第6章:舞台を整える
「私があなたみたいな、汗臭くて太った男と結婚するわけないでしょ。あなたが寝た女の数
より、私が寝た男の数のほうが多いんだから」
それはレベカの心の声だった。彼女は総督セサルの腕からなんとか逃れようとしながら、
彼に強く口を塞がれてキスをされていた。彼の顔は悦びに満ちていた。いつでも彼女の腕
を舐め始めて、次の段階に進もうとするかのようだった。
その時、レベカをずっと護衛していた王室衛兵が勢いよくドアを開け放った。二人は揃って
衛兵の方へ振り返った。
「グイトラゴ嬢、お探ししておりました。許可なくお屋敷内を一人でお歩きになるのはおやめ
ください」
総督はレベカの腰から手を離し、衛兵を真剣な眼差しで見つめた。
「ほう、私のレベカが、私の屋敷で一人で歩いてはいけないと誰が言った?」
「あなた様です、総督閣下。ご自身がお安全だと感じられるまで、屋敷内を誰一人として徘
徊させないようにとお命じになりました」
セサルは少し気まずそうに言った。
「ああ、そうだったな。だがレベカは私の妻になる。だから彼女の出入りを禁じてはならん。
ただし、常に護衛をつけろ。彼女に何かしようとする者が出るかもしれん」
レベカは総督の言葉に頬を赤らめ、髪を弄りながら落ち着こうとしていた。
「おめでとうございます、総督閣下。おめでとうございます、レベカ様」
衛兵の顔には失望が浮かび、彼はうつむいた。
「よし、お前は嬢がどこにいるか確認した。あとは出て行け。この部屋には彼女と話すこと
がある」
衛兵はうなずき、退出した。
「我がレベカよ、このような卑しい僕を夫として受け入れてくれるとは、誠に光栄だ。もう
少々老けてはいるが、ベッドでの働きはまだまだ現役だぞ」
レベカの全身に電気が走った。彼女はストーカーされているように感じ始めていた。彼女は
これまで多くの男と寝てきたが、常に少なくとも見た目がまともな相手を選んできたのだ。
「結婚の日取りを決めねばならんな。他の貴族たちにも我々の婚約を伝えねばならん。難
しくはあるまい。王家の一族は他よりも格が上だ。私が命じれば従うだろう。とはいえ、彼ら
と仲良くしておくに越したことはないがな」
「仰せのままに…」
「一ヶ月後でどうだ?」
「早すぎませんか?」レベカは少し不安そうに尋ねた。
「確かに早い。だが早ければ早いほど、王族の支援を受けて拡張事業を始められる」
「そして早ければ早いほど、あなたは私が作り出したものを手に入れられる」
「そのことは心配するなレベカ。約束しよう、お前は重要な決定における第一の発言者にな
る」
彼女は不安で押しつぶされそうだった。なぜなら、彼女だけが会社の未来に関する重要な
決定を下せるわけではない。彼女の妹クロエも、電気設備を建設するために必要なすべて
の面で彼女を支え、助けてきたのだ。それに彼女は利用されていると感じていた。彼女が
発明したものこそが王国にとっての価値であり、『アヘトの光』を彼らが掌握すれば、自分
は二番手に落とされ、最も重要な肩書きは『ティミトリー総督の不貞の妻』になるだろうとい
うことを、彼女は完全に理解していた。
「仰せのままに」レベカは背を向けて立ち上がった。「妹のクロエにも決断を伝えなければ
なりません。でも彼女のことは心配しないでください」そう言って彼女はドアから出て行っ
た。
レベカは腰を左右に揺らしながら歩いていた。その動きに合わせて彼女の臀部も揺れ、総
督の注意をそらしていた。彼は彼女の顔に浮かぶ苦悩に気づかなかった。どんな男の目も
引く、実に微妙な動きだった。
二階への階段へと続く廊下で、彼女は先ほど部屋に乱入してきたあの王室衛兵と鉢合わ
せした。どうやら彼は普通に見回りをしていたようだったが、レベカを見ると立ち止まり、彼
女が通り過ぎるのを待った。
「護衛してくれるの? それとも、私が通るまでバカみたいに突っ立ってるつもり?」
「失礼しました、お嬢様」
すぐに彼は彼女の後ろについた。レベカは相変わらず優雅に歩いていた。自分が何を背
負っているかを知りながらも。彼女の足取りは以前と変わらなかったが、しかし彼女の表情
は嘘をつくことができなかった。何かに苛まれているのは明らかだった。そして衛兵は彼女
