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第65話 温泉間の湯殻ゴーレム――破甲のメイスで脚から砕け

右を選んだ時点で、少しだけ確信があった。


このダンジョンは、探索者をわざと迷わせる作りをしている。

だったら、最後に選ばせる通路の先には、ちゃんと“意味のあるもの”が置かれているはずだ。


「行こう」


俺たちは右の通路を進んだ。


湿った空気が、また少し濃くなる。

硫黄の匂いも強い。


草津ダンジョンは、湯気と水と熱でできている。

その中心に近づいている――そんな感覚があった。


「当たりっぽい?」


後ろからクロエが楽しそうに聞いてくる。


「まだ分からない。でも、何もない道じゃなさそうだ」


「ふふん。そういう時のシンゴさん、だいたい当たるのよね」


ノエルが言う。


フィーネも小さく頷いた。


「……水の精霊力、少しずつ強くなっています……」


やっぱり、この先だ。


俺はライトを通路の奥へ向けた。



しばらく進むと、扉が見えてくる。

中からは、水が流れている音が聞こえた。


ざばん。

ざぶん。


それに混じって、扉の隙間から白い湯気も出ている。


フィーネが扉の前で調べる。


「……罠はないようです……」


「扉には罠はない、か。でも中に温泉がありそうだ。トラップには注意してくれ」


俺は、わざとノエルの方を見て言った。


ノエルがぴくっとした。


「だ、大丈夫よ! さっきのはたまたまよ! たまたま!」


クスリとしつつ、俺は扉に手をかけた。


「みんな、気をつけて。開けるぞ」


扉を押す。


中は、十メートル四方ほどの部屋だった。


だが、床が見えない。


一面、水――いや、温泉で満たされていた。


湯は白く濁っていて、表面から細く湯気が立ちのぼっている。

壁際の石には白い温泉成分がこびりつき、天井近くまで硫黄の匂いが満ちていた。


深さは浅くない。


入口から見ただけでも、膝より上。

たぶん八十センチ前後はある。


「うわ、全部お湯じゃん」


クロエが身を乗り出す。


「しかも足場なしね」


ノエルが嫌そうな顔をした。


ざざん。

ざざん。


奥の方で、水面が大きく揺れた。


何かが、こっちへ向かって温泉をかき分けてくる。


全部で三体。


現れたのはゴーレムだった。


身長は三メートルほど。

白い外殻で覆われた体は、石灰と硫黄がこびりついて固まったみたいな色をしている。

腕も肩も太い。

動くたびに、表面から白い粉と湯気が落ちる。


温泉成分と魔力で作られた、中型のゴーレム。

そんな見た目だった。


「温泉ゴーレムってことか」


「情緒あるようで全然ないわね」


「温泉っぽいかもー♪」


そんなことを言ってる場合じゃない。


三体が、ずぶ、と湯を踏みしめながら迫ってくる。


俺は先に踏み込んだ。


だが、すぐに分かった。


やりにくい。


温泉の水位が高い。

下半身を取られる。


踏み込みが浅い。

回避も遅れる。

足場が不安定で、体重を乗せた斬撃が出ない。


ゴーレムの拳が上から振ってくる。


「っ!」


受けるしかない。


剣を合わせた瞬間、下半身が湯の中でずるっと滑った。


ドバァッ!


そのまま体勢を崩して、温泉の中に半身沈む。


熱い。

いや、火傷するほどじゃないが、普通に熱い。


コメント欄が一気に流れた。


『うわ戦いづらそう』

『足場最悪じゃん』

『いやらしいステージだな』

『温泉が完全に敵側』


「シンゴさん! 大丈夫!?」


ノエルの声が飛ぶ。


「大丈夫だ! でもやりにくい!」


攻撃するのも、攻撃をかわすのも苦労する。

完全に相手の土俵だ。


このまま剣でやるのは効率が悪い。


俺はすぐに後ろへ下がり、《破甲のメイス》へ持ち替えた。


「脚から壊す!」


「オッケー♪ 止めちゃうぜ! 《闇縛域》!」


クロエがロッドを振る。


黒い影が温泉の表面を滑るように走り、三体の足元へ絡みついた。


完全拘束まではいかない。

だが、動きが鈍る。


十分だ。


俺は一体目へ踏み込んだ。

水の抵抗を押し切って、メイスを下から振り上げる。


ゴゴン!


