第三話 夏だけが残る
夏は、不思議な季節だ。
何年経っても、同じ匂いがする。
夕立が降ったあとの土の匂い。
青々と茂る草の匂い。
どこかの家から流れてくるカレーの匂い。
目を閉じれば、子どもの頃の夏と、何ひとつ変わらない。
けれど、目を開けると、少しだけ違う景色が広がっている。
変わったのは、町だけではなかった。
時間の流れ方も、あの頃とは違っていた。
昔は、一日が終わるのが惜しかった。
夕焼けが空を染め始めると、
「もう帰る時間か」
そう思った。
このまま、もう少し遊んでいたかった。
今は、一年が終わるほうが早い。
ついこの前、新しい年を迎えたと思っていたのに。
気づけば、また蝉が鳴いている。
あれほど長かった一日が、
こんなにも短い一年になるなんて、
あの頃の私は思ってもいなかった。
それでも夏は変わらない。
蝉は今年も同じように鳴き、
入道雲は今年も空高く積み上がる。
夕立は町を濡らし、
夕暮れには、どこかでひぐらしが鳴く。
自然だけは、何事もなかったように季節を巡らせていく。
あの日、一緒に笑っていた友達も。
縁側でスイカを食べていた姉ちゃんも。
「寝巻き汚したら、またお風呂入ってもらうからね」
そう笑っていた母も。
それぞれの夏を生き、
それぞれの時間を重ねてきた。
夏は、帰る場所ではない。
帰れないからこそ、帰りたくなる場所なのだ。
今年も蝉は鳴いている。
あの頃と、何も変わらない声で。
その声を聞くたびに思う。
夏は、私たちを待っているわけじゃない。
ただ今年も、
同じように巡ってきただけだ。
それでも私は、
その夏を見るたびに、
あの日の続きを探してしまう。




