第64話 床下階段の三択迷路――設計者の意図を逆手に取れ
「フィーネの《スネア》、すごいね! タイミングもばっちりじゃない♪」
クロエが、にこにことフィーネへ詰め寄る。
「……いえ。その……ありがとうございます……」
「もー、固いなー♪」
そう言いながら、クロエは遠慮なくフィーネの腕へすり寄った。
フィーネが、びくっと肩を揺らす。
「そーそー。いいこと考えたんだけど……」
「……いいこと……ですか……?」
二人で何やらひそひそ話し始める。
クロエが妙に楽しそうで、フィーネは困っているような、でもちゃんと話を聞いているような顔だった。
俺はその様子を横目に、さっきのホールをもう一度見渡した。
敵はもういない。
だが、ざっと見たところ、扉も階段もない。
あんな強敵が守っていた場所だ。
それで終わり、のはずがない。
「……隠し通路だな」
思わず呟くと、ノエルが振り返った。
「分かるの?」
「さっきのゴーレム。かなり強かっただろ。あんなやつが、何もない場所にぽつんと置かれてるのは違和感がある」
俺はホールの奥を指で示す。
「ゲームなら、円形ホールの奥側に何かを配置する構造だな。強敵を越えた先に、ご褒美か、重要ルートか、そのどっちか」
「でたー。ゲーム読み」
ノエルが半分呆れたように言う。
「フィーネ、奥の壁を左側から順に見てくれないか? 魔力回路とか、精霊力の流れとか。俺は床を調べてみる」
「……分かりました……」
フィーネが素直に頷く。
俺はリュックからピッケルを取り出して、最大まで伸ばした。
そして、床を一歩ずつ見ながら、先端で叩いていく。
ガン。
ガン。
ガン。
ホールに乾いた音が響く。
円形に磨かれた床は、ぱっと見ではどこも同じだ。
だが、同じに見える場所ほど、違いが隠れている。
俺は左奥へ向かいながら、一定のリズムで叩いていった。
ガン。
ガン。
ガン。
「こういうの、だいたいこの辺りに置きがちなんだけどな……」
そう言いながら、左奥の床を叩いた、その時だった。
ガン。
ガン。
コン。
「……ん?」
音が変わった。
コメント欄が反応する。
『今なんか違った?』
『コンって言ったぞ』
『空洞っぽくない?』
『シンゴ止まった』
俺はその場にしゃがみ込み、周囲をもう一度叩く。
コン。
コン。
ガン。
音の境目を追う。
さらに範囲を確認すると、空洞っぽい音が返る部分は、ほぼ二メートル四方の正方形だった。
「ここだな……」
床の隅に、砂が妙に溜まっている箇所があった。
しゃがみ込んで、指で砂をどける。
すると、下から金属の輪っかみたいなものが見えた。
「引き戸じゃなくて、持ち上げるタイプか」
「おおー!」
クロエがすぐ横まで寄ってくる。
俺は輪っかにピッケルの先を引っかけ、思い切り引いた。
ギ、ギギギ……。
床の石板が、一辺を軸にして持ち上がる。
手前側に輪っかがついていて、反対側を蝶番みたいな支点にして開く仕組みらしい。
石の蓋が斜めに起き上がり、その下から黒い穴が口を開けた。
階段だ。
下へ続いている。
コメント欄が一気に跳ねた。
『きたああああ!』
『床下階段!?』
『隠し通路あった!』
『このおっさん本当に何なんだよw』
『攻略班すぎる』
「やるじゃない。さすが!」
ノエルが素直に感心した声を出す。
「……すごいです……!」
フィーネも目を丸くしている。
「さっすがー♪ お兄ちゃん、よくそんなの見つけられるよねー」
三者三様に褒められると、ちょっと照れる。
俺はスマホに向けて解説を入れた。
「プレイヤーがこのホールに入って、中央手前に強敵が立ってる。それは何かを守っている配置だ。それを倒した後、そいつよりも奥側に隠し通路を配置する。倒す前には入れないようにする」
俺はそのまま続ける。
「ゲームでの話だと、目線誘導的に左奥がありがちな配置だな」
「へー」
ノエルが感心したように頷く。
「配置に意味があるのね」
「そう。何を配置するのも、ダンジョン設計者の意図があるものなんだ」
俺は開いた床下階段へライトを向けた。
コメント欄も盛り上がる。
『なるほどなあ』
『配置解説たすかる』
『ゲーム屋の視点おもしろい』
『ただ見つけるだけじゃなくて理由があるの好き』
◆
階段の前に立つ。
念のため、フィーネに調べてもらう。
「……罠はないですね……」
意地が悪いダンジョンだと、喜ばせておいてその隙をついてトラップを仕掛けてくる。
「慎重に降りよう」
俺たちは、床下の階段を降りていった。
◆
3F。
階段を下りた先は、小部屋になっていた。
広さはそこまでない。
だが、左、奥、右の壁にそれぞれ通路が見える。
ちょうど三方向へ分かれる分岐室だ。
「右に行ってみよう」
俺が言うと、クロエがすぐ聞いてくる。
「左じゃなくて?」
「俺がダンジョン制作者なら、降りてきた探索者は、まず正面に向かうと読む。で、そこが外れだった時、次は左へ行きがちだ」
「ふんふん」
「だから、そこも外れにして、最後に右へ行く羽目になるように仕向ける。回遊させたい時の置き方だな」
ノエルが感心したように眉を上げる。
「へー。行動を読んで配置するのね」
「そうだな。このダンジョンは仕掛けも凝ってるし、色んな場所を回遊させたい配置になってる気がする。だから、その逆手を取る」
コメント欄がまた流れる。
『なるほど』
『人の心理まで読むのか』
『設計者視点つよい』
『右が正解っぽいの分かると気持ちいい』
俺は右の通路の奥を見た。
まだ静かだ。
だが、この階層の作り方には明確な“意図”がある。
探索者を迷わせて、
回らせて、
最後に本命へ辿り着かせる。
なら――その右が当たりなら、
この先には、ちゃんと“見せたいもの”が置かれているはずだ。
「行こう」
俺は先頭に立った。
草津ダンジョンの深部は、まだ奥で息を潜めている。
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