第63話 赤眼の機巧ゴーレム――白光砲をかいくぐり首を落とせ
「俺とフィーネが扉を調べてくるから、ノエルとクロエはここで待機していてくれ」
「は~い♪」
「うーい……」
クロエは軽い。
一方、ノエルのテンションは露骨に低かった。
さっき水路トラップで頭から落ちたんだから、まあ無理もない。
服は絞ったが、生乾きだし、髪の先はまだ少し湿っている。
俺はフィーネへ手を伸ばしかけた。
さっきのように、腰を抱えて運ぶつもりだった。
だが、フィーネは一歩近づくと、俺の正面に立ち、そっと首へ腕を回してきた。
「……荷物みたいよりも……正面がいいです……」
顔が真っ赤だ。
「……分かった」
俺は短く答えて、フィーネの背中と太ももの下へ手を入れた。
そのまま持ち上げる。
……これ、いわゆる“お姫さま抱っこ”ってやつだな。
腕の中のフィーネを見る。
耳まで真っ赤になって、うつむいている。
「…………」
なんかこっちまで変に緊張する。
「わーっ! それ! クロエもしてほしい!」
後ろからクロエの弾んだ声が飛んできた。
「また、今度な」
俺は《跳空のブーツ》で穴を飛び越えた。
着地は静かに。
フィーネを揺らさないように気をつける。
向こう岸へ降ろすと、フィーネは胸の前で手をもじもじさせた。
「……ありがとうございました……」
「いや。気にしなくていい」
言いながら、俺の方がちょっと落ち着かない。
◆
俺とフィーネは、行き止まり側の扉へ向かった。
奥の水路トラップは停止して、元の壁に戻っていた。
今は静かだが、二度目がないとは限らない。
俺は壁際を見ながら立ち位置を決めた。
いつでもフィーネを抱えて飛べる位置。
それが今の正解だ。
フィーネは扉の前にしゃがみ込み、鍵穴を覗き込む。
「……罠はないですね。鍵は掛かっています……」
「そうか。解錠を頼む」
「……はい……」
フィーネは細い道具を取り出し、慎重に鍵穴へ差し入れた。
カチ、カチ、と小さな音がする。
そのあいだも、俺は奥の壁と床、扉の蝶番、周辺の石の継ぎ目を見ていた。
今のところ、水罠が再起動する気配はない。
やはり、起動スイッチはあの岩の出っ張りだけか。
まんまと引っかかったな。
たぶんダンジョン制作者は、今ごろニヤニヤしてる。
――ノエル、いかにも押しそうだったもんな。
カチリ。
扉の方から、甲高い音がした。
「……開きました」
フィーネが振り返って報告する。
「ありがとう」
そう言った瞬間、俺は無意識にフィーネの頭をぽんぽんと撫でていた。
……あ。
やったあとで気づく。
フィーネはびくっと肩を揺らした。
「……い、いえ……!」
慌てた声。
でも、顔はまた赤くなっていて、嬉しそうでもある。
「じゃ、じゃあ、俺が扉を開ける。フィーネは奥の罠を警戒してくれ」
「……分かりました……」
俺は剣に手をかけ、そっと扉を押し開けた。
中は小部屋だった。
広さは六畳か八畳か、そのくらい。
天井はやや低めで、壁も床も同じ灰色の石でできている。
ただ、ここだけ不思議と湿気が少ない。
さっきまでの湯気まみれの通路より、むしろ乾いているくらいだ。
部屋の隅には壊れた木箱の残骸。
壁際には錆びた金属の棒。
古い保管庫か、点検用の控室みたいな空気があった。
ひとまず危険は無さそうだ。
「大丈夫そうだ。ノエル、クロエ、来てくれ」
向こう側から声が返る。
「はーい♪」
「もう落ちるのは嫌よ……」
ノエルはまだ少し拗ねていた。
◆
小部屋の奥にも、さらに扉があった。
フィーネに調べてもらうと、今度は罠も仕掛けもないらしい。
本当にただの通路接続用の扉だ。
いつもの隊列に戻る。
俺。
フィーネ。
クロエ。
ノエル。
扉を開けると、いきなり左右に通路が分かれていた。
「ここは……左だな」
「また左手の法則?」
「判断材料が少ない時はな」
俺たちは左へ進んだ。
短い通路の先に、また扉。
今度もフィーネが軽く調べ、問題なし。
扉を開ける。
その先は、急に広かった。
「……なんだここ」
直径二十メートルくらいの円形ホール。
高さも二階分はある。
商業施設の吹き抜けホールを、そのまま石と金属で作り直したみたいな空間だった。
床は円形に磨かれている。
壁際には太い柱。
上部には通路ではなく、配管のような金属管が走っている。
自然洞窟じゃない。
明らかに人工物だ。
そして、奥から赤い光が灯った。
ズシン。
ズシン。
重い足音が迫ってくる。
暗がりの中から現れたそれに、思わず目を細めた。
体は岩だ。
灰色の岩塊を無理やり人型の胴体にしたような、ごつごつした躯体。
だが、手足は違う。
そこだけ金属製だった。
しかも普通の腕や脚じゃない。
タコのように、何本もの軟体じみた金属肢が伸びている。
しなりながら床を這い、体を支え、必要なら鞭みたいに振るえそうな作りだ。
頭部も金属。
顔の中央に、丸いガラス製の眼がひとつ。
そこが赤く光っている。
その下の円形の穴が、口みたいに見えた。
「……機械?」
「ゴーレム系だけど、だいぶ嫌な見た目ね」
ノエルが言う。
コメント欄も一気に流れた。
『何だこいつ!?』
『メカっぽい!』
『草津ダンジョン急にSFになったぞ』
『赤目やばい』
俺は前に駆け出した。
その瞬間だった。
ピピピピピ。
小さな音。
レーザーサイトみたいに、細い赤光が俺の胴を照らした。
「まずい!」
とっさに防御姿勢を取る。
次の瞬間、頭部の口のような穴から白い光が放たれた。
ドンッ!!
