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第53話 所沢ダンジョン――“おかしい”はここから始まる

その異変は、すでに始まっていた。

次の日。


久しぶりに、ダンジョン配信をすることにした。


さすがに、いきなり危険な場所へ行くつもりはない。

浦安のあとだ。体の疲れは抜けても、感覚まで完全に平常運転とは言い切れない。


だから今日は、あくまで復帰配信。

安全な場所で、無理なく、気持ちよく終える。


既に攻略済み。

全体マップも安く出回っていて、構造の把握も簡単。

そのうえ、今日はストレス発散のためにも、ノエルが活躍しやすい場所がいい。


選んだのは、所沢ダンジョンだった。


理由は単純だ。

三階に、低級アンデッドのスケルトンがまとまって湧くポイントがある。

ノエルの《浄霊聖波・ターンアンデッド》を見せるには、ちょうどいい。

四階には、たまに中級アンデッドが湧くポイントがある。こいつを倒すと、魔石をドロップする可能性がある。


いつものようにタクシーへ移動する。


「今日は軽めだ。感覚を戻すのが優先。無理はしない」


「……はい」


フィーネが静かに頷く。


「でも、久しぶりの配信です……少し、楽しみです……」


その一言に、少しだけ肩の力が抜けた。



入ダン申請を済ませ、所沢ダンジョンへ入る。


一階は石造りの通路。

二階も似たような構造。

攻略済みダンジョンらしく、変な癖もなく、歩きやすい。


マップは頭に入っている。


右。

階段。

直進。

小部屋をひとつスルー。

また右。


「……ここ、ずいぶんシンプルですね」


フィーネが後ろから言う。


「攻略済みのダンジョンだからな。構造も素直だし、三階までは敵もいないし、何も残っていない」


三階まで迷わず到着する。


目指すのは、スケルトンの大量湧きポイント。

少し広めのホールだ。


扉の前で足を止める。


「さあノエル、入るぞ」


「ふぁーい」


返事がだるい。


「テンション低いな」


「低いわよ。せっかくの休み明け配信なのに、脳の片隅に報告書がずっと居座ってるんだから」


「……それは、大変そうです……」


フィーネが小さく言う。


ノエルは、そこで一度目を閉じた。

それから、ふっと息を吐いて胸を張る。


「でもまあ、やるときはやるわ。天才天使ですもの」


「頼りにしてる。じゃあ配信開始するか」



【配信開始】


「こんにちは、シンゴです。今日は所沢のダンジョンに来てます」


「天才天使のノエル・セラフィアよ!」


『ノエルきた!』

『天才天使きたな』


「……フィーネです……」


『フィーネきたー!』

『声ちっちゃくてかわいい』


相変わらずコメント欄は元気だ。


俺はスマホを扉の方へ向ける。


「今、三階のアンデッド湧きホールの手前まで来ています」


『へー、なんで三階?』

『なんか狙いあるの?』


「ここは低級アンデッドがまとまって湧きます。ノエルの《浄霊聖波・ターンアンデッド》を配信で見てもらおうと思っています」


ノエルが即座に胸を張る。


「ふふん。今日は私の聖なる力をたっぷり見せてあげるわ。天才天使の浄化ショーよ!」


俺は扉に手をかけた。


「行くぞ」



扉を押し開ける。


中は、広めの石造りのホールだった。

崩れた柱が何本か立っていて、奥には半壊した祭壇のようなものがある。


数秒の静寂。


そのあと。


カタ、カタカタ……。


床の割れ目。

壁際の窪み。

崩れた柱の陰。


そこから次々に、スケルトンが起き上がってくる。


錆びた剣持ち。

槍持ち。

素手のやつ。

数は、二十体ちょっと。


「結構いるな」


「ちゃんと歓迎してくれてるじゃない」


ノエルが一歩前へ出る。


俺は入口寄りへ立ち位置を取った。

中央に突っ込む必要はない。


「ノエル、正面から。俺は入口側で寄せる。フィーネは左右の湧き位置を見てくれ」


「……はい……」


「了解。派手にいくわよ!」


スケルトンたちが一斉にこちらへ向かってくる。


俺は少し前へ出て、正面の流れをまとめる。

壁際へ流れそうなやつが出ないよう、あえて半歩だけ位置をずらす。


「……右側、五体です……」


フィーネの静かな声。


ノエルの足元に、白銀の光が集まった。


「《浄霊聖波・ターンアンデッド》!」


放たれたのは、一本の、太い聖光。


白銀の光線がまっすぐ走り、正面のスケルトンたちをまとめて貫く。

先頭の五体が、動きを止める間もなく砕け、そのまま黒い闇にほどけるように消えていった。


ガラガラッ、と乾いた音だけが短く響いて、あとには何も残らない。


コメント欄が一気に流れる。


『ビーム!?』

『五体消えたぞ今』

『ノエルつよ』


「次!」


ノエルが体の向きを変える。


