第39話 バックアタック迎撃――帰還する剣、迫る亡者の群れ
三階の探索は、そのまま続いた。
ブラックドッグの群れを抜けたあとも、隊列の速度はほとんど変わらない。
津詰隊長の指示のもと、前衛は前、支援は中央、後方警戒は後ろ――その形を崩さず、じわじわと進んでいく。
通路は相変わらず広い。
人がすれ違うには十分すぎる幅があり、壁際には古びた燭台のような窪みが等間隔に並んでいた。
火は灯っていないのに、天井近くの鉱脈がぼんやり光っているせいで、真っ暗というほどでもない。
その半端な明るさが、余計に不気味だった。
途中、小部屋をいくつも確認した。
空の保管庫みたいな部屋。
石の机が並んだだけの部屋。
崩れた棚と、砕けた壺の破片が散っている部屋。
どこにも人はいない。
助けを求める声も、物音もない。
「静かすぎるな」
俺が小さく言うと、ノエルが後ろから返した。
「嫌な静けさね。こういう時って、大体まとめて来るのよ」
「……精霊力も、少し淀んでいます……」
フィーネの声も硬い。
三階に入ってから、全員が少しずつ神経を削られていた。
前だけじゃない。
横も、上も、後ろも、全部が気になる。
その中で、最後尾の二人だけはずっと後ろ向きだった。
タンク役だ。
二人とも全身鎧で、俺より頭一つぶん大きい盾を持っている。
しかも、後ろ歩きなのに足運びが妙に滑らかだ。
絶えず背後を警戒しながら、隊列全体の最後を守っている。
そのタンクの一人が、ふいに反応した。
「バックアタック! 飛び道具に注意!」
声が飛ぶ。
同時に、二人のタンクが大盾を構えた。
キン!
キン!
キン!
甲高い音が連続して響く。
弓矢だ。
後ろから飛んできた矢が、盾の表面で弾かれている。
「前に出ます!」
俺が声をかけると、タンクの一人がすぐに盾を横へずらした。
通路の中央に、俺が抜けるための一本の線ができる。
「お願いします!」
短く返される。
俺はその隙間を縫って前へ出た。
通路の遠く、薄暗がりの中に敵影が見える。
六体。
前の二体が剣と盾を構え、その後ろの四体が弓を引いていた。
骨の身体に、錆びた装備。
眼窩の奥だけが赤く光っている。
スケルトン系だ。
「ちょうどいいな」
俺は走りながら、腰の剣を抜いた。
前から、一度やってみたかったことがある。
この《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》には、
投擲時防御無効
自動帰還
の二つの能力がある。
今まで近接戦ばかりで、投げる機会がなかった。
でも今は、前衛二体の後ろに弓兵が四体、きれいに並んでいる。
試すなら今だ。
失敗しても自動帰還がある。
仮に戻らなくても、背中のリュックには《破甲のメイス》がある。
俺は思い切り腕を振り抜いた。
剣が手を離れる。
銀の軌跡が、一直線に通路を裂いた。
最初は普通に飛んでいるように見えた。
だが途中で、剣身がふっと白く光る。
次の瞬間、明らかに加速した。
白い光をまとった《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》は、先頭のスケルトンの盾へ突っ込んでいく。
盾に当たった――と思った瞬間、そのまま光が中に吸い込まれた。
貫通だ。
盾をいとも簡単に突き抜け、そのまま一体目の胸骨を穿つ。
さらに勢いを失わず、後ろにいた二体目、三体目まで一直線に貫いた。
三体まとめて、赤い目が消える。
剣はそのまま通路の先、壁際の空中でぴたりと停止した。
「よし!」
俺は走りながら右手を上げる。
すると、空中で止まっていた剣がくるりと反転した。
白い光を引きながら、今度はこっちへ戻ってくる。
まるで見えない糸で引かれているみたいだった。
回転しながら一直線に帰ってきた剣は、吸い込まれるように俺の右手へ収まる。
パシッ!
