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第40話 三階ホール突破――救助の先で悪魔の影が覗く

タンク役が、ホールへ通じる扉の前を固める。


前に出たのは九人。

大型の盾がずらりと並び、入口から入ってくるメンバーを守る壁みたいな陣形を作った。

一枚一枚の盾の間隔はしっかり取られているが、それでも互いの死角を埋めるように並んでいて、近づくだけで簡単には抜けられない圧がある。


タンク役の盾列のすぐ後ろに、近接戦闘要員が並ぶ。

盾が受け止めた瞬間に飛び込めるよう、全員が半歩前へ重心を乗せていた。

さらにその後ろでは、遠距離部隊が弓をつがえている。


「前、止めるぞ!」


男のタンク役の声が飛ぶ。


俺も剣を握り、前へ出た。


その途中で、ちらりと後ろを見る。


ノエルは、俺の視線に気づくと、いつもの調子で小さく手を振ってきた。

妙な余裕を見せてくるあたり、あいつらしい。


フィーネは逆に、完全に戦闘の顔だった。

真剣な目で前を見据え、弓をつがえ、放つ。

細い指先に迷いがない。


よし。

後ろは大丈夫だ。


俺は前へ意識を戻した。


アンデッドナイトの群れが、重い足取りで押し寄せてくる。


先頭の一体が大剣を振り上げ、盾列のど真ん中へ叩きつけた。


ガギィン!


鈍い金属音が広がる。


盾が受け止める。

その反動で刃がわずかに跳ねる。

そこへ横から近接役が飛び込み、間髪入れずに斬り込んだ。


「そこだ!」


膝裏へ一撃。

さらにもう一人が胴の継ぎ目へ深く刃を差し込む。


アンデッドナイトがよろめく。


別の一体が横合いから大剣を振るう。

次の盾がそれを受ける。


ガンッ!


