第53話 所沢ダンジョン――“おかしい”はここから始まる
その異変は、すでに始まっていた。
次の日。
久しぶりに、ダンジョン配信をすることにした。
さすがに、いきなり危険な場所へ行くつもりはない。
浦安のあとだ。体の疲れは抜けても、感覚まで完全に平常運転とは言い切れない。
だから今日は、あくまで復帰配信。
安全な場所で、無理なく、気持ちよく終える。
既に攻略済み。
全体マップも安く出回っていて、構造の把握も簡単。
そのうえ、今日はストレス発散のためにも、ノエルが活躍しやすい場所がいい。
選んだのは、所沢ダンジョンだった。
理由は単純だ。
三階に、低級アンデッドのスケルトンがまとまって湧くポイントがある。
ノエルの《浄霊聖波・ターンアンデッド》を見せるには、ちょうどいい。
四階には、たまに中級アンデッドが湧くポイントがある。こいつを倒すと、魔石をドロップする可能性がある。
いつものようにタクシーへ移動する。
「今日は軽めだ。感覚を戻すのが優先。無理はしない」
「……はい」
フィーネが静かに頷く。
「でも、久しぶりの配信です……少し、楽しみです……」
その一言に、少しだけ肩の力が抜けた。
◆
入ダン申請を済ませ、所沢ダンジョンへ入る。
一階は石造りの通路。
二階も似たような構造。
攻略済みダンジョンらしく、変な癖もなく、歩きやすい。
マップは頭に入っている。
右。
階段。
直進。
小部屋をひとつスルー。
また右。
「……ここ、ずいぶんシンプルですね」
フィーネが後ろから言う。
「攻略済みのダンジョンだからな。構造も素直だし、三階までは敵もいないし、何も残っていない」
三階まで迷わず到着する。
目指すのは、スケルトンの大量湧きポイント。
少し広めのホールだ。
扉の前で足を止める。
「さあノエル、入るぞ」
「ふぁーい」
返事がだるい。
「テンション低いな」
「低いわよ。せっかくの休み明け配信なのに、脳の片隅に報告書がずっと居座ってるんだから」
「……それは、大変そうです……」
フィーネが小さく言う。
ノエルは、そこで一度目を閉じた。
それから、ふっと息を吐いて胸を張る。
「でもまあ、やるときはやるわ。天才天使ですもの」
「頼りにしてる。じゃあ配信開始するか」
◆
【配信開始】
「こんにちは、シンゴです。今日は所沢のダンジョンに来てます」
「天才天使のノエル・セラフィアよ!」
『ノエルきた!』
『天才天使きたな』
「……フィーネです……」
『フィーネきたー!』
『声ちっちゃくてかわいい』
相変わらずコメント欄は元気だ。
俺はスマホを扉の方へ向ける。
「今、三階のアンデッド湧きホールの手前まで来ています」
『へー、なんで三階?』
『なんか狙いあるの?』
「ここは低級アンデッドがまとまって湧きます。ノエルの《浄霊聖波・ターンアンデッド》を配信で見てもらおうと思っています」
ノエルが即座に胸を張る。
「ふふん。今日は私の聖なる力をたっぷり見せてあげるわ。天才天使の浄化ショーよ!」
俺は扉に手をかけた。
「行くぞ」
◆
扉を押し開ける。
中は、広めの石造りのホールだった。
崩れた柱が何本か立っていて、奥には半壊した祭壇のようなものがある。
数秒の静寂。
そのあと。
カタ、カタカタ……。
床の割れ目。
壁際の窪み。
崩れた柱の陰。
そこから次々に、スケルトンが起き上がってくる。
錆びた剣持ち。
槍持ち。
素手のやつ。
数は、二十体ちょっと。
「結構いるな」
「ちゃんと歓迎してくれてるじゃない」
ノエルが一歩前へ出る。
俺は入口寄りへ立ち位置を取った。
中央に突っ込む必要はない。
「ノエル、正面から。俺は入口側で寄せる。フィーネは左右の湧き位置を見てくれ」
「……はい……」
「了解。派手にいくわよ!」
スケルトンたちが一斉にこちらへ向かってくる。
俺は少し前へ出て、正面の流れをまとめる。
壁際へ流れそうなやつが出ないよう、あえて半歩だけ位置をずらす。
「……右側、五体です……」
フィーネの静かな声。
ノエルの足元に、白銀の光が集まった。
「《浄霊聖波・ターンアンデッド》!」
放たれたのは、一本の、太い聖光。
白銀の光線がまっすぐ走り、正面のスケルトンたちをまとめて貫く。
先頭の五体が、動きを止める間もなく砕け、そのまま黒い闇にほどけるように消えていった。
ガラガラッ、と乾いた音だけが短く響いて、あとには何も残らない。
コメント欄が一気に流れる。
『ビーム!?』
『五体消えたぞ今』
『ノエルつよ』
「次!」
ノエルが体の向きを変える。
「……左から四体、後ろに一体……」
