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第45話 六階の悪意――ショットガンで虫の群れを撃ち払え

※今回虫の表現があります。苦手な方はスキップ頂いても大丈夫です。

また直前に案内します。


再び五階のホールに戻ってきた。


さっきの戦闘の熱も、インプの死骸も、もうほとんど片付いている。

だが、あの小悪魔どもの嫌な気配だけは、まだ床や壁に薄くこびりついているような気がした。


そのホールの奥。

前から見えていた下への階段へ、今度は迷いなく向かう。


津詰隊長が先頭で言った。


「六階へ降ります。隊列維持」


全員が短く返事をして、その後に続いた。



六階へ足を踏み入れた瞬間、違和感があった。


今までの階層とは、空気の質が違う。


重いとか、淀んでいるとか、そういう単純な話じゃない。

もっと構造そのものに、露骨な悪意がある感じだ。


通路が入り乱れている。


真っ直ぐだったこれまでと違い、六階は分かれ道が多い。

左右に枝分かれし、少し進んだ先でまた曲がり、さらに別の通路へ繋がっている。

見通しも悪い。


「……迷わせる気だな」


俺は通路の先を見ながら思った。


これはもしかしたら、この階が一番下かもしれない。


ここまでの階は、中央ホールへ誘導する作りだった。

でも六階は違う。

進ませない。

迷わせる。

たどり着かせないための作りに見える。


だったら逆に、この先に本命があると考える方が自然だ。



最初の接敵は、分かれ道の一つを抜けた先だった。


前方の暗がりから、鎧の擦れる音が響く。


「接敵!」


レンジャーの警告と同時に、敵影が現れた。


アンデッドナイトが五体。


大剣持ちが三体。

盾持ちが二体。


数は多くない。

だが、狭い通路で出てくるにはちょうど嫌な数だ。


タンク役がすぐ前へ出る。


「止める!」


鉄の盾が並ぶ。

そのすぐ後ろに近接役が入る。


一体目のアンデッドナイトが大剣を振り下ろす。

タンクが受け止める。

その衝撃で刃が流れた瞬間、後ろから槍が喉元を貫いた。


二体目は横から詰めようとしたが、津詰隊長の副長が斧で膝裏を断つ。

崩れたところへ、別の剣士が首元へ追撃する。


盾持ち二体は粘った。

だが、前へ出ようとするたびに左右から叩かれる。

受け止める盾、崩す斧、刺し込む槍。

完全に役割が噛み合っていた。


最後の一体が押し返そうとしたところで、津詰隊長が前へ出る。


双斧が交差するように閃き、腕と首元をほぼ同時に断った。


五体、撃破。


時間にすれば短い。

だが、レイドらしい綺麗な戦い方だった。


「前進」


津詰隊長が言う。


隊列がまた動き出した。



六階は、本当に嫌らしかった。


通路を一つ曲がる。

また分かれ道。

少し進むと、今度は扉。

さらに先には、また別の通路。


見れば見るほど、「ここを一発で抜けさせる気がない」設計に思える。


その途中。


先頭のレンジャーが、一枚の扉の前でぴたりと止まった。


耳を澄ます。

床を見る。

扉の隙間に光を当てる。


それから津詰隊長へ近づき、何かを小声で伝えた。


隊長の目がわずかに細くなる。


※ここから先、虫の表現があります。苦手な方はスキップ頂いても大丈夫です。


そして。


「シンゴ君。前に来てくれ!」


「はい!」


俺は隊列の前方へ移動した。


津詰隊長が扉を見たまま言う。


