第5章:現実
憎しみか、苦しみか、罪悪感か、それとも無関心か。このような状況で男は何を感じるべき
なのか? この王国での答えは明確だった。それは無関心だ。その出来事を無視して、何で
もないこととしてやり過ごすこと。二度と会うことのない子供のために悩む必要などどこにあ
る? 他人の人生に干渉して何になる? 明らかに、あの女は自らの選択でその状況に至っ
たのだ。そして罪悪感は完全に彼女にある。自分の子供にそんな姿を見せることを許した
のだから。だが、なぜアークはあの子供に痛みを感じたのか? なぜこの状況が、彼の魂に
塩を塗られた傷のように焼きつくのか? 意味がなかった。彼は共感するように育てられた
ことは一度もなかった。それなのに彼は共感を持っていた。そして最悪なことに、それはパ
ルニクに叱られたあの子供の頃よりも、はるかに生き生きとしていた。彼の感情には論理
がなかった。彼の頭は無視して牙に集中しろと言っていたが、彼の魂の奥底では復讐を望
んでいた。神の裁きを。何かが彼の内側で非難していた。あの女は生計を立てるために、
子供を養うためにやったのだと。あの小さな者に、自分が決して持つことのできなかった何
かを与えるために。そして真実の瞬間、彼女をそうさせたのはシステムそのものだった。だ
から彼女を裁くことはできなかった。なぜなら、自分の子供により良い生活を与えるためな
ら、誰だって同じことをしただろうから。
アークはもうずっと前に大通りに到着していた。貴族区域からの脱出に問題はなかった。お
そらく地域の兵士や将校たちはすべて総督の家に集中しており、他の通りは無防備で監視
もなかったからだ。
彼の表情は群衆の中に簡単に溶け込ませた。彼のチュニックは先ほどのことで少し傷んで
おり、ワインレッドの色が目立たなかった。彼の内面の闘いの態度も助けになった。彼は虚
ろな目で進み、人々の波にただ身を任せていた。彼はみんなと同じように見えた。
「どうしたのアーク? あなた、別の場所にいるみたい」
「自分に何が起きてるのか分からない。自分自身が理解できない。自分の考えの中で迷子
になってる」
「じゃあ教えて、愛しい人。何を考えてるの? あなたの愛する人に気持ちを話してごらん」
「あそこで見たこと、今何をすべきかのこと。理性はあの出来事は重要じゃないって言う。無
視しろ、見て見ぬふりをしろ、牙のことに集中しろって。でも…俺の中の何かが全身を掻き
乱して、俺を落ち着かせないんだ。あの子供や他の誰かを助けるために何かすべきだと感
じさせる。この街を助けて、あの豚の総督から解放すべきだと。ささやくんだ…言うんだ…『殺
せ』って!」
カナリィは何も言わず、サムの家に帰る道中ずっと沈黙していた。同じ三時間かかった。大
通りの通行人たちの絶え間ない押しで疲れる歩きだった。
家は静かで、中からは何の音も聞こえなかった。かすかな灯りだけが、居間の窓を照らし
ていた。アークがドアをノックすると、ユアンが開けた。
「どうだった? 探してたものは見つかったか?」
「いやユアン、望んでいたものは手に入らなかった」アークは家に入り、朝と同じソファに
座っているサムを見た。「サムはどうだった?」
「まあまあだと思う。飯はやったけど、受け取らなかった」
「何かしたか?」
「何もしてない。お前が行ってからずっとあのままだ。虚ろな目で、時々すすり泣いてる」
二人は沈黙してサムのシルエットを観察した。
「まだ牙を取り戻すつもりか?」ユアンが沈黙を破って尋ねた。
「いやユアン、もう計画は変えた」
「ようやくか。もう心配し始めてたところだよ…」
「奴を殺す」
「ちょっと待て、何だって?」ユアンは困惑した顔で彼を見た。
「聞こえた通りだ。この地を荒廃させる嫌悪の元凶を断つ」
「待て待て」ユアンは両手で顔を擦った。「なぜ奴を殺したいんだ? 牙を持ってるのは分
かってるけど、それを殺すことで巻き込まれる面倒を正当化するものじゃない」
「奴の行動は自宅の闇に隠されている。その本質は、俺がこれまで見てきたものよりはる
かに邪悪だ」
「話してくれ」
アークは総督の家で見たものを正確に詳細に話した。
「頼むよアーク、何がどうなってるんだ? 俺たちはもっとひどいものを見てきたぞ!」彼は叫
んだ。「それでも助けに入ったことは一度もない。俺たちは気にしたことがない。ヒーロー気
取りのコンプレックスなんて、一度も、一度だって持ったことがない。お前は誰よりも見て見
ぬふりをしてきた。地面に跪いて助けを乞うても、無視して自分の道を進んできた。そして
今、何かに感動して、誰も俺たちを助けなかったのに、世界中の誰もを助けたいと思ってる
のか?」
「パルニクは俺たちを助けてくれた」アークは自分を正当化しようとした。
「パルニクなんて存在しない!」彼はさらに強く叫んだ。「奴は実在しなかったんだ。お前の
心がリノ・ブランコの狂気に落ちないように、お前が作り出したんだ」
「バカ、俺に嘘をつくな。お前は奴が俺たちの父親のような存在だったと知ってるはずだ」
「アーク、お前が作り上げたのは全部架空の話だ。俺たちがリノ・ブランコに来たのは、見
捨てられた子供として、食べ物を求めて家々のゴミを漁っていた時だって、お前はよく分
かってるはずだ。俺たちは殴られ、虐待され、奴隷にされかけたんだ」
アークは思い出し始めていたが、同時に頭の中にある物語が現実と衝突していた。
「嘘だ」彼は頭に手を当てた。「奴は俺たちの才能を見抜いたんだ。巨大な猪を家まで運ん
で行った時だ」
「アーク、あれは猪じゃなかった。あの日、俺たちはひどく空腹で、枯れ葉とリノ・ブランコの
境界で必死に這っている瀕死の人間の死体を見つけたんだ。奴が死んだ時、俺たちはそ
の死体を村まで引きずった。そこで…そこで…」ユアンは最後の言葉を言葉にできなかった。