「見えてるわ! ターンアンデッド!」
二射目。
白銀の光線が左側をなぎ払い、また四体まとめて砕ける。
一体だけ後ろに残ったやつを、俺が前へ踏み込んで切った。
「取りこぼしは俺がやる」
「お願いするわ!」
「ターンアンデッド!」
三射目。
「ターンアンデッド!」
四射目。
ノエルが向きを変えるたび、白銀の光が走る。
撃たれたスケルトンたちは、砕けた次の瞬間には黒い闇へ溶けるように崩れ、ホールには乾いた骨の音と、闇が消える気配だけが積み重なっていく。
全力版みたいな圧倒的制圧力ではない。
でも、そのぶん使いやすい。
狙ったところだけを綺麗に消せる。
「普段使いだと、こっちの方が便利そうだな」
「でしょう? 全力版と違って連射もできるしね!」
「……すごいです……」
フィーネが素直にそう言うと、ノエルは明らかに気を良くした。
「ふふん。もっと褒めてもいいのよ?」
最後の数体が前へ出る。
「……正面、三体です……」
「終わりよ! ターンアンデッド!」
五射目。
白銀の光が一直線に走り、最後のスケルトンたちをまとめて砕いた。
静寂。
ホールには、骨の欠片すら残っていなかった。
さっきまで群れていたはずのアンデッドたちは、黒い闇に呑まれるように消え、広い石床だけがすっと露わになっている。
「どう? 見た? 今の見た?」
ノエルが即座に振り返る。
「見た見た。十分すぎるな」
「……すごかったです……」
フィーネも小さく頷いた。
コメント欄も大盛り上がりだ。
『気持ちよすぎる』
『アンデッド相手だとノエル強すぎ』
『ターンアンデッド派手!』
◆
俺はホールの中を軽く見回した。
「こういう部屋は、中央に立つより入口寄りで迎えた方が安全なんですよ」
スマホに向かって解説をする。
「ん?」
ノエルが首を傾げる。
「四隅と奥から湧くタイプなので、中央に立つと囲まれます。でも、入口寄りなら正面に寄せやすいし、射線も通しやすいんですよ」
「なるほどね。だから最初からあの位置だったの」
「……逃げ道も確保できます……」
フィーネが小さく補足する。
「そういうこと」
せっかくのダンジョン配信だ。
こういう解説も入れておきたい。
コメント欄も反応していた。
『なるほど』
『こういう解説助かる』
『ただ無双するだけじゃないの好き』
ノエルは、アンデッドが消えたあとのがらんとした石床を見下ろしながら、満足そうに腰へ手を当てた。
「どう? 私の天才ぶり、ちゃんと伝わったかしら?」
◆
カタカタ……。
奥の壁際の窪みから音がした。
「奥だ、追加湧き!」
俺は即座に声を飛ばす。
奥の床の割れ目から、またもやスケルトンが数体湧いてきた。
……ん?
さっきと違う。
普通のスケルトンじゃない。鎧を着込んだスケルトンナイトだ。
「ノエル、奥にスケルトンナイト三体!」
「オッケー! まかせて!!」
すっかり気分が良くなったノエルが、ノリノリの声で返事する。
「おまけよ! ターンアンデッド!」
六射目。
白銀の光線が走る。
スケルトンもスケルトンナイトも、ノエルの前では変わらなかった。
鎧ごとまとめて砕け、次の瞬間には黒い闇に巻かれるように消えていく。
コメント欄がまた一気に流れる。
『ナイトでもまとめて一撃!?』
『ノエル無双すぎる』
ふと、その流れの中に、妙なコメントが混ざった。
『その部屋、ナイト湧くの見たことないんだけど』
『そこ、ずっとスケルトンだけのはずだぞ?』
『え、それおかしくない?』
俺は、ほんの一瞬だけ視線を止めた。
もう一度探そうとしたときには、コメントは流れて消えていた。
「シンゴさん? どうしたの?」
ノエルが聞いてくる。
「いや……コメントでちょっと気になっただけだ」
「気になるって、何がですか……?」
フィーネも小さく首を傾げる。
俺はホールの奥を見る。
崩れた柱。
半壊した祭壇。
アンデッドが消えたあとの、妙に綺麗すぎる石床。
見た目は、マップ通りの三階ホールだ。
でも、コメントの一文だけが妙に頭に残った。
今まで湧いたことがなかった。
それが本当なら、さっきの追加湧きはなんだ。
ただのレア湧きか。
たまたまか。
それとも――。
「……まあ、配信中に考えても仕方ないか」
そう言ってみたが、胸の奥の引っかかりは消えなかった。
平和な復帰配信のはずだった。
なのに、流れて消えたたった一文だけが、小さな棘みたいに残っていた。
その瞬間だった。
奥の闇が――わずかに、揺れた。
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