第43話 五階の答え合わせ――小悪魔ホールを突破せよ
四階中奥ホールは、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだった。
敵は片付いた。
救助できた六人は中央に集められ、周囲をレイド隊が囲んでいる。
落ちた四人のことを思うと、誰も気は抜けない。それでも、ただ騒いでも仕方がないと全員分かっていた。
そのホールの一角で、津詰隊長を中心に《特務救援隊》の面々が集まり、今後の方針を話し合っていた。
他のメンバーは、その間ホールで一時待機だ。
俺はノエルとフィーネの近くで立ったまま、周囲の気配を見ていた。
そのときだった。
「シンゴ君。ちょっと来てくれないか」
隊長が、俺を名指しで呼んだ。
「はい。何でしょうか」
俺が近づくと、津詰隊長は少しだけ声のトーンを落として言った。
「君はこのダンジョンをどう見る」
漠然としている。
でも、言いたいことは分かった。
これまでの四階層を見て、このダンジョンがどういう意図で作られているか。
そして、五階以降がどうなっていると予測するか。
そのうえで、ここで一度戻るべきか、このまま進むべきかの判断材料が欲しいのだろう。
俺はスマホのマップを開いた。
「見てもらえば分かるんですが、このダンジョンは二階以降、基本的に同じ構造をしています」
隊長と特務救援隊の数人が、画面を覗き込む。
「中央にホールがあります。そこに下への階段と、一つの小部屋への扉があります。そして、その中央ホールまでの道のりは、思ったよりたやすいです」
俺はマップ上を指でなぞった。
「もっと言えば、中央ホールへたどり着くように設計されている感じです」
津詰隊長は黙って聞いている。
「で、その中央ホールには強敵が配置されてる。戦って不利になったパーティは、自然と小部屋へ逃げ込むように仕組まれています。実際、三階も四階もそうでした」
津詰隊長が小さく頷いた。
「そして、さっきの床抜けトラップです。あれで下へ落とす。たぶんこのダンジョンは、人を下へ下へ集めてるんだと思います」
俺は一度、言葉を切った。
「おそらく五階以降も同じような作りです。そして最終的に、最下層に落ちた人たちを集めているんじゃないかと」
津詰隊長が低く問い返す。
「五階にもホールがあり、そこまでは比較的たやすくたどり着けると?」
「たぶん、ですけど」
俺は正直に答える。
「このダンジョン設計には、人を集める意図を感じます。敵を倒して進ませるというより、あえて中央に来させるように作ってる」
数秒、沈黙が落ちた。
津詰隊長はマップから目を上げ、短く言った。
「分かった。落ちた四人が五階に残っている可能性は捨てきれないな。ありがとう。参考になった」
「いいえ。お役に立てれば光栄です」
そう返して、俺は元の位置へ戻った。
ノエルが小声で聞いてくる。
「何て?」
「たぶん、五階も同じ作りだって話だ」
「やっぱり嫌なダンジョンね」
やがて、津詰隊長がホール中央へ進み出た。
「今後の方針を説明する!」
その声で、待機していた全員の視線が集まる。
「先ほど小部屋で落ちた四名は、下の五階の小部屋にいる可能性がある。すぐにそこへ向かう」
短く、はっきりした声だった。
「救助した六名は中央に配置して移動する。前後左右を固めろ」
「はい!」
「了解です!」
「分かりました!」
あちこちから返事が飛ぶ。
さっきまで疲労で重かった声にも、少しだけ芯が戻っていた。
救助した六人はまだ青ざめたままだ。
だが、中央に集められ、周囲を守られる形になると、少しだけ表情が和らいだ。
「前進!」
津詰隊長が前を向いた。
レイド隊は再び動き出した。
◆
五階へ続く階段は、四階ホールの脇に口を開けていた。
嫌な静けさだった。
下りながら、俺はなんとなく思った。
このダンジョンは、階段そのものまで誘導の一部なんじゃないかと。
下りろ。
もっと下へ来い。
そう言われているみたいだ。
五階に着くと、空気がまた変わった。
湿り気はある。
だが四階の“牢屋っぽさ”とは違う。
もっと生き物じみた嫌らしさがあった。
通路は相変わらず広い。
壁も床も石造りだ。
