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第60話 草津ダンジョン初探索――行き止まりの床だけ摩耗している

さっそく、津詰さんが車を手配してくれた。


中型のバンだ。


一度マンションに寄ってもらい、装備を整える。

剣、ブーツ、火炎放射器、予備の水、簡易食料、救急用品。

新ダンジョンに入る以上、軽装で行くわけにはいかない。


そこから、草津を目指した。


車で三時間ほど。


移動中は、ほとんど作戦会議になった。


クロエが使える魔法。

俺、ノエル、フィーネの得意なこと。

浦安ダンジョンで戦った四本腕の悪魔。


「クロエは範囲火力が得意なんだよな?」


「そーそー。まとめて焼くのとか、縛るのとか、混乱させるのが得意かなー♪」


「かなり助かる」


「でしょー? お兄ちゃん、もっと頼っていいよ?」


近い。

車内でも距離感が近い。


フィーネはその横で、少しだけ身を縮めている。

でも、クロエの話はちゃんと聞いていた。


「……拘束魔法も、使えるんですか……?」


「使えるよー。《闇縛域》ってやつ。フィーネの《スネア》と合わせたら、かなり止められると思う」


「……合わせる……」


フィーネが少し真面目な顔になる。


ノエルは腕を組んで頷いた。


「ふふん。火力、拘束、結界、解析。だいぶ形になってきたわね」


俺は窓の外を見た。


街の景色が少しずつ変わっていく。

ビルが減り、山が近くなり、空気の色が変わっていく。


新しいダンジョン。

未公開。

協会からの正式依頼。


ただの配信とは違う。


でも、不思議と緊張だけじゃなかった。


人数が増えた。

できることも増えた。

なら、見られるものも変わるはずだ。



夕方になるころ、草津ダンジョンの現場に到着した。


いわゆる温泉街からは、少し離れた場所だ。

小さな神社の境内に出現したらしい。


車を降りると、まず空気が違った。


少し冷たい。

でも、どこか湿っている。

遠くに温泉地らしい白い湯気が見えた気がした。


境内に入ると、すでにダンジョン協会の関係者が動き回っていた。


簡易ゲート。

機材ケース。

仮設の照明。

周辺を囲うバリケード。

小型の対策室みたいなテント。


そして、その奥。


神社の庭の一角に、ダンジョンの入口が見えた。


空間が、そこだけ歪んでいる。

黒い穴というより――

“そこだけ現実が歪んでいる”みたいだった。


俺たちが近づくと、協会職員がこちらに気づいた。


「シンゴさんですね。津詰から聞いています」


「はい。よろしくお願いします」


「ただ、もう五分だけお待ちください。ダンジョン協会から新ダンジョンの発表があります。発表が済みましたら、中に入っていただけます」


「分かりました」


軽く会釈する。


その横で、クロエが俺の袖を引いた。


「ねーっ、ねーっ、お兄ちゃん! 終わったら温泉行きたいー♪」


「温泉?」


「草津でしょ? 温泉あるんでしょ? 行きたい!」


「いい! すごくいい! シンゴさん、行こう!」


即座にノエルが乗った。


「お前は酒と温泉だと反応早いな」


「当然でしょ? 地上を満喫するのも研修の一部よ。ふふん」


たぶん違う。


でもまあ、悪くない。


「まあいいか。終わったら寄ってみるか」


「やったーっ! フィーネ! 一緒に入ろうね♪」


クロエがフィーネの手を取る。


「……は、はい……」


フィーネは少し恥ずかしそうに頷いた。


その瞬間、クロエがにやりと笑う。


「そうだっ! お兄ちゃんも一緒に、は・い・ら・な・いー?」


「ぶっ!」


思わず吹き出した。


「な、な、なにを!?」


「クロエは別に構わないよー♪ ねーフィーネ♪」


「……一緒……一緒におふろ……」


フィーネが耳まで真っ赤にして固まった。


やめろ。

配信前に変な方向で心拍数を上げるな。


「冗談はそれくらいにして、そろそろ時間だ」


俺は平静を装って話を変える。


「ざんねんっ♪」


クロエがニヒヒと笑った。