「扉に耳を当ててみてくれ」


「分かりました」


言われた通り、俺は扉へ耳を当てた。


次の瞬間。


ブブブブ……ジ……ジジ……。


「っ!」


嫌な音に思わずのけぞった。


鳥肌が立つ。


あの音は分かる。

小さな羽音と、甲殻が擦れるような、耳にまとわりつく振動音。


虫だ。


しかも、一匹や二匹じゃない。

数百レベルかもしれない。


津詰隊長が低く言った。


「シンゴ君が警戒していたことが当たったかもしれん」


最悪だ。


ショットガンを提案したのは俺だ。

正解だったのは分かる。

だが、正解して嬉しい状況じゃない。


「ノエル君も来てくれ」


「分かったわ」


ノエルも前へ来る。


津詰隊長は、今度は全員に聞こえるよう少し大きめの声で言った。


「中に小型の虫型モンスターがいると思われる。しかも数百だ」


その一言で、後方の空気まで変わった。


「一気に来られたらパニックになる。下手をしたら全滅すらあり得る」


誰も口を挟まない。


「まず、ノエル君に結界を張ってもらう。後ろへは行かせない」

「私と副長、シンゴ君が扉の前に立つ」

「そして、今回持参したショットガンで撃破を試みる」

「数が減ったタイミングで突入し、殲滅する」

「もし、ショットガンで対応できなければ扉を閉め、我々も結界に避難する」


簡潔で、分かりやすい。


だが、俺の頭の中は別のことでいっぱいだった。


虫は苦手だ。


子供の頃は平気だった。

バッタでもカマキリでも、素手で捕まえていた。


でも、この年になるともう駄目だ。

バッタもカメムシも蜂も、てんとう虫すら嫌悪感がある。

怖さすらある。


どうか――黒くてツルツルした、あれだけは違いますように。


心の底からそう願った。


ノエルが一歩後ろへ下がり、詠唱する。


「《多層聖界・プリズムウォール》!」


光の紋様が走り、後方通路が結界で覆われる。


これで、後ろは安全だ。


津詰隊長がショットガンを構える。


「では、位置につけ」


隊長が扉の左上部。

副長が右の中ほど。

俺は正面の床に伏せるような位置に入る。


嫌な予感しかしない。


「開けるぞ! ショットガン準備! 敵が濃い場所を狙って撃つんだ!」


俺は覚悟を決めた。



扉が開いた。


その瞬間、嫌な予感は最悪の形で当たった。


噎せ返るような、カビと古油が混ざった臭気が鼻をつく。


暗闇の奥、懐中電灯の光の届かない場所で、無数の「カサカサ」という音が重なり合い、巨大な一つの生き物の呼吸みたいに聞こえる。


壁。

床。

天井。


ありとあらゆる表面を、どす黒く光る蠢く何かが埋め尽くしていた。


どす黒い赤褐色。

表面は脂ぎったような不気味な光沢を放ち、光を鈍く反射させる。


頭部から伸びる、体長よりも長い二本の触角。

それが絶えず鞭みたいにしなり、周囲の空気を探っている。


重なり合った体は、まるで黒い波だ。

そこから伸びる無数の触角が、こちらの様子をうかがうように宙を舞っていた。


六本の脚には細かな棘が並び、壁にも天井にも張り付いている。


ゴキブリタイプだ。


普通のゴキブリじゃないことは、目が赤く光っている時点で分かる。


カサカサではない。

もっと大きい。

ざわざわとした、群れそのものがうねる音を立てている。


その黒い波が、こちらに向かって動いた。


「撃て!」


三つの引き金が同時に引かれた。


――ドンッ!!


