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第50話 最深部決戦――勝ち筋はまだ消えていない

考えろ。

考えるんだ。


頭を落としても死ななかっただけだ。

やつは手を落としてもまた生える。首も同じだった。それだけの話だ。


なら、首は弱点じゃない。


四本腕が、再生した首を鳴らすように傾けた。

そして次の瞬間、こちらへ突っ込んでくる。


速い。


右の拳。

左の拳。

さらに、上腕の一本が鞭のようにしなる。


俺は半歩、半歩とずらすようにかわす。

拳が床を砕く。

蹴りの余波だけで髪が揺れる。


ドゴン!

ガンッ!


石畳が弾け、破片が頬をかすめた。


重い。速い。しかも四本ある。

まともに付き合えば、どこかで必ず喰らう。


弱点じゃなかった。

それだけだ。

考えろ。


その時、横からワイトが一体、這うように伸びてきた。


「邪魔だ!」


俺は振り向きざまに剣を振るう。

青白い腕が宙を舞い、そのまま首元まで斬り抜いた。


さらにもう一体。


足元へ潜り込んできたそいつを、蹴りで距離をずらし、斜め下から切り上げる。

錆びた鎧ごと胴が裂け、ワイトが黒い霧となって崩れた。


頭じゃない。

腕でもない。

斬っても戻るだけだ。


だったら、弱点は――


「……そうだ!」


俺は左手を前に出し、短く唱えた。


「《衣透視・クロス・スルー》!」


視界が変わる。


ワイトたちの鎧が透ける。

腐った肉。干からびた骨。黒い靄みたいな呪いの流れ。


そして、四本腕の悪魔。


着込んでいるプレートアーマー。

兜。肩当て。胸当て。


それらが透明になった、その瞬間――見えた。


胸の奥。


まるで心臓そのものみたいに脈打つ、赤い宝石。


赤い。

生々しい。

あれだけが、この悪魔の体の中で異様なほど“生きている”。


試してみる価値はある!


次の瞬間、四本腕がこちらへ三本の腕を叩きつけてくる。


「っ!」


右へ飛ぶ。

床を蹴る。

さらに《跳空のブーツ》で低く跳び、ワイトの肩を踏み台にして距離を取る。


そのまま後方へ跳ぶ。


途中で横から飛んできた拳を、空中で身をひねってかわし、着地と同時に駆ける。


ノエルとフィーネのところまで、一気に戻る。


「シンゴさん!」


「分かったぞ!」


俺が短く返した、その直後だった。


四本腕の上腕二本が、ゆっくりとこちらへ向いた。


開いた掌の中心が赤く灼ける。


「来る!」


次の瞬間、そこから圧縮された炎が一直線に噴き出した。


火炎放射。


ノエルが張った結界へ、真正面から叩きつけられる。


バキン!


硬質な音。

結界が弾く。


だが、完全じゃない。


炎の奔流が押しつけられるたび、半透明の壁に細いヒビが走る。

一本。

また一本。

さらに枝分かれし、白い傷みたいに広がっていく。


「まずい……!」


ノエルの額に汗が滲む。

結界がたわむ。

ひしゃげる。

そして――


パキンッ!


割れた。


炎が散る。

だが次が来る前に決めるしかない。


「タンクのみなさん! 十秒だけ守ってください!」


「まかせて!」

「おう!」


即答だった。


頼もしすぎる。


六人のタンクが、何も迷わず前に出る。

盾を構え、俺たちの前に壁を作る。


その陰で、俺は二人へ素早く作戦を伝えた。


ノエルがにやりと笑う。


「オッケー。まかせて!」


フィーネも、まっすぐ頷く。


「がんばります!」


二人の目が輝いていた。

覚悟を感じた。


「じゃあ、いくか!」


「はい!」


二人の声が揃う。


「前、行きます!」


俺が声をかけると、タンクが一瞬だけ盾をずらし、道を開けてくれた。


その直後、ノエルが一歩前へ出る。


まるで小さな太陽を幾つも重ねたような輝きが、彼女の身体を神々しく縁取った。

そして、鈴を転がすような澄んだ声で、ノエルは告げる。


「全力!《浄霊聖波・ターンアンデッド》!」


放たれたのは、一本の光ではなかった。


白銀の波。


清らかな輝きが扇状に広がり、押し寄せる亡者の群れを正面から呑み込む。


光に触れた瞬間、ワイトたちの動きが止まる。

腐肉が焼けるのではない。

闇そのものが剥がれ落ちるように、その身体を覆っていた穢れが音もなくはじけ飛んだ。


一体。

二体。

三体。

四体。

五体。

六体。

七体。

八体。

九体。

十体。


前方のワイトがまとめて崩れ、黒い霧になって消えていく。


前が、完全に空いた。


俺の道筋が、ぽっかりと開く。


俺は四本腕へ向かって駆け出した。


四本腕が即座に反応する。


左右の拳が、同時に振り下ろされる。


「ちっ!」


その瞬間。


ガイン!

ゴイン!


二枚の大盾が、俺の前へ滑り込んだ。

拳を真正面から受け止める。


「ここは任せて!」

「前へ!」


同時に響く二つの声。


にんともさんとかんともさんだ。


今にも弾き飛ばされそうなのを、二人は歯を食いしばってこらえている。

盾越しに全身が震えているのが分かった。


「ありがとうございます!」


俺は振り向かない。

そのまま前へ出る。


だが、左からもう一本の腕がフック気味に飛んできた。


見えていなかった。


まずい――!


その瞬間、俺の前に人影が割り込んだ。


津詰隊長だ。


両手の中型斧が、円を描く。


片方は上から。

片方は下から。


まるで別々の生き物みたいに、二本が同時に四本腕の腕へ食い込んだ。


ザンッ!


