第49話 最深部決戦――悪魔の底はまだ見えない
四本腕の悪魔は、人の生気か何かをエネルギーに変えている。
だから、あれだけ腕を斬っても再生する。
だから、ワイトを追加で呼び出せる。
だから、この部屋の一番奥に人間をまとめて閉じ込めている。
このために、人を集めていたのか。
背筋が冷える。
牢の中に人が囚われている限り、この戦いは終わらない。
いや、終わらせても終わらない。
あいつは何度でも立ち上がる。
じゃあ、牢を壊して人を逃がせばいいのか。
一瞬そう考えて、すぐに打ち消した。
無理だ。
牢の中の連中は衰弱しきっている。
立てるかどうかも怪しい者ばかりだ。
あの状態で外へ出した瞬間、四本腕かワイトに食われる。
逃がす余裕なんて、今の戦場にはない。
だったら、狙いは一つ。
四本腕を、一撃で倒す。
回復も再生も間に合わない一撃。
それを叩き込むしかない。
その間にも、ワイトが前線を押し返し始めていた。
さっき倒したはずの数が戻り、しかも新手まで増えている。
前衛が受け、タンクが踏ん張り、戦士たちが押し返す。
だが、数が違う。
「後ろ、詰められてる!」
「左、押される!」
ノエルがすぐに詠唱した。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
透明な光の壁が後衛を包む。
すり抜けてきたワイトの手が、その結界に弾かれる。
ノエル、フィーネ、僧侶、後衛。
これで少なくとも、そこは守れる。
だが、その瞬間。
四本腕が、ぐるりと首を巡らせた。
燃えるような目が、結界の中のノエルを捉える。
「まずい!」
次の瞬間、四本腕が空中を滑るように移動した。
速い。
巨体のくせに、音を置き去りにするみたいな加速だった。
そのまま、ノエルの結界へ拳を叩きつける。
ガン!
半透明の壁が、パンパンに膨らんだ球へ外から力を加えたみたいに、ぐにゃりとたわんだ。
ガガン!
さらにもう一撃。
「うっ……!」
ノエルの顔が強張る。
結界は防いでいる。
だが、あのまま殴らせ続けたら危ない。
「シンゴさん!」
フィーネの声を背に、俺は床を蹴った。
背後から四本腕へ飛びかかる。
こいつの意識を、ノエルから剥がす。
だが、四本腕は振り向きもせず、こちらの気配を察していた。
一本の腕が、高く持ち上がる。
次の瞬間、バレーのサーブみたいに振り下ろされた。
づガンッ!!
まともに入った。
痛い。
ものすごく痛い。
視界が跳ねる。
いや、俺の体そのものが弾き飛ばされていた。
次の瞬間、背中から地面に叩きつけられる。
ドゴォッ!!
石畳が、俺を中心に円形に割れた。
床がへこみ、砕けた破片が跳ね飛ぶ。
肺から空気が全部抜ける。
「が……っ!」
くそ。
凄い力だ。
だが、動けないほどじゃない。
鎧の防御と、自動回復がもう働き始めている。
全身が軋む。
でも、まだ立てる。
俺が砕けた床から身を起こすのを見て、四本腕がそのまま突っ込んできた。
距離を詰めるのが速すぎる。
右腕の一つが、大ぶりの拳を振り抜く。
俺は横へ転がるようにかわす。
拳が床へ落ちた。
ドゴン!
石床が砕け、破片が飛び散る。
今だ。
俺はその反動を利用して、四本腕の頭へ向かって跳んだ。
「シンゴくん、左だ!」
津詰隊長の声。
見えた。
四本腕は、左腕でもう一発、フック気味に殴りかかってきていた。
空中で体をひねる。
避けるだけじゃ間に合わない。
だったら、叩き割る。
「おおっ!」
カウンターで剣を振り下ろす。
ギャリィッ!!
左拳に刃が食い込み、そのまま叩き割った。
黒い殻みたいな拳が砕ける。
その割れた拳へ、俺は足を乗せた。
踏み台だ。
「――外さない!」
再び跳ぶ。
今度は、まっすぐだ。
四本腕の目がこちらを向く。
赤い。
だが、その目より速く、俺は振りかぶっていた。
「おおおおおおおおっ!!」
吠えながら、全身全霊を叩き込む。
一閃。
確かな手応え。
剣が、四本腕の首を断ち切った。
ずるり、と巨大な頭が外れる。
一瞬遅れて、首が床へ転がった。
ゴロン。
そのまま、黒い霧になって崩れていく。
「シンゴさん! やった!」
ノエルの声が飛ぶ。
「やったぞ!」
「落ちた!」
「首が飛んだ!」
後ろで歓声が上がる。
前衛も、タンクも、ワイトを押し返しながら一瞬だけ顔を上げた。
四本腕の体が、ゆっくりと沈み込む。
勝った。
そう思った。
だが。
沈み込む途中で――止まった。
「……は?」
その場の空気が、一瞬で凍る。
首を失った胴体が、膝を折りかけた姿勢のまま、ぴたりと静止していた。
不自然だった。
死体が、止まるはずのない位置で止まっている。
そして。
切断された首の断面から、ぼこ、ぼこ、とどす黒い泡が盛り上がり始めた。
泥じゃない。
血でもない。
もっと粘ついた、夜そのものを煮詰めたみたいな黒い塊だ。
それが断面から湧き出し、脈打ちながら盛り上がる。
ぼこ、ぼこ、ぼこ。
音まで気持ち悪い。
膨れた泡が弾けるたび、内側から赤い光が覗く。
黒い肉とも霧ともつかないものが、空中で指でもこねるみたいに形を変え、頭の輪郭を作っていく。
額。
顎。
頬骨。
そして、目の穴。
「な……」
誰かの声が掠れた。
俺の喉も、同じように詰まっていた。
ありえない。
首を斬った。
確かに落とした。
感触だってあった。
なのに。
黒い泡は盛り上がり続け、やがて、さっきまでと寸分違わない顔を形作った。
最後に、目が開く。
炉の奥みたいな赤が、ぼう、と灯る。
生まれたばかりの頭が、ぎしりと音を立てて首の上に座った。
四本腕が、ゆっくりと顔を上げる。
口の端が吊り上がった。
笑っていた。
まがまがしい、底なしの笑みだった。
部屋の中から、歓声が消える。
代わりに満ちたのは、言葉にできない絶望だった。
「……死なない、のかよ」
誰かが呟いた。
答える者はいない。
四本腕は、新しい頭をゆっくりと鳴らすように傾け、こちらを見下ろしている。
まるで、希望が砕ける瞬間を味わっているみたいに。
部屋の空気が重く沈む。
ワイトのうめき声すら、遠くなった気がした。
不死身か?
その問いが、全員の胸に同時に浮かぶ。
そして、その瞬間。
この場にいた誰もが理解した。
戦いは、まだまだ終わらないことをと。
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