第97話 ゼルギウスを削れ――炎の代償は重すぎた
魔皇公ゼルギウス=ゼディアが、戦場の中央に立っている。
蟲王ベルゼ・ローチを討った。
闇王ノクス・ヴェインも消えた。
だが、こいつだけは違う。
先ほどの二王とは、明らかに格が違う。
六本腕。
再生する肉体。
こちらの動きを読む戦闘勘。
そして、場に立っているだけで肺の奥を押し潰してくるような魔圧。
色々と気になることはある。
勇者レオンの戦い方。
守護セリナ。
あの首輪。
だが、今は考えを止める。
まずは、ゼルギウス=ゼディアを倒す。
それが先だ。
「ノエル、後衛の結界を頼む」
「任せなさい!」
ノエルが両手を広げる。
白い光が広がり、後衛側を包むように結界が立ち上がった。
守田さんと甲斐さんが前に出る。
二人の盾が並び、壁のように構えられた。
その後ろに、津詰さんと副長さんが続く。
双剣。
長剣。
二人の戦士が、盾の隙間から飛び出せる位置についた。
フィーネは目を細め、ゼルギウスの魔力の流れを見ている。
クロエはロッドを構え、いつでも闇魔法を放てる姿勢。
山崎さんは弓を引き、三好さんは回復と浄化の光を手元に集めていた。
俺はそのさらに後ろ。
飛び出す機会をうかがっていた。
右側では、勇者パーティがゼルギウスとぶつかっている。
レオンの光の剣が走る。
ヴィオラの雷が落ちる。
黒装束の忍者が関節を狙う。
セリナの二枚盾が、ゼルギウスの攻撃を受け止める。
なら、俺たちは左から攻める。
左右から削る。
それしかない。
「おのれ。ちまちまと」
ゼルギウスが低く唸った。
こちらに備えるように、左上腕の黒槍を構える。
その瞬間、見えた。
こっちを警戒した。
つまり、左側の意識が濃くなった。
そこだ。
俺は《跳空のブーツ》で床を蹴った。
低い姿勢から、斜め上へ一気に跳ぶ。
ゼルギウスの左側へ食い込む軌道。
黒槍が迫る。
右から振りかぶるように、俺の進路を叩き落とそうとしてきた。
ゼルギウスの口元が、わずかに歪む。
読んだ。
そう言いたげな笑みだった。
だが、次の瞬間。
黒槍を持った腕が、がくりと沈んだ。
「何」
ゼルギウスの声が揺れる。
左上腕に、黒い影が絡みついていた。
床から伸びた闇が、槍を持つ腕に巻きつき、肘から先を縛っている。
クロエの《闇縛域》。
「焼くだけじゃないんだよ♪」
後方で、クロエがニヒヒと笑った。
いい。
その一瞬で十分だ。
俺は剣を振りかぶる。
ゼルギウスが左中腕の盾を合わせてきた。
なるほど。
槍が止められても、盾で受ける。
さすがに反応が速い。
だが、俺はその盾に無理やり斬り込まない。
力を抜く。
ふわりと、刃の角度を変える。
斬撃ではなく、着地。
俺はゼルギウスの盾の上に足を乗せた。
「これは土産だ」
左手で、腰のポーチから取り出したものを投げる。
フィーネから預かっていた、爆発鉱石入りのペットボトル型爆破装置。
盾の奥。
ゼルギウスの腕と胴の隙間へ、放り込む。
「離れろ!」
俺は叫ぶと同時に、《跳空のブーツ》で跳び退いた。
次の瞬間。
ズバァァァァァン!!
