第二話 変わるのは人
夏は、毎年同じようにやって来る。
変わったのは、いつも私たちのほうだった。
いつの頃からだろう。
虫取り網を持たなくなった。
セミの抜け殻を見つけても、拾わなくなった。
夕立が降れば、昔は喜んで外へ飛び出していたのに、今では洗濯物の心配をするようになった。
日焼けなんて勲章だった。
鼻の頭の皮がめくれるたび、「今年も焼けたな」と笑っていた。
それが今では、帽子を被り、日陰を探し、熱中症警戒アラートを気にしている。
あの駄菓子屋も、昔より静かになった。
駄菓子よりもペットボトル飲料のほうが目立ち、レジに立つのは、いつも笑っていたおばあちゃんではなく娘さんだった。
店はそこにある。
けれど、もうあの頃の駄菓子屋ではなかった。
神社の夏祭りも、いつしか開かれなくなった。
夏休みになると首からラジオ体操のカードを下げて歩く子どもたちも、あまり見かけなくなった。
軒下で揺れていた風鈴の音も、いつしか遠くなった。
風が吹くたび、涼しげな音が聞こえてきたはずなのに、今では窓を閉め切った部屋で、冷房の小さな唸りにかき消されてしまう。
蚊取り線香の煙が漂う縁側にも出なくなった。
渦巻きの先が赤く光り、ゆっくり灰になっていくのを、昔は何をするでもなく眺めていたのに。
あの匂いを嗅ぐだけで、夏だった。
けれど今では、匂いもない虫除けが部屋の隅に置かれている。
夏祭りですくった金魚も、いつしかいなくなった。
あの金魚が、いつまで泳いでいたのか。
もう思い出せない。
昔は、朝になれば誰かが迎えに来た。
「遊ぼう」
その一言だけで、一日が始まった。
約束なんていらなかった。
家へ行けば誰かがいて、おばさんが頼みもしないのに夕飯を出してくれた。
それが当たり前だった。
縁側では、姉ちゃんと並んでスイカを食べた。
どちらが遠くまで種を飛ばせるか。
そんなことで本気になり、負ければ悔しがり、勝てばいつまでも笑っていた。
今では、姉ちゃんにも守る夏がある。
会えば昔と変わらず笑うけれど、あの縁側で種を飛ばし合うことはもうない。
──いつが、あの最後の夏だったのだろう。
たいていのことは、最後だと知らないまま終わっていく。
あれほど遠かった海も、今では車なら十分とかからない。
自転車で山道を走り、額から汗を流し、息を切らしながら越えた坂道も、エアコンの効いた車の窓から見れば、あっという間に後ろへ流れていく。
子どもの頃には、あんなに広かった世界なのに。
大人になって、遠くまで行けるようになったはずなのに。
なぜだろう。
あの頃よりも、世界は少し狭くなった気がする。
それでも夏は――
何も知らない顔で今年もやって来る。
昔と同じ空を広げ、
昔と同じ入道雲を浮かべ、
昔と同じ蝉を鳴かせながら。




