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第46話 グールを越えた先――棺の爆炎が仲間を削る

先へ進む。


六階の虫部屋を抜けたあとも、通路は相変わらず入り組んでいた。

右へ。さらに右へ。

分かれ道に出るたび、津詰隊長は短く判断を下し、基本的に右側を選んでいく。


シンゴとしても、その判断に異論はなかった。


この階は、まっすぐ進ませないための作りだ。

なら、こういうときは基準を一つ決めて、壁沿いに進むのが一番いい。


隊列は慎重に進む。


六階に入ってから、空気が変わったのは間違いない。

敵の気配も、通路の嫌らしさも、全部が「ここから先は簡単には行かせない」と言っているみたいだった。


そして――


通路の先に、大きな扉が見えた。


これまでの小部屋とは明らかに違う。

扉そのものが大きく、重く、装飾こそないが圧がある。


レンジャーが先行し、周囲を確認する。

床。壁。扉の継ぎ目。

罠の気配はないらしい。


津詰隊長が低く言う。


「進もう」



扉の向こうは、異様な空間だった。


広い。


ビルのワンフロアくらいはある。

天井も高い。


何より、部屋の雰囲気が不気味だった。


暗い教会みたいだ、とシンゴは思った。


左右に長く並ぶ石柱。

黒ずんだ床。

奥へ行くほど濃くなる影。

壁際には燭台のような金具が並んでいるが、火は灯っていない。

そのせいで余計に、礼拝堂の跡地みたいな感じがした。


そして床には、棺が並んでいた。


古びた木棺。

石棺。

蓋が半分ずれているものもある。


整然としているわけではない。

だが、無秩序でもない。


何かの規則性を持って、いくつも並べられている。


部屋の中央には、さらに異物感の強いものが一つあった。


宝箱だ。


まるで「触ってくれ」と言わんばかりに、そこだけがぽつんと置かれている。


「棺と宝箱には触れるな!」


津詰隊長の声が響いた。


隊員たちが一気に緊張を強める。


その瞬間だった。


左奥の暗闇から、何かが走ってきた。


「左より接敵!」


レンジャーの声。


振り向くより早く、黒っぽい影が床を低く這うように突っ込んでくる。


十体ほど。


やせ細った人型の体。

青白いというより灰色がかった皮膚。

骨ばって突き出た手足。


顔は落ちくぼみ、口だけが異様に大きく裂けている。

その口の奥には鋭い歯。


グールだ。


しかも動きが速い。


背中を丸め、四肢を地面につけて這うように走る。

まるで大型の猿と野犬を足して割ったみたいな、気味の悪い動きだった。


「前に出る!」


タンク役が盾を構える。

だが、グールは素直に正面から来ない。


タンクを飛び越える。

盾の横をすり抜ける。

柱を蹴る。

一気に間合いを詰め、前衛や中衛へ爪を振るってくる。


「速い!」

「右、抜けた!」

「中衛下がれ!」


こちらの前衛の攻撃も、思ったように当たらない。

振った剣の外へ、紙一重で逃げる。

槍を出しても、低い姿勢でかわして別の場所へ回り込む。


強敵だ。


シンゴが見た限り、まともに攻撃を入れられているのは津詰隊長と《特務救援隊》の副長くらいだった。


だったら――


無理に一撃で倒す必要はない。


まずは、速さを奪う。


シンゴは床を蹴った。


《跳空のブーツ》で大きく飛ぶんじゃない。

短く、鋭く、位置をずらす。


グールが中衛へ飛びかかった瞬間、その横へ割り込む。


「もらった!」


狙うのは首でも胴でもない。


前脚。


剣が低く閃く。


ザシュッ!


グールの右前脚が深く裂ける。

着地が乱れ、その体がぐらりと傾いた。


「今だ!」


後ろにいた槍使いが即座に突きを入れる。

腹に刺さり、グールが悲鳴を上げた。


別の一体が横から来る。

シンゴは半歩引いて、今度は後ろ脚を狙う。


ガツッ。


膝裏を断つように斬る。


脚を引きずるようになったグールへ、今度は剣士が斬り込んだ。


「止まった!」

「押せ!」


グールは、一撃では倒れない。

だが、動きが鈍れば話は違う。


シンゴはそれを徹底した。


肩を裂く。

肘を断つ。

足首を切る。

機動力を奪う。


速さを失ったグールは、もう脅威の半分を失ったも同然だ。

そこへ味方が攻撃を重ねる。


一体。

また一体。


グールの数が減っていく。


「左、鈍った!」

「刺せ!」

「そのまま押し込め!」


連携も次第に噛み合ってきた。


動きを削るシンゴ。

確実に仕留める前衛。

津詰隊長と副長が穴を埋める。


気づけば、残るグールは一体だけだった。


そいつは部屋の中央にいた。


宝箱のすぐそばだ。


シンゴは剣を構えたまま、ゆっくり近づく。


グールが、にやりと笑った。


嫌な笑いだった。


その足元には、宝箱。


まずい。


「避難! みんな!」


シンゴが叫ぶのとほぼ同時に、グールが足先で宝箱を蹴った。


ドン!


