第57話 黒炎のダークエルフ――気に入られたので仲間になった
炎の残り火の向こうで、少女が笑っていた。
『なに今の!?!?!?』
『横から焼いたぞwww』
『火力おかしいだろwwww』
『誰だあの子!?!?』
コメント欄が一気に流れる。
そりゃそうだ。
あの虫の濁流を、横から突然まとめて焼き払ったんだから。
俺もまだ呼吸が整いきっていない。
頬はひりつくし、手の甲もじんじん痛む。
それでも、助かったのは事実だった。
炎の残り火の向こうで、小柄な少女がこちらを見ていた。
「さっきはありがとう! 助かったよ。俺の名前はシンゴです」
礼を言うと、少女は少しだけ目を細めた。
ふうん、この状況でもお礼を言えるんだ。
「……シンゴさんも、黒焦げにされそうでした……」
フィーネが小さく言う。
「そうよ! そうよ! たまたま、結界を張ったのがこの天才天使だったから良かったけど、みんなまとめて黒焦げになるところだったじゃない!」
ノエルが結界を解きながら、ぷんすか怒る。
少女はその言葉に肩をすくめて笑った。
「ぜんぜーん。綺麗で強力な結界だったから、大丈夫って分かってたんだから」
ノエルの口の端が、少しだけ上がる。
「それに、そっちのお兄さんも、魔法防御の加護が見えたよ。ちょっと熱かったかもだけど」
……見えてたのか。
あの一瞬で、そこまで分かるのは普通じゃない。
俺はあらためて、少女の姿を見る。
小柄だ。
身長はフィーネと同じくらい。
なのに、目を引く。
いや、引かれすぎる。
その小柄な体には不釣り合いなくらい、異様に目立つバストがついていた。
ここまで来ると、もう違和感の域だ。
分からないがZカップとかそんなじゃないか!?
視界に入れない方が難しい。
肌はなめらかな褐色。
髪は桃色を帯びた銀髪で、長く背中から大きく流れている。
頭からは細く長いエルフの耳。
瞳は赤紫――ローズ系の色味で、強気にも、どこか儚げにも見える不思議な光を宿していた。
衣装は黒に近い濃い紫を基調に、金の縁取りと白いフリル。
上半身は白シャツに黒のリボンタイ、肩には金の装飾。
スカートは黒と白の重なりに、後ろへ薄紫の布が揺れる華やかな作りだ。
手には短めのロッド。
先端の赤い宝石が、かすかに妖しく光っていた。
可憐さと危うさが同居した、
ひと目で“ただ者じゃない”と分かる存在だった。
少女はにこっと笑って言う。
「シンゴね。私はクロエ・ノワール。ダークエルフの魔法使いよ」
コメント欄がまた跳ねた。
『新キャラきたああああああ』
『ダークエルフ!?!?』
『ビジュつよすぎる』
『なにこの子めっちゃ可愛い』
『え、存在感すご』
その次に流れたのは、まあ、予想通りだった。
『でっっっっっか』
『いや目立つな!?』
『ちっちゃいのにすごいな!?』
……まあ、気になるよな。
俺だって気になってる。
気になってるが、ここでそれを顔に出すのは絶対に違う。
フィーネがチラチラと、クロエの胸を気にしているのが分かる。
「こちらがノエルで、こっちがフィーネ」
「ノエルよ!」
「……フィーネです……」
クロエは、ふーんと二人を眺めて、それからまた俺へ視線を戻した。
「それで、君はこんなところで何をしてたんだ? 一人でここまで来たのか?」
我ながら、もっと気の利いた聞き方はなかったのかと思う。
でも、この状況じゃ仕方ない。
クロエはまったく気にした様子もなく、ころころ笑った。
「シンゴくん。それはねー、二週間前にこっちの世界に来たんだけどー。協会の保護が退屈すぎて出てきちゃった!」
「ダンジョン協会に保護されていたけど、抜け出したと……」
「そーなのー。外にも出れないし、毎日毎日、体調はどうだの、気分はどうだの、確認ばっかりでメンドくさいのよー」
「それは、今はどこで生活を?」
「シンゴお兄ちゃん。それはねー。安いダンジョンに潜っては魔石を集めてー、換金してー、そのお金でホテルとかー」
「お兄ちゃん……」
思わず口から出た。
なんでそこを選ぶんだ。
妙に響きが刺さる。
しかも、今この場で。
よりによって配信中に。
クロエはぱっと顔を明るくした。
「えへへっ。気に入ったみたいねー♪ これからお兄ちゃんって呼ぶことにするよー」
「いやいやいや……それは」
だめだ。
変な汗が出る。
妙にしっくりくる呼び方を、初対面でいきなり選ばれると困る。
しかもこの子、たぶん無自覚じゃない。
色々な呼び方するなとは思ったが、俺の反応を見ていたのか……。
「……お……お兄、ちゃん……」
フィーネが隣で変なところで詰まった。
どうした、と振り向くと、耳まで真っ赤になっている。
コメント欄も当然そこへ食いつく。
『お兄ちゃんwww』
『急に距離近い』
『フィーネ反応かわいい』
『お兄ちゃん呼びだと!?』
『シンゴ固まってて草』
ノエルがここぞとばかりに口を挟んだ。