拳が飛ぶ。

そのまま前腕まで斬り裂く。


隊長は、刃を止めない。

弾かれかけた腕をさらに押し込み、もう片方の斧で軌道を逸らす。


「いけ!」


「はい!」


短い言葉。

だが、それで十分だった。


ふいに、頭の中で音楽が鳴り始めた。


追い詰められた時、勝負どころで勝手に流れ出す、あの脳内BGMだ。

耳で聞いているわけじゃない。

なのに、確かに聞こえる。


「♪行くぞ! 行くぞ! 前向いて――♪」


ここが正念場だ。

まさにクライマックスだ。

アニメなら確実に、今この瞬間、オープニング曲が流れている。


《跳空のブーツ》が唸る。


集中力が研ぎ澄まされた俺は、歌を口ずさんでいた。


「行くぞ! 行くぞ!……」


低く、無意識に。


そのまま地面を蹴る。


低く、鋭く、四本腕の胴へ向かって一直線に飛び込む。

視界いっぱいに、黒曜石みたいな鎧が迫る。


でかい。


近づくと、なおさら化け物だ。

胸の赤黒い筋が脈打ち、鎧の継ぎ目から熱気が漏れている。


「おおおおおっ!」


俺は二回、クロスになるように剣を振るった。


一撃目。


斜め上から斬り込む。

硬い。

だが、《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》が甲冑を割っていく。


二撃目。


逆袈裟に、下から斬り上げる。


ガシュ!

ガキン!


四本腕の胸のプレートアーマーが、十字に裂けた。


次の瞬間、ばかり、と音を立てて開く。

まるで下の筋肉に無理やり押し広げられているみたいに、左右へ裂けていく。


見える。


赤い。


胸の奥で、心臓の代わりみたいに脈打つ宝石が見えた。


血より鮮やかで、肉より硬質で、それでいて妙に生々しい。

生き物の核を、無理やり鉱石に閉じ込めたような赤だ。


あれだ。


俺は落下しながら、腰のポシェットから《王呼の鐘》を取り出した。


チリン。


澄んだ小さな音が鳴る。


その瞬間――部屋にいる全員が、ぴたりとこちらを向いた。


ワイトも。

タンクも。

津詰隊長も。

牢の中の人間たちも。


そして四本腕も。


よし。

この一瞬で、決める――!


俺は反射的にフィーネの方を向く。


フィーネも《王呼の鐘》の影響を受けて、こちらを見ていた。


目が合う。


その瞬間。


フィーネの口角が、わずかに上がった。


次の動きに、迷いがない。


俺を見たまま弓を引く。

呼吸も乱れていない。

不安も、躊躇もない。


この大一番でなお、その目は真っ直ぐだった。


自分の矢を信じているのか。

俺を信じているのか。

たぶん、その両方だ。


「……いけます」


小さく、でもはっきりとそう言って、フィーネは爆発矢を放った。


矢が弦を離れる。


その瞬間だけ、世界が妙にゆっくりになった気がした。


白い軌跡が、空中に一本の線を引く。

まっすぐ。

ぶれない。

迷わない。


赤い宝石へ、一直線。


四本腕の目が、ようやくその矢を追う。

だが、もう遅い。


矢尻が宝石の中心へ触れる。

ほんの一瞬、赤い光と白い光が重なった。


次の瞬間――爆発した。


ドォンッ!!


胸の内側から、赤黒い光が破裂する。

鎧の裂け目から炎と衝撃が噴き上がり、四本腕の体が大きくのけぞった。


「ギィイイイイイイィィッ!!」


悲鳴。


今までの咆哮とは違う。

初めて聞く、本物の苦悶の声だった。


胸を押さえようとして四本の腕がばらばらに動く。

翼が痙攣する。

空中にいた巨体が、ぐらりと傾く。


さらに、胸の奥の赤い宝石に、ひびが走った。


一本。

二本。

三本。


みし、みし、と嫌な音が響く。


そして――砕けた。


その瞬間、四本腕の全身を走っていた赤黒い筋が、一斉に消える。

目の炉のような赤も、ふっと弱まった。


二十メートルの巨体が、音もなく崩れ始める。


腕がほどける。

翼が萎れる。

角が崩れる。


まるで、中身を支えていた何かだけが抜け落ちたみたいに、悪魔の体は黒い灰と霧に変わっていった。


「やっ……!」


誰かの声が詰まる。


次の瞬間、残っていたワイトたちも動きを止めた。


首を傾ける。

腕を止める。

そして、主人を失った影みたいに、全身から輪郭が崩れていく。


一体、また一体と、黒い霧になって消えていった。


全てのワイトが、消えた。


「……勝った」


誰かが呟く。


その一言をきっかけに、張り詰めていた空気が一気に弾けた。


「やったああああ!」

「倒した!」

「勝ったぞ!」

「終わった!」


ホールが歓声に包まれる。


俺はその場に着地したまま、肩で息をしていた。


足が笑う。

腕も重い。

でも、倒れるほどじゃない。


ふと前を見ると、ノエルがフィーネに勢いよく抱きついていた。


「フィーネ、すごい! すごいわよ!!」


「わっ……! ノエルさん……!」


フィーネは少し驚きながらも、顔を赤くして嬉しそうにしていた。


その顔を見て、ようやく少しだけ実感が湧く。


終わったんだ。


四本腕は消えた。

ワイトも消えた。

もう、この場に残る脅威はない。


鉄格子の向こうから、か細い声が聞こえた。


「た、助かったのか……?」

「終わった……のか……?」


ああ、そうだ。


ここからは、助ける番だ。


明るい終わりが、ようやく目の前まで来ていた。

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