の後ろにいたため、その表情を見ることはできなかった。
『どうしてこんなことになったんだろう。板挟みだわ。もしアークがここにいてくれたら、慰め
てくれたのに。(恋しくてため息) 後ろにいるこの衛兵みたいに、欲望の目で見てくるだけの
やつじゃなくて。アークにもああいう目で見てほしいのに』
心の中での独白を終えると、彼女たちは政府邸を出て行った。
「馬車をお呼びしましょうか?」衛兵が尋ねた。
「ええ、お願い。通りはちゃんと明かりがついてるけど、悪い人たちに何かされるのが怖く
て」
レベカは哀願するような声を出した。衛兵はその哀れな様子に心を溶かされ、すぐに馬車
を手配しに走った。
『男って、みんな私の美しさにコロッと落ちるのね。アーク、あなただけは違う。あなたは私
の美しさを評価しないクソ野郎よ。あなたが企んでいることを教えてくれた時、支えるべき
だったわ。でもあのバカ総督が私と妹を殺そうと企んでるなんて、信じられるわけないじゃ
ない』
「こちらです、レベカ様」
衛兵が手を動かし、馬車の準備ができたことを示した。レベカは門へと歩き、衛兵が門を開
け、続いて紳士的に彼女が馬車に乗るのを手伝った。
「ありがとう。あなたを私の家に招いてコーヒーでも飲みたいところだけど、もう婚約しちゃっ
たからね」
レベカは可愛らしい笑顔を浮かべて青年に別れを告げ、自宅へと向かった。
***
グイトラゴ姉妹の屋敷は、使用人たちが絶えず動き回っていた。もう夕食の時間なのに、ま
だ準備が遅れていたからだ。
「申し訳ございません、レベカ様。厨房で少々トラブルがございまして、まだ夕食の準備が
整っておりません」タニアはレベカの姿に気づくとそう言った。彼女は食器を抱えていて、疲
れと焦りの表情を浮かべていた。それは主人とほとんど変わらない様子だった。
「気にしないで、あまりお腹も空いてないし。そうだ、クロエはどこ?」
「お部屋にいらっしゃいます」
「まだ出てきてないの?」
「いえ、一度は出かけられました。イベントに行くと言っておりましたので、遅くなると思った
のですが、すぐにお戻りになられて、とても悲しそうなご様子でした。それからは一度もお部
屋から出てきておりません」
「わかった、ちょっと様子を見てくるわ。その後で下に戻って食事にするから、その頃には用
意できてるわよね?」
「はい、レベカ様」
レベカは妹の部屋へと階段を上がった。そこは自分の部屋とほぼ同じだったが、レベカが
好むワインレッドの色調ではなく、明るいブルーを基調としていた。部屋には過激な性的趣
向の装飾が施されており、入った瞬間にすべてのドラマがどこで終わるのか一目でわかる
ようになっていた。天井と床をつなぐ長い金属製のポールさえあった。……そう、あの踊りの
ためのものだ。
クロエはベッドに横たわっていた。眠っているのかどうかはわからなかった。レベカは彼女
の隣に座り、優しく撫でた。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「……別に」
その声は泣きそうな様子を露わにしていた。彼女は顔の一部をシーツで覆い、見られない
ようにした。
「本当に? 泣きそうな声してるけど」
二人の間に沈黙が流れた。
「……どうして私を止めてくれなかったの?」それが彼女たちの間から出た唯一の問いだっ
た。
「止めようとしたわ。でもあなたはサムに夢中で……」
「サムのことじゃない。もっと前のことよ。私がしたこと、私の評判のこと」
「え……」
その言葉にレベカは完全に動揺し、動けずにいた。妹を見ることができなかった。
「あなたは私がやってることが間違ってるってわかってたのに、それでも止めてくれなかっ
た。それどころか、一緒に転んでくれたわね。私のこと、愛してないの?」
「愛してるわ」彼女は目を合わせずに答えた。
「じゃあどうして止めてくれなかったの? どうして私を悪い道に連れて行ったの?」
クロエは相変わらず布団に包まり、顔を出そうとしなかった。
「あなたは私に教えたわ。貴族たちの好意を得るためにあらゆる手段を使いなさいって。自
分の体を使うことだって厭わないって。でも私たちは決して彼らからの提案に満足しなかっ
