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第58話 ダークエルフ加入の夜――蟲王の“巣”はまだ終わっていなかった

その日の帰り道は、やけに賑やかだった。


今日は人数が増えたので、大型タクシーを呼んだ。


後部座席に並んで座ると、クロエがさっそくフィーネの方へ身を乗り出した。


「ねえねえフィーネ。さっきの弓、すっごい綺麗だったよねー。あの“狙います”って顔、いい感じだったー」


「……えっ……あ、あの……」


「しかもさ、声ちっちゃいのにちゃんと通るの、ずるくない?」


「……ずるく、ないです……」


「かわいい返し」


そう言って、クロエはそのままフィーネの腕にくっつく。


「ひゃっ……!」


フィーネがわたわたしている。


まあ、そうなるよな。


クロエは完全に初対面の距離感じゃない。

いきなり近い。

近いくせに、どこか人懐っこい犬みたいでもあって、強く拒絶しにくい感じがある。


ノエルは向かい側で腕を組みながら、そんな二人を見てうんうん頷いていた。


「ふふん。賑やかでよろしい」


「お前は完全に他人事だな」


「だって面白いじゃない」


運転手さんに聞こえない程度の声でそう返してくる。


俺は窓の外を見た。


夜の街が流れていく。


少し前まで虫の濁流の中にいたのに、今は大型タクシーの後部座席だ。

切り替わりが急すぎる。


でも、悪い感じじゃなかった。



マンション前に着いた。


クロエは車から降りると、まず建物を見上げた。


高い。

明るい。

ガラスが夜の光を反射して、建物そのものが静かに輝いて見える。


「えーー! すっごい! こんなところに住んでるのー?」


「ま、まあ賃貸だけど」


「賃貸でもすごいよこれ!」


クロエは目をきらきらさせたあと、急に俺の手を引いた。


「はやくっ、はやくっ!」


「引っ張るなって」


「だって気になるじゃん!」


入口の前に立つと、天井の小さなカメラがこちらを向いた。


ピロン♪


【顔認証:OK】


ガラス扉が、音もなく開く。


「おおーー♪」


クロエが素直に感嘆の声を上げる。


中へ入ると、広めのロビーと落ち着いた照明が迎えてくれた。

昼間より静かで、そのぶん余計に高級感がある。


「っすっごーーいっ!」


そのまま奥のゲートへ進む。


俺が指をセンサーへ当てる。


「お帰りなさいませ」


「っえーー、なにこれ♪」


クロエは終始きょろきょろしていた。


顔認証、音声案内、専用エレベーター。

フィーネが初めて来た時はビックリした驚き方だったが、クロエは驚き方は楽しげだ。


いちいち声に出る。



十五階に到着する。


「このフロアが俺たちの住居」


「ほーーっ♪」


「まずは部屋、案内するか」


廊下を進みながら、順番に扉を示す。


「ここが俺の部屋。隣がフィーネ。その隣がノエルの部屋だ」


「残り二部屋あるから、好きな方選んで」


「じゃあ、お兄ちゃんの隣の部屋がいい♪」


にんまりしながら、即答だった。


俺の部屋の、フィーネとは逆側。

一番近い部屋だ。


「おっ、オーケー。じゃあ、そこにしよう」


お兄ちゃん、という呼ばれ方にまだ慣れない。

恥ずかしいし、妙に照れくさい。


そういう空気を察したのか、クロエはにひひと笑った。


絶対わざとだろ、これ。


部屋の扉を開けると、クロエは中を一周してすぐ振り返った。


「いいじゃん、ここ! 今日からここ、クロエの城ね♪」


「ノエルみたいなこと言ってるな」


「え、なにそれ。かぶってる?」


「私の方が先なんだけど?」


ノエルがすかさず反応する。


「ふふん。部屋を見て“城”って言うのは私の専売特許よ」


「じゃあクロエは“お城その二”でいいや」


「雑!」


賑やかだ。


部屋が一つ増えただけなのに、空気が一段階うるさくなった気がする。



「なにはともあれ! 乾杯よ! 乾杯! 新しい仲間に乾杯よ!」


ノエルが例によって言いながら、冷蔵庫を開ける。


「クロエは何歳なんだ? 酒は飲めるのか?」


そういえば、フィーネの時も似たような確認をした気がする。


「百五十一才よ! ワインが好き!」


「おおっ、さすがダークエルフ」


「ん? たしかフィーネが百五十才だったよな」


「へー、そうなんだ! じゃあ今日からクロエがフィーネのお姉ちゃんね♪」


そう言って、またフィーネに絡みつく。


「……えっ、えっ……」


「さあ、お姉ちゃんって呼んでみて?」


「お……お……」


そこまで言ったところで、フィーネは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

耳まで真っ赤だ。


「クロエ。それくらいにしておいてくれ」


「はーい♪」


返事だけは軽い。


俺とノエルはビール。

クロエは赤ワイン。

フィーネは麦茶を選んだ。


料理は例によって、レンジで温めるだけのものをいくつか並べる。

冷凍パスタ、唐揚げ、グラタン、ポテト、サラダ。

ちゃんとした手料理ではないけど、人数が増えるとそれだけでも食卓がにぎやかに見えた。


「それじゃあ……新しい仲間に」


俺が缶を持ち上げる。


「かんぱーい!」


四人の声が揃った。


ノエルが、んぐ、んぐ、んぐ、と飲む。


「ぷはーーー! やっぱり配信後のビールは最高ね!」


