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第85話 魔を誘い出せ――協会主導の先制捜査

翌日、俺たちはダンジョン協会本部へ向かった。


津詰さんから連絡が来たのは、昨夜の夕飯中だった。


――次に魔が現れる可能性の高いダンジョンが絞り込まれた。


その一言だけで、緩んでいた空気は一気に張り直された。


伊勢ダンジョンから戻って以降、俺たちは協会の指示通りダンジョンには入っていない。

毎日届く報告を確認しながら、ただ待機するだけの日々だった。


新しい異変は起きていない。

それ自体はいいことだ。

だが、裏を返せば、浦安レイド参加者が入ダンしない限り、敵も動いていないということでもある。


つまり、やはり狙われているのは、あの浦安ダンジョンにいた者たちなのだ。


そう考えながら、俺はノエル、フィーネ、クロエと一緒に協会本部の会議室へ入った。



案内されたのは、以前通された応接室ではなく、本格的な作戦会議用の部屋だった。


正面には巨大なモニター。

壁一面にはダンジョン位置を示す広域地図が表示され、テーブルの上には資料端末が何台も並んでいる。

協会の解析班らしき職員たちが数名座っており、端末に映る波形やマップを見比べながら、低い声で確認を続けていた。


津詰さんもそこにいた。


いつもの落ち着いた顔だ。

ただ、目元には明らかに疲れが残っていた。


「来てくれて助かる。シンゴ君」


「いえ。状況を聞かせてください」


俺たちは促されて席に着いた。


ノエルは腕を組み、どこか偉そうに構えている。

フィーネは緊張した様子で背筋を伸ばし、クロエは椅子に腰かけながらも、周囲の資料端末を興味深そうに眺めていた。


津詰さんがモニターに視線を向ける。


「まず、これまでの事件を整理する」


画面に、五つのダンジョン名が表示された。


所沢ダンジョン。

草津ダンジョン。

伊勢ダンジョン。

駿河ダンジョン。

つくばダンジョン。


どれも、このところ魔の異変が確認された場所だ。


「共通点は分かっている。すべて、浦安レイド参加者が関わったダンジョンだ」


津詰さんは、ひとつずつ指し示しながら説明する。


「所沢と草津は、シンゴ君たち。伊勢はしのぶ者たち。駿河はダンジョンバスター。つくばは旅ダン。いずれも、浦安で同じレイドに参加していたパーティだ」


「偶然ではないですね」


俺が言うと、津詰さんは静かに頷いた。


「そうだ。さらに、浦安レイド参加者全員へ入ダン禁止を出した結果、この一週間、新たな異変は確認されていない」


会議室の空気が、少しだけ重くなる。


ノエルが眉をひそめた。


「つまり、レイド参加者がダンジョンに入ること自体が、何かの起動条件になっている可能性があるってことね」


「その可能性が高い」


津詰さんは資料を切り替えた。


画面には、各パーティの入ダン履歴と、異変発生時刻が並んでいた。

見る限り、タイミングはかなり近い。

浦安に参加したパーティが別のダンジョンへ入る。

その後、魔の異変が発生する。


繰り返し見れば見るほど、偶然には見えなかった。


「協会では、浦安レイド参加者そのものに、魔を呼ぶ目印のようなものが付けられている可能性を考えている」


「目印、ですか」


「魔力的な痕跡か、呪印か、あるいは観測対象としての印か。詳細はまだ分からない。だが、参加者が入ったダンジョンで異変が起き、入らなければ起きない。この事実は重い」


フィーネが小さく息を呑む。


「……見えない印……」


俺は自分の手を見る。


浦安で、俺たちは四本腕の悪魔ヴェルグを倒した。

その後、所沢で蟲王ベルゼ・ローチが現れ、草津では深泉王ベルガルム、伊勢では黒い心臓と小型悪魔が現れた。


一つずつなら偶然で済ませられたかもしれない。

だが、五つ並ぶと違う。


完全に、線だ。



津詰さんは次の資料を映した。


それは各ダンジョンで確認された異変の傾向だった。


黒い管。

魔を操る装置。

人や魔物の支配。

侵食ではなく、上書きに近い構造変化。


見覚えのある言葉が並んでいる。