た。あなたはもっと上を目指したがった。そんなあなたの迷いの下で、私はみんなと寝るよ
うになったの」クロエは布団を握りしめた。それが唯一の希望であるかのように。「『彼女自
身が何を望んでるのかわかってないのに、どうして私があなたの言う相手と寝なきゃいけ
ないの?』って思ってた。結局、一週間後には別の貴族と話してるんだから。それで私は目
に映る相手を選ぶようになった。でもあなたは私を止めたり、私たちがしてきた悪いことを
考え直したりする代わりに、私のベッドでの悪事に付き合ってくれたのよ」
ここでクロエはもう耐えきれずに泣き始めた。もはや泣く力さえ残っていなかった。
「あなたが私の隣にいるのを見るたびに、私が男と、あなたが別の男と、私は幸せだった。
子供の頃に戻った気がした。まだ何の才能もなかった少女たちが、ただ一緒に楽しい時間
を過ごしていたあの頃に。あなたには男を選ぶ基準があった。イケメンで、ある程度洗練さ
れていること。身分よりも顔を気にするようになったのよ」
「どうして急にそんなことを言うの? なんで今?」
「……サムのおかげでわかったの」彼女はかすかに、うめくように答えた。「自分が何をしてる
かわかってても、止められなかった。黙っていられなかった。まるで自分の体に囚われてい
て、自分で制御する権限もなくて、でも感じることはできた。みんな、絶対にみんな、私が誰
と一緒にいても気にしなかった。誰も助けようとしなかった。誰も『この男は彼女に合ってる
のかしら?』なんて疑問を持たなかった。人々はただ頷いて通り過ぎた。まるで私がこうい
う男と一緒にいるのが当たり前だって言うようにね。でも一番腹が立ったのは、『彼氏で
す』って言った時の人々の顔よ。まるで私には彼氏がいる資格すらないって言われてるみ
たいだった。たとえそれが密輸業者でもね。誰も私を真剣に受け止めてくれなかった。あな
たでさえも」
「……」
「知ってる? 今日の午後に出かけたの。ティミトリーの貴族や金持ちが集まるカフェ『サン
タ・アナの美』にね。私が起こしたスキャンダルの後で、少しでも誇りを取り戻そうと思って。
でもドアをくぐった瞬間、あらゆる種類の目線を浴びたの。最初は気まずそうに、次に近づ
こうとすると恥ずかしそうに、でも結局はみんな無関心だった。『モレノ』家の可愛い貴族
に、午後は何をするのか聞いてみたの。彼はただ言ったわ『君とは何もする気はない。君
みたいな女と一緒にいるとイメージが傷つくからね。でももし……ああいうことなら、ティミト
リー郊外の、ユーティへ向かう道沿いにある家で待っていてくれ。夜に着くから、君の姉さ
んのために友達も連れて行くよ』って。彼は私をただの性的な玩具としてしか見てなかった
の」
クロエは少しすすり泣いた。
「最初は少なくとも家族に紹介しようとしてくれて、紳士的に振る舞ってくれた。私のことを気
遣ってくれて、女王様のように扱ってくれた。でも……サムの婚約者役をやってるうちに全部
わかったの。ずっと前から、私のことをただの街の娼婦としてしか見てなかったって。たまた
まほとんどの貴族の頂点に立っただけの娼婦としてね。そして今、私たちがこのスキャンダ
ルに巻き込まれて、彼らは本当の姿を見せ始めてる。貧乏な家から出た二人の少女が自
分たちより上に立てたことへの嫉妬をね」
「お姉ちゃん……」
レベカは彼女を撫でようとした。
「触らないで。あなたはただの悪い姉よ。自分の血を崖っぷちに突き落とした。会社を立ち
上げる時にやったみたいにね……あなたはただの蛇よ。みんなを利用して自分の利益を得
たの。貴族の間で地位を得るために私を利用しようとした。でも罪悪感に負けて、もう手遅
れになった時に全てを変えようとした。私がもう一日に何人の男と寝るかという快楽に溺れ
てしまった時にね。思い通りに物事を完遂できない嫌な偽善者め」
「そんなこと言わないで、お願い」
レベカの目から涙が溢れ始めた。
「……ただ立ち去って。お母さんに言って。あなたが私を守る代わりに狼の群れに投げ込ん
だって」
クロエは完全に顔を覆った。
それ以上何も言わず、レベカはベッドから立ち上がった。彼女の顔は涙に濡れていた。激し