アークにはその光景がつい先ほどのことのように鮮明に浮かんだ。子供の頃の自分とユア
ンが、人間の死体を食べている。村中の人々が嫌悪の目で彼らを見ていた。
「違う! 違う! 違う!」アークは両手で頭を押さえた。しかし、彼の偽りの物語の新たな記
憶が押し寄せてくる。彼らが傷ついた時、パルニクが癒してくれた時のことだ。
「そして、俺たちが怪我をした時に奴が世話してくれたことも、嘘だとは言わせない。あれは
確かに起きたんだ」
「そうじゃなかった。アーク、俺たちは文字通りある家族の家に押し入った。お前は二人の
子供の父親を殺し、母親に俺たちの世話を強要したんだ」
再び、彼の頭の中の記憶が組み込まれていたものと衝突した。
「来た兵士たちは、俺たちを生きているか死んでいるかのどちらかで家から連れ出すため
だった。お前がパルニクに抱きついたように見えたあれは、俺たちの世話をしてくれた女に
刺した一撃だったんだ」
アークは怒っていた。彼の顔はユアンの言葉で強張っていた。まるで全ての記憶が彼に
戻ってくるかのようだった。「信じない。パルニクは俺たちが傷ついた時に受け入れてくれ
た。この世界で生き抜く方法を教えてくれたんだ」
「頼むよ、友よ。俺の話を聞いてくれ」
「いや、奴は俺たちを助け、良い人間になることを教えてくれた」アークの声は今にも壊れそ
うだった。
「良い人間? 笑わせるなよ。お前が何をしてきたか思い出せ。商人の家族を殺しただろ。
奴らがお前の望む値段を出さなかったからって。顔に笑みを浮かべてな。子供たちが両親
を殺さないでくれと跪いて懇願しても、お前は無視した。無実の人々や老人たちを殺したん
だ。今さら聖人ぶるなよ。お前は枯れ葉で最悪の存在だった。誰も俺たちを望まなかった。
そして最悪なのは、俺がそのお前を尊敬していたってことだ。何が起ころうと、お前はいつ
も問題から逃れた。安全でいるためなら誰でも殺す必要があってもな。俺がお前について
行くのは、そうすれば安全だと分かっているからだ。だが、お前が始めようとしていること
は、俺に多くのことを考えさせる。お前は聖なる預言者に殺されかけたあの日から、変わり
すぎた。善くなり始めたんだ」ユアンはこの最後の言葉を嫌悪感を込めて言った。
「思い出させないでくれ、どうか」
「すまないアーク。だが男は自分の過去から逃げられない。俺たちは王国中のどこにでも
いる、同じクズだったし、これからもそうだ。自分が何者かからは逃げられない」
「じゃあ、俺たちは何なんだ?」
「リノ・ブランコの悪魔だ」
アークはそれ以上何も言わず、ゆっくりと部屋の一つへ歩いていった。「今夜はサムの世話
をしてくれ」姿を消す前にそう言った。
そして彼は部屋に閉じこもり、ユアンとサムだけを残した。
【評者】
ちょっと待てよタクジ、これはあまりにひどい。こんなこと書き続けるのは良い考えじゃない
と思うぞ。
【タクジ】
おっしゃる通りです。ここでこの部分の物語は止めましょう。
嘘、幻想、虚偽。自分自身を欺くこと以上にできることがないこの王国で、何を期待できると
いうのか? そう、アークもそんな気持ちだった。彼は自分を取り巻く真実のすべてを疑い始
めていた。彼はまずベッドの隅に座り、剣を抜いて横に置いた。するとカナリィが現れた。彼
女は両手を太ももの上に置いて座り、その顔はどこか居心地の悪さを示し、会話を始めた
がっているのが分かった。
「お前は本当に実在するのか?」それが氷を破った質問だった。
「ええ。でもあなただけが見えて、聞こえるのよ」
「それじゃあ、本当に俺は狂ってるってことだな」
二人の間に沈黙が流れた。
「俺が変化を信じる原動力は、この王国にパルニクのような人間がいるかもしれないって思
うことだった。周りで何が起ころうと、孤児の子供たちに手を差し伸べようとする誰かが。で
も…結局そんな人間は存在しなかった。それだけで一つの疑問が残る。もし俺がみんなと
同じなら、何かを変える資格なんて俺にあるのか?」
涙が彼の顔を伝い始めた。泣き声もすすり泣きもない。ただ、汚れた床に滴が落ちる音だ
けが聞こえた。
「私のアーク…」
「これまで何人の人間を考えもせずに殺してきたんだろう。何度、俺がこの地に住む悪その
ものになって、何も失うものがないまま破壊してきたんだろう。何度、俺の行動でユアンを
震え上がらせてきたんだろう。悪魔でさえ俺よりはマシに振る舞うはずだ。なのに創造主が
来て『お前は選ばれし者だ』と言う。何のための選ばれし者だ? 王国を破壊し尽くすため
か? 住人たちの悪夢になるためか? 俺は自分が何のために存在しているのかさえ分か
らない。なぜ今になってこの哀れな連中に慈悲を感じるのかも分からない。彼らは俺と一緒
に死ぬべきだ!」
カナリィは彼が思う存分吐き出すのを許し、言いたいことを全て言わせた。そして最後に彼
の右手を取り、優しく撫でた。
「あなたは失われた約束であり、束縛からの解放者であり、この王国を守るために闇に潜
む刃なのよ」カナリィは彼の顔を撫でた。「あなたは悲しみに満ちた子供みたいね。大丈
夫、私があなたを慰めてあげるから」
カナリィは彼にキスをしようと身を乗り出したが、内側で壊れたアークは彼女の胸に飛び込
み、その上に横たわった。アークは温かく、柔らかく、ほとんど懐かしい感覚を味わった。カ
ナリィは逆に、子供を慰める母親のように彼の髪と顔を撫でた。
「大丈夫、すべてうまくいくから」
彼女の胸の間で、アークは眠りに落ちた。
【タクジ】
男にとって、女の胸ほど安全な場所はない。何を言われようと、あの二つの柔らかく丸い丘
の間で、どんな男も安らぐのだ。
【評者】
しかしタクジよ、お前は一度もその上に寝たことがないだろう。いや、そもそも胸に触れたこ
とすらないんじゃないか? 何を言ってるんだ?
