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第63話 赤眼の機巧ゴーレム――白光砲をかいくぐり首を落とせ

「俺とフィーネが扉を調べてくるから、ノエルとクロエはここで待機していてくれ」


「は~い♪」

「うーい……」


クロエは軽い。

一方、ノエルのテンションは露骨に低かった。


さっき水路トラップで頭から落ちたんだから、まあ無理もない。

服は絞ったが、生乾きだし、髪の先はまだ少し湿っている。


俺はフィーネへ手を伸ばしかけた。

さっきのように、腰を抱えて運ぶつもりだった。


だが、フィーネは一歩近づくと、俺の正面に立ち、そっと首へ腕を回してきた。


「……荷物みたいよりも……正面がいいです……」


顔が真っ赤だ。


「……分かった」


俺は短く答えて、フィーネの背中と太ももの下へ手を入れた。

そのまま持ち上げる。


……これ、いわゆる“お姫さま抱っこ”ってやつだな。


腕の中のフィーネを見る。

耳まで真っ赤になって、うつむいている。


「…………」


なんかこっちまで変に緊張する。


「わーっ! それ! クロエもしてほしい!」


後ろからクロエの弾んだ声が飛んできた。


「また、今度な」


俺は《跳空のブーツ》で穴を飛び越えた。


着地は静かに。

フィーネを揺らさないように気をつける。


向こう岸へ降ろすと、フィーネは胸の前で手をもじもじさせた。


「……ありがとうございました……」


「いや。気にしなくていい」


言いながら、俺の方がちょっと落ち着かない。



俺とフィーネは、行き止まり側の扉へ向かった。


奥の水路トラップは停止して、元の壁に戻っていた。

今は静かだが、二度目がないとは限らない。


俺は壁際を見ながら立ち位置を決めた。

いつでもフィーネを抱えて飛べる位置。

それが今の正解だ。


フィーネは扉の前にしゃがみ込み、鍵穴を覗き込む。


「……罠はないですね。鍵は掛かっています……」


「そうか。解錠を頼む」


「……はい……」


フィーネは細い道具を取り出し、慎重に鍵穴へ差し入れた。


カチ、カチ、と小さな音がする。


そのあいだも、俺は奥の壁と床、扉の蝶番、周辺の石の継ぎ目を見ていた。

今のところ、水罠が再起動する気配はない。

やはり、起動スイッチはあの岩の出っ張りだけか。


まんまと引っかかったな。

たぶんダンジョン制作者は、今ごろニヤニヤしてる。


――ノエル、いかにも押しそうだったもんな。


カチリ。


扉の方から、甲高い音がした。


「……開きました」


フィーネが振り返って報告する。


「ありがとう」


そう言った瞬間、俺は無意識にフィーネの頭をぽんぽんと撫でていた。


……あ。


やったあとで気づく。


フィーネはびくっと肩を揺らした。


「……い、いえ……!」


慌てた声。

でも、顔はまた赤くなっていて、嬉しそうでもある。


「じゃ、じゃあ、俺が扉を開ける。フィーネは奥の罠を警戒してくれ」


「……分かりました……」


俺は剣に手をかけ、そっと扉を押し開けた。


中は小部屋だった。


広さは六畳か八畳か、そのくらい。

天井はやや低めで、壁も床も同じ灰色の石でできている。

ただ、ここだけ不思議と湿気が少ない。

さっきまでの湯気まみれの通路より、むしろ乾いているくらいだ。


部屋の隅には壊れた木箱の残骸。

壁際には錆びた金属の棒。

古い保管庫か、点検用の控室みたいな空気があった。


ひとまず危険は無さそうだ。


