第72話 深泉王崩落――繋ぐ者たち
王の間で、再び湯脈が脈打った。
どくん。
どくん。
床を走る赤い筋が、生き物みたいに明滅する。
次の瞬間、熱と蒸気が一気に膨れ上がった。
ごぼんっ!!
中央の源泉だまりだけじゃない。
壁際。柱の根元。天井近くの管の継ぎ目。
ありとあらゆる場所から熱湯が噴き上がる。
「……ノエルさん、右前から来ます!」
フィーネの声が飛ぶ。
「任せなさい! 《多層聖界・プリズムウォール》!」
ノエルの結界が、白い層となって前へ滑る。
噴き上がった熱湯がぶつかり、ばちばちと音を立てて弾けた。
だが、それだけじゃ終わらない。
ベルガルムが腕を広げる。
黒い腕が、今度は四方から一斉に迫ってきた。
「……クロエさん、いきましょう」
「オッケー♪」
次の瞬間、クロエの影が床を走った。
「派手にいくよっ♪ 《闇縛域》!」
黒い闇が水面みたいに広がり、王の間を這っていく。
そこへ、フィーネが静かに手をかざした。
「……《スネア》……」
土の精霊力が、石床の継ぎ目へ染み込む。
一拍遅れて、闇の中から黒い蔦が芽吹いた。
クロエの闇を纏ったそれは、生きている蔦の群れみたいにうねりながら、迫る黒い腕へ巻きついていく。
「……《黒蔦拘束・ダークヴァインスネア》……!」
一本。
二本。
三本。
地を裂くように伸びた黒い蔦が、ベルガルムの黒い腕を途中で絡め取る。
肘を締める。
手首を絞る。
さらに別の蔦が横から食い込み、鞭みたいにしなる軌道そのものを捻じ曲げた。
フィーネの目が、激しく揺れる蒸気の向こうを見ている。
「……左上、もう一本……!」
そこへ黒い蔦が跳ね上がる。
「……次、右下……!」
また一本、足元から伸びた蔦が腕を絡め取る。
「……まだ来ます……!」
フィーネが見切るたびに、黒い蔦がそれに応える。
迫る黒い腕をことごとく止め、締め上げ、石床へ叩きつけていく。
ガギギッ!
ゴギンッ!
金属が悲鳴みたいな音を立てた。
「すごっ……!」
ノエルが息を呑む。
クロエが楽しそうに笑う。
「でしょっ♪ フィーネ、いい感じ!」
「……まだ、止められます……!」
今だ。
俺は床を蹴った。
《跳空のブーツ》最大。
一気に加速する。
白い蒸気を引き裂いて、ベルガルムの正面へ。
「おおおっ!」
《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を振り抜く。
狙うのは胸の赤い核。
ズバァッ!!
赤い核が真っ二つに裂けた。
熱湯が逆流し、赤い光が飛び散る。
「やった――」
そう思った瞬間。
ドゴッ!!
ベルガルムの足が、俺の横腹をまともに打ち抜いた。
「ぐっ……!」
吹き飛ぶ。
空気が肺から押し出される。
石床を転がり、背中から止まった。
「シンゴさん!」
ノエルの声が飛ぶ。
俺は歯を食いしばって起き上がった。
……違う。
まだ終わってない。
胸を裂いたのに、ベルガルムは倒れない。
裂けた核の周囲が再び赤く灯っていく。
フィーネが王を見た。
そして、叫ぶ。
「……胸の核だけじゃ足りません……!」
ベルガルムの濁った金色の瞳が、わずかに細まる。
「……背中です……!」
フィーネの声が、さらに強くなる。
「巨大装置と、背中から魔力回路で繋がっています……!」
ベルガルムの肩が、ぴくりと揺れた。
図星だ。
「……見抜くか」
フィーネは弓を握り直す。
「……爆発矢で、接続を切ります……!」
ノエルが一歩前へ出た。
「その一射、絶対に通すわ」
クロエがロッドを構える。
「お兄ちゃん、道作って」
俺は頷いた。
「いこう!」
その瞬間、王の間で再び湯脈が脈打った。
熱と蒸気が一気に高まる。
ベルガルムが本気を出した。
熱湯噴出。
黒い腕。
湯脈操作。
全部が同時に来る。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
ノエルの結界が正面の熱湯を受け止める。
「《闇縛域》!」
クロエの闇が黒い腕を縛る。
俺は前へ出た。
熱湯をかわす。
黒い腕を弾く。
白い蒸気の中を、無理やりこじ開ける。
「まだだ!」
ベルガルムが低く唸る。
黒い腕が何本もフィーネへ伸びる。
だが、クロエがにやっと笑った。
「遅いよっ♪」
闇が腕に噛みつくように絡みつき、軌道をほんの少しだけ遅らせた。
十分だ。
フィーネが爆発矢を放つ。
銀の矢尻が白い蒸気を裂き、細い一直線の軌跡を描く。
空気を押しのける鋭い音。
小さな指先から放たれたとは思えないほど、矢は迷いなくベルガルムの背後へ伸びていく。
だが、その時。
ごぼんっ!!