【タクジ】
黙れ。お前に聞いてるんじゃない。
アークは朝の六時に起きた。部屋には一人だった。カナリィはおらず、剣だけが輝きを失っ
てそこにあった。アークはそれを手に取り、いつものように背中に装着した。
部屋を出て居間へ向かった。ソファでサムが眠り、別のソファでユアンも眠っていた。彼ら
がまだいるのを確認して、彼は台所へ向かい朝食の準備をしようとしたが、食べられるもの
は何もなかった。
「買い物するのを忘れてた」アークは棚を見ながら言った。
「ごめんなさい、思い出させるのを忘れてたわ」カナリィが背中から彼の首に腕を回した。
アークはサムのところへ行き、金を探して彼の身体を調べ始めた。ユアンが口笛を吹いて
彼の注意を引いた。
「何を探してるんだ?」彼は尋ねた。
「パスカルを少し」彼は探し続けながら答えた。
「何も見つからないよ。もう全部取ってある。ほら」
ユアンは銀のパスカルを投げ、アークがそれを受け取った。
「店に何か買いに行く」
アークは立ち上がってドアへ向かった。出ようとした時、ユアンが言った。「アーク…死ねよ」
笑顔でアークはその場を去った。その言葉に安らぎを感じた。ユアンが傷つけるつもりで
言ったのではなく、この二人の間での優しい「ごめん」の言い方だったからだ。
彼は通りを無目的に歩いた。食べ物を売っている店を知らなかったからだ。彼が通ったす
べての場所で、閉店しているバーか、酔っ払いが椅子に座っているバーだけを見た。
「食べ物を買える場所を知ってるか?」
「実は知らない。食べ物を買いに行くって言ったけど、本当は総督を殺す方法を考えたかっ
ただけなんだ」
「本当に殺すつもりなの? まあ、あなたの決断だからね。少なくともアイデアはあるの?」
「そういう質問はユアンにするんだ。ああ、でも方法は分かってる。問題は助けが必要なこ
とだ」
「誰の?」
「お前が好きじゃない女の子の」
「あの子のところに行こうなんて考えないでよ。聞こえた? 禁止するわ」
「聞こえない聞こえない。俺は木でできてて、魚の耳を持ってるんだ」
「言うことを聞いて、行かないで」
「聞こえない聞こえない。俺は木でできてて、魚の耳を持ってるんだ」
「バカ」
***
家に戻るということは、幸福、悲しみ、苦しみといった感情をもたらすものだ。しかしアーク
にとって、これらの感情は男が売春宿に行く時のような不安へと変わっていた。家は美し
く、他のどの家よりも輝いていた。太陽がその栄養たっぷりの力で街を温め始めていた。
アークがドアをノックし、使用人が開けてくれるのを待ったが、逆にレベカが直接ドアを開け
た。
「こんにちはアーク。どうしたの?」
レベカは身なりを整えていた。彼女の服は、自分の屋敷でのパーティーで着ていたものと
同じで、ルビーのハートを胸元に付けていた。
「元気だよ。君が直接開けてくれるなんて驚いた。まずは使用人の誰かと話さなきゃならな
いと思ってた」
「たまたまドアの近くにいて、開けに行っただけよ」彼女は少し恥ずかしそうで、何かを隠そ
うとしているようだった。
『もし彼に、彼が去ってからずっと待っていたって言ったら、私が狂って彼に夢中だと思われ
るわ』
ああ、なるほど。ひひひ、君は本当に狂ってるな、お嬢様。
なぜ驚くんだタクジ? こんな馬鹿げたことを書いてるのはお前自身だろう。第四の壁を壊
すのをやめたほうがいいと思うぞ。物語の連続性を損なってる。
黙れ伝道師。お前の意見なんて誰も気にしてない。俺だけだ。
「何か話したいことがあるんだ」彼は尋ねた。
「もちろんアーク、入って」
アークは敬意を払って入っていき、レベカは愛情を込めて彼を見つめた。
カナリィはそれを見ていて、頬を膨らませて怒りながら彼女を見た。
「彼は私だけのものよ。あなたには彼を見る権利すらないわ。それに、昨夜はあなたの胸
じゃなくて、私の胸で眠ったんだから」
「居間で待っていて。すぐに行くから」
アークは進んでソファの一つに座り、すぐに使用人が入ってきてコーヒーを渡した。アーク
は一口ずつ味わいながら、その滑らかさ、香り、芳醇な香りを楽しんだ。こんなコーヒーは
一度も飲んだことがなかった。
「それで、何の話をしたかったの?」
レベカが到着し、コーヒーを楽しんでいるアークの穏やかな時間を中断した。彼女は彼の前
に座り、脚を組んで、ドレスで覆われていない太ももの一部を見せた。
アークは一瞬彼女の脚を見てから、質問に答えた。
「レベカ、今から言うことは否定的な影響を与えるかもしれないし、多くの人に知られたくな
いんだ。ここで誰かに聞かれたりしないか?」
レベカの顔が少し輝いた。その言葉は彼女を不意を突いた。「私の部屋はどう?」彼女は
少し焦りながら、やや大胆な表情で言った。
「ダメよアーク、あの蛇女の部屋に入っちゃ。彼女の目であなたに何をしたいか分かるわ」
「いいよ」
「バカね。彼女はあなたを利用しようとしてるの。邪悪な意味で食べようとしてるのよ。それ
ができるのは私だけなんだから」
「じゃあ行こう」
アークは立ち上がり、コーヒーをセンターのテーブルに置いた。レベカも立ち上がり、アーク
より先に歩いて案内した。