「大丈夫そうだ。ノエル、クロエ、来てくれ」


向こう側から声が返る。


「はーい♪」

「もう落ちるのは嫌よ……」


ノエルはまだ少し拗ねていた。



小部屋の奥にも、さらに扉があった。


フィーネに調べてもらうと、今度は罠も仕掛けもないらしい。

本当にただの通路接続用の扉だ。


いつもの隊列に戻る。


俺。

フィーネ。

クロエ。

ノエル。


扉を開けると、いきなり左右に通路が分かれていた。


「ここは……左だな」


「また左手の法則?」


「判断材料が少ない時はな」


俺たちは左へ進んだ。


短い通路の先に、また扉。

今度もフィーネが軽く調べ、問題なし。


扉を開ける。


その先は、急に広かった。


「……なんだここ」


直径二十メートルくらいの円形ホール。

高さも二階分はある。


商業施設の吹き抜けホールを、そのまま石と金属で作り直したみたいな空間だった。


床は円形に磨かれている。

壁際には太い柱。

上部には通路ではなく、配管のような金属管が走っている。


自然洞窟じゃない。

明らかに人工物だ。


そして、奥から赤い光が灯った。


ズシン。

ズシン。


重い足音が迫ってくる。


暗がりの中から現れたそれに、思わず目を細めた。


体は岩だ。

灰色の岩塊を無理やり人型の胴体にしたような、ごつごつした躯体。


だが、手足は違う。

そこだけ金属製だった。


しかも普通の腕や脚じゃない。

タコのように、何本もの軟体じみた金属肢が伸びている。

しなりながら床を這い、体を支え、必要なら鞭みたいに振るえそうな作りだ。


頭部も金属。

顔の中央に、丸いガラス製の眼がひとつ。

そこが赤く光っている。

その下の円形の穴が、口みたいに見えた。


「……機械?」


「ゴーレム系だけど、だいぶ嫌な見た目ね」


ノエルが言う。


コメント欄も一気に流れた。


『何だこいつ!?』

『メカっぽい!』

『草津ダンジョン急にSFになったぞ』

『赤目やばい』


俺は前に駆け出した。


その瞬間だった。


ピピピピピ。


小さな音。


レーザーサイトみたいに、細い赤光が俺の胴を照らした。


「まずい!」


とっさに防御姿勢を取る。


次の瞬間、頭部の口のような穴から白い光が放たれた。


ドンッ!!


光そのものというより、圧縮された熱と衝撃が俺の腕の前で爆発する。


爆風が体ごと持っていく。

両足が床を滑る。

視界が白く弾けた。


「ぐっ……!」


腕が痺れる。


前腕の外側、肩口、胸の端。

鎧で防いでいなければ、肉ごと抉られていたと思う。


焼けた匂いが鼻を刺す。

左腕の袖は焦げ、鎧の表面も黒く煤けていた。

衝撃が骨まで響いて、握力が一瞬抜けかける。


「キングはぐれミスリルスライムの鎧」を着ていて、この威力か。


直後、鎧の《HP自動回復(特大)》が発動した。

淡い緑の光がじわりと滲み、焼けた箇所を包む。

熱が引いていく。

痺れも、少しずつ薄れていく。


「ノエル! 結界だ! 厄介な相手だ!」


「任せて!」


ノエルがすぐに後方に結界を張る。


俺は息を吐いて、もう一度前へ出た。


「こっちだ!」


ゴーレムへ向かって駆け出す。


今度は近接だ。


剣を振り下ろす。


だが、ゴーレムの金属肢がぬるりと動いた。


一本。

二本。


タコの脚みたいな金属の手が、鞭のようにしなって迎撃してくる。


速い。


しなる。

戻る。

別の一本が滑り込む。


ガキン!

ガキン!