受けた衝撃で腕が流れる前に、今度は槍使いが一歩踏み込んだ。


喉元。

脇腹。

関節。


鎧の隙間だけを、正確に突いていく。


うまい。


ただ固めてるだけじゃない。

受けて、隙を作って、畳み込む。

完全に連携前提の戦い方だ。


津詰隊長は、その盾列の少し後ろにいた。


前へ出すぎない。

だが、危うい箇所があれば、すぐに動ける位置だ。


左側で一体、近接役が押し返されかけた瞬間。


「下がれ」


津詰隊長がするりと前へ出る。


双斧が、ほとんど同時に閃いた。


まず左の斧が、振り下ろされる大剣ごと手首を断つ。

次の瞬間には、右の斧が鎧の継ぎ目へ深く食い込み、そのまま胸を斜めに裂いていた。


一歩も無駄がない。

止まらないまま斬って、もう次の敵へ意識が向いている。

見ているこっちが遅れて理解するくらい、速かった。


凄い。


自分で戦えて、なおかつ部隊全体も見ている。

あの人、やっぱり別格だ。


そのとき、ふと津詰隊長と目が合った。


隊長は無言のまま、視線だけでホールの奥――アンデッドナイトが群がっている扉の方を示した気がした。


あっちをやれ、ってことか。


了解だ。


俺は床を蹴った。


《跳空のブーツ》が反応する。


一気に上へ跳ぶ。


視界が開ける。

手前で戦っているアンデッドナイトの頭上を飛び越え、そのまま奥の扉前へ向かう。


扉に群がっていた五体が、ようやくこちらに気づいた。


だが遅い。


俺は空中で体を捻り、剣を引き絞るみたいに構えた。


着地と同時に、一体目の首元へ斜めの一閃。

赤い目が消える前に、その勢いのまま二体目へ踏み込む。

袈裟に斬り下ろし、鎧ごと胸を割る。


三体目が大剣を振り上げる。

俺は半歩だけ内側へ入り、刃の根元をかわしながら脇腹の継ぎ目へ剣をねじ込んだ。

そのまま引き裂く。


四体目。

横から来る大剣を剣で弾き、火花を散らしながら体を低く流す。

そのまま足を払うように斬って体勢を崩し、倒れかけた頭へ返す刃を叩き込む。


最後の五体目が、扉の前に立ちふさがった。


「邪魔だ!」


正面から踏み込む。


相手の大剣が振り下ろされる瞬間、俺は《跳空のブーツ》で短く跳ねた。

頭上を刃が通り過ぎる。

落ちる勢いをそのまま乗せて、真上から剣を振り下ろす。


兜ごと、縦に割れた。


五体、撃破。


扉前が空いた。


俺はすぐに後ろを見た。


ちょうど、入口側で戦っていたアンデッドナイトたちも倒し終わったところだった。

最後の一体が崩れ落ち、前衛が息を吐く。


負傷者が一人出たらしい。

ノエルがすでに駆け寄って、回復魔法をかけている。


「じっとして。すぐ塞ぐわ」


その声が妙に頼もしかった。


さらにその後ろ。


最後尾に残っていた長身のタンク役が一人、いまも入口の外へ向けて警戒を続けているのが見えた。


戦闘が終わっても、一度もこちらを振り向かない。

盾を半身に構えたまま、暗い通路の奥だけを見ている。

もし何かが来たら、最初に受けるのは自分だと分かった立ち方だった。


肩も足もまったく緩んでいない。

全員の意識が前へ向いている今、ああやって背中側を一人で受け持ってくれているのが分かる。


冷静な人だ、と思う。


どうしても目の前の敵に意識が持っていかれる場面で、ああやって背後を切らさず見ていてくれる人がいるのは本当に助かる。


戦闘が終わり、ノエルの回復も一段落した。


扉の前には、すでに《特務救援隊》が並んで立っている。

俺たちもその少し後ろで、周囲を警戒しながら位置についた。


ホールの奥には、さらに下へ続いていそうな暗い通路口がぽっかり口を開けていて、それが妙に気味悪かった。


津詰隊長が全体を見回す。


「今から扉にコンタクトを取る。残りの者も後ろで警戒を!」


その指示で、場の空気がまた張り詰めた。


さっきまでの戦闘の熱が、一気に冷える。


津詰隊長が前へ出る。


扉に、コン、コン、とノックした。


「ダンジョン協会の者です。助けに来ました!」


低く通る声が、扉越しに響く。


数秒、沈黙。


そのあと――


ガタン。

ガタガタ。

ガタガタン。


向こう側で、何かをどかしている音が聞こえた。


全員が武器を構えたまま、息を詰める。


やがて、扉がほんの少しだけ開く。


暗い隙間から、かすれた声がした。


「助けですか?」


津詰隊長が即答する。


「はい。ダンジョン協会の特務救援隊です。救助に来ました」


その瞬間。


バンッ!


扉が大きく開いた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「助かった! 本当に来てくれた!」


中から、一人、また一人と人が出てくる。


疲弊している。

顔色も悪い。

装備も傷だらけだ。


だが、生きている。


全部で十名。


二パーティだ。


「生存者確認!」


すぐに周囲が動き出す。


重傷者はいない。

裂傷や打撲はあるが、自力歩行できる者ばかりだ。


津詰隊長は一人ひとりの状態を確認すると、魔法ではなく通常の応急処置を指示した。


賢明だ。


ここでノエルの回復魔法を浪費するより、温存した方がいい。

先はまだ長いんだから。


そして、隊長はすぐに次の判断を下した。


「一度、救助者を連れて全員で外へ出る」


それも正しい。


部隊を分けない。

危険を冒して先へ進まない。

まず確実に十名を生還させる。


さらに、一度外へ出れば、こちらも疲労を整えられる。


救助対象が増えた以上、隊列の組み直しも必要になるだろう。


本当に、判断が速い。


俺たちは救助した十名を囲むように隊列を組み直し、その場を離れる準備に入った。


そのとき、救助された一人――頬に傷のある男が、津詰隊長の袖を思わず掴んだ。


「ま、待ってください……!」


声がひっくり返っていた。

顔色は悪い。息も荒い。

でも、それ以上に、目の奥の怯えが消えていない。


男は一度、ホールの奥――暗い通路口の方を見た。

それから、喉を鳴らして絞り出すように言った。


「これで終わりじゃないんです……」


場の空気が、ぴたりと止まる。


津詰隊長が低く問う。


「何を見た」


男は唇を震わせた。


「悪魔です」


誰かが息を呑む気配がした。


男は、思い出したくもないものを無理やり言葉にするみたいに続ける。


「四本腕でした」

「別のパーティが、そいつと戦っていたんです」


男の喉がひくりと鳴る。


「最初は、まだ戦えてるように見えました。けど――」


そこで言葉が詰まった。


「そいつが、ふと……こっちを見たんです」


部屋の空気が、さらに冷える。


「目が、赤く光って……その瞬間、分かったんです」

「“ダメだ”って」

「あれに近づいたら終わるって、理屈じゃなく分かった」


声が震えている。

思い出しているだけで、またあの場に引き戻されているみたいだった。


「俺たちは一目散に逃げました」

「振り向くのも怖くて、ただ走って……このホールの部屋に閉じこもったんです」


男はそこでようやく息を吐いた。

だが、吐いた息さえ震えていた。


「強いとか、そういう話じゃないんです」

「見た瞬間に、身体の奥が冷たくなるような……」

「逃げないと死ぬって、全部が叫ぶような怖さでした」


そこで初めて、津詰隊長の表情が変わった。


今まで一度も崩れなかった、あの落ち着いた顔から、余裕が消える。


「……そうか」


短く返した声は、わずかに低かった。


その一言だけで十分だった。


あの津詰隊長が、警戒を一段階引き上げた。

それが何より、状況の悪さを物語っていた。


十人は救えた。

だが――本当の脅威は、まだ下にいる。

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