く泣くほどの涙ではなかったが、脈打つような痛みのように絶え間なく流れていた。彼女は
使用人たちに見られないように涙を拭きながら部屋を出た。しかし無駄だった。階段を下り
ている時、彼女は段差でつまずき、床に倒れた。タニアが駆け寄って彼女を助け起こし、彼
女が泣いていることに気づいた。
「大丈夫ですか、レベカ様? お医者様を呼びましょうか?」
「大丈夫よ、タニア」
「でも泣いていらっしゃいますよ」
「何でもないわ。食事はもうできてるの?」レベカはドレスの袖で涙を拭いていた。
「はい、レベカ様」
「すぐに行くわ。一人で食べるから、使用人たちは食堂から下がって部屋に戻るように言っ
て」
タニアはレベカを立ち上がらせた。彼女は一人では立てなかった。力が体から抜け落ちて
いた。彼女は彷徨う魂のように歩いた。アヘト=ミットのすべての住人と同じように。
食堂に着くと、彼女はテーブルの上座に座った。誰も彼女に付き添っていなかった。三皿の
料理と、恐ろしい沈黙だけがあった。彼女は甘いパンを一口食べた。噛みしめながら、彼女
の涙は滝のように溢れ出した。
「私は悪い姉よ、悪い女よ。運命を受け入れて、総督の性的奴隷になるべきなのよ」彼女
の涙はスープのとろみと混ざり合った。「私は蛇みたいなものよ。誰かが踏む埃を食べて這
いずり回ってる。私は蝿みたいなものよ。誰かが食べる料理を味見してる。私は、私は、た
だの誰でもないの……」レベカは唯一の慰めとして自分自身を抱きしめた。その時、彼女は
胸の間にアークが残した手紙があるのを感じた。苦しみながらそれを取り出し、必死に読
んだ。アークが自分にセサルを殺すのを手伝ってほしいと愛と献身を込めて提案してきた
ことを思い出した。しかし彼女は不満のためにそれを拒否したのだ。
「今日は随分と詩的だね、作家さん?」
ハハハ、インスピレーションが湧くと自然に散文が生まれるものさ。
彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「私のアーク、あなたが既に先に警告しようとしていたことに気づけなかったことを許して」
彼女はその手紙を胸に押し当てた。「少なくともあなたは私を助けてくれるってわかってる」
自分たちの判断で最初は拒否した希望に縋りつくことほど人間らしいことはない。一人では
できないことを知り、誰かに深く依存せざるを得ない絶望は、あなたを弱くするものではな
い。それはあなたを絶対的で超越的な存在、すなわち人間性へと変えるのだ。
その夜、それ以上何も起こらなかった。静けさが屋敷を包み、レベカは深い眠りについた。
***
アークとユアンはその朝、終始家の中にいた。二人とも外に出て日の光を浴びることさえし
なかった。互いに言葉を交わすこともなかった。ただ向かい合って座り、二人の間には小さ
な木のテーブルがあるだけだった。
サムはすでに平常通りに戻っていた。平常通りというのは、明日がないかのように酒を飲
み続けるということだ。かつて彼が家族から奪った同じ酒で、今は自分に家族がいたことさ
え忘れようとしていた。酒と共に もやってきたが、それらは受動的攻撃的なコメントのよう
だった。
「お前たち二人はクソ野郎だ」彼の声には怒りはなく、むしろアドバイスをしようとしているよ
うだった。「例えばお前だアーク。俺がやったことを見た時、すぐに殺すべきだったんだ。で
も違った。お前は良い奴でいたがった。そろそろユアンの気持ちがわかってきたよ」
サムはユアンの肩に手を回した。「そしてお前、友よ。女に対してそんなに臆病になるのは
やめろ。お前は女と話せないのが丸わかりだ。もうとっくに男になるべき歳なのに、まるで
子供みたいだ。このままじゃ、お前はアークに恋愛することになるだろうな」
そして彼はそんな調子で、意味不明な話を次々と続けた。それらを自分は最も哲学的なこ
とを言っていると信じながら。
「知ってるか、俺の故郷に女が好きな男がいたんだ。でもお前たちが思うような女じゃない。
女装して女みたいに話そうとする男たちだ。フェムボーイって呼ばれてた」
「外に出る」アークはソファから立ち上がり、酔っ払いとの馬鹿げた会話に耐えられなくなっ