鋼同士を叩きつけたみたいな金属音がホールに響く。


「強い……!」


力だけじゃない。

角度の付け方がうまい。


俺の剣筋を、まともに受けずにずらしている。

威力を逃がしてるんだ。


ただの鈍重なゴーレムじゃない。


その時また、ピピピピピ、と音がした。


「させるか!」


俺は《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を振りかぶり、その顔を目掛けて投げた。


当たる。


そう思った瞬間。


右側の金属肢が、ぬるりと顔の前へ滑り込んだ。


剣はほんのわずかに軌道を変えられ、そのまま後方へ飛んでいく。

だが、無傷じゃない。


右の金属肢の先端、その二割ほどが千切れ、バチバチと火花を散らしていた。


「やっぱり硬いだけじゃないな……!」


ピーッ、と短い電子音。


まずい。


ゴーレムの赤い眼が強く光った。


その瞬間。


「……スネア!」


フィーネの声が飛ぶ。


地面から伸びた土の腕が、ゴーレムの足元へ絡みついた。

石床の継ぎ目から食い込むように伸び、下半身をがっちりと捕まえる。


ゴーレムの体勢が崩れる。


放たれた白い光は、間一髪で俺を外れ、そのまま天井を撃ち抜いた。

石片が降る。


「助かった!」


その瞬間、俺はゴーレムの懐へ飛び込んだ。

手には戻ってきた剣がある。


首だ。


あの金属頭を落とせば、止まるかもしれない。


だが、また金属肢が割り込む。


ゴイン!

ゴイン!


横から。

下から。

何本も滑り込んでくる。


うまく威力を逸らされる。


厄介だ。


時間をかけると、またあの砲撃が来る。


――どうする。


一瞬で考える。

そして、ついさっきの連携を思い出す。


伝わるか?


いや、伝わってくれ。


「フィーネ!」


「さん! にー! いち!」


叫びながら、俺はゴーレムの正面から離脱する。


「ゼロ!」


そのタイミングで、俺はゴーレムの横をすり抜け、背後へ出た。


ゼロの瞬間。


フィーネが放った二発目の《スネア》が、ゴーレムの下半身へさらに食い込んでいた。


さっきより深い。

足首だけじゃない。

膝の裏から腰のあたりまで、一気に固定している。


伝わった。


「ナイス!」


次の瞬間、俺は背後から首へ斬りかかった。


今度は、前からの迎撃は間に合わない。


剣が入る。


硬い。


だが、止まらない。


ギィンッ――ザシュッ!


金属と岩の境目が裂ける。


ゴーレムの頭が、がたん、と傾いた。


もう一撃。


横薙ぎ。


ガタン!


ガラン、ガラン、と金属音を立てて、頭部が床へ落ちた。

続いて、胴体もバランスを失って崩れる。


ズゥン……。


重い音。


静寂。


赤い眼の光が消えた。


俺は息を吐いて、フィーネの方を見た。


フィーネは、少しはにかんだ顔で、小さくピースしていた。


その顔があんまり良くて、俺も思わず笑ってしまう。


俺は親指を立てて返した。


「完璧だった」


「……えへへ……」


コメント欄が一気に流れる。


『連携やば』

『カウントで伝わった!?』

『フィーネ有能すぎる』

『首落とし熱い』

『シンゴとフィーネ噛み合ってるな』


クロエが楽しそうに駆け寄ってくる。


「今のいいじゃん♪めっちゃいいじゃん♪」


ノエルも結界を解きながら肩をすくめた。


「ふふん。やるじゃない。……でも最初のビーム、ほんと危なかったわね」


「ああ。あれは二度食らいたくない」


俺は落ちた頭部へ近づいた。


赤い眼。

ガラス。

金属の外殻。

そして、内部から立ち上る熱。


これ、ゴーレムというより――機巧兵器だな。


岩と魔力と機械を混ぜたような、不自然な敵。


草津ダンジョンは、温泉ギミックだけじゃないらしい。


こんな強敵が、何もない場所に置かれているはずがない。


赤眼の機巧ゴーレム。

あれは、ここに“守る価値のある何か”があるから立っていたんだ。


俺はホールを見た。


草津ダンジョンは、まだ何かを隠している。

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