第58話 ダークエルフ加入の夜――蟲王の“巣”はまだ終わっていなかった
その日の帰り道は、やけに賑やかだった。
今日は人数が増えたので、大型タクシーを呼んだ。
後部座席に並んで座ると、クロエがさっそくフィーネの方へ身を乗り出した。
「ねえねえフィーネ。さっきの弓、すっごい綺麗だったよねー。あの“狙います”って顔、いい感じだったー」
「……えっ……あ、あの……」
「しかもさ、声ちっちゃいのにちゃんと通るの、ずるくない?」
「……ずるく、ないです……」
「かわいい返し」
そう言って、クロエはそのままフィーネの腕にくっつく。
「ひゃっ……!」
フィーネがわたわたしている。
まあ、そうなるよな。
クロエは完全に初対面の距離感じゃない。
いきなり近い。
近いくせに、どこか人懐っこい犬みたいでもあって、強く拒絶しにくい感じがある。
ノエルは向かい側で腕を組みながら、そんな二人を見てうんうん頷いていた。
「ふふん。賑やかでよろしい」
「お前は完全に他人事だな」
「だって面白いじゃない」
運転手さんに聞こえない程度の声でそう返してくる。
俺は窓の外を見た。
夜の街が流れていく。
少し前まで虫の濁流の中にいたのに、今は大型タクシーの後部座席だ。
切り替わりが急すぎる。
でも、悪い感じじゃなかった。
◆
マンション前に着いた。
クロエは車から降りると、まず建物を見上げた。
高い。
明るい。
ガラスが夜の光を反射して、建物そのものが静かに輝いて見える。
「えーー! すっごい! こんなところに住んでるのー?」
「ま、まあ賃貸だけど」
「賃貸でもすごいよこれ!」
クロエは目をきらきらさせたあと、急に俺の手を引いた。
「はやくっ、はやくっ!」
「引っ張るなって」
「だって気になるじゃん!」
入口の前に立つと、天井の小さなカメラがこちらを向いた。
ピロン♪
【顔認証:OK】
ガラス扉が、音もなく開く。
「おおーー♪」
クロエが素直に感嘆の声を上げる。
中へ入ると、広めのロビーと落ち着いた照明が迎えてくれた。
昼間より静かで、そのぶん余計に高級感がある。
「っすっごーーいっ!」
そのまま奥のゲートへ進む。
俺が指をセンサーへ当てる。
「お帰りなさいませ」
「っえーー、なにこれ♪」
クロエは終始きょろきょろしていた。
顔認証、音声案内、専用エレベーター。
フィーネが初めて来た時はビックリした驚き方だったが、クロエは驚き方は楽しげだ。
いちいち声に出る。
◆
十五階に到着する。
「このフロアが俺たちの住居」
「ほーーっ♪」
「まずは部屋、案内するか」
廊下を進みながら、順番に扉を示す。
「ここが俺の部屋。隣がフィーネ。その隣がノエルの部屋だ」
「残り二部屋あるから、好きな方選んで」
「じゃあ、お兄ちゃんの隣の部屋がいい♪」
にんまりしながら、即答だった。
俺の部屋の、フィーネとは逆側。
一番近い部屋だ。
「おっ、オーケー。じゃあ、そこにしよう」
お兄ちゃん、という呼ばれ方にまだ慣れない。
恥ずかしいし、妙に照れくさい。
そういう空気を察したのか、クロエはにひひと笑った。
絶対わざとだろ、これ。
部屋の扉を開けると、クロエは中を一周してすぐ振り返った。
「いいじゃん、ここ! 今日からここ、クロエの城ね♪」
「ノエルみたいなこと言ってるな」
「え、なにそれ。かぶってる?」
「私の方が先なんだけど?」
ノエルがすかさず反応する。
「ふふん。部屋を見て“城”って言うのは私の専売特許よ」
「じゃあクロエは“お城その二”でいいや」
「雑!」
賑やかだ。
部屋が一つ増えただけなのに、空気が一段階うるさくなった気がする。
◆
「なにはともあれ! 乾杯よ! 乾杯! 新しい仲間に乾杯よ!」
ノエルが例によって言いながら、冷蔵庫を開ける。
「クロエは何歳なんだ? 酒は飲めるのか?」
そういえば、フィーネの時も似たような確認をした気がする。
「百五十一才よ! ワインが好き!」
「おおっ、さすがダークエルフ」
「ん? たしかフィーネが百五十才だったよな」
「へー、そうなんだ! じゃあ今日からクロエがフィーネのお姉ちゃんね♪」
そう言って、またフィーネに絡みつく。
「……えっ、えっ……」
「さあ、お姉ちゃんって呼んでみて?」
「お……お……」
そこまで言ったところで、フィーネは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
耳まで真っ赤だ。
「クロエ。それくらいにしておいてくれ」
「はーい♪」
返事だけは軽い。
俺とノエルはビール。
クロエは赤ワイン。
フィーネは麦茶を選んだ。
料理は例によって、レンジで温めるだけのものをいくつか並べる。
冷凍パスタ、唐揚げ、グラタン、ポテト、サラダ。
ちゃんとした手料理ではないけど、人数が増えるとそれだけでも食卓がにぎやかに見えた。
「それじゃあ……新しい仲間に」
