第42話 爆発矢、空から炸裂――後衛崩壊、一気に押し返せ
三階の広間に戻ってきた。
一度地上に出て、短い休憩を挟んだからだろうか。
さっきまであれほど重く感じていた空気が、少しだけ軽くなった気がした。
もちろん、危険が消えたわけじゃない。
四本腕の悪魔の話だって、頭の片隅から離れない。
それでも――外の空気を吸って、水を飲んで、少し座っただけで、人間はだいぶ違う。
全員の足取りも、地上に戻る前よりはわずかに落ち着いて見えた。
広間の中央には、さっきの戦闘の痕跡がまだ残っている。
砕けた鎧片。床の傷。焼け焦げ。
そこを踏み越えながら、レイド隊はホール奥の暗い通路へ進んだ。
「四階へ降ります。隊列維持」
津詰隊長の声が響く。
全員が頷くように足並みを揃え、その先の階段を下りていく。
◆
四階は、三階よりさらに嫌な階だった。
通路は広い。
だが、広いだけに奥が見えすぎる。
暗さが逃げ場なく続いていて、先に何かいたらすぐ分かるはずなのに、それでも見たくない場所が多い。
石壁には鎖を打ち込んだ跡があった。
床には何か重いものを引きずった擦れ跡。
扉付きの小部屋も多い。
「本当に牢屋みたいな階だな」
俺が小さく言うと、ノエルが肩をすくめる。
「嫌な趣味ね。作ったやつの顔が見てみたいわ」
フィーネは周囲を見ながら、小さく言った。
「……この階、精霊力の流れが淀んでいます……人が長く閉じ込められていた場所みたいです……」
聞きたくない感想だが、たぶん当たっている。
隊列は慎重に進んだ。
扉を確認し、小部屋を覗き、気配を探る。
だが、生存者は見つからない。
やがて、前方で敵影が見えた。
盾を構えた大型のアンデッドナイトが四体。
その後ろ、少し高い足場みたいな位置に、杖を持ったアンデッドメイジが五体。
露骨に嫌な布陣だ。
「前方接敵!」
レンジャーの警告が飛ぶ。
前衛が前に出る。
タンクが盾を構える。
だが、次の瞬間。
「後方魔法! 固まるな!」
アンデッドメイジが杖を掲げる。
赤い火球。
紫の矢。
腐食みたいな霧。
まとめて飛んできた。
ドゴン!
バシュッ!
ガンッ!
後列で爆発が起きる。
盾で弾いたのもあるが、完全には防ぎきれない。
悲鳴とまではいかなくても、苦しそうな声がいくつも上がった。
「回復!」
「負傷者後ろへ!」
「前が抜けない!」
まずい。
こちらの前衛は、手前のアンデッドナイトに止められている。
その後ろからメイジが撃ち放題だ。
このままだと削られる。
俺はすぐ後ろを振り返った。
「ノエル、フィーネ!」
二人ともこっちを見る。
「フィーネ、爆発矢で後ろのメイジをやれるか?」
フィーネの目が細くなる。
「……狙えます……」
「ノエル、フィーネを持ち上げて浮けるか?」
ノエルが、にやっと笑った。
「任せて。そういうの、嫌いじゃないわ」
「よし、頼む!」
◆
ノエルがフィーネのすぐ後ろへ回り、両腕を腰に回してぐっと持ち上げた。
「いくわよ」
「……はい……!」
羽ばたきとともに、二人の位置がふわりと上がる。
フィーネの足が床を離れ、ちょうど前衛の頭越しに後方を狙える高さまで持ち上がった。
そこからなら、アンデッドナイトの列の向こうが見える。
フィーネが弓を引く。
いつもの矢じゃない。
先端の構造が少し太くなった、あの爆発矢だ。
「……いきます……!」
放たれた矢が、一直線にアンデッドメイジの後方へ飛ぶ。
次の瞬間。
どどどーーーん!!