階段を上りながら、レベカは考えた。「『否定的な影響』ってどういう意味だったんだろう?」
彼らは二階の廊下を歩き始めた。「考えろ、彼は何か俺に望んでいる。まさか…」彼女は軽
くうめき声を上げながら指を噛んだ。「まさか彼は愛の告白をしたいだけで、誰かに聞かれ
るのが恥ずかしかっただけなのか? 創造主よ、そうであってほしい。私はただ彼に身を捧
げたいだけなのに」
「ここよ」
レベカは自分の部屋のドアを押し開け、アークがその後ろに入った。
彼女の部屋は美しく、可能な限り女性的に装飾されていた。その場所の色調は柔らかなワ
インレッドで、プラグマティックなエロティシズムの感覚を与えていた。部屋は清潔で非常に
整理整頓されていた。彼女のドレッサーには人工の花で縁取られた鏡と、たくさんの化粧
用の色があった。家の裏側に面した窓があり、部屋に柔らかな光を注いでいた(太陽が正
面から当たっていないためだ)。床は廊下と同じタイルで、家の美観を損なわないようにし
ていた。部屋には部屋の雰囲気と同じ色調の肘掛け椅子もあった。
「それで、何の話をしたかったの?」
レベカはベッドに座り、脚を組み、両腕を両側に伸ばして体を後ろに傾け、ドレスのネックラ
インから美しい胸を露出させていた。さらに、彼女はアークを色っぽい目で見つめていた。
「見ないでよ、バカ」カナリィはゆっくりと怒りながら言った。
アークは彼女を数秒間見つめてから、肘掛け椅子に座った。座ると、彼のお尻を包み込む
ように快適な感覚が広がった。
「レベカ、君を大切に思っているし、今から言うことが多くの人に好まれないことは分かって
いる」
『さあ言ってよ、私と一晩過ごしたいって。他の人たちは私をベッドに連れて行きたがって、
もし君と一緒にいると怒るかもしれないけど、私は君だけを愛してる。いや、そう思うわ』
アークはため息をついてから言った。「総督を殺したいんだ」
レベカの顔は期待から混乱へと変わり、その後真剣な表情になった。「何ですって?」
「聞こえた通りだ。総督を殺したい。でも助けが必要なんだ」
レベカはより正式に座り直し、脚を組み直して胸を強調するのをやめた。
「何を言ってるのアーク? 助けを求めるなんて? 私がそんなことすると思ってるの? むし
ろ今すぐ王室衛兵を呼んで逮捕してもらうべきよ」彼女は防御的になり、ある種の恐怖が彼
女の顔に現れ始めた。「あなたは一体誰なの? 傭兵? 暗殺者?」
アークは裁かれている感覚を覚えていた。アイデアを出しても誰も支持せず、ただ批判され
るだけの感覚だ。もちろん、誰かを殺すと言うことは、支持されるようなアイデアではない
し、ましてやそれほど重要な公人であればなおさらだ。そのため、彼は恥ずかしさを隠すた
めにフードを深くかぶったが、それが彼を陰惨な外見に変え、レベカを大いに怖がらせた。
彼への愛は即座に消え去り、生存本能が彼女の中に現れた。
「違う…あなたは革命家の一人だ。これが彼らの計画だったんだ。自分の仲間を送り込んで
私の信頼を得させ、協力させるって。汚いネズミどもがずるい手を使うなんて。不可能な目
標を達成するためにここまで落ちるなんて。絶対に、絶対に死だけをもたらすような大義を
助けたりしない」
—違うんだレベカ—アークは言った—俺は彼らとは違う。俺はこの王国を守るために闇に潜む刃なんだ。
俺は…アヘト=ミットの解放者なんだ。
【評者】
やったなタクジ、これは最高だ。
【タクジ】
分かってる、分かってる。自分の文章力を疑ったことは一度もない。だが続けよう。
これらの言葉はレベカの心に響いた。まるでアークが世界で唯一の男になったかのよう
だった。彼女は彼の腕に飛び込み、彼と一つになりたいと願った。アークに「君を愛してい
る。君を苦しめるものすべてを終わらせる。俺から離れないで」と言ってほしかった。彼女は
彼を救世主として、砂漠の水として、読者がルクタキノクを愛するように見た。
「アーク…」彼女が絞り出せたのはそれだけだった。数秒後、アークは彼女の部屋を出て、
その後家を出ていった。
その場は空っぽになり、騒音も不必要なドラマもなかった。窓からは柔らかな風の音が聞こ
えてきた。レベカは呆然とし、混乱し、これすべてがただの夢だと思った。非常に悪趣味な
夢だ。彼女は何も言わずにベッドから立ち上がった。彼女の足音の反響が風に混ざり、肘
掛け椅子の脇に白い紙の小さな手紙が現れた。アークが座っていた場所だ。好奇心から
彼女はそれを手に取り、読んだ。
「ご陪伴ありがとうございました。無礼をお詫びします。敬意と愛を込めて、あなたの騎士よ
り」
レベカはアークだけが埋められる空虚を感じた。彼女はもはや肉欲ではなく、セクシュアリ
ティから離れた情熱的なものを感じた。
レベカ
アークは愚かで無神経だ。でも…私は彼をどれほど愛していることか。彼に離れてほしくな
い。ずっとそばにいてほしい。私のことを知ってほしい。良いことも悪いことも全部。(長く情
熱的にため息をつく)今まで気づかなかったけど、誰かを強く思っていると、この廊下はとて
も長く感じる。でも、どうして彼のことを考えずにいられる? 彼は私の人生の解放者だって
