第41話 束の間の休憩――思わぬ縁が待っていた
救助した十人を中央に置くように、レイドパーティは隊列を組み直した。
前方に《特務救援隊》。
左右に盾役。
後方にも警戒を残す。
疲弊した救助者たちは、歩ける者もいれば、肩を貸されている者もいる。
それでも全員、自分の足で地上へ戻ろうとしていた。
「隊列維持! 中央を守れ!」
津詰隊長の声が飛ぶ。
来た道を戻る。
一階、二階、三階――その区切りはもう頭に入っているはずなのに、救助者が間にいるだけで通路の見え方まで変わる。
少しでも何かあれば、今度は守りながら戦わなければならない。
だから全員、さっきまで以上に神経を尖らせていた。
だが、幸いにも帰路で大きな接敵はなかった。
長い通路を抜け、最後の曲がり角を曲がる。
その先に、一階の出口が見えた。
外の光が、妙に白く見える。
「出口だ」
誰かが低く言った。
その一言だけで、救助者たちの足が少しだけ速くなった。
◆
ダンジョンゲートを抜け、地上へ出る。
空気が変わった。
湿って重い地下の空気じゃない。
冷たくても、ちゃんと生きてる外の空気だ。
救助された人たちは、その場で膝をついたり、地面に両手をついたりしながら、涙混じりに声を漏らした。
「助かった……」
「帰ってこられた……」
「う、うぅ……」
それを見て、こちらまで少しだけ肩の力が抜ける。
ダンジョンゲート前では、待機していた救護班がすぐに動き出した。
津詰隊長が簡潔に指示を出す。
「救助者十名。重傷なし、全員自力歩行可能。裂傷と打撲中心。処置を頼む」
「了解しました!」
白い腕章をつけた救護班が、手際よく救助者たちを誘導していく。
さすがに慣れている。
その様子を確認してから、津詰隊長が全体へ向き直った。
「今から休憩を取る。1時間後にゲート前に集合!」
短く、しかしよく通る声だった。
張り詰めていた空気が、そこで少しだけ緩む。
俺は大きく息を吐いた。
「ひとまず、何か飲んで一息つくか」
そう言って、ノエルとフィーネを見る。
「オッケー。休憩ね」
「はい。分かりました」
三人そろって、仮設施設の一角に設けられた食堂へ向かった。
◆
食堂の中は、簡易施設らしい作りだった。
長い机が何本も並び、折り畳み椅子がずらっと置かれている。
壁際には、無料で飲み物を受け取れる自販機が一台。
その隣には、各種弁当が陳列された棚まであった。
こういう非常時の施設にしては、かなり整っている。
俺は自販機の前に立ち、麦茶のボタンを押した。
ガタン、ガタン。
馴染みのある音のあと、取り出し口にペットボトルが落ちてくる。
その瞬間。
「ひぃっ……!? な、何もない場所に麦茶が出てきました……!?」
フィーネがびくっと肩を跳ねさせた。
そういえば、自販機は初めて見るのか。
ノエルが前を向いたまま、どや顔で胸を張る。
「フィーネ。これが現代の、無人で飲み物を販売する『自販機』よ!」
言いながら、自分もコーヒーのボタンを押す。
ガタン、ガタン。
同じ音とともに、缶コーヒーが落ちてきた。
ノエルはそれを取り出して、なぜか誇らしげに見せる。
「さあ! フィーネも自分が飲みたい飲み物のボタンを押すのよ!」
……なんか大げさだな。
「フィーネも、好きなのを選ぶといい。飲みたいやつの下のボタンを押すだけで大丈夫だ」
「……では、私も麦茶を……」
フィーネはおそるおそる、麦茶のボタンを押した。
ガタン、ガタン。
予想していたはずなのに、音がした瞬間また少しだけ肩が跳ねる。
取り出し口から麦茶を拾い上げると、フィーネはほっとした顔になった。
「……出てきました……」
「よかったな」
「…はい」
なんだかんだで、現代に少しずつ慣れてきているのが分かる。
◆
三人で食堂の隅の方に座り、お茶を飲んでいると、他のレイドパーティのメンバーたちも次々入ってきた。
お茶を飲む者。
弁当を食べる者。
低い声で情報交換をする者。
椅子に深く座って目を閉じる者。
思い思いに休憩を取っている。
そんな中で、ふと目に留まった。
あの、最後尾を守っていたパーティだ。
特にタンク役の二人は、嫌でも目を引く。
長身。
全身真っ黒なフルプレートメイル。
身長よりも高い鉄製のシールド。
正直、遠目でも「強そうだな」と思う。
近くで見ると、さらに迫力がある。
俺は立ち上がった。
次の入ダンもある。