俺が缶を持ち上げる。
「かんぱーい!」
四人の声が揃った。
ノエルが、んぐ、んぐ、んぐ、と飲む。
「ぷはーーー! やっぱり配信後のビールは最高ね!」
「それ、毎回言ってるな」
「毎回最高なんだから仕方ないでしょ」
クロエはワインを一口飲んで、すぐに料理へ手を伸ばした。
「なにこれ、おいし! これもおいしい!」
「それ冷凍だけどな」
「え、冷凍でこれ!? 現代すごくない!?」
ノエルがすかさず次の皿を勧める。
「こっちのグラタンもいきなさい。あとその唐揚げも。ジャンクだけど、配信後には正義よ」
「んー! これ好きー!」
「でしょう? ふふん。分かってるじゃない」
フィーネは麦茶を両手で持ちながら、少しずつ食べていた。
でも、クロエとノエルの勢いに巻き込まれて、いつもより食べる速度が少しだけ速い。
「……クロエさん、よく食べますね……」
「動いたあとはお腹すくもん。フィーネももっと食べなよー」
「……い、いえ……ちゃんと食べてます……」
「食べてるけど遅いの。ほら、これも」
「……あっ、ありがとうございます……」
クロエに皿を寄せられて、フィーネがまたあわあわする。
でも嫌がってはいない。
戸惑ってはいるけど、ちゃんと会話に混ざれている。
ノエルはビールを片手に、今日は何発撃っただの、結界の張り方が完璧だっただの、気分よく喋り続けている。
クロエはそれに負けないテンポで返し、気づけば二人で盛り上がっていた。
俺はそんな三人を見ながら缶を傾ける。
騒がしい。
とにかく騒がしい。
でも、悪くない。
落ち着きは減った。
その代わり、家らしさは増した気がする。
◆
今日もいろいろあったな。
いや、ありすぎだろ。
そう思いながら、俺は自分のベッドに入って明日の予定を頭で並べた。
クロエの保護申請。
また来たのか、という空気が容易に想像できる。
その時。
コン、コン。
ノックの音。
「はい」
短く返すと、ドアが少しだけ開く。
「……あの。すいません。シンゴさん……」
いつものように、フィーネがもじもじしていた。
「……いいよ。入っておいで」
「……ありがとうございます。では、失礼します……」
フィーネはそっと俺の左側からベッドに入ってきた。
自然に、いつもの位置に収まる。
「いつもすいません。暗くなって、目をつむると、まだ……」
「いいよ。いつでも来ていい。じゃあ、寝ようか」
「はい……」
◆
部屋を暗くしようとした、その時だった。
コン、コン。
またノックの音。
「え!? え、はい! はい!」
ちょっとどもった。
扉がガチャリと開いて、クロエが顔をのぞかせる。
「あーーーー! ずっるい! クロエも! クロエも!」
「えっ!!」
「いやいやいや。フィーネは故郷に帰れなくて、寂しいから……」
「クロエも。お兄ちゃん。クロエもさみしぃなぁ」
妙に艶のある言い方をする。
「いやいやいや!」
「だーめ♪ じゃあクロエは右側ね♪」
クロエが、もぞもぞと俺の右側に入り込んできた。
そして、そのままぎゅっと抱きついてくる。
ちょっ!
当たっている
当たっている
柔らかい!
いやいやいや
「どーしたの、お兄ちゃん?」
クロエは少しいたずらっぽい笑みを浮かべて聞いてきた。
「いや……なんでもない」
なんでもなくはない。
でも、今ここで言語化したら余計にだめなやつだ。
すると、左側のフィーネが少しだけむっとした気配を出して、体を寄せてきた。
……いや、いいんだけど。
嬉しいっちゃ嬉しいんだけど。
いいのかこれ?
「お兄ちゃん、ありがとう。クロエを仲間にしてくれて」
さっきまでふざけていたくせに、急に真面目な声になる。
俺も素直に返した。
「いや。こちらこそ助かった。ありがとう」
クロエはにこりとした。
さっきまでの軽さとは少し違う、ちゃんとした笑い方だった。
「えへへ。よかった。ちゃんとお礼、言いたかったんだ」
……ずるいな。
そういうのを素でやるのが、一番ずるい。
「じゃあ寝ようか」
そう言うと、クロエは素直に「はーい」と返した。
◆
すぅすぅ、とフィーネの寝息が聞こえる。
そんな中。
「ねえ、お兄ちゃん」
クロエが小声で呼んだ。
「今日の虫のやつさ」
俺は目を開ける。
「……あれ、まだ“途中”だったよ」
少しだけ、間があいた。
「――あの虫のやつ、“巣”が本体だから」
「……どういう意味だ?」
「さっきのは“出てきた分”を焼いただけ」
軽い声だった。
でも、その中身は軽くない。
「中にあるのは、あんなもんじゃないよ」
背中が、ぞくりと冷えた。
「あの王も?」
「うん。“巣の一部”」
クロエはあっさり言った。
俺は天井を見たまま、ゆっくり息を吐く。
――終わっていない。
それだけが、はっきり残った。
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