言った。いや、王国の解放者だけど、私もその一部だから、つまり私も解放してくれるってこ
とね。
「レベカお嬢様、会社へ向かう馬車が到着しました」
「すぐ行くわタニア。待っててと言って」
私のアーク、私のアーク。あなたの無関心にいつまで耐えられるだろう? 私があなたに身
を捧げようとしているのに、あなたが私に身を捧げるまで、あとどれだけ待たなければなら
ないの?
「レベカお嬢様、少し真剣なお顔ですね。お部屋に上げたあの男と何かありましたか? お
二人がなさったことをお掃除しましょうか?」
なんて率直なんだろう。情報として言っておくけど、私たちは何もしてないわ。彼はとても礼
儀正しい人で、決して私を利用したりしない。でも、最後に彼が私に頼んだことは、そういう
ことと分類できるかもしれないわね。
「何もなかったわ。気にしないで」
「分かりました。馬車にお乗りになるまでお付き合いします」
アークはどうなるんだろう? なぜ彼を殺したいのか? やっぱり彼は革命家で、私を利用し
ようとしているだけだと思う。
私は柔らかい馬車のクッションに身を横たえ、ため息をついた。車両は動き出した。
どうすればいい? 一方にはアークへの想いがあり、もう一方にはこの王国の実業家として
の未来がある。彼の言葉をただ見過ごして、自由に総督を殺させるわけにはいかない。彼
は私が頂点に上るための唯一の道なんだ。妹のやったことの後で、ティミトリーから発明を
広めるために頼れる人は他にいない。私たちのイメージは大物たちの間で傷ついてしまっ
た。クロエは本当に馬鹿だ。
「ねえヤホン、もし感情と理性のどちらかを選ばなきゃならないとしたら、どっちを選ぶ?」
「そうですね、お嬢様。それ次第です。もし感情が私に利益をもたらすなら、もちろん感情を
選びます。でももし逆に私を傷つけたり問題を引き起こすだけなら、理性が教える方を選び
ます。それが最も論理的でしょう」
「ありがとう」
「何かありましたか?」
「何もないわ」
つまり、自分に最も利益をもたらすものか。理にかなってるわ。そうしよう。彼との会話につ
いては何も言わない。でも彼を助けることも何もしない。無駄なトラブルに巻き込まれるつも
りはない。でも、総督に警備を強化するよう促さなきゃ。もし彼が死んだら、私の夢であるア
ヘト=ミット全体を照らすことは叶わない。
会社は妹が一緒に来ないととても退屈だ。やることは中央システムに欠陥がないか確認し
て、各セクターの報告書を読むだけ。一人でグラフを読んだり観察したりするのは完全に退
屈だ。私と妹以外にこの仕組みの理解者はおらず、つまり何が書いてあるか解釈できる者
もいない。理解者が私たちだけというのは複雑でとても疲れることだけど、これが発明のプ
ライバシーを守ることにつながっている。さらに、ある種の安全上の特権も与えてくれる。な
ぜなら、もし私たちに何かあったら、施設はどうやって正しく運営されるのか? 私たちは
ティミトリーが絶対に守らなければならない存在になる。
総督のパーティーでの出来事はもうここまで届いているようだ。何百人もの従業員が私が
通るたびに囁き合っている。(ため息)公人になりたくなかったのに、これが報いだ。もうすぐ
にでも、この王国の大物たちと同じように感じられる唯一の場所、知性がお金と同等に扱
われる場所から早く出たいと思う日が来るとは思わなかった。
勤務時間が終わりに近づいた時、私はエレベーターで出口へ向かった。人はあまりいな
かったが、いる人たちは整然と歩いていた。書類を持った女性事務員にぶつかってしまっ
た。彼女はどこからともなく現れて、私は彼女を見ることができなかった。彼女は私ほど美
しくはなかったが、それなりの魅力はあった。
「ごめんなさい」私は彼女が落とした書類を拾いながら言った。
「大丈夫です、レベカお嬢様。私が拾います」
彼女にはあまり注意を払わず、そのまま立ち去った。問題は、私が背を向けた時、彼女が
私に聞こえる十分な声でこう言ったことだ。「あのクソ女、あんたにそんなことが起きて嬉し
いわ」
私は拳を握りしめて自分を抑え、そのまま通り過ぎた。心は痛むが、彼女を解雇することは
できなかった。今、社会的にこんなに脆弱な時期に、従業員たちが私を憎み、仕事を妨害
し始めるのは避けたかった。
私の馬車は出口で待っていた。運転手に挨拶もせずに乗り込んだ。
「今日はどこへお連れしましょうか、レベカお嬢様?」
「総督に話がしたいの。彼の家に連れて行ってくれる?」
「喜んで」
若者はエンジンをかけ、いつも渋滞している大通りに入った。長い道のりで、運転手が会話
を始めたがったが、どうやら彼はそれが非常に下手だった。
「レベカお嬢様、先日の出来事について総督と話しに行かれるのですか?」
「私が彼と話すことはあなたの知ることじゃないわ」私は会話を遮るために冷たく言った。
「おせっかいを許してください。でもあの夜、あなたは私に何でも話していいと言いました。
そしていつでも愛情を込めて答えると。私はただあなたの心の特別な場所にいたいと思っ
ていました。あの夜あなたが言ったことから、私はあなたのことだけを考えていました。でも