ここで一言くらい、ちゃんと礼を言っておきたかった。
そっと近づき、声をかける。
「最後尾二番にいましたシンゴといいます。タンク役、ありがとうございました。とても助かりました」
そう言うと、そのうちの一人がヘルムを取った。
女性だった。
黒髪。
前髪はまっすぐ綺麗に揃えられている。
年齢は二十代前半くらいに見える。
目元はきりっとしているが、口元には柔らかい笑みがあった。
太めの眉が意志の強さを感じさせるし、輪郭もすっきりしていて、いかにも「前で受ける役が似合う」顔立ちだ。
女性が答える。
「いえいえ。こちらこそ、流石すごい攻撃でしたねシンゴさん。あ! わたくし“にんとも”といいます」
「それはそれは。にんともさん……え?」
一瞬、脳が止まる。
「にんともさんですか!?」
「はい」
少し笑いながら返事をした。
俺の声が少し裏返った。
「あの、自分が初めて配信した時に色々教えてくれた、にんともさんですか?」
「はい」
また、くすっと笑う。
本物だ。
まさか、こんなところで。
「そして、こちらがわたくしの妹の“かんとも”です」
そう言うと、もう一人のタンク役もヘルムを取った。
「え!?」
同じ顔が現れた。
驚いている俺を見て、楽しそうに笑いながら言う。
「妹の“かんとも”です。双子なんですよ」
「ええええええ!」
情報量が多すぎて、思わず大声が出た。
二人は揃って楽しそうだ。
絶対この反応に慣れてる。
そんな俺の声を聞いて、ノエルとフィーネがこっちへやってきた。
「シンゴさん。どうしたの? そんな大きな声をあげて」
「……大丈夫ですか……?」
俺はたぶん、かなり興奮した顔で言ったと思う。
「このにんともさん! 俺が初配信の時にめちゃくちゃお世話になった人なんだよ!」
「まさかこんなところで会うなんて!!」
ノエルが少し驚いた顔をして、それからしみじみ言う。
「へー。人の縁って不思議よね。会わなければいけない人には、どこかで必ず会う気がするわ」
フィーネはこくこく頷いている。
「紹介します。天使のノエルと、エルフのフィーネです」
ノエルが、いつものように少し胸を張る。
「ノエル・セラフィアよ。よろしくね」
フィーネも、ぺこりと頭を下げた。
「……フィーネ・エルセリアです……よろしくお願いします……」
にんともさんとかんともさんも、丁寧に頭を下げる。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。にんともです」
「かんともです。よろしくお願いします」
少しだけ、そのまま歓談になった。
「しかし、本当に配信のまんまですね」
にんともさんが笑う。
「シンゴさん、画面越しだともっと落ち着いて見えました」
「いやいや、落ち着いてる方だと思うんですけど」
「さっきの“ええええええ!”は、だいぶ素でしたよ」
かんともさんにそう言われて、俺はちょっとだけ恥ずかしくなった。
ノエルは面白そうに横から口を挟む。
「シンゴさん、こういう時わりと素直に驚くのよ」
「余計なこと言うな」
フィーネは小さく笑っている。
にんともさんがノエルとフィーネを見て、感心したように言う。
「それにしても、噂以上ですね。近くで見ると、本当にすごいです」
「ふふん。もっと褒めてもいいのよ」
ノエルが調子に乗る。
「……ありがとうございます……」
フィーネは少し照れながら耳を下げた。
そんなふうに話していると、休憩時間は本当にあっという間だった。
「そろそろ時間だ」
部屋のどこかで、誰かが言った。
俺は立ち上がる。
「おっと。じゃあ行きましょうか。後半戦もよろしくお願いします」
そう言って、にんともさんのパーティメンバーに軽く頭を下げる。
「こちらこそ」
「今度はもっと派手なの、期待してます」
かんともさんが笑う。
「そっちはそっちで、後ろお願いします」
「任せてください」
短い言葉だったが、それで十分だった。
休憩は終わり。
地上の空気も、温かいお茶も、ここまでだ。
次にゲートをくぐったら、もう後戻りはできない。
四本腕の悪魔。
まだ残っている救助者たち。
そして、どこで何が起きてもおかしくない下層。
一時間前より、状況は分かっている。
だからこそ、怖さも増していた。
それでも、行く。
後半戦が始まる。
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