第85話 魔を誘い出せ――協会主導の先制捜査
翌日、俺たちはダンジョン協会本部へ向かった。
津詰さんから連絡が来たのは、昨夜の夕飯中だった。
――次に魔が現れる可能性の高いダンジョンが絞り込まれた。
その一言だけで、緩んでいた空気は一気に張り直された。
伊勢ダンジョンから戻って以降、俺たちは協会の指示通りダンジョンには入っていない。
毎日届く報告を確認しながら、ただ待機するだけの日々だった。
新しい異変は起きていない。
それ自体はいいことだ。
だが、裏を返せば、浦安レイド参加者が入ダンしない限り、敵も動いていないということでもある。
つまり、やはり狙われているのは、あの浦安ダンジョンにいた者たちなのだ。
そう考えながら、俺はノエル、フィーネ、クロエと一緒に協会本部の会議室へ入った。
◆
案内されたのは、以前通された応接室ではなく、本格的な作戦会議用の部屋だった。
正面には巨大なモニター。
壁一面にはダンジョン位置を示す広域地図が表示され、テーブルの上には資料端末が何台も並んでいる。
協会の解析班らしき職員たちが数名座っており、端末に映る波形やマップを見比べながら、低い声で確認を続けていた。
津詰さんもそこにいた。
いつもの落ち着いた顔だ。
ただ、目元には明らかに疲れが残っていた。
「来てくれて助かる。シンゴ君」
「いえ。状況を聞かせてください」
俺たちは促されて席に着いた。
ノエルは腕を組み、どこか偉そうに構えている。
フィーネは緊張した様子で背筋を伸ばし、クロエは椅子に腰かけながらも、周囲の資料端末を興味深そうに眺めていた。
津詰さんがモニターに視線を向ける。
「まず、これまでの事件を整理する」
画面に、五つのダンジョン名が表示された。
所沢ダンジョン。
草津ダンジョン。
伊勢ダンジョン。
駿河ダンジョン。
つくばダンジョン。
どれも、このところ魔の異変が確認された場所だ。
「共通点は分かっている。すべて、浦安レイド参加者が関わったダンジョンだ」
津詰さんは、ひとつずつ指し示しながら説明する。
「所沢と草津は、シンゴ君たち。伊勢はしのぶ者たち。駿河はダンジョンバスター。つくばは旅ダン。いずれも、浦安で同じレイドに参加していたパーティだ」
「偶然ではないですね」
俺が言うと、津詰さんは静かに頷いた。
「そうだ。さらに、浦安レイド参加者全員へ入ダン禁止を出した結果、この一週間、新たな異変は確認されていない」
会議室の空気が、少しだけ重くなる。
ノエルが眉をひそめた。
「つまり、レイド参加者がダンジョンに入ること自体が、何かの起動条件になっている可能性があるってことね」
「その可能性が高い」
津詰さんは資料を切り替えた。
画面には、各パーティの入ダン履歴と、異変発生時刻が並んでいた。
見る限り、タイミングはかなり近い。
浦安に参加したパーティが別のダンジョンへ入る。
その後、魔の異変が発生する。
繰り返し見れば見るほど、偶然には見えなかった。
「協会では、浦安レイド参加者そのものに、魔を呼ぶ目印のようなものが付けられている可能性を考えている」
「目印、ですか」
「魔力的な痕跡か、呪印か、あるいは観測対象としての印か。詳細はまだ分からない。だが、参加者が入ったダンジョンで異変が起き、入らなければ起きない。この事実は重い」
フィーネが小さく息を呑む。
「……見えない印……」
俺は自分の手を見る。
浦安で、俺たちは四本腕の悪魔ヴェルグを倒した。
その後、所沢で蟲王ベルゼ・ローチが現れ、草津では深泉王ベルガルム、伊勢では黒い心臓と小型悪魔が現れた。
一つずつなら偶然で済ませられたかもしれない。
だが、五つ並ぶと違う。
完全に、線だ。
◆
津詰さんは次の資料を映した。
それは各ダンジョンで確認された異変の傾向だった。
黒い管。
魔を操る装置。
人や魔物の支配。
侵食ではなく、上書きに近い構造変化。
見覚えのある言葉が並んでいる。