このダークエルフ、油断すると一瞬で空気をひっかき回してくる。



ダンジョンの入口に、四人で並ぶ。


俺、フィーネ、クロエ、ノエル。

新しいパーティになって、初めての新ダンジョンだ。


スマホから着信音が鳴った。


ダンジョン協会アプリからの通知だ。


【草津で新ダンジョン発見】


見出しが出ている。


正式発表が出たらしい。


「お待たせしました」


職員がゲートを開けてくれる。


「今回、ダンジョン協会からの正式依頼ですので、入ダン料、救助料金は協会負担となります。チェックインしてお入りください」


「ありがとうございます」


アプリを操作する。


【草津ダンジョン 入ダン登録:完了】


「……よし」


俺は小さく息を吐いた。



入口の前。


歪んだ空間が、静かに呼吸している。


「ノエル、配信開始してくれ」


「オッケー! まかせて!」


ノエルがいつもの配信者っぽい持ち方でスマホを構え、開始ボタンを押す。


【配信開始】


「こんにちは、シンゴです。今日は草津の新ダンジョンに来てます」


すぐにコメントが流れる。


『早っ!』

『最速じゃね!?』

『もう現地いるの!?』

『ダークエルフもいるんだが?』


ノエルが横から手を振った。


「天才天使のノエル・セラフィアよ。ふふん」


『ノエルきた』

『今日も天才天使』

『ふふん助かる』

『草津でもテンション高いなw』


画面の横で、フィーネが少しおずおずと頭を下げる。


「……フィーネです……」


『フィーネきたー』

『今日もかわいい』

『罠感知たのむ』

『フィーネがいると安心する』


すると、スマホの真下から、ぬっとクロエが顔を出した。


画面いっぱいに赤紫の瞳とにこにこの笑顔が映る。


「クロエよっ。楽しんでねっ♪」


『近い近い近いw』

『クロエきたあああ』

『画面占有率w』

『新メンバーいるの強い』

『距離感バグってる』


よし。

コメント欄は今日も元気だな。


俺はカメラをダンジョンの奥へ向ける。


入口の先は薄暗かった。


石造りの通路。

湿った壁。

奥へ行くほど光が吸われるように薄くなっている。

自然洞窟というより、古い地下道に近い。


入口から少し覗いただけでは、先の形までは分からない。


「……薄暗いですね。まずは視界を確保します」


フィーネが一歩前に出て、静かに呪文を唱えた。


「……ウィル・オー・ウィスプ……」


フィーネの指先に、小さな灯りが生まれる。


最初は蛍みたいな点だった。

それがふわりと膨らみ、淡い青白さを帯びた光の玉になって浮かび上がる。


光は俺たちの頭上をゆっくり漂い、通路の天井付近で止まった。


強すぎない。

でも、足元と壁の輪郭は十分見える。

暗闇を無理やり押し潰すのではなく、静かにほどいていくような明かりだった。


「ありがとう。フィーネ」


「……いえ……その……ありがとうございます……」


褒められると、毎回こうなる。


嬉しそうなのに恥ずかしそうで、見てるこっちがちょっと和む。


コメント欄も反応していた。


『フィーネ魔法きた』

『明かり助かる』

『探索向きだな』

『この魔法便利』


「じゃあ進もうか。フィーネは俺のすぐ後ろで、罠の警戒を頼む」


「……わかりました……」


「クロエは中衛。ノエルは最後尾で支援を頼む」


「はーい♪」


「オッケー。まかせて!」


俺たちはダンジョンの中へ足を踏み入れた。



中は、静かだった。


壁は灰色の石でできている。

ただ、表面が少し湿っていた。

ところどころ苔のようなものが貼りつき、足元には細かい砂と小石が散っている。


天井は低すぎない。

剣を振るには十分な高さがある。


ただ、空気が重い。


湿った土と古い石の匂い。

それに、ほんの少しだけ硫黄のような匂いが混じっていた。


「草津っぽい匂いするわね」


ノエルが鼻を鳴らす。


「温泉地だからな。ダンジョンの中まで影響があるのかもしれない」


しばらく進むと、通路が急に終わった。


いや、終わったわけじゃない。


正面に壁。

