第94話 勇者パーティ無双――光の剣、その影に軋む盾
何者かが来た。
分かっているのは、二つだけだった。
ゼルギウスと敵対していること。
そして、ゼルギウスに対抗できること。
光の剣を持つ男は、魔皇公ゼルギウス=ゼディアの前に立っていた。
ゼルギウスの視線も、今はそちらへ向いている。
それだけで十分だった。
チャンスだ。
「クロエ! 合わせてくれ!」
短く叫ぶ。
それだけで、クロエは反応した。
「了解! いっちゃうぜ♪ ファイヤーストーム!」
同時に、俺は《跳空のブーツ》で床を蹴った。
低く。
速く。
黒い水が完全に消える前に、狙うべき相手は一体。
闇王ノクス・ヴェイン。
こいつを倒さなければ、また戦場を繋がれる。
黒い液体を使った移動も、入れ替えも、全部こいつが中心だ。
なら、ここで落とす。
クロエの炎が、俺の進路の前で爆ぜた。
部屋の中央で一気に膨れ上がった火が、渦を巻きながら蟲の群れを呑み込んでいく。
黒い管が焼け、床を這う闇が蒸発し、ベルゼの蟲が黒い濁流ごと赤い嵐の中へ引きずり込まれていく。
ノクス・ヴェインの前が開いた。
「……その人の核は、顎の奥です……!」
フィーネの声が聞こえた。
見えている。
あの子には、ちゃんと見えている。
その奥で、ノエルが新しい結界を張り直しているのも分かった。
完全ではない。
それでも、後衛を守るために、もう一度立て直そうとしている。
こんな時に、俺はにやりとしてしまった。
言わなくても、みんなが必要なことをしてくれる。
クロエは道を開ける。
フィーネは核を見る。
ノエルは守りを張る。
最高のパーティだ。
なら、俺は答えるだけだ。
「おおおおおおっ!」
思わず吠えた。
ノクス・ヴェインの長い鼻が動く。
残った腕が持ち上がる。
黒い管が、顎の奥を守ろうと集まる。
遅い。
俺は《跳空のブーツ》でさらに角度を変えた。
床ではなく、黒い管を踏む。
一瞬だけ沈む感触。
その反発を利用して、ノクスの顔面へ斜め下から飛び込む。
《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を振り抜いた。
一閃。
刃が顎を割り、奥にあった赤黒い核を砕く。
次の瞬間、闇王ノクス・ヴェインの頭が空を舞った。
濁った金色の瞳が見開かれたまま、黒い水の上を転がる。
巨体がぐらりと傾いた。
長い鼻が床へ落ち、黒い管が力を失い、全身が崩れていく。
「ながれ、は……」
最後の声は、途中で消えた。
ノクス・ヴェインの身体が、黒い灰と霧に変わる。
それと同時に、床を覆っていた黒い液体が引いていった。
ごぼり、と鳴っていた黒い水が、音を失う。
壁を這っていた管が干からびるように縮み、床に広がっていた闇の膜が、煙のように薄れていく。
黒い川が消える。
戦場を繋いでいた流れが、断たれる。
やった。
崩した。
「全員、一度こっちへ!」
俺はそのままノエルの方へ跳んだ。
クロエたちも下がる。
津詰さんたちも、ベルゼの蟲を押し返しながらこちらへ合流してくる。
黒い水が消えたことで、さっきまでのような戦場の入れ替えは起きない。
ようやく、態勢を整えるだけの隙が生まれた。
◆
改めて、場を見渡す。
手前。
黒い蟲の群れをまとった蟲王ベルゼ・ローチが、こちらを睨むように複眼を揺らしている。
ノクスが消えたことで、蟲の流れも少し乱れている。
だが、まだ健在だ。
奥。
魔皇公ゼルギウス=ゼディアが立っている。
六本腕の威圧は、少しも衰えていない。
そのすぐ近くに、光の剣を持つ青年がいた。
さっき自分を勇者と名乗った男だ。
さらに奥、光の裂け目の近くに三人。
一人は、紫がかった長い髪を揺らす女性だった。
つばの広い大きな帽子を被り、深い藍色のローブをまとっている。
手には長い杖。その杖の先端には複数の宝石が嵌め込まれていて、何色もの魔力が薄く渦を巻いていた。
ひと目で分かる。
ただの魔法使いではない。
もう一人は、くノ一のような黒装束。
顔の下半分を布で覆い、背中には短い忍刀。
立っているのに、気配が薄い。
視界に入っているはずなのに、少し目を離せば、そのまま消えてしまいそうな存在感だった。
そして最後に、メイド服のような服装で、左右の手に自分の背丈を超える大盾を持った猫人族の少女。
四人とも、この世界の冒険者とは明らかに違う。
