第54話 四階最深部――気配だけが先にいた
第54話 四階最深部――気配だけが先にいた
◆
「次は四階にある、中級アンデッドが湧くポイントに行こうと思います」
俺がそう言うと、コメント欄がすぐ流れた。
『お、続行だ』
『四階あるんだ』
『中級アンデッド見たい』
「そうです。四階には中級アンデッドが出る可能性があるポイントがあります。倒せれば、魔石の期待もあります」
「ふふん。つまり、私の出番ってことね」
ノエルが得意げに胸を張った。
「さっき見たでしょ? 通常運用の《浄霊聖波・ターンアンデッド》でも、あれだけ消せるのよ。聖属性耐性が低い相手なら、まとめて片づけられるわ」
『早口で草』
『でも実際つよかった』
『今日は気分良さそうw』
「機嫌が良さそうだな」
「ふふん。そりゃそうよ。ちゃんと活躍できると気分がいいもの」
「…さっきも、すごかったです…」
フィーネが素直に言う。
ノエルはますます調子づいた。
「でしょ? もっと褒めてもいいのよ?」
思わず少し笑ってしまう。
俺たちはホールを抜けて、奥へ進む。
マップの通りなら、少し先に四階への階段があるはずだ。
崩れた柱の横を通り、短い通路へ入る。
その先に、石段が下へ伸びていた。
「四階への階段ですね」
「所沢ダンジョンは、いわゆる初級向けの作りです。分岐も少なく、いやらしくない。慣れるにはちょうどいいタイプですね」
『初心者向けか』
『たしかに分かりやすい』
『ゲーム屋っぽい解説助かる』
「つまり、“安全に私の活躍が見られる舞台”ってことね」
「全部そこに繋げるんだ」
「大事でしょ? 主役の見せ場は」
「…ご機嫌ですね」
「報告書のことさえ忘れれば、私はいつでもご機嫌よ」
忘れたらだめなんじゃないか、それ。
そんなことを思いながら、階段を下りる。
◆
四階へ足を踏み入れた瞬間、空気が少し変わった。
寒いわけじゃない。
風が吹いているわけでもない。
ただ、音が遠い。
自分たちの足音が石に当たって響いているはずなのに、どこか吸われるみたいに薄くなる。
「四階の目標ポイントは、少し奥まった場所にあります」
ノエルがスマホを通路の先に向ける。
「ここから先は、基本一本道です。少し分岐もありますが、ハズレはすぐに行き止まりになります」
左右に短い通路がある。
でも、迷うほどじゃない。
マップ通りに進み、最後の角を曲がる。
その先に、少し大きめの扉があった。
石でできた両開きの扉。
三階までの扉より、一段厚く見える。
「いよいよここが、このダンジョンの最奥ですね」
俺が言うと、コメント欄がざわついた。
『おおー』
『ボス部屋きた?』
『中級アンデッド出てくれ』
「中級アンデッドが出ることがあるらしいので、湧いていればいいんですが……」
「いたら浄化してあげるわ。ふふん」
ノエルが腕を組んで言う。
俺は扉に手をかけた。
「行きます」
◆
重い音を立てて、扉が開く。
中は、思っていたより広かった。
小ぶりのオフィスワンフロアくらいの広さ。
高さも十メートルくらいはある。
このダンジョン全体の規模を考えると、かなり大きい。
暗い。
それも、ただ暗いだけじゃない。
妙に、教会みたいな空気があった。
左右に並ぶ石柱。
壁際に等間隔で取りつけられた燭台。
だが、火は入っていない。
奥は影が濃く、天井の高さがそのまま圧になって落ちてくる。
一歩入っただけで、空気の質が変わった気がした。
「……教会、みたいですね……」
フィーネが小さく言う。
「しかも、だいぶ陰気なやつね」
ノエルも珍しく声を落とした。
俺は部屋の奥を見る。
石柱。
黒い床。
火の入っていない燭台。
ひやりとした静けさ。
その瞬間、浦安ダンジョンで見た、あのグールがいた部屋が頭をよぎった。
似てる。
規模は全然違う。
でも、雰囲気が近い気がする。
暗い教会。
奥へ意識を引っ張るような配置。
広いのに、妙に逃げ場がない感じ。
嫌な連想だった。
俺たちは慎重に中へ入る。
だが、モンスターは見当たらない。
がらんとしていた。
「残念。ハズレみたいですね」
そう言った、その時だった。
ぞわっ、と鳥肌が立った。
腕だけじゃない。
首筋。背中。頭皮。
髪が逆立つみたいな、嫌な粟立ちが一気に走る。
何だ、急に――!
思わず足が止まる。
心臓が一拍、強く鳴った。
「シンゴさん! なんかいる!」
ノエルが鋭く声を上げる。
「……いやな感じします……」
フィーネも同時に、低く言った。
俺だけじゃない。
二人も感じている。
部屋は静かだ。
何も見えない。
石柱の影も、奥の壁も、さっきと何も変わっていない。
なのに、いる。
視線の届かないどこかに、何かがいる。
俺は無意識に剣の柄へ手をかけた。
さっきまでの“復帰配信”の空気が、音もなく消えていく。
その時だった。
奥の闇の中で、
何かが、ゆっくりと立ち上がった。
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