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第88話 隊列を組み替えろ――前衛と後衛を切る黒い壁

黒い壁は、薄い膜ではなかった。


黒い石壁みたいに厚く、ぬめった表面を脈打たせながら、床から天井まで一気に伸びる。


ただ、位置がずれていた。


協会隊員二名を閉じ込める場所ではない。

二人は同じ側にいて、すでに壁の手前へ退避できる位置にいる。


危険ではある。

だが、閉じ込められても、分断もされていない。


津詰さんが即座に声を飛ばした。


「標準ルート班、退避。設置を中止しろ。即時退避だ」


『了解。退避します』


端末越しに、二人が迷わず引くのが見えた。

黒い壁が完全に厚みを増す前に、標準ルート外縁へ走り、後方の補助出口へ抜けていく。

その動きは速かった。

訓練されている。


数秒遅れていたら、危なかったかもしれない。


だが、黒い壁そのものは、設置班の二人を狙ったものではなかった。


もし普通のパーティが標準ルートを進んでいたら。


先頭の前衛が数歩先に出る。

その後ろに、ノエルやフィーネ、クロエのような支援役が続く。

隊列が長くなったところで、今の黒い壁が立ち上がる。


そうなれば、前列と後列は完全に切り離される。


「これ、通路を塞いでるんじゃない」


俺は端末の映像を見ながら言った。


「前列と後列を分断する罠だ」


さらにカメラを見る。


黒い壁の前方側。

前衛が孤立するはずだった場所に、小型の黒い影が集まり始めている。

一体一体は小さい。

だが数が多い。

壁や床から這い出すように集まり、獲物を囲む形を作っていた。


「前衛を孤立させて、小型の群れで押し潰す気だ。ノエルの回復も、クロエの範囲殲滅も届かない位置に切り離してから攻める」


ノエルが低く唸る。


「嫌な組み方ね」


「それだけじゃない」


俺は後方側の映像を見る。


黒い壁の後ろ。

本来なら後衛が残される位置に、別の影が出ていた。

動きは遅い。

だが、体が大きい。

黒い外殻のようなものをまとい、魔力の揺らぎが表面で弾かれている。


防御が高いタイプだ。


「後衛側には、防御が高いアタッカーをぶつけるつもりだと思う。前衛を切り離して、物理で止める壁を消してから殴る」


クロエが口元の笑みを消した。


「つまり、クロエたちを狙い撃ちってこと?」


「ああ。前衛には支援を届かせない。後衛には前衛を戻させない。敵は、隊列の役割ごと潰すつもりだったんだ」


フィーネが小さく息を呑む。


「……敵は、ただ分けるだけじゃありません……分けた後に、苦手な相手を当てるつもりです……」


「そういうことだ」


敵は、進路だけじゃなく、隊列の役割まで読んでいる。


前に出る者。

支える者。

範囲で焼く者。

回復する者。

解析する者。


それぞれの強みを切り離し、弱点側へ敵をぶつける。


ただの罠ではない。

これは、パーティの機能を壊すための設計だ。


「敵は道を読んでるだけじゃない」


俺は画面を見ながら言った。


「パーティがどんな役割で並ぶかまで読んでる」


津詰さんが頷く。


「なら、隊列を変える必要があるな」


「はい」


俺はマップの横に、すぐに隊列を書き込んだ。


「敵は前衛と後衛を切りたい。だったら、前衛だけ、後衛だけの形を作らない」



俺は隊列案を全員に見せる。


一列目。

津詰隊長とタンク。


二列目。

僧侶とレンジャー。


三列目。

副長とクロエ。


四列目。

ノエルとフィーネ。


五列目。

俺とタンク。


「一列目は、津詰さんとタンク。先頭で何か出ても、戦士と盾で止められる」


津詰さんが頷く。


「問題ない」


「二列目は僧侶とレンジャー。前側で切られても、回復と索敵が残る」


僧侶の隊員が静かに頷き、レンジャーの隊員が装備を確認する。


「三列目は副長さんとクロエ。クロエは殲滅役だから孤立させたくない。中央なら前にも後ろにも撃てるし、副長さんが横にいれば近接で詰められても守れる」


クロエが少し嬉しそうに笑った。


「クロエ、真ん中か。いいじゃん」


副長さんが短く頷く。


「こちらで護衛する」


「四列目はノエルとフィーネ。後ろ側で切られても、ノエルの回復と結界がある。フィーネは魔の流れを見ながら、全体の変化を拾える」


ノエルがふふんと鼻を鳴らす。


「後ろは天才天使に任せなさい」


フィーネも小さく頷いた。


「……見ます……」


「五列目は、俺とタンク。後ろから魔法耐性アタッカーが来ても、俺とタンクで止める。前後どちらで切られても、戦士とタンクが必ずセットになるようにする」


俺は隊列を指でなぞる。


「前半で切られても、津詰さんたちには僧侶がいる。後半で切られても、ノエルがいる。クロエは中央で孤立させない。どこで切られても、最低限の壁と回復と火力が残る形にする」


津詰さんが、少しだけ目を細めた。


「前衛と後衛に分けない。どこで切られても、戦闘単位として成立させるわけか」


「はい」


敵は、役割を切ろうとしている。


なら、こっちは役割を偏らせない。


一列を切られても、残った側が崩れないようにする。


「敵の罠は、本来なら長い隊列を切るためのものです。でも今回は、標準ルートにいたのは設置班の二人だけだった。二人は近い距離で動いて、すぐ退避した。だから罠だけが空振りして、狙いだけが見えました」


クロエが笑う。


「敵、罠の中身だけ見せちゃったわけだ」


「ああ。こっちが本隊を標準ルートに置かなかったからな」


ただし、余裕はない。


標準ルート側の黒い壁は、さらに厚くなっている。

小型の群れも、防御の高いアタッカーらしき影も、まだ映像の中でうごめいている。

囮に食いついた敵は、次にこちらを探し始めるはずだ。


「本隊は隊列を変更して進みます。設置組は完全退避してください」


津詰さんが即座に周囲へ確認を取る。


「標準ルート班は全員退避済みだ。以後、映像とセンサーのみで監視する」


「よし」


俺は剣を握り直した。


「ここからは、切られる前提で進む」


隊列が組み替わる。


津詰さんとタンクが前に出る。

クロエは中央へ入り、ノエルとフィーネはその後ろへ。

俺は最後尾で、タンクと並ぶ。


標準ルート側では、黒い壁の向こうで小型の魔がうごめいていた。

だが、そこに俺たちはいない。


敵が想定した隊列は、もう存在しない。


俺は補助連絡通路の奥を見た。


ここから先は、敵が読んだ攻略法を、こっちが崩す番だ。

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