た。
「俺も行く」
「二人とも行くのか? もう同性愛を始めたな。少なくとも誰にも見つかるなよ。俺の労働者
がどこかでキスしてるなんて言われるなよ」
アークはため息をつきながら彼を見た。後ろからユアンが続き、振り返りもせずに出て行っ
た。
二人は街を歩いた。アークが前に見たのと同じ光景が広がっていた。倒れている人々、
酔った男女から盗みを働く子供たち、嘔吐している者たち。
「へえ、街のこんな場所は見たことがなかったな」ユアンが見渡しながら言った。
「ああ。サムと出かける時はいつも、彼はこの辺りを通るのを避けて、すぐに大通りへ向
かっていた」
「そういえばサムのことだが、あいつを置いて行って、持ってるものを全部奪った方がいい
んじゃないか? 盗むってわけじゃない。もう十分助けてやったし、それなりの報酬だ」
「それは良い考えじゃないと思う。まずは……」
道端に倒れていた男がアークの靴に嘔吐した。その嘔吐物は非常に濃厚な質感で、緑色
をしており、何かの食べ物の欠片も混ざっていた。
「この馬鹿が」アークは地面にいる男を見下ろし、肋骨を蹴ろうとした。しかし殴る前に、彼
は突然、男の姿と子供の姿が入れ替わる幻覚を見た。そしてその幻覚は完全に別の次元
へと彼を移し変えた。
アークは同じ場所に立っていた。少年が一人の女性の手を引いて歩いていた。どうやら彼
女は母親のようだった。
「お母さん、どこに行くの?」
「ここを離れるのよ」
「パパは?」
「パパは来ないわ」
女は足を速め、息子を引きずるようにして連れて行った。突然、酔った男が現れ、売春宿の
美人を腰に抱えていた。
「パパ!」
無邪気な少年は嬉しそうに父親に笑いかけた。
「どこに行くんだ、マイラ?」男は女を離さずに尋ねた。
「あなたから遠くへよ。あなたみたいな男に好き放題に辱められるのはごめんだわ。フェリ
ペも連れて行く。あなたに育てさせるわけにはいかない」
男は女を見て笑みを浮かべた。
「結構だ。これで荷物が一つ減った」
何が起きているのか理解できない少年は、困惑した顔で父親を見た。「一緒に来ない
の?」悲しそうに尋ねた。
「行かないよ、パイプ。お母さんは俺をお前の人生に入れたくないんだ。だが良い父親とし
てアドバイスをしてやる。お前の母親みたいな女とは結婚するな。むしろこういう女にしと
け」父親は少女の尻を叩きながら、彼女は微笑んだ。
「聞かないで、フェリペ」不機嫌な母親は少年の手を引いて連れて行った。
「覚えておけよ、パイプ」男は叫んだ。「ここで待ってるからな。母親を憎み始めたら俺を探
せ」
幻覚はそこで終わった。アークは再び地面の男を見た。その顔は打ちのめされ、口は乾き
きっていた。もう生きる気力はその顔から消えていた。
地面に倒れた男は、かすれた声でささやいた——
「父さん……ずっと探したけど、見つからなかったよ」
アークは立ち止まり、彼を殴らず、そのまま通り過ぎた。地面に倒れた男を置き去りにし
て。彼の顔は少し紅潮し、少し怯えていた。
「何かあったのか?」ユアンがそれに気づいて尋ねた。
「何もない」彼はため息をついた。「さっき言ったように、まずは総督を殺さなきゃ。サムの家
は夜を過ごす場所を心配しなくていいから、ある程度の安全はある」
「まだその話してるのか? 少なくとも計画はあるのか?」
「あったんだが、誰かの助けが必要だった。その誰かは協力しなかった」
「新聞を読んでたら、お前が殺しに行くって言った夜に総督に対する襲撃があったって書い
てあった。お前が関係してるのか?」
「まあな」
アークはその夜起きたことをすべて説明し始めた。あの時、彼は総督が何をしているのを
見たかしか話しておらず、どうやってそこにたどり着いたかの経緯は話していなかったから
だ。
「お前のやったことは性急すぎた。獲物を怖がらせて、今はもっと慎重になってる」
「最初は殺すつもりじゃなかったんだ。でもなぜか今はあいつに対してものすごい嫌悪感を
感じる。何かが俺に殺すように駆り立てるんだ」
「お前に何が起きてるのかわからないけど、お前は俺の友達だ。お前の狂気に付き合うし
かないな」
「ありがとう、ユアン」