あなたをよく知るうちに、友達が言ってたことが本当だと分かりました。あなたはただの尻軽
で、常に発情している雌犬だって」
「何の権利で私にそんなことを言うの? あなたはただの運転手で、私を insult する特権な
んてないわ。自分の立場をわきまえて、敬意を持ちなさい」
「くたばれレベカ。もう二度とあなたの運転手にはならない。ただあなたに会いたかっただけ
なのに、あなたは私を酷く扱って、私の気持ちを踏みにじった」彼の声は震え始めた。
ヤホンはなんと馬車から降りて去っていった。
「ちょっと、どこに行くの?」
返事はなかった。彼が人混みに消えていくのを見た。
「バカ」
私は馬車の運転の仕方が分からなかったし、後ろの運転手たちは私に insult を浴びせて
動けと叫び始めた。私は馬車から降りて徒歩で進むことにした。優雅に到着するという考え
は完全に捨てた。結局のところ、同じ仕様の馬車を買う金は十分にある。
貴族が住む区域に着くまで約四十分歩いた。それは実質的に私が住んでいる区域の向か
いにあった。最初に驚いたのは、その場所をパトロールしている衛兵や兵士の数だった。
彼らは書類を確認して身体検査をせずには誰も通さなかった。私もその検査を免れること
はできなかった。
「何の用だ?」大きくてがっしりした王室衛兵が私に尋ねた。ユアンほどではなく、もう少し
背が低く筋肉質ではなかった。腰には大きな剣が下がっていた。兜をかぶっていたので顔
は見えなかった。彼の声は権威に満ちているように感じられ、身震いした。
「総督に会いに来ました。レベカ・ギトラゴです」私は書類を差し出し、彼は数秒間それらを
ざっと見た。
「あなたの持ち物を検査せずには通すわけにはいきません。ご理解ください」
「どうぞ」
私は冷静さを保った。彼の手が私の体に触れたが、それは武器を持っていないか確認す
るための普通の触り方ではなかった。明らかに、そして確かに、それは変態的な触り方
だった。
「衛兵さん、どうかこれ以上は越境しないでください」彼の手の一つが私の胸を掴んだ時、
私はきっぱりと言った。
「それが仕事です、お嬢様」
そうだろうね。あの兜の下には、私に触った後で変態的な顔があるに違いない。
「しかし、総督に一人で会いに行くことはお許しできません。昨夜、三人が何者かによって
彼の敷地に侵入しました。二人は捕まえましたが、三人目は捕まえられませんでした。です
ので、二人の将校があなたを家まで護衛します」
「分かりました」
二人の将校が私に付き添った。一人は左側に、もう一人は右側にいた。時々彼らが変態的
な目で私を見て、互いに合図を送っているのが分かった。気にしなかった。たいていの男は
私が近くにいるとそういう態度を取る。ただ、咳をしたり顔を怒らせたりして不快感を示した
が、それでも彼らは続けた。
総督の家は王室衛兵でいっぱいだった。これほど多くの精鋭兵士が一か所に集まっている
のを見たのは初めてだった。彼らがワインレッドの鎧を着ているのを見るのは驚くべき光景
だった。将校たちは私を玄関で降ろし、そこから別の二人の王室衛兵が私を家の中まで護
衛した。中に入ると、衛兵の一人が総督を探しに行き、もう一人が私のそばに留まった。
その衛兵はどうやら童貞か、あまり女性と経験がないようだった。私たちが目を合わせた
り、昨夜ここで何があったか尋ねたりすると、彼はとても緊張した。
「実はあまり詳しくなくて」彼はどもりながら答えた。「知っているのは、誰かが家に侵入し
て、総督が彼らを見て非常に緊張し、ティミトリーの駐屯地に守備を要請したということだけ
です」
「なるほど。愛しい人、トイレがどこにあるか教えてくれる?」
「もちろんお嬢様、まっすぐ進んで左に曲がってください」
「ありがとう」私は美しい笑顔を見せた。あの兜の下で彼の顔は真っ赤になっていると思う。
本当はトイレに行きたかったわけじゃない。総督が現れるのを待っている忍耐力がその時
はなかっただけだ。だから一人で二階に上がった。そこには兜を外した衛兵たちがいて、最
初は欲望の目で私を見てから、「こんなお嬢様がここで何を?」と尋ねてきた。私は同じこと
を言った。「総督を探しているの。どこにいるか知ってる?」誰も場所を教えてくれなかった。
私はそれらの美しい廊下を歩き続け、どこに通じるか分からないドアの向こうから、探して
いる男の声が聞こえてくるまで進んだ。
【タクジ】
男にとって、自分の命を救うという重荷に対処するほど退屈なことはない。そこは総督の執
務室。総督セサルは、リンブリンから来た王宮の官僚の一人と共にブランデーを飲んでい
た。
「計画通りには何も進んでいない、モラ」セサルはグラスをすすりながら言った。
「何があったんだ?」年老いた猫背の男が尋ねた。
「今朝、州の北部にいるあの馬鹿な反乱軍たちから手紙が届いたんだ」セサルは机の上の
紙切れを指差した。「昨夜のことを、彼らが何ができるかの警告として受け取れと言ってき
ている。武器と土地の権利を与えたのが何の役にも立たなかった」
「だが、質の悪い武器を渡したんだろう?」