気持ちいいくらい綺麗に戻った。
投げる前とほとんど同じ位置だ。
すごい。
これ、近接だけだった俺に、ちゃんとした遠距離手段が増えたってことだ。
その間に、生き残った弓スケルトン二体が矢を放ってくる。
一直線に来た。
「っ!」
俺はその瞬間、通路の壁を蹴った。
斜め前方へ跳ぶ。
矢が足元を抜ける。
そのまま着地と同時に、先頭に残っていた盾持ちスケルトンを剣で両断した。
骨と鎧がまとめて崩れる。
残り二体。
片方が慌てて次の矢をつがえようとした。
遅い。
俺は一歩踏み込み、横薙ぎで弓ごと斬り飛ばす。
もう一体が後ずさった瞬間、逆手気味に剣を返し、喉元から頭蓋を断ち割った。
赤い光が消える。
動くものはなくなった。
俺は剣を下げず、数秒だけその場で気配を探る。
左右。
上。
前方奥。
……ほかにはいない。
「バックアタック、クリア!」
短く後方へ伝える。
「了解!」
後ろから返事が飛ぶ。
俺はそのまま隊列へ戻った。
すると、さっき進路を開けてくれたタンク役の一人が話しかけてきた。
身長は百八十センチくらいある。
全身真っ黒のプレートメイルで、容姿は分からない。
声で女性とだけ分かる。
「さすがですね!」
視聴者かな、とだけ思った。
「ありがとうございます」
俺は軽く返した。
今は雑談してる場合じゃない。
隊列はもう次へ進き始めている。
◆
そこからも探索は続いた。
扉を調べる。
小部屋を覗く。
通路の痕跡を拾う。
時々、物音に全員の足が止まる。
何もないと分かって、また動く。
三階は明らかに一階二階より危険だ。
だが、その危険が姿を見せきらないぶん、逆に気疲れする。
そんな中、しばらく進んだ先で、前方のレンジャーが手を上げた。
扉だ。
津詰隊長が前へ出る。
レンジャーが確認する。
罠なし。
開閉痕あり。
「開ける」
短い指示。
前衛が位置をずらし、タンクが半歩前へ出る。
扉が押し開かれた。
その先は、広いホールだった。
円形に近い構造で、体育館くらいは軽くありそうな広さだ。
天井も高い。
声を出せば反響しそうな空間だった。
そして――いた。
「敵多数! 近接要員は前に出て、後衛を守れ!」
津詰隊長の指示が飛ぶ。
「じゃあ、前行ってくる」
俺はノエルとフィーネに声をかけた。
ノエルはいつもの調子で親指を立てる。
「ガンガンやってきてね!」
フィーネは弓を抱いたまま、少しだけ不安そうに、それでもしっかり言った。
「……気を付けてくださいね……」
対照的な二人の声援に背中を押され、俺は前へ出る。
広い。
正面から、鎧の一団がこちらへ向かってくるのが見えた。
中身のない錆びた甲冑。
その隙間の奥で、赤い目だけが光っている。
両手には大剣。
「アンデッドナイトか!?」
ざっと二十体近い。
足音を鳴らしながら、重い列で迫ってくる。
数も多いし、圧もある。
だが、それだけじゃなかった。
俺の視線の先、ホールの一角――ひとつの扉の前に、五体ほどのアンデッドナイトが群がっているのが見えた。
「……なんだ?」
ただ立っているんじゃない。
扉を囲むように集まり、何かを押さえ込むみたいに張りついている。
守っているのか。
閉じ込めているのか。
どちらにせよ――あの扉の向こうに、何かある。
それが分かった瞬間、ホールの戦いの意味が変わった。
前から迫る二十体。
奥の扉を塞ぐ五体。
ただの殲滅戦じゃない。
この先に、まだ“守るべき何か”がある。
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