「もう正午だ。サムのところに戻った方がいい。あいつが何をするか信用できないからな」
二人はサムの家へと戻った。しかしその家がある通りに曲がった時、彼らは角に停めてあ
るかなり異様な馬車に気づいた。狭い通りを通れないほど大きかったからだ。遠くには、ワ
インレッドのドレスを着た美しい女性が、同じ色の日傘を差して日差しを避けていた。
「彼女みたいな女に、お前みたいな奴がストーカーされるなんてな」
ユアンはアークに肘を当ててからかった。
「レベカがここに来るのはおかしい。気をつけろ」アークは彼女を観察しながら言った。
遠くに彼らを見つけたレベカは、小さな笑顔を見せ、優しい顔を見せた。「こんにちは」彼女
は言ったが、ユアンとアークは彼女を無視してサムの家に入って行った。彼女は戸惑いな
がらもゆっくりと後について中に入った。
家の中はかなり荒れていた。ウイスキーの瓶が床に散乱し、リビングからは尿の臭いが
し、ゴミや食べ物の残骸が小さなテーブルの上に積まれていた。秩序の欠如が目立ち始め
ていた。
家中を隅々まで観察していたレベカは、完全に嫌悪感を露わにしていた。『どうして私の
アークがこんな場所に住んでるの? もし彼が望むなら、私の家に住んで、目を覚ましたら
私の素晴らしい顔を見られるのに』
「何の用だ?」アークは足で瓶を蹴りながら権威的に尋ねた。
「もっと……プライベートな場所で話せないかしら?」レベカは少し嫌そうに言った。
その声を聞くと、ソファで死んでいるかのように横たわっていたサムが、奇跡のように蘇っ
た。「その声は知ってる。レベカか?」サムは顔を上げ、彼女が自分に対して嫌そうな顔をし
ているのを見た。「グイトラゴ姉妹が来たぞ。腰を振るのが上手いやつらだ。このパーティー
は立て直したな」サムは立ち上がろうとしたが、転んだ。「お前たち二人はどうした? 手
伝って起こしてくれ」誰も手伝わなかった。彼は一人にされた。「年長者に対する無礼だな」
サムはレベカに近づき、汚れた腕を彼女の肩に回した。「何の用だ? 一緒に寝るような貴
族はここにはいないぞ。それに妹はどこだ? 一人で来たのか?」
レベカは助けを求めるようにアークを見た。
「ああ、わかった。お前は彼に会いに来たんだな。時間の無駄だ。アークはゲイでユアンに
惚れてる。俺みたいな正真正銘の男と一緒にいた方がいいぞ」サムはキスをしようとした
が、レベカは乱暴に彼を押しのけた。
「別の場所に行きましょう、お願い」彼女は懇願するような顔でアークを見た。
アークは彼女をどうでもよさそうに見つめ、ため息をついてソファに座った。「俺に言いたい
ことがあるなら、ユアンとサムの前で問題なく言える」
レベカは目に怒りと悲しみの混ざった表情で彼を見た。「あなたがそう言うなら」彼女はアー
クの向かいのソファに座った。「総督を殺すのを手伝いたいの」
ユアンは少し戸惑った様子で彼女を見た。サムは短い笑いを漏らし、再びボトルを飲んだ。
アークは彼女を正面から見ずに、サムと同じように軽く笑った。「はっ。なぜだ?」
それは見つめる先のない質問だった。誰に向けられたのかもわからない。二人の間に広が
る無限の空間に消える言葉だった。
「ええと……実はね」
そしてレベカは、総督を訪ねた時に起きたすべてを語った。
彼女が壊れた言葉で詩を語り終えた後、沈黙がその場を包んだ。「あなたに助けを求めに
行った時、あなたは同じことを言わなかったわ。『死だけをもたらす大義は決して助けな
い』って言ったわよね」
「だって……」レベカは言うべき言葉を考えていた。「総督が王冠を称えるために何をする
か、知らなかったのよ」
「あなたは知ってたんだ、レベカ。ただ自分に害が及ばないから見て見ぬふりをしてただけ
だ。でも今、彼らがあなたに目をつけて、板挟みになったから、プライドで拒絶した人の助け
を求めに来たんだろ」
『そうだ、アーク。あの蛇の本性を皆の前で暴け』
レベカは視線を隠そうとした。地面に潜って消えてしまいたかった。
「うわー、お前は飢えたら餌をくれる奴を探すだけの雌犬って言われてるぞ。俺はそんなの
許さないな。ユアン、お前はどうする?」サムはからかうような口調で言った。
ユアンは首を振り、上司に合わせて否定のサインを送った。