爆発が部屋を揺らした。
爆発鉱石の閃光が弾け、細かな破片がゼルギウスの前面で暴れる。
ただの爆風ではない。
圧縮された破壊が、盾の内側から噛みついた。
「グガァァァッ!!」
ゼルギウスが苦しげに唸る。
左中腕の盾が大きく跳ね上がり、外殻の隙間から赤黒い魔力が噴き出した。
そこへ、光が飛び込む。
レオンだ。
「円閃断!」
光の剣が、円を描くように走る。
爆発で開いた隙へ、容赦なく斬撃が滑り込む。
ゼルギウスの肩口が裂けた。
黒い外殻が割れ、魔力が飛び散る。
「この小童どもが!」
ゼルギウスが吠えた。
その声だけで、空気が震えた。
耳の奥が痛む。
床の黒い管がびりびりと跳ね、結界の表面に細かな波紋が走る。
ただの怒号じゃない。
魔力を帯びた声だ。
怒りそのものが、圧になって戦場へ叩きつけられている。
ゼルギウスの六本腕が動いた。
右上腕と左上腕。
二本の上腕が、掌を合わせるように構えられる。
それだけじゃない。
さらに、右中腕と左中腕も同じように構えた。
四つの掌。
赤黒い魔力が、その中心へ集まっていく。
まずい。
背筋が冷えた。
あれは見覚えがある。
魔皇爵ヴェルグ=ゼディアも使っていた。
ノエルの《多層聖界・プリズムウォール》を、たやすく破壊した炎。
火炎放射。
いや、こいつのは、その上位だ。
「火炎放射だ! 後衛を守ってください!」
俺は叫んだ。
開いた掌の中心が、赤く灼ける。
空気が焦げる。
床が熱で歪む。
「来る!」
次の瞬間、圧縮された炎が一直線に噴き出した。
一本は、ノエルが張った結界へ。
もう一本は、勇者パーティへ。
赤黒い火炎の奔流が、戦場を二つに割るように走った。
バキン!
硬質な音が響く。
ノエルの結界が、最初の一撃を弾いた。
だが、炎は止まらない。
炎の奔流が押しつけられるたび、半透明の壁に細いヒビが走る。
一本。
また一本。
枝分かれするように、白い傷が広がっていく。
「くっ、重い!」
ノエルが歯を食いしばる。
結界の光が揺れる。
パキンッ!
割れた。
「間に合え!」
俺は《跳空のブーツ》で跳んだ。
炎がノエルたちへ迫る。
クロエ。
フィーネ。
山崎さん。
三好さん。
その前に、守田さんと甲斐さんが飛び出した。
二人の盾が並ぶ。
だが、あの炎は盾だけで受けるには重すぎる。
俺はそのさらに前へ着地した。
腕を交差させ、防御の姿勢を取る。
次の瞬間、炎が俺を呑み込んだ。
熱い。
熱いどころじゃない。
炎が肌を焼くのではなく、身体の奥へ直接ねじ込まれてくるようだった。
赤黒い火炎が、俺の体に叩きつけられる。
肩が軋む。
肺の空気が焼ける。
視界が白く飛ぶ。
それでも退かない。
後ろには、仲間がいる。
ノエルがいる。
フィーネがいる。
クロエがいる。
ここを抜かせるわけにはいかない。
「ぐ、あああああっ!」
炎の圧が、さらに増した。
俺の足元の床が砕ける。
守田さんと甲斐さんの盾が背後で悲鳴を上げる。
次の瞬間、炎が圧縮されるように一点へ集まり、爆ぜた。
ドガァァァァン!!
圧倒的な爆発が起こった。
熱と衝撃が、身体をまとめて引き千切ろうとする。
どこが痛いのか分からない。
全部だ。
腕も。
肩も。
背中も。
腹も。
足も。
全身が、燃えるように痛い。
意識が飛びかける。
それでも、剣だけは離さなかった。
爆煙が、ゆっくりと引いていく。
視界が戻る。
ノエルが床に倒れていた。
フィーネも、クロエも、山崎さんも、三好さんも倒れている。
だが、動いている。
意識はある。
生きている。
よかった。
守田さんと甲斐さんは、俺の後ろで突っ伏していた。
盾はまだ手放していない。
だが、動かない。
津詰さんと副長さんも、大きなダメージを受けて膝をついている。
まずい。
態勢を整えないと。
俺は身体を動かそうとした。
だが、うまく動かない。
腕は動く。
剣も握っている。
上体も、どうにか起こせる。
なのに、立てない。
おかしい。
左足に、力が入らない。
いや。
力が入らないんじゃない。
俺は、そこを見た。
膝から下が、なかった。
さっきの炎と爆発で、吹き飛ばされていた。
一瞬、戦場の音が遠のいた。
痛みが遅れて、脳に叩き込まれる。
喉の奥から、声にならない息が漏れた。
まずい。
これは、まずい。
それでも、ゼルギウスは止まらない。
魔皇公が、赤黒い炎の向こうからこちらを見下ろしていた。
俺は剣を握り直す。
立てない。
走れない。
跳べない。
それでも、まだ終わっていない。
俺が倒れたら、後ろが終わる。
だから、歯を食いしばった。
左足を失ったまま、俺は剣を構えた。
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