「それは役に立たなかった。彼らは良い品質の武器を手に入れる方法を見つけ、ベルシア
イニ家のいる『フロリンタ』で兵士を一人また一人と殺し始めた。人々は恐怖を感じ始め、私
はその地域への軍事的統制を何も持っていない。王室衛兵を撤退させて、すべて解決した
という合図にしたんだ。マーケティング上の動きだったが、今はそれを後悔している。なぜ
革命の最初の兆候がよりによって私の州で起こらなければならないんだ」
「落ち着けよ、そんなに大事にはならない。北部のあの貧乏どもは、少数の衛兵で十分だ。
さて、本題だが…あの電気の娘たちとは話したのか?」
「ああ、一人とは話した。私の見解では最も重要な方だ」
「何と言った?」
「彼女の会社を州全体に拡大するのを支援すると言った。彼女の信頼を得て、私が頼りに
なると思わせたかったんだ」
「よし。覚えておけ、彼女の会社を掌握するために彼女と結婚することが重要だ。あのよう
な連中に、彼女が発明したような素晴らしいものを管理させるわけにはいかない。彼女は
一人でそれらの施設を全て作り上げたかもしれないが、今こそ王冠が本来の所有者のも
のを受け取る時だ」
「ただ、一つ問題がある」
「何が起きた?」
「彼女の妹が彼女のイメージを台無しにした。貴族たちが彼女たちを喜ばせようとするだけ
のただの淫乱な女狐として見ていたのに、今ではさらに悪くなった。ただ金を持っているだ
けの下層民と見なされている。誰も彼女たちを尊重していない」彼は顔に嫌悪感を浮かべ
て言った。
「それは確かに問題だ。彼女と結婚することはできない。それは君のイメージを傷つけ、統
治者の決定に対して貴族たちが馬鹿げた議論を始めることになる。何か解決策はあるの
か?」
「今のところ何も思い浮かばない」
「それなら次の計画に移るしかない。彼女たちを殺し、直接支配権を握れ。もちろん、まず
は捕まえて拷問し、施設の運営方法について全ての情報を引き出すんだ。マスコミが何が
起きたか尋ねてきたら、彼女たちが君を殺そうと反乱軍に協力して君に対して陰謀を企て
ていたと言えばいい」
世界で最も暗く嫌な場所は、最も愚かな権力者たちが集まって、自分たちの支配下に置く
ために命を捧げる人々をどうやって制御し続けるかを決めるあらゆる環境だ。
ドアの後ろでかすかな物音が聞こえた。
レベカはドアの後ろで全てを聞いていた。最初は好奇心から、そしてその後は興奮から。彼
女は自分の死と妹の死についての不安のあまり、自ら身を露わにしてしまった。
二人の男は黙り込み、緊張が彼らの間で高まった。
レベカは突然の沈黙に気づいた。「どうしよう、どうしよう」彼女は落ち着くために息を吸っ
た。彼女は自分の過ちから逃れるために落ち着いている必要があった。彼女は偶然を装っ
てドアをノックした。
「誰だ?」セサルが向こう側から尋ねた。
「レベカです。先日あなたの農園でおっしゃったことについてお話ししようと思って参りまし
た。入ってもよろしいでしょうか?」
モラとセサルは数秒間見つめ合い、何が最善か決めているようだった。モラが軽く頭を下
げることで彼女を入れるよう指示を出した。
「入ってくれ」
レベカはできるだけ自然に入っていった。まるで今聞いたばかりのことが自分には関係な
いかのように。
「こんにちは、総督閣下」レベカは敬意を表して軽く頭を下げた。「お一人ではなかったので
すね」彼女はモラの方に向き直った。「お会いできて光栄です。レベカ・ギトラゴと申します」
先ほどと同じ仕草をした。それからセサルを見た。「どうやらお話の途中を邪魔してしまった
ようですね」
「気にするなレベカ。ちょうど君の話をしていたところだ」セサルが言った。
「そうなのですか? 私のような女性について何をお話しされていたのですか?」レベカは少
し緊張しているのが分かる様子で尋ねた。
「君のプロジェクトをこの州の北部にどうやって推進するかについてだ」モラが会話に割り
込んだ。
彼はレベカに近づき、しわくちゃで硬い手で彼女の手を取った。「あなたはこの十年で最も
重要な科学者の一人です。あなたの発明がこの街から出ていかないのは残念なことです」
モラから自然に出てくる偽善に、レベカは彼の手に触れていることに嫌悪感を覚えた。
「王冠はあなたに大きな期待を寄せています。あなたは、悲惨な状況から抜け出そうとする
多くの平民にとって、向上心の象徴となっています」
「ありがとうございます…?」
「ドン・モラとお呼びください」
「ありがとうございます、ドン・モラ」
「あなたを総督と二人きりにしましょう。結局のところ、あなたは彼に会いに来たのですよ
ね? 良いお話を」
モラは部屋を出ていった。
湿気と少しの暑さのある執務室に二人きりになり、セサルはある種の疑念を抱えてレベカ
を見ていた。「俺たちの話を聞いていたんじゃないのか?」彼は尋ねた。
レベカは執務室を偽りの好奇心で見回しながら、答える準備をした。「ほとんど聞こえませ
んでしたよ。ただあなたの声が聞こえたので近づいてノックしただけです。まあ、あれはあ
なたですか?」レベカは絵画の一つを指差した。「素敵ですね。いつ描かれたのですか?