「ただし、分かったことはそれだけではない」
津詰さんの声が、少し低くなる。
「各異変には、狙われたパーティの戦闘傾向に合わせた痕跡がある」
「戦闘傾向?」
俺が聞き返すと、画面が切り替わった。
所沢。
草津。
伊勢。
それぞれの戦闘記録が、簡略化されて表示される。
「所沢では、大群制圧への反応が確認された。草津では、解析役への執着と拘束。伊勢では、盾タンクの操作実験に近い動きがあった」
津詰さんは一度言葉を切った。
「敵は、ただ殺そうとしているのではない。浦安レイド参加者の戦闘データを集めている可能性が高い」
その言葉に、背筋が冷えた。
戦闘データを集めている。
ゲームで言えば、プレイヤーのビルドを見ているようなものだ。
誰が前衛か。
誰が支援か。
誰が浄化を使うか。
誰が解析するか。
どの状況で逃げ、どの状況で勝ち筋を作るか。
敵がそれを観測している。
自然と声が出た。
「俺たちを攻略しようとしてる」
会議室が静かになった。
クロエが、口元の笑みを消す。
「それ、かなり嫌な言い方だね」
「でも、たぶんそうだ」
俺は画面を見る。
「浦安で負けた側が、次に勝つために、俺たちの動きを調べてる。プレイログを取って、対策表を作ってるようなものです」
津詰さんが頷いた。
「協会も同じ見解だ」
津詰さんは、次の資料を開いた。
「そこで協会としては、魔が現れることを前提に捜査を行う」
「現れることを前提に、ですか?」
俺が聞き返すと、津詰さんは頷いた。
「浦安レイド参加者を入ダン禁止にしたことで、個別パーティを狙った異変は止まっている。なら、こちらから次の“餌”を用意する」
「餌……」
「敵が本当に戦闘データを集めているなら、より価値の高い相手が入れば反応する可能性が高い」
解析班の一人が、少し不安そうに口を開いた。
「現れますでしょうか?」
「現れるさ」
津詰さんは即答した。
「敵からしたら、一番データが欲しい厄介な部隊を投入する」
「一番厄介?」
「そう。特務救援隊とシンゴ君。君たちのパーティだ」
その直後、モニターに一つの名前が大きく表示された。
幕張臨海ダンジョン。
モニターに表示されたその名前を見た瞬間、会議室の空気がわずかに重くなった。
津詰さんは、表示された立体マップを指しながら続ける。
「ここに、我々が入る」
「……誘い出す、ということですか?」
俺が聞くと、津詰さんは静かに頷いた。
「そうだ。敵が本当に戦闘データを集めているなら、価値の高い相手が現れた時に反応する可能性が高い。ならば、こちらはその欲を利用する」
モニターの中で、幕張臨海ダンジョンの立体マップがゆっくりと回転する。
広い通路、地下水路、連絡通路、大空洞。
一見すると、救援部隊が動きやすそうな構造だった。
だが、今はそのすべてが別のものに見える。
部隊を誘導するための道。
分断するための枝道。
退避地点に見せかけた袋小路。
救援訓練に使われるほど動き方が決まっている場所だからこそ、敵に読まれれば、それはそのまま罠になる。
津詰さんが、低い声で言った。
「今度は、異変が起きてから助けに行くのではない。魔が現れることを前提に、こちらから入る」
俺はモニターを見つめた。
敵が俺たちを攻略しようとしているなら。
こちらも、敵の仕掛けを読むしかない。
安全そうな導線。
使いやすい待避場所。
救援部隊が自然に選ぶ進路。
その全部が、敵にとっての“観測ポイント”になり得る。
俺は小さく息を吐いた。
「……つまり、今度はこっちが試される番ですね」
津詰さんが頷く。
「その通りだ」
会議室に、短い沈黙が落ちた。
救助ではない。
配信でもない。
魔が現れることを前提にした、協会主導の先制捜査。
幕張臨海ダンジョン。
そこは、敵を誘い出すための場所であり、同時に、俺たちが敵に試される場所でもあった。
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