「それ、毎回言ってるな」


「毎回最高なんだから仕方ないでしょ」


クロエはワインを一口飲んで、すぐに料理へ手を伸ばした。


「なにこれ、おいし! これもおいしい!」


「それ冷凍だけどな」


「え、冷凍でこれ!? 現代すごくない!?」


ノエルがすかさず次の皿を勧める。


「こっちのグラタンもいきなさい。あとその唐揚げも。ジャンクだけど、配信後には正義よ」


「んー! これ好きー!」


「でしょう? ふふん。分かってるじゃない」


フィーネは麦茶を両手で持ちながら、少しずつ食べていた。

でも、クロエとノエルの勢いに巻き込まれて、いつもより食べる速度が少しだけ速い。


「……クロエさん、よく食べますね……」


「動いたあとはお腹すくもん。フィーネももっと食べなよー」


「……い、いえ……ちゃんと食べてます……」


「食べてるけど遅いの。ほら、これも」


「……あっ、ありがとうございます……」


クロエに皿を寄せられて、フィーネがまたあわあわする。


でも嫌がってはいない。

戸惑ってはいるけど、ちゃんと会話に混ざれている。


ノエルはビールを片手に、今日は何発撃っただの、結界の張り方が完璧だっただの、気分よく喋り続けている。

クロエはそれに負けないテンポで返し、気づけば二人で盛り上がっていた。


俺はそんな三人を見ながら缶を傾ける。


騒がしい。

とにかく騒がしい。


でも、悪くない。


落ち着きは減った。


その代わり、家らしさは増した気がする。



今日もいろいろあったな。

いや、ありすぎだろ。


そう思いながら、俺は自分のベッドに入って明日の予定を頭で並べた。


クロエの保護申請。

また来たのか、という空気が容易に想像できる。


その時。


コン、コン。


ノックの音。


「はい」


短く返すと、ドアが少しだけ開く。


「……あの。すいません。シンゴさん……」


いつものように、フィーネがもじもじしていた。


「……いいよ。入っておいで」


「……ありがとうございます。では、失礼します……」


フィーネはそっと俺の左側からベッドに入ってきた。

自然に、いつもの位置に収まる。


「いつもすいません。暗くなって、目をつむると、まだ……」


「いいよ。いつでも来ていい。じゃあ、寝ようか」


「はい……」



部屋を暗くしようとした、その時だった。


コン、コン。


またノックの音。


「え!? え、はい! はい!」


ちょっとどもった。


扉がガチャリと開いて、クロエが顔をのぞかせる。


「あーーーー! ずっるい! クロエも! クロエも!」


「えっ!!」


「いやいやいや。フィーネは故郷に帰れなくて、寂しいから……」


「クロエも。お兄ちゃん。クロエもさみしぃなぁ」


妙に艶のある言い方をする。


「いやいやいや!」


「だーめ♪ じゃあクロエは右側ね♪」


クロエが、もぞもぞと俺の右側に入り込んできた。


そして、そのままぎゅっと抱きついてくる。


ちょっ!

当たっている

当たっている

柔らかい!

いやいやいや


「どーしたの、お兄ちゃん?」


クロエは少しいたずらっぽい笑みを浮かべて聞いてきた。


「いや……なんでもない」


なんでもなくはない。

でも、今ここで言語化したら余計にだめなやつだ。


すると、左側のフィーネが少しだけむっとした気配を出して、体を寄せてきた。


……いや、いいんだけど。

嬉しいっちゃ嬉しいんだけど。

いいのかこれ?


「お兄ちゃん、ありがとう。クロエを仲間にしてくれて」


さっきまでふざけていたくせに、急に真面目な声になる。


俺も素直に返した。


「いや。こちらこそ助かった。ありがとう」


クロエはにこりとした。


さっきまでの軽さとは少し違う、ちゃんとした笑い方だった。


「えへへ。よかった。ちゃんとお礼、言いたかったんだ」


……ずるいな。


そういうのを素でやるのが、一番ずるい。


「じゃあ寝ようか」


そう言うと、クロエは素直に「はーい」と返した。



すぅすぅ、とフィーネの寝息が聞こえる。


そんな中。


「ねえ、お兄ちゃん」


クロエが小声で呼んだ。


「今日の虫のやつさ」


俺は目を開ける。


「……あれ、まだ“途中”だったよ」


少しだけ、間があいた。


「――あの虫のやつ、“巣”が本体だから」


「……どういう意味だ?」


「さっきのは“出てきた分”を焼いただけ」


軽い声だった。


でも、その中身は軽くない。


「中にあるのは、あんなもんじゃないよ」


背中が、ぞくりと冷えた。


「あの王も?」


「うん。“巣の一部”」


クロエはあっさり言った。


俺は天井を見たまま、ゆっくり息を吐く。


――終わっていない。


それだけが、はっきり残った。

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― 新着の感想 ―
長男シンゴ 長女ノエル 次女クロエ 末っ子フィーネ ある意味、皆がシンゴを慕ってるけど恋愛感情が無くて良い感じ。
こんばんは。 前の悪魔があれだけの強豪でしたからね…やはり今回のアレは先触れみたいなものでしたか。 クロエという頼もしい仲間が加入しましたが、それでも一筋縄では行かなそうですなぁ…。
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