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第70話 王の間決戦――奪還の最終局面

扉を押し開けた瞬間、熱が押し寄せてきた。


白い。


視界の半分が、蒸気で塗り潰される。


その向こうに見えたのは、今までの草津ダンジョンのどの部屋よりも広い空間だった。


巨大な円形広間。

床のあちこちを、赤く脈打つ湯脈みたいな溝が走っている。

中央には、源泉そのものみたいにぐつぐつと煮え立つ巨大な湯だまり。

その周囲を取り囲むように、無数のパイプと金属の枠組みが天井まで伸びていた。


そして、その最奥。


白い鉱石みたいな外殻をまとった巨体が、王みたいに立っている。


深泉王ベルガルム。


胸の中心で、赤い核がどくん、どくんと脈打っていた。


そのすぐ横――いや、黒い腕の拘束の中に、フィーネがいた。


「フィーネ!」


俺が叫ぶ。


フィーネが、はっと顔を上げた。


「……シンゴさん……!」


その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


よかった。


間に合った。

まだ、届く。


ベルガルムがゆっくりこちらを見た。

濁った金色の瞳が、静かに細められる。


「来たか」


低い、重い声。


「愚かだな。王の間へ、自ら踏み入るとは」


俺は剣を構えた。


「フィーネを返せ!」


ベルガルムの口元が、わずかに歪む。


「返す? これは、王が見出した宝だ」


黒い腕の拘束が、フィーネの身体を少しだけ持ち上げる。


「世界の理を視る眼。

流れを読む眼。

構造を暴く眼。

王の隣に置くに、これ以上の価値があるか?」


「あります!」


フィーネが、震える声で言った。


でも、その目は逸らしていなかった。


「……私は……あなたのものじゃありません……!」


ベルガルムの視線が、少しだけ冷たくなる。


「なら、力で教えてやろう」


次の瞬間。


ごぼん!!


中央の湯だまりが爆ぜた。

熱湯の柱が何本も噴き上がる。


「ノエル!」


「任せて!」


《多層聖界・プリズムウォール》!


白い紋様が床へ走り、俺たちの前に何層もの結界が展開される。

熱湯がぶつかり、ばちばちと音を立てて弾けた。


蒸気が広がる。


だが、前は見える。


見えれば行ける。


「クロエ!」


「もういくよっ♪」


クロエがロッドを振る。


「《闇縛域》!」


黒い影が床を走り、ベルガルムの足元へ広がった。

だが、深泉王はわずかに腕を振るうだけで、それを熱湯で押し返す。


「っ、固っ……!」


「王を縛るには、軽いな」


ベルガルムが片腕を振り上げる。


その瞬間、床を走る湯脈が一斉に光った。


「シンゴさん、下!」


フィーネの声。


反射的に跳ぶ。


俺の足元から、熱湯が槍みたいに突き上がった。


ドゴッ!


さっきまで立っていた石床が、赤く焼ける。


「ほうっ。」


ベルガルムが感心した目でフィーネを見る。


フィーネは拘束されながらも、必死に周囲を見ていた。


「……湯脈の流れが……見えます……!」


それで十分だった。


「ノエル、正面の熱湯抑えてくれ! クロエは右から牽制! 俺が中央を割る!」


「ふふん、言われなくても!」


「おっけー、お兄ちゃん♪」


俺は床を蹴った。


《跳空のブーツ》が反応し、身体が一気に加速する。


ベルガルムの前へ。


だが、黒い腕が三本、四本と伸びる。

速い。

しかも熱湯を纏っている。


剣で弾く。


ガギン!

バシィッ!


湯が飛び散る。

熱い。

だが、止まれない。


俺の横を、クロエの黒炎が走った。


「《黒炎焼却・ダークフレア》!」


黒紫の炎がベルガルムの腕へ突き刺さる。

熱湯が蒸発し、白い蒸気が大きく爆ぜた。


「今だよ!」


「了解!」


俺は蒸気の中へ突っ込む。


見えない。

でも、フィーネの声がある。


「……右から来ます……!」


右を斬る。


黒い腕が弾ける。


「……次、正面……!」


前へ踏み込む。


ベルガルムの懐まで、あと数歩。


だが、王は笑った。


「浅い」


ドゴン!!


床ごと、熱湯が持ち上がる。


爆発みたいな衝撃で、俺の身体が横へ弾かれた。


「ぐっ!」


壁際まで吹っ飛ぶ。

背中を打つ。

息が詰まる。


「シンゴさん!」


ノエルの回復魔法が飛んだ。


淡い光が身体を包み、痛みが少し引く。


「まだいける!」


立ち上がる。


ベルガルムはフィーネを拘束したまま、一歩も動いていない。

王座から動く必要などない、とでも言いたげだった。


「なら……引きずり下ろす」


俺は剣を握り直した。


だが、その瞬間だった。


ベルガルムの濁った金色の瞳が、わずかに細くなる。

黒い腕が、フィーネの身体をさらに強く締め上げた。


「っ……!」


短い息。

細い肩がびくりと震える。


「フィーネ!」


俺が叫ぶ。


だが、次の瞬間、フィーネの身体から力が抜けた。


ぐったりと、黒い腕の中で頭が落ちる。

腕も、足も、力なく垂れた。


「……っ!」


頭の中が一瞬、真っ白になる。


「フィーネ!」


届かない。


ベルガルムは、気絶したフィーネを片腕で軽々と抱えたまま、こちらを見下ろしていた。


「王の宝は、少し静かにしてもらった」


「てめぇ……!」


思わず踏み出す。


だが、駄目だ。


黒い腕のすぐ先にフィーネがいる。

ここで雑に斬れば、巻き込む。


ノエルが鋭く叫んだ。


「シンゴさん、熱くならないで!」


「分かってる!」


分かってる。

分かってるから、余計に腹が立つ。


ベルガルムが、ゆっくりと腕を持ち上げた。


「来い。返してほしければ、力で示せ」


その声と同時に、足元の湯脈がどくん、と脈打った。


熱が上がる。

蒸気が濃くなる。

王の間そのものが、ベルガルムの呼吸に合わせて生き物みたいにうねっていた。


ノエルが歯を食いしばる。


「……やるわよ。今度は絶対に落とさせない」


クロエがロッドを構え、笑みを消す。


「お兄ちゃん。次で、奪い返そ」


俺は剣を握り直した。


熱い。

息苦しい。

腹の底では怒りが煮えている。


でも、もう迷わない。


フィーネは、ここにいる。


だったら――

今度こそ、届く。


「望み通り、力で示してやる」


深泉王ベルガルムが、ゆっくりと口元を歪めた。


次の瞬間。


王の間のすべての湯脈が、一斉に赤く燃え上がった。

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