「……左から四体、後ろに一体……」


「見えてるわ! ターンアンデッド!」


二射目。


白銀の光線が左側をなぎ払い、また四体まとめて砕ける。

一体だけ後ろに残ったやつを、俺が前へ踏み込んで切った。


「取りこぼしは俺がやる」


「お願いするわ!」


「ターンアンデッド!」


三射目。


「ターンアンデッド!」


四射目。


ノエルが向きを変えるたび、白銀の光が走る。

撃たれたスケルトンたちは、砕けた次の瞬間には黒い闇へ溶けるように崩れ、ホールには乾いた骨の音と、闇が消える気配だけが積み重なっていく。


全力版みたいな圧倒的制圧力ではない。

でも、そのぶん使いやすい。

狙ったところだけを綺麗に消せる。


「普段使いだと、こっちの方が便利そうだな」


「でしょう? 全力版と違って連射もできるしね!」


「……すごいです……」


フィーネが素直にそう言うと、ノエルは明らかに気を良くした。


「ふふん。もっと褒めてもいいのよ?」


最後の数体が前へ出る。


「……正面、三体です……」


「終わりよ! ターンアンデッド!」


五射目。


白銀の光が一直線に走り、最後のスケルトンたちをまとめて砕いた。


静寂。


ホールには、骨の欠片すら残っていなかった。

さっきまで群れていたはずのアンデッドたちは、黒い闇に呑まれるように消え、広い石床だけがすっと露わになっている。


「どう? 見た? 今の見た?」


ノエルが即座に振り返る。


「見た見た。十分すぎるな」


「……すごかったです……」


フィーネも小さく頷いた。


コメント欄も大盛り上がりだ。


『気持ちよすぎる』

『アンデッド相手だとノエル強すぎ』

『ターンアンデッド派手!』



俺はホールの中を軽く見回した。


「こういう部屋は、中央に立つより入口寄りで迎えた方が安全なんですよ」


スマホに向かって解説をする。


「ん?」


ノエルが首を傾げる。


「四隅と奥から湧くタイプなので、中央に立つと囲まれます。でも、入口寄りなら正面に寄せやすいし、射線も通しやすいんですよ」


「なるほどね。だから最初からあの位置だったの」


「……逃げ道も確保できます……」


フィーネが小さく補足する。


「そういうこと」


せっかくのダンジョン配信だ。

こういう解説も入れておきたい。


コメント欄も反応していた。


『なるほど』

『こういう解説助かる』

『ただ無双するだけじゃないの好き』


ノエルは、アンデッドが消えたあとのがらんとした石床を見下ろしながら、満足そうに腰へ手を当てた。


「どう? 私の天才ぶり、ちゃんと伝わったかしら?」



カタカタ……。


奥の壁際の窪みから音がした。


「奥だ、追加湧き!」


俺は即座に声を飛ばす。


奥の床の割れ目から、またもやスケルトンが数体湧いてきた。


……ん?


さっきと違う。

普通のスケルトンじゃない。鎧を着込んだスケルトンナイトだ。


「ノエル、奥にスケルトンナイト三体!」


「オッケー! まかせて!!」


すっかり気分が良くなったノエルが、ノリノリの声で返事する。


「おまけよ! ターンアンデッド!」


六射目。


白銀の光線が走る。


スケルトンもスケルトンナイトも、ノエルの前では変わらなかった。

鎧ごとまとめて砕け、次の瞬間には黒い闇に巻かれるように消えていく。


コメント欄がまた一気に流れる。


『ナイトでもまとめて一撃!?』

『ノエル無双すぎる』


ふと、その流れの中に、妙なコメントが混ざった。


『その部屋、ナイト湧くの見たことないんだけど』

『そこ、ずっとスケルトンだけのはずだぞ?』

『え、それおかしくない?』


俺は、ほんの一瞬だけ視線を止めた。


もう一度探そうとしたときには、コメントは流れて消えていた。


「シンゴさん? どうしたの?」


ノエルが聞いてくる。


「いや……コメントでちょっと気になっただけだ」


「気になるって、何がですか……?」


フィーネも小さく首を傾げる。


俺はホールの奥を見る。

崩れた柱。

半壊した祭壇。

アンデッドが消えたあとの、妙に綺麗すぎる石床。


見た目は、マップ通りの三階ホールだ。


でも、コメントの一文だけが妙に頭に残った。


今まで湧いたことがなかった。


それが本当なら、さっきの追加湧きはなんだ。


ただのレア湧きか。

たまたまか。

それとも――。


「……まあ、配信中に考えても仕方ないか」


そう言ってみたが、胸の奥の引っかかりは消えなかった。


平和な復帰配信のはずだった。

なのに、流れて消えたたった一文だけが、小さな棘みたいに残っていた。

その瞬間だった。


奥の闇が――わずかに、揺れた。

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