武器も、魔力も、立ち姿も。
全部が、物語の中から抜け出してきたようだった。
ゼルギウスが、低く口を開く。
「お前は何者だ」
光の剣を持つ青年は、まっすぐにゼルギウスを見上げた。
恐れはない。
迷いもない。
その姿勢だけで、自分が前に立つ者だと分かる。
青年は剣を肩の高さへ上げ、澄んだ声で名乗った。
「我が名はレオン。セント・リバイス王国にて、光の加護を受けし勇者だ」
その名乗りは、あまりにも堂々としていた。
黒い戦場の中で、そこだけ空気が違って見える。
光の剣が淡く輝き、周囲の黒い管が焦げるように後退していく。
ゼルギウスの目が、わずかに細くなった。
「セント・リバイス王国の者か。人間どもの王国が、こんな果てまで追ってきたというのか」
レオンは剣先を下げない。
「貴様が我が王国の民にした悪逆を、見逃すと思ったか」
ゼルギウスが笑う。
「弱き者を刈り取っただけだ。魔が人を踏むことに、理由などいらぬ」
「ならば、俺がここで貴様を斬るのにも理由はいらない」
レオンの剣が、一段強く輝いた。
どうやら、同じ世界からやってきた因縁の相手らしい。
俺たちが巻き込まれている事件の外側に、まだ別の戦いがあったということか。
考える間もなく、レオンが声を張った。
「いくぞ! セリナ! 前を止めろ!」
猫の耳がぴくりと動く。
セリナと呼ばれた猫人族の少女が、前へ出た。
白いエプロンの裾が、戦場の風に小さく揺れる。
猫人族らしいしなやかな足取り。
穏やかな目元。
けれど、その両腕に構えられた二枚の巨大盾だけが、彼女の柔らかな雰囲気とあまりにも不釣り合いだった。
盾の表面には、複雑な魔法防御の紋様が刻まれている。
物理攻撃だけではない。
魔法すら受け止めるための盾だ。
その姿は、穏やかさと重装備が奇妙に同居していた。
ゼルギウスが動く。
右下腕の拳が、セリナへ向けて振り下ろされた。
セリナは二枚の盾を交差させて受ける。
重い音が響いた。
盾の表面に刻まれた魔法防御の紋様が光る。
だが、ゼルギウスの拳は重すぎた。
盾ごと押し込まれ、セリナの身体が後ろへ吹き飛ぶ。
「っ!」
床を転がるセリナ。
その瞬間、レオンが踏み込んだ。
吹き飛ばした拳。
伸びきった右下腕。
そこへ、光の剣が叩き込まれる。
斬撃が走った。
ゼルギウスの右下腕が、手首から先ごと宙を舞う。
すさまじい切れ味だった。
「むう」
だが、ゼルギウスは止まらない。
左上腕の黒槍を横へ払う。
同時に、右中腕の盾を突き出して、レオンの逃げ道を潰す。
レオンが叫ぶ。
「セリナ! 防御だ!」
さっき吹き飛ばされたばかりのセリナが、床を蹴った。
猫人族らしい跳躍力で一気に戻り、レオンの前へ入る。
二枚の盾を左右へ突き出した。
左の盾で黒槍を止める。
右の盾でゼルギウスの盾を受ける。
ミシミシと、盾ごと体が潰されそうな音がした。
腕が震えている。
肩が沈んでいる。
それでも、セリナは退かない。
レオンは、その影から剣を振った。
「円閃断!」
光の剣が、円を描くように走る。
ゼルギウスの左上腕が、肘から切り裂かれた。
黒槍が床へ落ちる。
同時に、黒い影がゼルギウスの肩にいた。
いつの間に移動したのか分からない。
さっきまで光の裂け目の近くにいた、黒装束の影だ。
その細い影が、ゼルギウスの突き出した盾の肩口へ小刀を突き刺していた。
次の瞬間、ゼルギウスの盾腕がだらりと下がる。
腱か。
筋か。
どこを切ったのかは分からない。
だが、上手い。
「強い」
思わず、そう思った。
突然やってきた四人組。
間違いなく強い。
ゼルギウスを相手にしても、押している。
だが。
胸の奥に、妙な引っかかりが残った。
レオンの指示は速い。
判断も的確だ。
けれど、セリナへの指示だけが、あまりにも荒い。
止めろ。
防御だ。
前に出ろ。
その言葉に、迷いも気遣いもない。
セリナは従っている。
文句も言わず、二枚の盾を構え直している。
だが、さっきから一番削られているのは、彼女だった。
俺は、ゼルギウスを見る。
次に、レオンを見る。
そして、盾を握るセリナの震える腕を見た。
強い。
確かに、勇者パーティは強い。
だが、あの守り方は。
仲間を守る戦い方には、見えなかった。
【フォローで更新通知が届きます】
★評価・ハート・ブックマークで応援いただけると、めちゃくちゃ励みになります!




