第46話 グールを越えた先――棺の爆炎が仲間を削る
先へ進む。
六階の虫部屋を抜けたあとも、通路は相変わらず入り組んでいた。
右へ。さらに右へ。
分かれ道に出るたび、津詰隊長は短く判断を下し、基本的に右側を選んでいく。
シンゴとしても、その判断に異論はなかった。
この階は、まっすぐ進ませないための作りだ。
なら、こういうときは基準を一つ決めて、壁沿いに進むのが一番いい。
隊列は慎重に進む。
六階に入ってから、空気が変わったのは間違いない。
敵の気配も、通路の嫌らしさも、全部が「ここから先は簡単には行かせない」と言っているみたいだった。
そして――
通路の先に、大きな扉が見えた。
これまでの小部屋とは明らかに違う。
扉そのものが大きく、重く、装飾こそないが圧がある。
レンジャーが先行し、周囲を確認する。
床。壁。扉の継ぎ目。
罠の気配はないらしい。
津詰隊長が低く言う。
「進もう」
◆
扉の向こうは、異様な空間だった。
広い。
ビルのワンフロアくらいはある。
天井も高い。
何より、部屋の雰囲気が不気味だった。
暗い教会みたいだ、とシンゴは思った。
左右に長く並ぶ石柱。
黒ずんだ床。
奥へ行くほど濃くなる影。
壁際には燭台のような金具が並んでいるが、火は灯っていない。
そのせいで余計に、礼拝堂の跡地みたいな感じがした。
そして床には、棺が並んでいた。
古びた木棺。
石棺。
蓋が半分ずれているものもある。
整然としているわけではない。
だが、無秩序でもない。
何かの規則性を持って、いくつも並べられている。
部屋の中央には、さらに異物感の強いものが一つあった。
宝箱だ。
まるで「触ってくれ」と言わんばかりに、そこだけがぽつんと置かれている。
「棺と宝箱には触れるな!」
津詰隊長の声が響いた。
隊員たちが一気に緊張を強める。
その瞬間だった。
左奥の暗闇から、何かが走ってきた。
「左より接敵!」
レンジャーの声。
振り向くより早く、黒っぽい影が床を低く這うように突っ込んでくる。
十体ほど。
やせ細った人型の体。
青白いというより灰色がかった皮膚。
骨ばって突き出た手足。
顔は落ちくぼみ、口だけが異様に大きく裂けている。
その口の奥には鋭い歯。
グールだ。
しかも動きが速い。
背中を丸め、四肢を地面につけて這うように走る。
まるで大型の猿と野犬を足して割ったみたいな、気味の悪い動きだった。
「前に出る!」
タンク役が盾を構える。
だが、グールは素直に正面から来ない。
タンクを飛び越える。
盾の横をすり抜ける。
柱を蹴る。
一気に間合いを詰め、前衛や中衛へ爪を振るってくる。
「速い!」
「右、抜けた!」
「中衛下がれ!」
こちらの前衛の攻撃も、思ったように当たらない。
振った剣の外へ、紙一重で逃げる。
槍を出しても、低い姿勢でかわして別の場所へ回り込む。
強敵だ。
シンゴが見た限り、まともに攻撃を入れられているのは津詰隊長と《特務救援隊》の副長くらいだった。
だったら――
無理に一撃で倒す必要はない。
まずは、速さを奪う。
シンゴは床を蹴った。
《跳空のブーツ》で大きく飛ぶんじゃない。
短く、鋭く、位置をずらす。
グールが中衛へ飛びかかった瞬間、その横へ割り込む。
「もらった!」
狙うのは首でも胴でもない。
前脚。
剣が低く閃く。
ザシュッ!
グールの右前脚が深く裂ける。
着地が乱れ、その体がぐらりと傾いた。
「今だ!」
後ろにいた槍使いが即座に突きを入れる。
腹に刺さり、グールが悲鳴を上げた。
別の一体が横から来る。
シンゴは半歩引いて、今度は後ろ脚を狙う。
ガツッ。
膝裏を断つように斬る。
脚を引きずるようになったグールへ、今度は剣士が斬り込んだ。
「止まった!」
「押せ!」
グールは、一撃では倒れない。
だが、動きが鈍れば話は違う。
シンゴはそれを徹底した。
肩を裂く。
肘を断つ。
足首を切る。
機動力を奪う。
速さを失ったグールは、もう脅威の半分を失ったも同然だ。
そこへ味方が攻撃を重ねる。
一体。
また一体。
グールの数が減っていく。
「左、鈍った!」
「刺せ!」
「そのまま押し込め!」
連携も次第に噛み合ってきた。
動きを削るシンゴ。
確実に仕留める前衛。
津詰隊長と副長が穴を埋める。
気づけば、残るグールは一体だけだった。
そいつは部屋の中央にいた。
宝箱のすぐそばだ。
シンゴは剣を構えたまま、ゆっくり近づく。
グールが、にやりと笑った。
嫌な笑いだった。
その足元には、宝箱。
まずい。
「避難! みんな!」
シンゴが叫ぶのとほぼ同時に、グールが足先で宝箱を蹴った。
ドン!