「でも……心配するな、レベカ」アークは笑顔で彼女を見た。「俺たちはお前を支える。俺がお
前を守る」
『なに!』カナリィが怒って叫んだ。
「え?」レベカは少し不信そうに彼を見た。
「お前がただ何かが必要だから俺たちを探すのは気に入らない。だが俺たちには共通点が
ある。総督に対するある種の憎しみだ。それで十分だ」アークはソファから立ち上がり、レベ
カの方へ歩いた。彼女を助けて起こす口実で手を差し伸べ、尋ねた。「どうだ、レベカ。総督
を殺すのを手伝ってくれるか?」
彼女はその仕草に心を奪われた。彼女の世界では、もはや周りには何もなかった。彼女と
アークだけが永遠の虚無に浮かび、そこに存在するのは彼女の彼への増大する愛だけ
だった。
完全に決意して彼女は答えた。「はい」そして彼の手を握った。
彼女の世界では、二人はキスをし、周りのすべてが爆発していた。しかし現実ではただ気
まずい思いをするだけだった。アークは彼女がキスしようとしていることに気づき、顔をそら
したのだ。
レベカは我に返り、顔を赤らめて、まだアークの手を自分の手で握りながら少し後退した。
「どうやって手伝えばいいの?」彼女はまだ彼の手をしっかり握っていたが、顔はアークの
目を見つめることができなかった。
「それを聞いてくれて嬉しいよ。ユアン、こっちに来てくれ。お前もこれを知っておくべきだ」
ユアンはサムを支えていた肩を離し、アークのところへ行った。サムだけを残して。
「はははは、なんてバカな連中だ。本当に総督を殺せると思ってるのか? おい、皆聞けよ、
こいつらが総督を殺そうとしてるって」彼は叫び始め、よろよろと窓の一つに歩いて行き叫
び続けたが、誰も気にしなかった。「俺は何度もやろうとした」彼は振り返りながら言った。
「一度も復讐できなかった。お前たちにできるとは思わない。まあいいや、寝るぞ」
サムは数歩歩いて、床にうつ伏せに倒れた。三人は少し興味津々に彼を見た。
「助ける?」レベカが尋ねた。
「放っておけ。酔ってるときはああやって寝るんだ」ユアンが答えた。
「本題に入ろう」
二人はアークの方を見た。
「俺は総督を自分の家で殺そうと考えていた。でもレベカの話によると、あの家は王宮衛兵
や役人たちによる絶え間ない監視下にある。だから二つの選択肢がある。一つは絶えず張
り込んで彼の習慣をすべて覚えることだ。しかしそれには時間がかかるし、その間に総督
が牙を王に渡してしまうかもしれない」
ユアンが口を挟んだ。
「レベカが会話で聞いた限りでは、総督は牙を渡す気はない。王の使者であるモラという男
にすらその話題を出していなかった」
「その通りだ。だがそれで安心はできない。忘れていただけで、今まさにどうやって運ぶか
議論しているかもしれない」
「二つ目の選択肢は?」レベカが言った。
「そこに至る。俺の考えは、大衆の前での演説中に彼を殺すことだ」
「ちょっと待て、待て。今のを聞き間違えていなければいいんだが」ユアンは少し心配そうに
アークを見た。「お前は、夜になると文字通り街が輝くティミトリーで、衛兵に見守られてい
る大勢の人々の前で、総督を殺したいって言ってるのか? 何をするつもりだ?」
「そうだ」
「お前が狂ってるとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。俺に何が見えてないん
だ? 教えてくれ」
「そこでレベカの出番だ。お前の会社は街のどの部分に明かりを灯すかコントロールしてる
んだろ?」アークは彼女を見た。
「そうよ」
「演説の夜、街は明かりで照らされる。屋根は守られ、通りは監視される。誰も馬鹿なこと
は考えない。皆、明かりがもたらす安全の下で安心している。何も怖がらない。すべてが見
えるからだ」
「演説が行われる区域の明かりを消そうってわけね」レベカは最愛の人が何をしようとして
いるのか理解して答えた。
「その通り。誰も何も見えない。何が起きたのか誰も理解できない。まるで人の瞬きのよう
に。一度だけの中断で、ティミトリーの聖人たちは安らかに眠るだろう」
アークは決意に満ち、説得力があった。間違いなく彼は優れたリーダーになる資質を持っ
