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第68話 深泉王の花嫁――フィーネ、攫われる

ごぼ……。


ごぼぼ……。


巨大装置の奥で、液体が脈打つ音が響いていた。


温泉水。

蒸気。

熱。

そして、魔力。


何本ものパイプが装置へ突き刺さり、この草津ダンジョンそのものを動かしているみたいだった。


俺は、ゆっくりと近づいた。


嫌な予感しかしない。


「……これ、完全にアウトなやつだな」


ノエルが眉をひそめる。


「ただの給湯設備じゃないわね。魔力の流れが濃すぎる」


フィーネも小さく頷いた。


「……水の精霊力が、全部ここに集まっています……でも、それだけじゃないです……」


「他にもあるのか?」


フィーネは、装置の中心をじっと見つめた。


その瞳が、少しだけ揺れる。


「……魔力が、循環しています……何かを作ってる……」


クロエがロッドを肩に乗せたまま笑う。


「何かって?」


フィーネは、ゆっくりと息を飲んだ。


「……魔です」


その瞬間。


ごぼん!!


巨大装置が大きく脈打った。

全員の足元に振動が走る。


次の瞬間、装置の中央が縦に裂けた。

白い湯気が一気に噴き出す。


熱風。

蒸気。

視界が真っ白になる。


その向こう側で、何かがゆっくりと立ち上がった。


……人型。


だが、人じゃない。


身長は三メートル近い。


全身を白い鉱石みたいな外殻が覆い、その隙間を熱湯が流れている。


肩からは蒸気が漏れ、胸の中心には赤く脈打つ核。


王冠みたいに突き出た頭部。


そして、濁った金色の瞳。


そいつは、まるで最初からそこにいた王みたいな顔で、俺たちを見下ろしていた。


コメント欄が一気に流れる。


『うわあああ』

『ボスきた!!』

『絶対ラスボスだろこれ』

『でかい!!』


ノエルが低く呟く。


「……ネームド級」


クロエも笑みを消した。


「これは、ちょっと強そうだね」


そいつは、静かに口を開いた。


「――目覚めたか」


低い声だった。


温泉の底から響いてくるみたいな、重い声。


「長い眠りだった」


俺は剣を構える。


「……お前、何者だ」


そいつは、ゆっくりと腕を広げた。


「我が名は――深泉王しんせんおうベルガルム」


ごぼ……ごぼぼ……


背後の巨大装置が、それに呼応するように脈打つ。


「この地の熱を喰らい、源泉を支配する王」


その言葉に嘘はなかった。


立っているだけで分かる。


こいつは、今までの敵と格が違う。


ベルガルムの視線が、ゆっくりと俺たちを舐める。


ノエル。

クロエ。

俺。


そして――


フィーネで止まった。


空気が変わる。


ベルガルムの目が、細くなる。


興味を持った。


それがはっきり分かった。


「……美しいな」


低く、静かに。


その声に、フィーネの肩が小さく震えた。


ベルガルムは一歩、前へ出る。


「その眼」


視線が突き刺さる。


「世界の理を視る眼か」


フィーネが息を呑む。


「……っ」


ベルガルムの口元が、わずかに歪んだ。


「欲しい」


その一言に、ぞっとした。


執着だった。


王が宝を見つけた時みたいな目だった。


「源泉を視る眼。

流れを読む眼。

構造を暴く眼」


ゆっくりと。


確信するように。


「実に良い」


ベルガルムは手を伸ばした。


「王の隣に置くに相応しい」


黒い腕が、床を滑るように伸びる。


速い。


「フィーネ!」


俺が踏み込むより早く、その腕がフィーネの身体を絡め取った。


「きゃっ……!」


細い身体が、一瞬で引き寄せられる。


届かない。


あと一歩。


その一歩が遠い。


「フィーネを放せ!」


剣を握る手に力を込め、踏み出す。


だが、遅い。


踏み込んだ瞬間、足元の床が赤く光った。


「っ!?」


魔法陣。


いつの間に刻まれていたのか、巨大装置の周囲一帯に、複雑な紋様が走っていた。


次の瞬間――


ドゴォッ!!


足元から、熱湯の柱が噴き上がる。


「ぐっ!」


反射的に身体をひねる。


ノエルが叫ぶ。


「シンゴさん! 下がって!」


《多層聖界・プリズムウォール》!


白い結界が展開され、熱湯を押し返す。


だが、その一瞬。


その、たった一瞬が致命的だった。


ベルガルムは振り返らない。


黒い腕にフィーネを抱いたまま、巨大装置の中心へ沈むように歩いていく。


熱と蒸気が渦を巻く。


白い湯気が視界を奪う。


まるで、深泉そのものが王を迎え入れているみたいだった。


「返してもらう」


低い声だけが響く。


「我が深淵を見通す、その眼を」


「待てッ!!」


俺は叫んだ。


跳ぶ。


だが、届かない。


熱湯が壁みたいに立ちはだかる。


視界の向こうで、フィーネの身体がゆっくりと装置の中心へ引き込まれていく。


「フィーネ!!」


クロエが何かを叫ぶ。


ノエルがさらに結界を重ねる。


全部、遠い。


見えているのは、ただ一つ。


連れ去られていく、小さな背中だけだった。


最後の瞬間。


フィーネの耳が、ぴくりと震えた。


そして――


「……シンゴさん」


小さな声。


かすれるような、消えそうな声。


それでも、はっきり聞こえた。


フィーネは泣きそうな顔で、こっちを見ていた。


それでも、必死に。


「……ごめんなさい」


違う。


謝るな。


お前が謝ることなんて、一つもない。


叫びたかった。


でも、その前に。


深泉王ベルガルムは、

フィーネを連れたまま、

最深部の奥へ消えた。


静寂。


ごぼ……ごぼぼ……


巨大装置だけが、何事もなかったみたいに脈打っている。


俺は、その場で立ち尽くした。


呼吸が浅い。


頭が、真っ白だった。


遅れた。


届かなかった。


守れなかった。


拳を、握る。


爪が食い込むくらい強く。


ベルガルムの最後の声だけが、まだ耳に残っていた。


――奪い返せるものなら。


俺は剣を構えた。


震えていた。


怒りで。


後悔で。


絶対に取り戻す、その意志で。


「……待ってろ」


喉の奥から、声を絞り出す。


「今、行く」


その瞬間。


草津ダンジョン最深部は、

本当の意味で戦場になった。

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