なのに、どこか落ち着かない。
何度か小規模な戦闘はあったが、四階と比べるとそこまで苦戦しない。
アンデッド兵を蹴散らし、悪魔系の小型個体を処理しながら進む。
そして、予想どおり比較的たやすく中央ホールへ到着した。
「本当に来たな……」
俺が呟くと、ノエルが嫌そうな顔をした。
「嬉しくない正解ね」
そのホールで、俺たちは“お約束”みたいな敵と対面した。
体長は十センチほど。
身は黒い。
充血した目。
尖った耳。
ぽっこりした腹。
鉤爪のついた細長い尻尾。
インプだ。
それがホールのあちこちに、うじゃうじゃといる。
ざっと見ただけでも五十体以上はいる。
「うわ……」
思わず声が出た。
しかも、ホールの奥にはちゃんと小部屋の扉がある。
嫌な予感しかしない。
「接敵!」
前衛が前へ出る。
インプは、見た目のわりに厄介だった。
小さい。
とにかく小さい。
剣で狙っても当てにくい。
槍も弓も、こう小刻みに動かれると狙いがつけづらい。
しかも近づいてくれば爪で引っかいてくるし、その動きも妙に読みにくい。
さらに最悪なのが、炎の矢みたいな魔法だ。
ピシュッ、と細い火線が飛ぶ。
俺にはほとんど効かない。
だが、タンクの後ろにいる中衛や後衛には普通に痛い。
「うっ!」
「後ろ下がれ!」
「回復!」
小さなダメージが積み重なる。
それが嫌だった。
剣を振るう。
だが、空を切る。
当たったと思っても、一体だけだ。
この数を相手に、点や線の攻撃じゃ効率が悪すぎる。
隙間を縫うように、インプの爪が飛んでくる。
まずい。
このままじゃ後ろが持たない。
だったら――点や線じゃなく、面だ。
俺はすぐ近くのタンク役へ駆け寄った。
「その盾、貸してください!」
相手が一瞬、目を見開く。
「は?」
「この状況を打破するのに必要なんです。絶対に何とかします!」
さすがに迷った顔をした。
当然だ。
盾はタンクの命綱だ。
だが、状況を見てすぐに決断してくれた。
「……分かった! 持っていけ!」
「ありがとうございます!」
俺は大盾を受け取った。
そして、盾の端を両手で持ち、掲げた。
重い。
だが持てる。
「いくぞ!」
そのまま、インプの密集している空間へ向けて振り回した。
ドガッ!
バギッ!
盾の面に潰されたインプが、断末魔みたいな声を上げる。
「これだ!」
面で潰す。
剣じゃない。
槍でもない。
大盾を鈍器みたいに叩きつける。
横に薙ぐ。
前に押し潰す。
斜めに叩き落とす。
小さくて避けにくいなら、避けきれない範囲ごと潰せばいい。
「シンゴさん、それいただきます!」
後ろから、にんともさんの声が飛んだ。
見ると、にんともさんとかんともさんも、すぐに意味を理解したらしい。
二人とも、自分の盾を持ち直して前へ出てくる。
「いくわよ!」
「まとめて掃除です!」
普段の鬱憤でも晴らすみたいに、二人は盾を振り回し始めた。
グシャ!
ドン!
バキ!
インプの群れが、まとめて潰れていく。
小さな悪魔どもが悲鳴を上げる間もない。
「ははっ、これ気持ちいいな!」
気づけば俺も、かなりの勢いで盾を振り回していた。
ノエルが後ろから笑っている。
「シンゴさん、ちょっと楽しそうじゃない?」
「今はこれが正解だ!」
「……たしかに、すごく減ってます……!」
フィーネも少しだけ驚いた顔で言う。
盾が面で潰し、前衛が押し込んでいく。
インプの群れは、一気に数を減らしていった。
そして――
ドン!
最後の一体を、にんともさんの盾が叩き潰した。
静かになった。
ホールにいたインプは、全滅だ。
「よし……!」
誰かが息を吐いた。
インプ相手にこんな戦い方をすることになるとは思わなかったが、結果的には大正解だった。
ホールの奥、小部屋の扉はまだ閉じている。
その横には、さらに下へ続く通路か階段もある。
落ちた四人はどこだ。
小部屋か、それとももう先か。
津詰隊長が前へ出る。
その横顔は、もう次を見ていた。
俺も盾を返しながら、扉の方を見た。
ここで終わるわけがない。
五階の“本命”は、まだこの先だ。
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