第十一話 それでも、隣にいたい
翌朝。
レオは冒険者ギルドの前に立っていた。
足が重い。
昨日のことが頭から離れない。
リズには婚約者がいる。
そして、自分には好きな人がいると思われている。
――それでも。
「……会いたい」
その気持ちは消えなかった。
レオは扉を開ける。
◇
「おはよう、レオ」
すぐに声が聞こえた。
振り向く。
リズがいた。
「……おはよう」
いつもと同じ笑顔。
それを見ただけで、胸の奥が少し軽くなった。
「今日、どうする?」
「……討伐依頼でも探すか」
「うん」
いつも通り。
二人で掲示板へ向かう。
いつも通り。
けれど――。
二人とも、昨日のことを忘れられない。
◇
その日の依頼は、森に出る魔物の討伐だった。
二人は並んで歩く。
会話は少ない。
「……」
「……」
以前なら、くだらない話をしていた。
食事の話。
宿の話。
街で見つけた店の話。
今は。
どちらも、余計なことを言うのが怖かった。
「レオ」
「ん?」
「……何でもない」
「そうか」
また沈黙。
やがて森に入る。
◇
魔物が現れた。
「来る!」
レオが剣を抜く。
リズが杖を構える。
「右!」
「任せて!」
二人は息を合わせる。
レオが前へ出る。
リズが援護する。
魔物の攻撃。
レオが受け流す。
リズの魔法が直撃する。
レオが踏み込む。
一閃。
魔物が倒れた。
「……終わったな」
「うん」
二人は顔を見合わせる。
そして――。
同時に笑った。
「やっぱり」
リズが言う。
「私たち、相性いいね」
「ああ」
レオも頷く。
「……相性がいい」
その言葉が、胸に刺さった。
ただの冒険者仲間。
そう思わなければならない。
◇
依頼を終えた帰り道。
リズが突然立ち止まった。
「レオ」
「なんだ?」
「……今日、一緒に夕食を食べない?」
レオは驚いた。
「いいのか?」
「うん」
「じゃあ……」
「決まりね」
二人は街の食堂へ向かった。
◇
小さな食堂。
向かい合わせに座る。
「何食べる?」
「肉」
「やっぱりね」
リズが笑う。
「私は魚にしようかな」
「魚も悪くない」
「ふふっ」
注文を終える。
料理が届く。
「いただきます」
「いただきます」
二人で食事をする。
話しているうちに、少しずついつもの調子に戻っていった。
「そういえば、この前の薬草」
「うん」
「ギルドで結構高く売れたらしいぞ」
「そうなの?」
「ああ。受付が言ってた」
「じゃあ、もっと採ってくればよかった」
「次はそうするか」
「うん」
笑い合う。
楽しい。
だからこそ――。
別れの時間が近づくのが嫌だった。
◇
店を出る。
夜の街。
街灯が二人の足元を照らす。
「今日は楽しかった」
リズが言う。
「ああ」
「……ありがとう」
「俺も、ありがとう」
二人とも、帰りたくない。
けれど、いつまでも一緒にいる理由もない。
「じゃあ……」
リズが言う。
「また明日」
「ああ」
二人は別々の道へ進む。
数歩歩いたところで。
「……」
リズが振り返る。
レオも振り返っていた。
二人の視線が重なる。
そして。
どちらからともなく笑った。
また歩き出す。
◇
宿に戻ったリズ。
ベッドに座る。
「……楽しかった」
今日のことを思い返す。
レオと食べた夕食。
笑った時間。
帰り道。
何でもない一日。
それだけなのに。
胸がいっぱいになる。
「……ずっと、このままだったらいいのに」
そんな願いが口からこぼれた。
でも。
それは叶わない。
自分には婚約者がいる。
いつか家へ戻らなければならない。
「……」
胸が痛い。
◇
一方。
レオも宿へ戻っていた。
窓辺に立ち、夜の街を眺める。
「……楽しかったな」
今日もリズと一緒だった。
幸せだった。
だからこそ。
この時間が永遠ではないことが怖い。
「……俺は、どうするんだ」
好きな人がいる。
でも、その人には婚約者がいる。
自分にも婚約者がいる。
どう考えても――。
結ばれる未来などない。
「……それでも」
レオは目を閉じる。
「もう少しだけ、そばにいたい」
それだけだった。
◇
翌朝。
いつものようにギルドへ向かう。
だが。
「……レオ?」
ギルドへ入った瞬間。
受付嬢がレオを呼び止めた。
「あなた宛てに手紙が届いています」
「俺に?」
「はい」
封筒を受け取る。
封蝋。
見覚えのある紋章。
レオの表情が固まった。
――ノースフォード伯爵家。
「……」
父からだ。
嫌な予感がする。
封を切る。
中には短い文章。
『近日中に戻ってきなさい』
そして、その下に。
『婚約者との顔合わせを行う』
レオはしばらく動けなかった。
「……婚約者」
その言葉が、胸を締め付ける。
だが――。
「どうしたの?」
隣からリズの声。
レオは慌てて手紙を隠す。
「……何でもない」
「本当に?」
「ああ」
リズは心配そうにレオを見る。
「……そう」
それ以上は聞かなかった。
けれど。
その日の昼。
リズのもとにも、一通の手紙が届く。
「……私に?」
封筒を見る。
そこには――。
エルヴァール子爵家の紋章。
震える手で封を開く。
『近日中に戻ってきなさい』
そして。
『婚約者との顔合わせを行う』
「……」
リズの顔から血の気が引いた。
「……婚約者」
頭に浮かんだのは――。
茶色い髪の青年。
レオ。
「……」
胸が苦しくなる。
できれば。
ずっと、このままでいたい。
けれど。
現実は待ってくれない。
◇
その日の夕方。
二人はいつものように並んで歩いていた。
「……レオ」
「ん?」
「今日、何かあった?」
「……」
レオは少し迷った。
だが、言えなかった。
「何でもない」
「……そう」
リズもまた、自分の手紙のことを話せなかった。
「リズ」
「何?」
「……いや」
「どうしたの?」
「……何でもない」
二人とも。
同じことを隠している。
自分の婚約者と会わなければならない。
そのことを。