「ただし、分かったことはそれだけではない」


津詰さんの声が、少し低くなる。


「各異変には、狙われたパーティの戦闘傾向に合わせた痕跡がある」


「戦闘傾向?」


俺が聞き返すと、画面が切り替わった。


所沢。

草津。

伊勢。


それぞれの戦闘記録が、簡略化されて表示される。


「所沢では、大群制圧への反応が確認された。草津では、解析役への執着と拘束。伊勢では、盾タンクの操作実験に近い動きがあった」


津詰さんは一度言葉を切った。


「敵は、ただ殺そうとしているのではない。浦安レイド参加者の戦闘データを集めている可能性が高い」


その言葉に、背筋が冷えた。


戦闘データを集めている。


ゲームで言えば、プレイヤーのビルドを見ているようなものだ。


誰が前衛か。

誰が支援か。

誰が浄化を使うか。

誰が解析するか。

どの状況で逃げ、どの状況で勝ち筋を作るか。


敵がそれを観測している。


自然と声が出た。


「俺たちを攻略しようとしてる」


会議室が静かになった。


クロエが、口元の笑みを消す。


「それ、かなり嫌な言い方だね」


「でも、たぶんそうだ」


俺は画面を見る。


「浦安で負けた側が、次に勝つために、俺たちの動きを調べてる。プレイログを取って、対策表を作ってるようなものです」


津詰さんが頷いた。


「協会も同じ見解だ」


津詰さんは、次の資料を開いた。


「そこで協会としては、魔が現れることを前提に捜査を行う」


「現れることを前提に、ですか?」


俺が聞き返すと、津詰さんは頷いた。


「浦安レイド参加者を入ダン禁止にしたことで、個別パーティを狙った異変は止まっている。なら、こちらから次の“餌”を用意する」


「餌……」


「敵が本当に戦闘データを集めているなら、より価値の高い相手が入れば反応する可能性が高い」


解析班の一人が、少し不安そうに口を開いた。


「現れますでしょうか?」


「現れるさ」


津詰さんは即答した。


「敵からしたら、一番データが欲しい厄介な部隊を投入する」


「一番厄介?」


「そう。特務救援隊とシンゴ君。君たちのパーティだ」


その直後、モニターに一つの名前が大きく表示された。


幕張臨海ダンジョン。


モニターに表示されたその名前を見た瞬間、会議室の空気がわずかに重くなった。


津詰さんは、表示された立体マップを指しながら続ける。


「ここに、我々が入る」


「……誘い出す、ということですか?」


俺が聞くと、津詰さんは静かに頷いた。


「そうだ。敵が本当に戦闘データを集めているなら、価値の高い相手が現れた時に反応する可能性が高い。ならば、こちらはその欲を利用する」


モニターの中で、幕張臨海ダンジョンの立体マップがゆっくりと回転する。


広い通路、地下水路、連絡通路、大空洞。


一見すると、救援部隊が動きやすそうな構造だった。


だが、今はそのすべてが別のものに見える。


部隊を誘導するための道。

分断するための枝道。

退避地点に見せかけた袋小路。


救援訓練に使われるほど動き方が決まっている場所だからこそ、敵に読まれれば、それはそのまま罠になる。


津詰さんが、低い声で言った。


「今度は、異変が起きてから助けに行くのではない。魔が現れることを前提に、こちらから入る」


俺はモニターを見つめた。


敵が俺たちを攻略しようとしているなら。

こちらも、敵の仕掛けを読むしかない。


安全そうな導線。

使いやすい待避場所。

救援部隊が自然に選ぶ進路。


その全部が、敵にとっての“観測ポイント”になり得る。


俺は小さく息を吐いた。


「……つまり、今度はこっちが試される番ですね」


津詰さんが頷く。


「その通りだ」


会議室に、短い沈黙が落ちた。


救助ではない。

配信でもない。


魔が現れることを前提にした、協会主導の先制捜査。


幕張臨海ダンジョン。


そこは、敵を誘い出すための場所であり、同時に、俺たちが敵に試される場所でもあった。

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