第51話 全員生還――あの日から変わった世界
四本腕の悪魔が消えた。
歓声は上がっている。
勝ったという実感も、たしかにあった。
それでも、まだ終わりじゃない。
俺はすぐに一番奥の牢へ向かった。
鉄格子の向こうには、衰弱しきった人たちがいる。
座り込んでいる者。倒れている者。こちらを呆然と見ている者。
「今、開ける!」
《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を振るう。
ギィンッ!
二、三度斬りつけると、鉄格子は鈍い音を立てて崩れ落ちた。
「開いたぞ! 救助開始!」
津詰隊長の声が飛ぶ。
それを合図に、メンバーたちが一斉に牢の中へ入っていく。
「大丈夫ですか!」
「立てる人から、順に外へ!」
「水を! 毛布も!」
中には意識を失っている者が三人いた。
「ノエル! こっちだ!」
「まかせて!」
ノエルがすぐに駆け寄る。
《特務救援隊》の僧侶も並び、二人で回復魔法をかけ始めた。
「《負傷回復・キュア・ウーンズ》!」
「ヒール!」
淡い光が、倒れていた三人を包む。
一人が咳き込む。
もう一人の指が震える。
最後の一人も、ゆっくりと目を開けた。
「……あ……」
間に合った。
「た、助かった……」
「本当に……助けに来てくれたのか……」
「ありがとう……ありがとう……!」
泣きながら礼を言う人もいる。
言葉にならず、ただ何度も頭を下げる人もいた。
俺たちは一人ひとりを外へ出し、支え、立たせ、肩を貸した。
数える。
一人。
二人。
三人――
三十二人。
全員いる。
全員、生きている。
これで、行方不明者全員を保護できた。
五十名。
誰一人欠けずに、だ。
その空気に飲まれそうになった瞬間、津詰隊長の声が鋭く響いた。
「まだ終わっていない! 最後まで慎重にいくぞ! 帰還する!」
勝利の空気を、一刀両断するような声だった。
一瞬で場が締まる。
……やっぱり、この人はすごい。
救出が成功しても、全員が地上へ出るまでは決して油断しない。
最後の最後まで、隊長であり続ける。
俺は素直にそう思った。
◆
帰還隊列が組まれた。
先頭は《特務救援隊》。
最後尾は、にんともさんたちのパーティ。
俺たちはその中間に入り、救助者を囲むようにして地上を目指す。
MAPがあるから、道順自体は分かっている。
それでも、誰も余計なことは話さなかった。
安堵も、達成感も、まだ口にしない。
緊張感だけが最後まで続いていた。
途中、棺部屋で別れたメンバーを回収するため、あの重い扉の前で足を止める。
津詰隊長が拳で扉を叩いた。
ドン、ドン。
「津詰だ! 無事、全員救出した!」
しばしの静寂。
それから、扉の向こうで誰かが息を呑む気配がした。
「……本当ですか!?」
声が震えていた。
「本当だ。開けてくれ」
中で器具を外す音がする。
一つ。二つ。三つ。
慎重に慎重を重ねたあと、ようやく扉が開いた。
中にいたメンバーたちが、こちらを見る。
救助者たちの姿を見た瞬間、その表情が一気に崩れた。
「……っ、よくぞ!」
「ご無事で……! 本当に……!」
「隊長……!」
待っていた側も、ずっと張り詰めていたのだろう。
「そちらこそ、よく持ちこたえてくれた」
津詰隊長が短く言う。
その言葉だけで、何人もの目が赤くなった。
誰かが笑って、誰かが泣いて、誰かが何度も頷いた。
でも、まだ立ち止まれない。
「合流する。帰還を再開!」
その号令で、隊列は再び動き始めた。
◆
ダンジョンゲートを抜け、地上へ出た。
その瞬間、空気が変わった。
重かった。
濁っていた。
息をするたび肺の奥に沈殿していた、あの地下の空気がなくなる。
冷たくて、澄んでいて、広い。
夜風が頬を撫でる。
「……外だ」
「帰って、これた……」
「空が……」
救助された人たちが、泣きながら地面に膝をついた。
顔を上げて夜空を見る者。
土に手をついて嗚咽を漏らす者。
ただその場で立ち尽くし、何度も何度も息を吸う者。
生きて地上へ出る。
それだけのことが、こんなにも大きい。
待機していた救護班がすぐに駆け寄ってきた。
担架。毛布。医療キット。
それぞれが迷いなく動く。
津詰隊長が前へ出て、はっきりと告げた。
