第65話 温泉間の湯殻ゴーレム――破甲のメイスで脚から砕け
右を選んだ時点で、少しだけ確信があった。
このダンジョンは、探索者をわざと迷わせる作りをしている。
だったら、最後に選ばせる通路の先には、ちゃんと“意味のあるもの”が置かれているはずだ。
「行こう」
俺たちは右の通路を進んだ。
湿った空気が、また少し濃くなる。
硫黄の匂いも強い。
草津ダンジョンは、湯気と水と熱でできている。
その中心に近づいている――そんな感覚があった。
「当たりっぽい?」
後ろからクロエが楽しそうに聞いてくる。
「まだ分からない。でも、何もない道じゃなさそうだ」
「ふふん。そういう時のシンゴさん、だいたい当たるのよね」
ノエルが言う。
フィーネも小さく頷いた。
「……水の精霊力、少しずつ強くなっています……」
やっぱり、この先だ。
俺はライトを通路の奥へ向けた。
◆
しばらく進むと、扉が見えてくる。
中からは、水が流れている音が聞こえた。
ざばん。
ざぶん。
それに混じって、扉の隙間から白い湯気も出ている。
フィーネが扉の前で調べる。
「……罠はないようです……」
「扉には罠はない、か。でも中に温泉がありそうだ。トラップには注意してくれ」
俺は、わざとノエルの方を見て言った。
ノエルがぴくっとした。
「だ、大丈夫よ! さっきのはたまたまよ! たまたま!」
クスリとしつつ、俺は扉に手をかけた。
「みんな、気をつけて。開けるぞ」
扉を押す。
中は、十メートル四方ほどの部屋だった。
だが、床が見えない。
一面、水――いや、温泉で満たされていた。
湯は白く濁っていて、表面から細く湯気が立ちのぼっている。
壁際の石には白い温泉成分がこびりつき、天井近くまで硫黄の匂いが満ちていた。
深さは浅くない。
入口から見ただけでも、膝より上。
たぶん八十センチ前後はある。
「うわ、全部お湯じゃん」
クロエが身を乗り出す。
「しかも足場なしね」
ノエルが嫌そうな顔をした。
ざざん。
ざざん。
奥の方で、水面が大きく揺れた。
何かが、こっちへ向かって温泉をかき分けてくる。
全部で三体。
現れたのはゴーレムだった。
身長は三メートルほど。
白い外殻で覆われた体は、石灰と硫黄がこびりついて固まったみたいな色をしている。
腕も肩も太い。
動くたびに、表面から白い粉と湯気が落ちる。
温泉成分と魔力で作られた、中型のゴーレム。
そんな見た目だった。
「温泉ゴーレムってことか」
「情緒あるようで全然ないわね」
「温泉っぽいかもー♪」
そんなことを言ってる場合じゃない。
三体が、ずぶ、と湯を踏みしめながら迫ってくる。
俺は先に踏み込んだ。
だが、すぐに分かった。
やりにくい。
温泉の水位が高い。
下半身を取られる。
踏み込みが浅い。
回避も遅れる。
足場が不安定で、体重を乗せた斬撃が出ない。
ゴーレムの拳が上から振ってくる。
「っ!」
受けるしかない。
剣を合わせた瞬間、下半身が湯の中でずるっと滑った。
ドバァッ!
そのまま体勢を崩して、温泉の中に半身沈む。
熱い。
いや、火傷するほどじゃないが、普通に熱い。
コメント欄が一気に流れた。
『うわ戦いづらそう』
『足場最悪じゃん』
『いやらしいステージだな』
『温泉が完全に敵側』
「シンゴさん! 大丈夫!?」
ノエルの声が飛ぶ。
「大丈夫だ! でもやりにくい!」
攻撃するのも、攻撃をかわすのも苦労する。
完全に相手の土俵だ。
このまま剣でやるのは効率が悪い。
俺はすぐに後ろへ下がり、《破甲のメイス》へ持ち替えた。
「脚から壊す!」
「オッケー♪ 止めちゃうぜ! 《闇縛域》!」
クロエがロッドを振る。
黒い影が温泉の表面を滑るように走り、三体の足元へ絡みついた。
完全拘束まではいかない。
だが、動きが鈍る。
十分だ。
俺は一体目へ踏み込んだ。
水の抵抗を押し切って、メイスを下から振り上げる。
ゴゴン!