ていた。誰もその計画に異論を唱えなかった。ユアンとレベカはうなずいた。それぞれが自
分のやり方で実行方法を考えながら。
「じゃあ俺は何をするんだ?」ユアンが尋ねた。
「お前はレベカを家まで護衛しろ。その間に彼女に何が起きるかわからない。おそらく彼女
を罪に問おうとするだろう。だから人々に彼女が脅されたと思わせる必要がある。そして、
その背が高くてがっしりした男と一緒にいる彼女が強制されたと思わせるのが一番いい。さ
らに、最初から誰も疑わない。皆、お前はレベカと寝るだけの男だと思うだろう」
レベカはその言葉を聞いて顔を赤らめた。『本当にあなたは私をそんな風に見てるの、愛し
い人?』彼女はアークが自分に対して持っているイメージを嘆いた。
「確かに理にかなってる」
ティミトリーはもう夜になっていた。街の至る所でパーティーの音が響き始めていた。
「この連中は飲むのに飽きないんだな。あんなバーがたくさんある場所の近くに住むのはど
んな気分だろう」ユアンは騒ぎを聞いて言った。
「もうかなり遅いわ。帰らないと」座っていたレベカが立ち上がった。アークも立ち上がった。
彼女は最愛の人に手を差し伸べ、別れのキスをしてほしいと願った。アークは最初は理解
しなかったが、気づいて彼女の手にキスをした。レベカの体に震えが走った。
「良い夜を」アークはレベカが来ていたワインレッドの手袋に唇を寄せて言った。
『不誠実な奴め』カナリィはいつものように、文字通り彼女の心の持ち主に対して怒りと嫉
妬を露わにした。
レベカはもう一方の手で自分の唇に触れた。「ありがとう」
「馬車までお送りしても構いませんか?」
「ええ、もちろん」
『私はイヤよ、すごくイヤ。アーク、行かないで。ここにいて』カナリィは彼を引っ張ったが、明
らかに何もできなかった。彼女はただの剣で、自分では何もできないのだから。
アークは彼女の手を離さず、家を出た。まるでカップルのように、彼らは地区の狭い通りを
抜けて外まで歩いた。そこで馬車が彼女を待っていた。レベカは彼の同行に非常に満足
し、目を閉じて彼の肩に寄りかかった。カナリィはいつものように苛立ちを抑えられなかっ
た。
『彼女から離れろ。刺されるぞ』
アークは優しく彼女を見た。彼の心に欲望のかけらもよぎらなかった。『迷子の子供みたい
だ』
もう少し歩いて馬車に着いた。新しい御者が馬車から降り、レベカの手を取ろうと歩いてき
た。
「レベカ様、こんな人たちと一緒にいるのはご自身のイメージを損ねますよ」その男はレベ
カの手を取り、彼女を守るかのように彼女の前に立った。
「心配しないで、ファルセオ。アーク様はただここまで送ってくれただけよ。彼にそんなに失
礼にしなくていいわ」
ファルセオは彼女の方を向き、彼女の顔に幸福、恥ずかしさ、欲望が混ざり合っているのを
認めた。それらは彼女のいつもの髪を弄る仕草と混ざり合っていた。
「お嬢様のおっしゃる通りに」ファルセオは彼女が馬車に乗るのを手伝い、自分は御者台に
乗って出発しようとした。しかし発車する前に、彼は非常に無関心な目でアークを見た。ま
るで目で侮辱しているかのように。
『馬鹿な御者ども。何でもないくせに偉そうにしやがって』アークは彼が去っていくのを見な
がら思った。
『あのレベカがやっと去っていった。家に帰ろう。お前が寝てる間に撫でてやりたい』
「はいはい、わかったよ。しつこいやつだな」
『ちょっと、私しつこくないわ。ただお前のことを心配してるだけよ。でもしなくて良かったみた
いね。お前は……』
こうして我が愛する読者の皆様、ティミトリーの歴史ある、美しく、輝かしい街でのアークと
ユアンのもう一夜が終わろうとしている。間違いなく……
『もうやめなさいよ、作家さん。誰もあなたの会話なんて興味ないわよ』
ちょっと、段落を終わらせてくれよ。インスピレーションが湧いてて……
『インスピレーション? 私の美しい胸を細部まで作り、腰を指で形作り、太ももを忍耐強く
作った創造主がインスピレーションよ。あなたはただ馬鹿なこと言ってるだけじゃない』
わかった、もう黙るよ。追伸:次の巻ではカナリィのテンションを下げる。
『聞こえてるわよ、バカ』