光そのものというより、圧縮された熱と衝撃が俺の腕の前で爆発する。
爆風が体ごと持っていく。
両足が床を滑る。
視界が白く弾けた。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
前腕の外側、肩口、胸の端。
鎧で防いでいなければ、肉ごと抉られていたと思う。
焼けた匂いが鼻を刺す。
左腕の袖は焦げ、鎧の表面も黒く煤けていた。
衝撃が骨まで響いて、握力が一瞬抜けかける。
「キングはぐれミスリルスライムの鎧」を着ていて、この威力か。
直後、鎧の《HP自動回復(特大)》が発動した。
淡い緑の光がじわりと滲み、焼けた箇所を包む。
熱が引いていく。
痺れも、少しずつ薄れていく。
「ノエル! 結界だ! 厄介な相手だ!」
「任せて!」
ノエルがすぐに後方に結界を張る。
俺は息を吐いて、もう一度前へ出た。
「こっちだ!」
ゴーレムへ向かって駆け出す。
今度は近接だ。
剣を振り下ろす。
だが、ゴーレムの金属肢がぬるりと動いた。
一本。
二本。
タコの脚みたいな金属の手が、鞭のようにしなって迎撃してくる。
速い。
しなる。
戻る。
別の一本が滑り込む。
ガキン!
ガキン!
鋼同士を叩きつけたみたいな金属音がホールに響く。
「強い……!」
力だけじゃない。
角度の付け方がうまい。
俺の剣筋を、まともに受けずにずらしている。
威力を逃がしてるんだ。
ただの鈍重なゴーレムじゃない。
その時また、ピピピピピ、と音がした。
「させるか!」
俺は《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を振りかぶり、その顔を目掛けて投げた。
当たる。
そう思った瞬間。
右側の金属肢が、ぬるりと顔の前へ滑り込んだ。
剣はほんのわずかに軌道を変えられ、そのまま後方へ飛んでいく。
だが、無傷じゃない。
右の金属肢の先端、その二割ほどが千切れ、バチバチと火花を散らしていた。
「やっぱり硬いだけじゃないな……!」
ピーッ、と短い電子音。
まずい。
ゴーレムの赤い眼が強く光った。
その瞬間。
「……スネア!」
フィーネの声が飛ぶ。
地面から伸びた土の腕が、ゴーレムの足元へ絡みついた。
石床の継ぎ目から食い込むように伸び、下半身をがっちりと捕まえる。
ゴーレムの体勢が崩れる。
放たれた白い光は、間一髪で俺を外れ、そのまま天井を撃ち抜いた。
石片が降る。
「助かった!」
その瞬間、俺はゴーレムの懐へ飛び込んだ。
手には戻ってきた剣がある。
首だ。
あの金属頭を落とせば、止まるかもしれない。
だが、また金属肢が割り込む。
ゴイン!
ゴイン!
横から。
下から。
何本も滑り込んでくる。
うまく威力を逸らされる。
厄介だ。
時間をかけると、またあの砲撃が来る。
――どうする。
一瞬で考える。
そして、ついさっきの連携を思い出す。
伝わるか?
いや、伝わってくれ。
「フィーネ!」
「さん! にー! いち!」
叫びながら、俺はゴーレムの正面から離脱する。
「ゼロ!」
そのタイミングで、俺はゴーレムの横をすり抜け、背後へ出た。
ゼロの瞬間。
フィーネが放った二発目の《スネア》が、ゴーレムの下半身へさらに食い込んでいた。
さっきより深い。
足首だけじゃない。
膝の裏から腰のあたりまで、一気に固定している。
伝わった。
「ナイス!」
次の瞬間、俺は背後から首へ斬りかかった。
今度は、前からの迎撃は間に合わない。
剣が入る。
硬い。
だが、止まらない。
ギィンッ――ザシュッ!
金属と岩の境目が裂ける。
ゴーレムの頭が、がたん、と傾いた。
もう一撃。
横薙ぎ。
ガタン!
ガラン、ガラン、と金属音を立てて、頭部が床へ落ちた。
続いて、胴体もバランスを失って崩れる。
ズゥン……。
重い音。
静寂。
赤い眼の光が消えた。
俺は息を吐いて、フィーネの方を見た。
フィーネは、少しはにかんだ顔で、小さくピースしていた。
その顔があんまり良くて、俺も思わず笑ってしまう。
俺は親指を立てて返した。
「完璧だった」
「……えへへ……」
コメント欄が一気に流れる。
『連携やば』
『カウントで伝わった!?』
『フィーネ有能すぎる』
『首落とし熱い』
『シンゴとフィーネ噛み合ってるな』
クロエが楽しそうに駆け寄ってくる。
「今のいいじゃん♪めっちゃいいじゃん♪」
ノエルも結界を解きながら肩をすくめた。
「ふふん。やるじゃない。……でも最初のビーム、ほんと危なかったわね」
「ああ。あれは二度食らいたくない」
俺は落ちた頭部へ近づいた。
赤い眼。
ガラス。
金属の外殻。
そして、内部から立ち上る熱。
これ、ゴーレムというより――機巧兵器だな。
岩と魔力と機械を混ぜたような、不自然な敵。
草津ダンジョンは、温泉ギミックだけじゃないらしい。
こんな強敵が、何もない場所に置かれているはずがない。
赤眼の機巧ゴーレム。
あれは、ここに“守る価値のある何か”があるから立っていたんだ。
俺はホールを見た。
草津ダンジョンは、まだ何かを隠している。
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