宝箱が爆発した。
炎が一気に広がる。
「うおっ!?」
それだけじゃ終わらない。
部屋中に並んでいた棺が、その炎に連鎖して爆ぜた。
ドン!
ドン!
ドドドン!
爆風と爆炎が部屋の中を駆け抜ける。
棺そのものが爆薬みたいに弾け、破片が飛び散る。
教会みたいだった空間が、一瞬で火と衝撃の地獄へ変わった。
パーティメンバーがそれぞれ爆風に呑まれる。
視界が真っ白になった。
◆
やがて、爆風が少しずつ晴れてきた。
シンゴは床に片膝をついたまま、荒く息を吐いた。
「……っ、ぐ……」
ダメージは受けた。
だが、まだ軽傷の範囲内だ。
罠は魔法でもブレスでもない。
単純な爆発。
それでも、防御+255は伊達じゃない。
さらに、《キングはぐれミスリルドラゴンの鎧》の効果が発動する。
鎧から淡い緑の光がにじみ、体を包んだ。
HP自動回復(特大)だ。
焼けたような痛みが、じわじわ引いていく。
だが、シンゴが確認したかったのは自分じゃない。
「ノエル! フィーネ!」
周囲を見る。
後ろは散々だった。
床に倒れている者。
壁に叩きつけられた者。
うめき声。
咳き込む声。
だが――
ノエルとフィーネは無事だった。
二人の周囲には、半透明の結界の残光が残っている。
直前、間一髪でノエルが結界を張ったらしい。
そのおかげで、ノエルとフィーネ、それに近くにいたにんともパーティも無事だった。
「ギリギリ、間に合ったわ!」
ノエルが肩で息をしながら言う。
「……ノエルさん、ありがとうございます……!」
フィーネの声にも震えが混じっていた。
特務救援隊も何人かが立ち上がっていた。
津詰隊長も副長も、ダメージは受けているが軽症のようだ。
だが、それ以外はひどかった。
命に関わる重傷者がいないのは幸運だった。
それでも、このまま全員で先へ進むのは危険すぎる。
◆
しばらくして、動ける者たちが集められた。
残った戦力はこうだ。
《特務救援隊》六名。
戦士二名、タンク二名、レンジャー一名、僧侶一名。
シンゴのパーティ三名。
シンゴ、ノエル、フィーネ。
にんともパーティ五名。
戦士二名、タンク二名、レンジャー一名。
さらに、比較的軽傷だったタンク役二名。
戦士役二名。
合計十八名。
それ以外は、戦闘継続が難しい。
津詰隊長たちは少し離れた場所で短く相談していた。
声は小さい。
だが、顔を見れば分かる。
ここが判断の分かれ目だ。
やがて、津詰隊長が振り返った。
「説明する」
全員の視線が集まる。
「ダンジョンの構造とここまでの流れから、この階が最下層だと思われる」
誰も口を挟まない。
「そして、ここまで戦闘音を響かせてきた以上、我々がこの階に侵入したことは、向こうにも知られていると考えるべきだ」
その言葉は重かった。
つまり、こちらが足踏みしている間にも、向こうは動いているかもしれないということだ。
津詰隊長は続けた。
「そうなると、行方不明者の救出に時間はかけられない。ここで戻っている間に、何が起こるか分からん」
シンゴも同意だった。
ここで一度全員で戻るのは、安全ではある。
だが、その時間で状況が悪化する可能性が高い。
津詰隊長が結論を告げる。
「よって、比較的軽傷なメンバーで先を進む」
ざわめきが起きる。
だが、反対の声は上がらない。
みんな分かっている。
ここが決断の場だと。
「すまないが、今後の戦闘も考えて、僧侶の治療は先へ進むメンバーを優先する」
「それ以外の者には、通常の応急処置で耐えてもらう」
苦い判断だ。
だが、正しい。
「残った者はこの部屋で待機してくれ。出入口は器具でロックしてくれ」
「二時間しても我々が戻らなかった場合、自力で出口を目指してほしい」
沈黙が落ちる。
それはつまり、「戻れない可能性もある」と言っているのと同じだった。
それでも、誰も目を逸らさなかった。
◆
改めて、隊列が組まれる。
シンゴのパーティは、相変わらず後ろから二番目。
その後ろに、にんともさんのパーティがつく。
津詰隊長が前へ出た。
「このダンジョンも、もう少しで終わりだ! さあ、行くぞ!」
その一声で、場の空気が変わった。
疲れている。
怖くないわけがない。
それでも、誰も足を止めなかった。
十八人。
ここから先は、本当に選ばれた少数で進むことになる。
部屋の奥。
爆炎の先。
まだ閉じたままの、その扉の向こうへ。
最下層の本命が、もうすぐそこにいる。
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