低く、腹に響く爆発音。
矢が当たった地点を中心に、炎と爆風が一気に広がった。
その中心から、さらに小さな爆発がいくつも連鎖する。
破片が飛び散り、
火がはぜ、
後方のアンデッドメイジたちがまとめて吹き飛ぶ。
「うおっ……!」
思わず声が出た。
五体。
後ろにいたアンデッドメイジが、五体まとめて消し飛んだ。
すごい威力だ。
前衛の誰かが叫ぶ。
「後衛はいなくなった!」
「押し返せ!」
一気に流れが変わる。
ノエルはその場でフィーネを下ろし、そのまま負傷者の方へ向かった。
「重い人から見るわ!」
「……軽傷の人は、普通の処置を……!」
混乱の中でも、二人ともやることが早い。
後でフィーネから話を聞いたが、大きな爆発と共に小さな爆発鉱石が飛び散り、更に爆発するという仕組みらしい。
現代のミサイルの仕組みを取り入れたらしい。
ノエルがネットで教えてくれたそうだ。
恐ろしいが頼もしい。
◆
やがて、中奥のホールに到着した。
ここもまた広い。
通路の先に、少し開けた戦闘空間がある。
そして、予想通り大量の敵影。
アンデッドナイト。
その後ろにアンデッドメイジ。
さっきと同じだが、数が増えている。
「フィーネ。爆発矢は温存してくれ」
フィーネが頷く。
「……はい……」
ここなら、自分でメイジまで届く。
俺は床を蹴った。
《跳空のブーツ》が反応し、一気に加速する。
手前のアンデッドナイトの頭上を跳び越え、そのまま後列のアンデッドメイジへ向かう。
向こうも気づいた。
五体が一斉に杖を向ける。
火球。
火球。
火球。
火球。
火球。
「っ!」
五つのファイアボールが、俺のいた空間で同時に炸裂した。
ドン! ドドン! バゴォッ!
爆煙が広がる。
後ろで、誰かが短く「ひっ」と息を呑んだのが聞こえた。
だが、次の瞬間。
その煙の中から俺は飛び出した。
「そこか!」
アンデッドメイジのど真ん中へ着地する。
近い。
こうなれば、もう終わりだ。
一体目。
杖ごと胸を斬る。
二体目。
振り向く前に首元を落とす。
三体目。
後ろへ下がろうとしたところを踏み込みで詰め、脇腹から断つ。
四体目。
火球を作りかけた手首ごと斬り飛ばす。
五体目。
最後に逃げかけた背中を一気に両断。
メイジ後衛、壊滅。
津詰隊長の声が飛ぶ。
「後衛は崩れた! 突撃!」
その号令で前衛が一気に前へ出た。
盾持ちのアンデッドナイトが押される。
近接役が継ぎ目を狙い、タンクが押し込み、槍が喉元を突く。
後衛を失った時点でもう勝負は決まっていた。
ホールの敵を殲滅し終わるまで、それほど時間はかからなかった。
◆
ホールの奥には、扉が一つ。
そして、その脇に下への階段があった。
「やっぱり下へ続いてるな」
俺が言うと、津詰隊長は扉の前へ進み出た。
前と同じように軽くノックする。
「ダンジョン協会の者です。助けに来ました」
しばらくして、扉が開いた。
中には人影があった。
「助かった……!」
「来てくれたのか!」
一人、また一人と部屋から出てくる。
全部で十名。
二パーティだ。
「よかった……」
フィーネが小さく息をつく。
だが、その直後だった。
パカリ。
部屋の床全体が、まるで落とし穴みたいに開いた。
「えっ」
「うわっ!?」
「きゃあああ!」
悲鳴を上げながら、人が落ちていく。
一瞬だった。
その一瞬のあとには、もう床は閉じていた。
「なっ……!」
思わず駆け寄る。
外へ出られたのは六名。
四名が、今ので落ちたことになる。
助かったはずだった六名が、途端に取り乱す。
「い、今の何だ!?」
「下に落ちた!」
「待って、待ってくれ!」
「おい! 返事しろ!!」
場が一気に騒然とした。
津詰隊長が一歩前に出る。
「落ち着け!」
低い声が、鋭く響く。
「落ちたが、どうなったかはまだ分からない。死んだと決まったわけじゃない」
「状況を確認する。生きている者は声を出すな、呼吸を整えろ」
その一言で、少しだけ空気が戻る。
さすがだ。
だが、最悪の事態には変わりない。
助けたと思った瞬間に、四人が下へ落とされた。
しかも、ここに階段があるということは――
この階は、もう終わり際に見せる嫌がらせじゃない。
下に行かせるための仕掛けが、最初からここに組み込まれていたということだ。
五階は、すぐその下で待っている。
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