重い手応え。


白い外殻が砕け、膝下がひび割れる。


二体目。

横殴り。

脚の関節へ。


ドゴン!


三体目。

踏み込みは浅いが、勢い重視で叩きつける。


ガキン!


湯が跳ねる。

白い欠片が散る。


三体とも、移動が一気に鈍った。


「足は壊せた!」


「なら、仕上げちゃって♪」


クロエが声を上げる。


俺は《跳空のブーツ》を発動した。


温泉の中から一気に跳び、入口脇の石床を蹴る。

そのまま天井近くまで跳ね上がり、頭上を蹴ってさらに加速した。


狙うのは、一体目の頭部。


「おおおっ!」


落下の勢いをそのまま乗せて、メイスを叩きつけた。


ドッガァン!!


湯殻ゴーレムの頭と肩口がまとめて砕ける。

白い外殻がはじけ、内部の赤い核が露出した。


そこへもう一撃。


核を潰す。


一体目が崩れた。


コメント欄が沸く。


『うおおおお』

『天井蹴りきた!』

『立体機動だ!』

『メイス重すぎるw』


そのまま二体目へ移る。


温泉の中で動けない。

なら、上から潰す。


壁を蹴り、天井を蹴り、角度を変える。


ドゴン!

バギン!


二体目の肩から胴へ、重い一撃が刺さる。

白い外殻が砕け、中の熱核が割れた。


「最後!」


俺はもう一度跳んだ。


今度は真正面から。


落下の勢い、ブーツの加速、メイスの重量。

全部を一撃へまとめる。


ズドォン!!


三体目の上半身が砕け、温泉が大きく跳ね上がった。


しばらくして、水面が静かになる。


残ったのは、白い外殻の破片と、濁った湯だけだった。


「終わったか」


「派手だったわねえ」


ノエルが呆れ半分、感心半分みたいな顔をする。


コメント欄はまた盛り上がっていた。


『メイスつっよ』

『足壊してから上から潰すの合理的すぎる』

『シンゴ攻略が上手い』


俺は息を整えながら奥を見た。


……扉だ。


温泉部屋の奥に、もうひとつ扉がある。


「やっぱりな」


こんな部屋を越えた先に、何もないはずがない。


俺は入口側へ戻り、フィーネを見た。


「フィーネ、あそこまで運ぶ。罠の確認頼めるか」


「……はい……」


俺はフィーネを、さっきと同じように抱き上げた。


「……っ」


また顔が真っ赤だ。


「落とさないから安心してくれ」


「……はい……」


俺はフィーネをお姫さま抱っこしたまま、温泉の中を進む。

なるべく揺らさないように。


奥の扉前へ到着。


フィーネを降ろして、罠を確認してもらう。


「……大丈夫です……罠はありません……」


「助かる」


俺は扉を開け、先の安全を確認した。


次はクロエだ。


「よし。クロエも行くぞ」


「やったー♪」


クロエは妙に嬉しそうに、俺の首へ腕を回してきた。


「へへ、お兄ちゃんに運ばれて、お姫様みたいだねっ♪」


「余計なこと言うな」


とはいえ、こいつも軽い。

軽いが、距離感が近い。

あと、いろいろ柔らかい。


「お兄ちゃん、顔ちょっと熱くない?」


「温泉のせいだ」


「ほんとかなー♪」


こいつ、絶対分かってて言ってる。


向こう岸へ運んで降ろすと、クロエは満足げに笑った。


「ありがとー♪」


その後ろで、ノエルが両手を広げた。


「私もー!」


「お前は飛べるだろ」


「ぶー。シンゴさんのけちんぼ」


「けちとかそういう話じゃない」


ノエルは頬を膨らませたが、結局は自力でふわりと飛んできた。


全員が奥の扉の前に揃う。


俺は一度、後ろを振り返った。


湯気。

温泉。

白い外殻の残骸。


そして、そのさらに奥に続く草津ダンジョンの深部。


温泉の先にあるのは、ご褒美か。

それとも、もっと厄介な本命か。


このダンジョンの“熱源”が近づいてきていた。

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