リズは顔を上げた。
「会えなくなるの、嫌」
レオの心臓が跳ねる。
「……リズ」
「ごめん」
リズは慌てて笑う。
「変なこと言った」
「……いや」
レオは首を横に振る。
「俺も……嫌だ」
二人の視線が重なる。
何も言わない。
けれど、その言葉だけで十分だった。
◇
その日の依頼。
二人はいつもより難しい討伐依頼を選んだ。
「これなら報酬もいい」
レオが依頼書を見る。
「危険度は?」
「中級」
「……」
リズが少し考える。
「行きましょう」
「ああ」
二人とも、分かっていた。
実家へ戻る前に。
もう少しだけ、一緒にいたい。
◇
森の中。
魔物を倒しながら進む。
いつも通りの連携。
けれど――。
「レオ」
「なんだ?」
「もし……」
リズが言葉を止める。
「何だ?」
「……ううん」
「そうか」
それ以上聞かなかった。
リズは思っていた。
もし、この依頼が終わったら。
本当にしばらく会えなくなる。
だったら――。
「……」
言いたい。
好きだと。
でも、言えない。
レオには好きな人がいる。
きっと、自分ではない誰か。
だから。
今の関係を壊したくない。
◇
森の奥。
突然。
レオが足を止めた。
「……待て」
「どうしたの?」
「何かいる」
空気が変わった。
鳥の声が消える。
風が止まる。
森が静まり返る。
「……嫌な感じ」
リズが杖を握る。
地面が――。
震えた。
「来るぞ!」
木々が倒れる。
巨大な影が姿を現した。
「……!」
レオが息を呑む。
巨大な魔物。
これまで戦ってきた魔物とは、明らかに格が違う。
「レオ……」
「下がれ」
「でも――」
「いいから!」
魔物が咆哮する。
衝撃波が森を揺らす。
二人は同時に構えた。
「……倒せる?」
「分からない」
レオが剣を握る。
「でも、やるしかない」
「……うん」
リズも杖を構える。
「私も一緒に戦う」
「……分かった」
レオがリズを見る。
ほんの一瞬。
「絶対に無茶するな」
「あなたもね」
「約束できない」
「……もう」
リズが笑う。
その笑顔を見て、レオも笑った。
「行くぞ」
「うん!」
◇
魔物が突進してくる。
「右!」
二人が同時に動く。
レオが攻撃をかわす。
リズが魔法を放つ。
炎が魔物を包む。
だが――。
「効いてない……?」
魔物が炎を振り払う。
「レオ!」
「分かってる!」
レオが斬り込む。
剣が魔物の皮膚を切り裂く。
「浅い……!」
魔物が腕を振る。
レオが吹き飛ばされる。
「レオ!」
「大丈夫だ!」
立ち上がる。
魔物が再び襲いかかる。
「左!」
リズの声。
レオがかわす。
魔物の攻撃が地面を砕く。
「今!」
リズが最大級の魔法を放つ。
轟音。
森が揺れる。
「――どう!?」
煙が晴れる。
魔物は――。
まだ立っている。
「……嘘」
リズの顔が青ざめる。
「まだだ」
レオが剣を構える。
「まだ終わってない」
「でも……」
「リズ」
「……何?」
「俺を信じろ」
その言葉に。
リズは強く頷いた。
「……分かった」
◇
戦いは続いた。
レオは何度も傷を負った。
リズも魔力を削られていく。
それでも二人は離れなかった。
背中を預ける。
互いを守る。
互いの攻撃を補う。
やがて――。
魔物が大きくよろめいた。
「今だ!」
レオが叫ぶ。
「――任せて!」
リズが魔力を集中させる。
最後の一撃。
レオが走る。
魔物がレオを狙う。
リズが叫ぶ。
「レオ!」
「――うおおおおっ!」
剣が閃く。
同時に魔法が炸裂する。
轟音。
そして――。
魔物が崩れ落ちた。
「……」
「……」
二人とも、その場に座り込む。
「……勝った?」
リズが呟く。
「ああ……」
レオが息を吐く。
「勝った」
「……よかった」
リズが笑う。
レオも笑う。
けれど――。
次の瞬間。
リズの身体がふらついた。
「リズ!」
レオが支える。
「大丈夫……」
「顔色が悪い」
「魔力を使いすぎただけ」
「……」
レオは心配そうにリズを見る。
「帰ったら、ちゃんと休め」
「あなたもね」
「ああ」
レオは頷く。
けれど。
この時、二人はまだ知らなかった。
この戦いで負った傷が――。
二人の人生を大きく変えることになるとは。
◇
帰り道。
二人はゆっくり歩いていた。
いつもなら、くだらない話をする。
今日は違った。
互いに疲れている。
そして。
実家へ戻らなければならないという現実がある。
しばらく歩いた後。
「……レオ」
「ん?」
「私ね」
「なんだ?」
「今日、一緒に戦えて……よかった」
「……俺も」
「また……」
リズが言葉を止める。
「また、一緒に冒険できるかな」
レオは少しだけ笑った。
「ああ」
そして。
「絶対に」
そう答えた。