あなたが二十歳の頃? 間違いなくあなたは当時の乙女たちにとって素晴らしい伴侶でした
ね」
レベカの自信は彼女をとても無邪気に見せ、セサルは安心した。
「座ってください、お嬢様。さぞお疲れでしょう。ウィスキーをお持ちしましょうか?」
「はい、お願いします」
セサルは棚の一つに向かい、ボトルを取り出した。レベカはその間、執務室にある肘掛け
椅子の一つに座った。続いてセサルは彼女にグラスを渡し、透明な液体を注ぎ、自分にも
一杯注いで、机だけを挟んでレベカの前に座った。
セサルは暑さで汗をかく豚のように見えた。彼のシャツはびしょ濡れで、いくつかのボタン
は何も留めておらず、腹の一部が見えていた。彼はグラスを数口飲んで話し始めた。
「ああレベカ、君の妹がやったことで私たちは非常に複雑な状況に置かれた。ベルシアイニ
家は協力に難色を示している。彼らは、自分のイメージを傷つける可能性のある者と関わ
りたくないのだ」
「貴族たちの前で私たちはどれほど悪い立場にいるのですか?」
「最悪だよ。多くの貴族たちは、もう君たちの電気料金を支払わないと言っている。金を持っ
た売春婦と関わるくらいなら、古臭い方法に戻るほうがましだと。もちろん、私は彼らとは違
う考えだ。私には君はただ方向性を求める迷える女性に過ぎず、私は君にその方向性を
与えたいと思っている」
セサルは前のめりになり、両手を合わせて太った顔を近づけた。
「俺と結婚してくれ」彼は突然言い、レベカを緊張させた。
彼女は少し戸惑った。「何とお答えすればいいのか…」
「考えてみろレベカ。君は総督の妻になり、アヘトの光をティミトリー州全体、いや王国全体
に自由に拡大できる権限を得る。王冠の支援とリソースも手に入る」
「分かりません、ドン・セサル。少し急すぎると思います」
「恋愛なんて必要ないなんて言い訳をするな。君は完璧に分かっているはずだ。結婚はた
だの政治的・外交的な駒であり、より大きな何かを得るための取引だ。君は貴族の中に誰
か恋人を見つけて、彼を恋に落とさせて、何かしらの家名の婦人になろうと必死に探してい
た。妹もその件に巻き込んだ。私は今、君にティミトリーのファーストレディになり、好きな場
所に自由に拡大する機会を提供しているんだ」
「あなたがおっしゃる通り、それは政治的・外交的な駒です。では、あなたが正確に何を求
めているのですか?」レベカは挑戦的な姿勢を取り、その美しさをかなり増していた。彼女
は脚を組み、総督の注意を胸に向けさせるためにルビーのネックレスで遊んでいた。
「私が求めているものは…」
レベカは今や、自分をこの政治的な意図に参加させようとしている全体像を観察する良い
立場にいた。もし断れば、彼らは何の躊躇もなく彼女を殺すだろう。結局のところ、彼女は
チェス盤の交換可能な駒に過ぎなかった。
彼女は外側は輝いていたが、内側は不安で死にそうだった。恐怖に屈して会社をセサルに
渡してしまうことなく、自分の命と妹の命と引き換えにしないよう、絶えず闘っていた。
セサルはもうレベカを見ていなかった。彼の心は彼女にどう答え、この状況から得をするか
を考えていた。「くそ、何て言えばいいんだ。彼女の信頼を得て愛させる方がずっと良いっ
てずっと分かってたはずだ。こんなに直接的に来るべきじゃなかった。今は交換条件を提
示するしかない」
「何をお求めなのですか、総督閣下?」
「君の会社をより強く掌握することだ。それが理由だ」
「それがお求めなら、結構です」
セサルの目が一瞬輝き、彼の表情は変わり、今は少し嬉しそうに見えた。
「では、私と結婚してくれるのか?」彼は焦って尋ねた。
「この王国全体を照らすためにそれが必要なことなら、そうします。ただし、拡張プロジェクト
とメンテナンスを私に管理させてくれる限りは」
彼女の自信は絶望とある種の不安が混ざっていた。世界中の誰もが、それが戦略ではなく
恐怖からだと気づくはずだった。しかしどうやらセサルは男らしさに目がくらみ、彼女を支配
する雄の足下に倒れる雌としてしか見ていなかった。
「分かったレベカ」
彼は家具の一つから、赤い宝石が埋め込まれた指輪を取り出した。レベカは輝く指輪を見
て、はめてもらうために手を差し出した。セサルは優しく彼女の薬指にそれをはめ、それか
ら彼女の手にキスをした。
「あなたと結婚できることを光栄に思います、レベカ・ギトラゴ…いや、レベカ・ファヒミ。」