「救助者三十二名。重傷なし。救助隊も全員生還! これで行方不明者全員救出完了!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、歓声が巻き起こった。
「おおおおおっ!!」
「やったぞ!!」
「全員だ! 全員帰ってきた!」
「救助成功だ!!」
救護班も。
協会職員も。
残っていた探索者たちも。
誰もが声を上げた。
肩を叩き合う者。
拳を突き上げる者。
その場にしゃがみ込んで泣く者。
あの場にいた全員が、この救助がどれだけ難しかったか知っている。
だからこそ、歓喜は大きかった。
◆
救出隊の要治療者の治療も終わり、しばらくして全員が大会議室へ集められた。
大きな部屋だった。
長机が並び、簡易椅子が並べられ、壁際には協会職員が忙しなく動いている。
だが、空気はもう違っていた。
張り詰めた戦場の空気じゃない。
終わったあとの、熱を残した空気だ。
そこへ、ダンジョン協会の会長が入ってきた。
年配の男だった。
背筋が伸びていて、場慣れした威圧感がある。
全員の前に立つと、深く一礼した。
「本日は、本当にありがとうございました」
会長が頭を下げる。
その光景だけで、部屋が静まり返った。
「今回の浦安新規ダンジョン事案は、協会としても最悪の事態を想定しておりました。ですが、皆さまのお力により、行方不明となっていた探索者五十名全員を救出することができました」
一拍置く。
「これは、間違いなく歴史に残る救助作戦です」
その言葉は、静かだった。
でも、重かった。
「協会を代表して、心より感謝申し上げます」
再び、深く頭を下げる。
しばらく、誰も声を出さなかった。
その挨拶の余韻が、静かに会議室へ広がっていく。
肩の力が抜ける者もいれば、下を向いて目元を押さえる者もいた。
やっと、本当に終わったのだと。
その実感が、会長の言葉でようやく形になった気がした。
そのあとで、事務方らしい女性が前へ出て、小さく会釈した。
「ただいま、各パーティへの報酬入金が完了しております。ご確認をお願いいたします」
スマホを見る。
入っていた。
参加報酬。
救助成功報酬。
危険排除成功報酬。
ちゃんと、全部入っている。
大金だ。
でも今は、金額の大きさより「本当に終わったんだな」という実感の方が強かった。
◆
最後に、津詰隊長が前へ出た。
少しざわついていた空気が、自然と静まる。
隊長は俺たち全員を見渡してから、ゆっくり口を開いた。
「礼を言わせてください」
その一言で、部屋の空気がまた引き締まった。
「今回の救助が成功したのは、ここにいる皆さん一人ひとりのおかげです」
誰も口を挟まない。
「前で受けた者。後ろを守った者。傷を癒やした者。敵を見抜いた者。支えた者。耐えた者。誰が欠けても、この結果には辿り着けなかった」
隊長の視線が、ゆっくりと部屋を巡る。
「誰一人欠けることなく、救助対象全員を無事に保護できた。これ以上の結果はありません」
その言葉に、何人もが顔を上げた。
「皆さんは、胸を張っていい」
隊長はそこで少しだけ笑った。
「本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
つられて、拍手が起きた。
最初は一人。
次に二人。
そして、会議室全体に広がっていく。
「では、解散!」
その一言で、長かった救出レイドは終わった。
◆
「お疲れ様でした」
声をかけられて振り向くと、にんともさんたちのパーティがいた。
「こちらこそ、お疲れ様でした。ありがとうございました」
俺がそう返すと、にんともさんが少し笑った。
「いえいえ。こちらこそです。シンゴさんたちがいなかったら、たぶんあそこで何度か詰んでました」
かんともさんもうんうんと頷く。
「本当に助かりました」
「いや、俺の方こそ、二人には何度も助けられました」
そう言うと、にんともさんが少し真面目な顔になった。
「もしよかったら、連絡先を交換してほしいです」
「え?」
「何かあったら、必ず助けになります。だから、連絡してください」
まっすぐな言葉だった。
俺もすぐに頷いた。