轟音が鼓膜を殴る。


至近距離で炸裂した散弾が、先頭の群れをまとめて吹き飛ばした。


黒い塊が弾け、床に叩きつけられ、潰れる。


だが、終わらない。


天井から、ぼたぼたと次から次へ落ちてくる。


背中がぞわぞわした。


奥から。

横から。

下から。


黒い塊が迫ってくる。


「撃ち続けろ!」


連続する爆音が、小部屋の空気を震わせた。


銃口の前――数メートルの範囲は、完全な“殺戮の帯”になっていた。


近づいたものから順に消える。


弾ける。

潰れる。

吹き飛ぶ。


それでも。


黒い闇が、部屋の奥からせり出してくる。


「くっ……!」


顔に張り付いた。

頭に張り付いた。

頬を、額を、髪の生え際を、細い脚がわしゃわしゃと這い回る。


ぞわっ、と背筋が粟立つ。

触角がこめかみをかすめ、耳の裏を撫で、首筋へ降りてくる。

一匹じゃない。二匹でもない。

何匹もの脚が、皮膚の上を好き勝手にまさぐってくる感触が分かる。


気持ち悪い。


嫌悪感が一気に限界を突き破った。


頭皮が総毛立つ。

喉の奥がひゅっと縮む。

今すぐ絶叫して、銃を放り捨てて、全身をかきむしりながら振り払いたい。


正直、叫びたかった。

払い落としたかった。

その場から逃げ出したかった。


だが、隙を見せたら一斉に来る。

それが分かる。


「ひるむな!」


津詰隊長の一喝が飛ぶ。


俺はもう、撃つことだけに集中した。


ドン!

ドン!

ドンッ!!


爆音。


反動。


火薬臭。


目の前で弾ける黒い塊。


――ドンッ!!


天井に張り付いていた群れが、まとめて剥がれ落ちる。


「右、壁際!」


――ドンッ!!


壁に逃げた群れが粉砕される。


だが、完全には消えない。


弾の届かない隅。

砕けた死骸の下。


そこからまだ蠢いている。


数秒か。

もっと長く感じた時間のあと――


「いまだ! 突撃!」


隊長の号令と同時に、後ろの結界内にいた前衛が一気に突入した。


剣で叩き潰す。

槍で貫く。

盾で押し潰す。


黒い虫どもが、次々と踏み砕かれていく。


俺はようやく立ち上がった。

だが、体中がぞわぞわする。


払う。

まだ張り付いてる気がする。

肩も、背中も、脚も嫌だ。


「ノエル! フィーネ! 助けてくれ!」


だが二人は、はるか後方にいた。


「ごめんなさい。それだけはムリ」


「……すいません……どうしても……無理です……」


そんなー。


さすがに傷ついた。


そんな俺を見かねたのか、にんともさんが前へ出てきた。


「じっとしててください」


小手を外し、ばしばしと肩や背中を払ってくれる。


「助かります……本当に……」


「いえいえ。今回はさすがに同情します」


本当にこの人には感謝しかない。


やがて、小部屋の奥から声が上がった。


「殲滅完了! 奥に扉があります!」


終わったらしい。


「ご苦労さま!」


津詰隊長がねぎらいの言葉をかける。


「はい……お互いさまに……」


乾いた笑いしか出てこない。


だが、ここで終わりじゃない。


津詰隊長が俺を見る。


「シンゴ君。この先をどう見る?」


俺は部屋の奥を見ながら答えた。


「六階になってから、明らかにダンジョンの作りが変わりました。先へ進ませない作りを感じます」

「また、この部屋。普通なら突破できないでしょう」

「だからこそ、その先にゴールがあると思います」


津詰隊長が頷く。


「なるほど。確かに」


そして、すぐに全体へ命じた。


「隊列を組め! 先に進む!」


再び、レイド隊が動き出す。


ノエルとフィーネは、きつく目をつむったまま俺の肘にぎゅっと掴まってきた。


「ゆっくりね。ゆっくりよ」


「……すいません……すいません……」


二人とも、どうしても例の残骸を直視したくないらしい。


仕方ない。

俺だって見たくない。


それでも進まなきゃいけない。


俺たちは、黒い死骸が散らばる部屋を慎重に抜けていった。


その奥にある扉は、まだ閉じたままだ。


そしてその向こうからは――今までとは違う、もっと重い気配が滲んでいた。

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更新お疲れ様です。 うげぇ…まさかのG先輩の大群ですか。自分含め、人によってはこの光景を見た瞬間SAN値が即マイナス→発狂不可避ですね(恐怖) そう言えばGも日本に良くいる羽付きタイプと、アメリカと…
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