重い手応え。
白い外殻が砕け、膝下がひび割れる。
二体目。
横殴り。
脚の関節へ。
ドゴン!
三体目。
踏み込みは浅いが、勢い重視で叩きつける。
ガキン!
湯が跳ねる。
白い欠片が散る。
三体とも、移動が一気に鈍った。
「足は壊せた!」
「なら、仕上げちゃって♪」
クロエが声を上げる。
俺は《跳空のブーツ》を発動した。
温泉の中から一気に跳び、入口脇の石床を蹴る。
そのまま天井近くまで跳ね上がり、頭上を蹴ってさらに加速した。
狙うのは、一体目の頭部。
「おおおっ!」
落下の勢いをそのまま乗せて、メイスを叩きつけた。
ドッガァン!!
湯殻ゴーレムの頭と肩口がまとめて砕ける。
白い外殻がはじけ、内部の赤い核が露出した。
そこへもう一撃。
核を潰す。
一体目が崩れた。
コメント欄が沸く。
『うおおおお』
『天井蹴りきた!』
『立体機動だ!』
『メイス重すぎるw』
そのまま二体目へ移る。
温泉の中で動けない。
なら、上から潰す。
壁を蹴り、天井を蹴り、角度を変える。
ドゴン!
バギン!
二体目の肩から胴へ、重い一撃が刺さる。
白い外殻が砕け、中の熱核が割れた。
「最後!」
俺はもう一度跳んだ。
今度は真正面から。
落下の勢い、ブーツの加速、メイスの重量。
全部を一撃へまとめる。
ズドォン!!
三体目の上半身が砕け、温泉が大きく跳ね上がった。
しばらくして、水面が静かになる。
残ったのは、白い外殻の破片と、濁った湯だけだった。
「終わったか」
「派手だったわねえ」
ノエルが呆れ半分、感心半分みたいな顔をする。
コメント欄はまた盛り上がっていた。
『メイスつっよ』
『足壊してから上から潰すの合理的すぎる』
『シンゴ攻略が上手い』
俺は息を整えながら奥を見た。
……扉だ。
温泉部屋の奥に、もうひとつ扉がある。
「やっぱりな」
こんな部屋を越えた先に、何もないはずがない。
俺は入口側へ戻り、フィーネを見た。
「フィーネ、あそこまで運ぶ。罠の確認頼めるか」
「……はい……」
俺はフィーネを、さっきと同じように抱き上げた。
「……っ」
また顔が真っ赤だ。
「落とさないから安心してくれ」
「……はい……」
俺はフィーネをお姫さま抱っこしたまま、温泉の中を進む。
なるべく揺らさないように。
奥の扉前へ到着。
フィーネを降ろして、罠を確認してもらう。
「……大丈夫です……罠はありません……」
「助かる」
俺は扉を開け、先の安全を確認した。
次はクロエだ。
「よし。クロエも行くぞ」
「やったー♪」
クロエは妙に嬉しそうに、俺の首へ腕を回してきた。
「へへ、お兄ちゃんに運ばれて、お姫様みたいだねっ♪」
「余計なこと言うな」
とはいえ、こいつも軽い。
軽いが、距離感が近い。
あと、いろいろ柔らかい。
「お兄ちゃん、顔ちょっと熱くない?」
「温泉のせいだ」
「ほんとかなー♪」
こいつ、絶対分かってて言ってる。
向こう岸へ運んで降ろすと、クロエは満足げに笑った。
「ありがとー♪」
その後ろで、ノエルが両手を広げた。
「私もー!」
「お前は飛べるだろ」
「ぶー。シンゴさんのけちんぼ」
「けちとかそういう話じゃない」
ノエルは頬を膨らませたが、結局は自力でふわりと飛んできた。
全員が奥の扉の前に揃う。
俺は一度、後ろを振り返った。
湯気。
温泉。
白い外殻の残骸。
そして、そのさらに奥に続く草津ダンジョンの深部。
温泉の先にあるのは、ご褒美か。
それとも、もっと厄介な本命か。
このダンジョンの“熱源”が近づいてきていた。
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