「綺麗で強力な結界と見破るとは。なかなか見どころがあるわね! ふふん!」
クロエはにこにこしながら頷いた。
「そーなのー♪ すっごい綺麗で、あんな強力な結界って初めて見たわ!」
「ふふん。でしょう?」
ノエルの機嫌が一気に回復する。
「見る目あるじゃない。私の結界は強いだけじゃなくて、美しいのよ。あの多層の重なりがまず芸術的で――」
始まった。
さっきまで虫の大群に押されてたのに、褒められた瞬間これである。
「それで、君はこれからどうするつもりなんだ?」
俺は少し咳払いして、話を戻した。
クロエは何でもないことみたいに言う。
「それでー。できたら、お兄ちゃんについて行きたいんだけどー」
「えええ!? なんで?」
声が裏返った。
クロエは無邪気に笑う。
「あっはっ♪ だって面白そうなんだもん」
そう言ってから、少しだけ体を寄せてくる。
「それにー。お兄ちゃんのこと、気に入っちゃったー♪」
心臓に悪い。
距離が近い。
表情が明るい。
言い方が軽い。
全部が軽いのに、破壊力だけ高い。
「ノエルとフィーネはどう思う?」
まず二人に振る。
こういう時、一人で判断するとろくなことにならない。
「ふふん! 私はいいと思うわ! この天才天使の素晴らしさが分かるなんて、たいしたものよ!」
ノエルは即答だった。
フィーネはというと、
「……シ、シンゴ・お……お……お…さん…」
「どうしたフィーネ」
「……私は、シンゴさんが良ければ、それで……」
なんだ今の。
途中で何を言いかけた。
クロエが、にやっと笑う。
「えへへっ! シンゴおっさんみたいになったね♪」
「いいのよ♪ フィーネも、お兄ちゃんって呼んでも♪」
その瞬間、フィーネが顔を真っ赤にしてうつむいた。
ああ、そういうことか。
お兄ちゃんって、言おうとしてたのか。
コメント欄がまた爆発する。
『フィーネ可愛すぎる』
『赤くなって可愛い!』
『フィーネがんばれ』
『新キャラ強いなw』
……あとでちゃんとフォローしておこう。
俺は気を取り直して、クロエを見る。
「さっきのファイヤーストーム、見事だった。俺たちは範囲攻撃がなくて困っていたところなんだ」
これは本音だ。
虫の大群相手に、あの火力はありがたすぎる。
今のパーティに足りないもの、そのものだった。
「君さえよければ、うちのパーティに来てほしい」
クロエはぱっと顔を輝かせた。
「あっは♪ やった! これからよろしくね♪」
そのまま、勢いよく抱きついてくる。
「ちょっ!」
柔らかい。
いや、柔らかいとかそういう問題じゃない。
異常なほど大きい胸が思い切り押しつけられて、普通に困る。
これは困る。
とても困る。
しかも。
……フィーネが、少し怒ってる気がする。
「いったん。いったん。離れて」
「はーい♪」
クロエはあっさり離れた。
俺は一歩下がって深呼吸する。
落ち着け。
落ち着け俺。
まだ配信中だ。
「というわけで、うちのパーティにダークエルフの魔法使い、クロエが仲間になりました」
クロエがスマホの前へ出る。
くるりと回って、ロッドを肩に乗せるみたいに構え、片手で小さくポーズを決めた。
「クロエ・ノワール。ダークエルフの魔法使いよ。これから、よ・ろ・し・く・ねー♪」
コメント欄が一気に流れた。
『新キャラ加入きたあああ』
『クロエかわいい』
『火力枠つよい』
『よろしくー!』
『パーティさらに濃くなったなw』
「では、配信終了だな」
俺はノエルを見る。
「締め、頼む」
「ふふん。任せなさい!」
ノエルは得意げに胸を張って、スマホへ向き直った。
「ではではー、今日の配信はここまでね! 今回の配信が面白かった方、ぜひチャンネル登録、★評価、よろしくお願いしますー!」
画面の向こうで、まだコメントが流れている。
『おつかれー!』
『次回も楽しみ』
『クロエ加入熱い』
『フィーネ可愛かった』
配信を切る。
静かになった部屋で、俺は小さく息を吐いた。
さっきまで虫の王と戦っていたはずなのに、今はダークエルフの魔法使いが隣に立っている。
展開が急すぎる。
でも、嫌な感じはしなかった。
むしろ――ありがたい。
あのファイヤーストームを見た瞬間に分かった。
今の俺たちに足りなかった“範囲をまとめて焼ける火力”を、この子は持っている。
問題があるとすれば、距離感がおかしいことくらいだ。
……いや、十分問題か。
それでも、クロエが加わることでパーティの幅が一気に広がるのは間違いない。
ノエルの浄化、フィーネの解析、そしてクロエの殲滅火力。
うまく噛み合えば、かなり強い。
俺は改めて、隣で楽しそうに笑っているクロエを見た。
とんでもない乱入の仕方だったけど――
どうやら俺たちのパーティは、またひとつ騒がしくなりそうだった。
【フォローで更新通知が届きます】
★評価・ハート・ブックマークで応援いただけると、めちゃくちゃ励みになります!