左右に通路。


T字路だ。


左右の通路は、見た目にはほとんど同じだった。

幅も同じ。

壁の色も同じ。

奥の暗さも、似たようなものだ。


「……いきなり分岐ですね」


俺はフィーネに答えた。


「ここは左に進もう」


『左?』

『なんで即決?』


俺はスマホに向かって説明する。


「判断材料がない場合は、左に進みます」


「なんで左?」


クロエが首を傾げる。


「左手の法則だよ」


俺は左の壁に軽く手を当て、スマホに向かって解説する。


「迷路で左側の壁に沿って進み続けると、時間はかかりますが、最終的に出口や行き止まりまで辿れる手法です。もちろん、全部のダンジョンに完璧に通用するわけじゃないですが、最初の探索では悪くないやり方です」


『左手の法則きた』

『迷路攻略の基本』

『シンゴらしい』


俺たちは左の通路へ進んだ。


通路は少しだけ下っている。

壁の苔が減り、足元の砂が細かくなっていく。


しばらく進むと、前方に壁が見えてきた。


行き止まりだ。


「ざんねん。行き止まり。ハズレね」


ノエルが軽い調子で言った。


「戻る?」


クロエも聞いてくる。


だが、俺は足を止めた。


「いや。待ってくれ」


行き止まりの壁の手前。

床を見る。


何かが引っかかった。


通路全体は、砂と土埃が薄く積もっている。

でも、壁際の限られた範囲だけ、妙に薄い。


石の角も、そこだけ少し丸く削れている。

人が何度も踏んだか、何かが擦れたか。

そんな摩耗の跡がある。


普通、行き止まりなら、そこまで人は踏み込まない。

まして、壁際の床だけが擦れているのは不自然だ。


『行き止まり?』

『ん? どうした?』

『なんか見つけた?』

『シンゴが止まったぞ』


俺は昔、自分で作ったマップを思い出していた。


遠くから見ると、単なる行き止まりに見える。

だからプレイヤーは、そこで引き返す。


でも、ちゃんと奥まで行くと分かる。


壁の凹凸に隠れた小さい横道。

押せる石。

隠しスイッチ。

視線誘導で気づきにくくした抜け道。


そういう仕掛けを、俺は何度も配置した。


「奥まで行ってみよう」


俺はゆっくり行き止まりへ近づいた。


フィーネがすぐ後ろにつく。


「……壁際だけ、流れが変です……」


「やっぱりか」


真正面から見ると、ただの壁だ。

でも、壁の直前まで行って、少し横にずれる。


その瞬間、見えた。


行き止まりの直前。

左側の壁の凹凸に隠れるように、小さな通路が口を開けていた。


遠くからでは絶対に見えない。

真正面からでも分かりにくい。

壁際まで来て、角度を変えて、ようやく見える“来たやつだけに見せる通路”だ。


「やっぱり」


思わず口元が緩む。


これだ。

こういうのだ。


作り手が隠したくて、でも見つけてほしくて置いた通路。

俺の中のゲームデザイナーの部分が、久しぶりに強く反応していた。


コメント欄が一気に跳ねる。


『隠し通路!?』

『え、見えなかったぞ』

『なんで分かるんだよw』

『これぞシンゴって感じ』


クロエが横から覗き込む。


「うわ、ほんとにある。お兄ちゃん、すごっ!」


ノエルも目を丸くした。


「ただの行き止まりじゃなかったのね」


フィーネは小さく頷く。


「……この先、水の精霊力が強くなっています……」


俺は通路の先を見た。


狭い。

暗い。

でも、確かに奥へ続いている。


ただの横道、というには空気が少し違った。


入口の奥から、冷たい湿気が流れてくる。

硫黄の匂いも、さっきよりわずかに濃い。


俺はスマホを通路の奥へ向けた。


「この先、確認してみます」


ただの脇道か。

それとも、このダンジョンの本筋か。


まだ分からない。


ただ、行き止まりの床に残っていた摩耗の跡と、フィーネが感じた水の精霊力。

その二つが、偶然とは思えなかった。


草津ダンジョンの最初の答えは、行き止まりの奥にあった。


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