宝箱が爆発した。


炎が一気に広がる。


「うおっ!?」


それだけじゃ終わらない。


部屋中に並んでいた棺が、その炎に連鎖して爆ぜた。


ドン!

ドン!

ドドドン!


爆風と爆炎が部屋の中を駆け抜ける。


棺そのものが爆薬みたいに弾け、破片が飛び散る。

教会みたいだった空間が、一瞬で火と衝撃の地獄へ変わった。


パーティメンバーがそれぞれ爆風に呑まれる。


視界が真っ白になった。



やがて、爆風が少しずつ晴れてきた。


シンゴは床に片膝をついたまま、荒く息を吐いた。


「……っ、ぐ……」


ダメージは受けた。

だが、まだ軽傷の範囲内だ。


罠は魔法でもブレスでもない。

単純な爆発。


それでも、防御+255は伊達じゃない。


さらに、《キングはぐれミスリルドラゴンの鎧》の効果が発動する。


鎧から淡い緑の光がにじみ、体を包んだ。

HP自動回復(特大)だ。


焼けたような痛みが、じわじわ引いていく。


だが、シンゴが確認したかったのは自分じゃない。


「ノエル! フィーネ!」


周囲を見る。


後ろは散々だった。


床に倒れている者。

壁に叩きつけられた者。

うめき声。

咳き込む声。


だが――


ノエルとフィーネは無事だった。


二人の周囲には、半透明の結界の残光が残っている。


直前、間一髪でノエルが結界を張ったらしい。

そのおかげで、ノエルとフィーネ、それに近くにいたにんともパーティも無事だった。


「ギリギリ、間に合ったわ!」


ノエルが肩で息をしながら言う。


「……ノエルさん、ありがとうございます……!」


フィーネの声にも震えが混じっていた。


特務救援隊も何人かが立ち上がっていた。

津詰隊長も副長も、ダメージは受けているが軽症のようだ。


だが、それ以外はひどかった。


命に関わる重傷者がいないのは幸運だった。

それでも、このまま全員で先へ進むのは危険すぎる。



しばらくして、動ける者たちが集められた。


残った戦力はこうだ。


《特務救援隊》六名。

戦士二名、タンク二名、レンジャー一名、僧侶一名。


シンゴのパーティ三名。

シンゴ、ノエル、フィーネ。


にんともパーティ五名。

戦士二名、タンク二名、レンジャー一名。


さらに、比較的軽傷だったタンク役二名。

戦士役二名。


合計十八名。


それ以外は、戦闘継続が難しい。


津詰隊長たちは少し離れた場所で短く相談していた。

声は小さい。

だが、顔を見れば分かる。


ここが判断の分かれ目だ。


やがて、津詰隊長が振り返った。


「説明する」


全員の視線が集まる。


「ダンジョンの構造とここまでの流れから、この階が最下層だと思われる」


誰も口を挟まない。


「そして、ここまで戦闘音を響かせてきた以上、我々がこの階に侵入したことは、向こうにも知られていると考えるべきだ」


その言葉は重かった。


つまり、こちらが足踏みしている間にも、向こうは動いているかもしれないということだ。


津詰隊長は続けた。


「そうなると、行方不明者の救出に時間はかけられない。ここで戻っている間に、何が起こるか分からん」


シンゴも同意だった。


ここで一度全員で戻るのは、安全ではある。

だが、その時間で状況が悪化する可能性が高い。


津詰隊長が結論を告げる。


「よって、比較的軽傷なメンバーで先を進む」


ざわめきが起きる。


だが、反対の声は上がらない。

みんな分かっている。

ここが決断の場だと。


「すまないが、今後の戦闘も考えて、僧侶の治療は先へ進むメンバーを優先する」

「それ以外の者には、通常の応急処置で耐えてもらう」


苦い判断だ。

だが、正しい。


「残った者はこの部屋で待機してくれ。出入口は器具でロックしてくれ」

「二時間しても我々が戻らなかった場合、自力で出口を目指してほしい」


沈黙が落ちる。


それはつまり、「戻れない可能性もある」と言っているのと同じだった。


それでも、誰も目を逸らさなかった。



改めて、隊列が組まれる。


シンゴのパーティは、相変わらず後ろから二番目。

その後ろに、にんともさんのパーティがつく。


津詰隊長が前へ出た。


「このダンジョンも、もう少しで終わりだ! さあ、行くぞ!」


その一声で、場の空気が変わった。


疲れている。

怖くないわけがない。


それでも、誰も足を止めなかった。


十八人。


ここから先は、本当に選ばれた少数で進むことになる。


部屋の奥。

爆炎の先。

まだ閉じたままの、その扉の向こうへ。


最下層の本命が、もうすぐそこにいる。

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