「こちらこそ、ぜひ。俺の方も、何かあったらいつでも連絡してください」
その場で連絡先を交換する。
終わったばかりなのに、それがすごく嬉しかった。
気づけば、にんともさんたちの後ろに人が並んでいた。
ずらりと。
「おおぅ!」
思わず変な声が出る。
にんともさんが吹き出した。
「大人気ですなぁ。じゃあ、またね!」
「はい! また!」
にんともさん、かんともさんのパーティが去る。
その直後、次のパーティがやってきた。
「シンゴさんのおかげで、みんな無事でやり遂げることができました。本当にありがとう!」
深々と頭を下げられる。
「もしよかったら、連絡先を交換してほしいです。困ったことがあったら、いつでも連絡してください」
「こちらこそ、お願いします」
また交換する。
その次のパーティも同じだった。
さらにその次も。
皆、礼を言ってくれる。
皆、繋がりを持ちたいと言ってくれる。
そして――
「津詰隊長!」
列の最後に、隊長まで並んでいた。
「その……なんだ。シンゴくんたちには本当に世話になった」
そう言って、名刺を差し出してくる。
俺は反射的に、両手で受け取った。
「何かあったら連絡してほしい。ダンジョン協会としても、個人としても助けになりたい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
俺は深々と頭を下げた。
「こちらこそ! いつでも連絡ください。今回、救助が成功したのは間違いなく隊長だったからです!」
声が少し震えた。
隊長が、ほんの少しだけ困ったように笑う。
「君にそう言ってもらえると嬉しいな。では、また」
そう言って去っていく背中が、やけに大きく見えた。
結局、レイドに参加した全てのパーティに礼を言われ、連絡先を交換した。
◆
空気が合わないと言われて会社を首になった。
最終判断だと言われ、相談すらできなかった。
そんな俺が。
こんなにも感謝されている。
こんなにも繋がりができている。
困ったら連絡してほしいと、何人にも言われている。
なんて果報者なんだろう。
あの日、“ダンジョン配信”をやろうと思った日。
すべてが変わった。
そうだ。
あの日、変わったんだ。
「なーに? どーしたの? シンゴさん。ウルウルしちゃって!」
どーん、とノエルが横からぶつかってくる。
「……大丈夫ですか? シンゴさん?」
フィーネが心配そうに、俺の服の袖をきゅっと掴んだ。
そうだ。
“ダンジョン配信”を始めたから、この二人にも会えた。
仕事を失った日が、全部の終わりじゃなかった。
むしろ、そこから始まったんだ。
失ったものの先に、こんな景色があった。
仲間がいて。
繋がりができて。
命を懸けて進んだ先で、誰かを救えて。
胸を張って、「自分がここにいてよかった」と思える夜が来た。
俺は夜空を見上げた。
高い。
広い。
どこまでも続いている。
人生ってやつは、本当に分からない。
奈落みたいな場所へ落ちたと思った次の瞬間、そこが新しい物語の入口だったりする。
なら、きっとこの先にもまだある。
もっとすごい景色が。
もっと嬉しい出会いが。
もっと笑える明日が。
「……行こうか」
俺がそう言うと、ノエルがにっと笑った。
「もちろん!」
フィーネも、こくんと頷く。
「……はい!」
夜風が吹く。
浦安ダンジョンの救出劇は、ここで終わる。
でも、俺たちの物語は終わらない。
ここまで来たんだ。
なら、この先だって越えていける。
一人じゃない。
仲間がいる。
繋がった手がある。
進んだ先に、ちゃんと光があると知ってしまった。
だったらもう、止まる理由なんてない。
元ゲームデザイナーのダンジョン配信者、霧島シンゴの物語は――
ここからさらに、大きく動き出す。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
皆様に支えられて、1章を毎日投稿で走り切ることができました。
そして明日から――
第2章、開幕します。
ここからさらに物語が大きく動いていきますので、
ぜひこの先も見届けていただけると嬉しいです。
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