王の間の湯脈が一斉に爆ぜ、蒸気が壁のように吹き上がった。
視界が白に潰れる。
「っ!」
爆発矢が、その蒸気に煽られた。
狙いを大きく外し、ぐん、と上へ持ち上げられる。
王の背後を貫くはずだった一矢が、天井近くへ弾かれるように跳ね上がった。
ベルガルムが笑った。
「所詮、王の前では何をやっても無駄だ。届くことはない!」
矢は勢いを失い、装置の上空をふらつくように漂っていく。
熱い。
白い。
何も見えない。
終わる。
ここまで来て、届かない。
「くっ……」
誰かが息を呑む音。
ノエルの結界が軋む音。
クロエの闇が引き裂かれる音。
絶望が、ほんの一瞬だけ王の間を支配しかけた。
その時だった。
「――そうでもないさ」
聞き覚えのある声が、王の間に響いた。
白い蒸気の向こうから、人影が跳んでくる。
高く。
鋭く。
まるで一直線に戦場へ割って入るみたいに。
その人物は、宙で身体を捻ると、逸れた爆発矢を片手で掴み取った。
「っ!?」
ベルガルムの目が見開かれる。
その人物は、着地すらせず、そのまま振りかぶった。
「津詰さん!」
俺の声と同時に、津詰さんは低く笑った。
「援軍ってのは、こういう時に来るもんだろ」
そのまま、爆発矢をベルガルムの背後――巨大装置へ向けて投げ放つ。
一直線。
だが、ベルガルムも黙って見てはいない。
「させん!」
黒い腕が伸びる。
矢を空中で掴み潰そうと迫る。
その前へ、重い足音が割って入った。
ドンッ!!
フルプレートに大型盾を構えた二人のタンクが、黒い腕の前へ滑り込む。
盾を交差させる。
ガギィィン!!
黒い腕が盾に叩きつけられ、そこで止まる。
「こっちこそな!」
タンクの二人が吼える。
だが、まだ終わらない。
別の細長い黒い影が、地を這うように爆発矢へ伸びた。
闇の糸みたいに細く、矢を絡め取ろうと迫る。
その瞬間。
ヒュンッ!
ダガーが飛んだ。
一直線に影を貫き、そのまま石床へ縫い付ける。
「まかせな!」
後方のレンジャーが短く叫ぶ。
時間が、急に遅くなったみたいだった。
爆発矢が、誰にも止められず、巨大装置へ吸い込まれていく。
赤い光。
白い蒸気。
黒い腕。
全部を切り裂いて。
次の瞬間。
ドォォォンッ!!
王の間を揺るがす大爆発が起こった。
巨大装置が、背後から崩れ落ちる。
パイプが吹き飛ぶ。
赤い導線が弾ける。
熱湯が逆流する。
同時に。
ベルガルムが、大きく声を上げた。
「がぁぁぁぁぁッ!!」
白い鉱石の外殻に、ひびが一気に走る。
肩。
腕。
胸。
王冠めいた頭部。
そこから、大量の蒸気が噴き上がった。
深泉王ベルガルムの巨体が、崩れ始める。
王の間の空気が、悲鳴みたいに軋んだ。
そして――
王は、割れた。
次の瞬間、王の間全体が大きく沈んだ。
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