第38話 浦安ダンジョン突入――先頭にいたのは本物の猛者だった
対策本部の裏手にあるゲートへ、三十七名がゆっくりと移動していく。
朝の空気はまだ冷たい。
だが、ここだけは妙に熱を持っていた。
警備線のさらに内側。
簡易フェンスの向こうに、ダンジョンの入口が口を開けている。
入口の前には、ダンジョン協会の職員が二名、警護についていた。
緊張した顔で俺たちを迎え、隊列の確認をしている。
「レイド参加者、順に整列してください!」
声が飛ぶ。
そこで一度、全員が立ち止まった。
それぞれが装備を最後に確かめ、声を掛け合いながら隊列を組む。
先頭は《特務救援隊》。
その後ろに火力の高いパーティ。
中衛に支援。
俺たちは最後方から二番目。
一番後ろにはタンク中心のパーティだ。
津詰隊長が全体を見回す。
その視線が、前から後ろまで一人ひとりをなぞっていく。
無駄な言葉はない。
でも、それだけで空気が締まった。
「目的は五十名の救助、そして生還だ」
低く、よく通る声が朝の空気を裂く。
「無理はするな。だが、見落としもするな。全員で戻るぞ」
短い。
でも十分だった。
「総員、突入する」
津詰隊長を先頭に、レイド隊はダンジョンの中へ入っていった。
◆
中へ入った瞬間、少しだけ意外だった。
広い。
今まで潜ってきたダンジョンより、通路幅が明らかに広めだ。
大人が四、五人並んで歩けるくらいある。
天井も高い。
圧迫感はあるのに、窮屈さは少ない。
石造りの壁は湿っていて、淡く光る鉱脈のような筋がところどころに走っていた。
足音が反響する。
三十七人もいると、歩いているだけで隊列全体が一つの生き物みたいな音になる。
しばらく進むと、最初の分岐が現れた。
左右に通路が分かれている。
先頭パーティのレンジャーらしき男がすっと前に出た。
膝をつき、床と壁を調べる。
指先で石の継ぎ目をなぞり、靴跡や擦れを見ているらしい。
「罠なし。痕跡あり。右の方が新しいです」
報告を受けて、津詰隊長が即座に決める。
「右から捜索する」
なるほど、と思った。
闇雲に進むわけじゃない。
道筋を決めて、確実に洗っていくつもりだ。
右の壁に沿うように、隊列がじわりと動いた。
そこから先は、徹底していた。
少し進んで扉があれば、レンジャーが調べる。
罠の有無、開閉の痕跡、戦闘の跡。
大丈夫と判断されてから、隊列が進む。
右の壁を基準に、見落としがないように順番に。
まるで掃除機みたいな捜索だ。
俺は歩きながら、そのやり方を見ていた。
速くはない。
だが、雑でもない。
救助レイドとしては正しい。
生存者がどこかに取り残されているかもしれない以上、飛ばしすぎるわけにはいかないんだろう。
一階では、敵とまったく遭遇しなかった。
その代わり、戦闘の痕跡はあちこちに残っている。
爪痕。
焦げ跡。
砕けた石片。
えぐれた床。
壁にこびりついた毛や牙の欠片みたいなもの。
「先に入った五十人が倒したんだろうな」
俺が小さく言うと、ノエルが後ろから返してくる。
「少なくとも、一階はかなり捜索が進んでるってことね」
フィーネも壁を見ながらうなずいた。
「……精霊力の乱れも、まだ少し残っています……」
先行組は、確かにここを通った。
だが、その先で何があったのかは分からない。
やがて、小部屋の中に下り階段が見つかった。
津詰隊長が周囲の面々と短く話し合う。
一階に要救助者が残っている可能性。
足止めの必要性。
先へ進むべきかどうか。
そして、結論は早かった。
「二階へ降ります」
やはり、一階にはもう誰もいないと判断したのだろう。
隊列はそのまま、下へ進んだ。
◆
二階も、基本は同じだった。
右壁沿いの捜索。
扉の確認。
小部屋の確認。
痕跡の拾い上げ。
ただ、一階より戦闘痕は濃い。
壁の一部が抉れている場所。
まとめて焼け焦げた床。
深く刻まれた裂傷みたいな爪痕。
砕けた武器の欠片。
「けっこうな戦い方してるな」
俺が呟くと、後ろのタンク役の女性が低く返した。
「ここまで来られるだけの実力者だったってことね」
その言い方に、妙な重みがあった。
弱くない連中が五十人。
それでも連絡が途絶えた。
その事実が、じわじわ効いてくる。
二階でも生存者の姿はなかった。
敵もいない。
だが、不気味な静けさだけは、少しずつ濃くなっていく。
そして、三階への階段を発見した。
◆
三階に降りた瞬間、空気が変わった。
湿り気は同じ。
暗さも同じ。
なのに、さっきまでとは違う。
肌に触れる空気が、一段重い。
「……」
俺だけじゃなかったらしい。
津詰隊長も歩みを緩め、短く言った。
「ここから警戒を一段上げる。全員、視界と音に集中しろ」
やっぱり、同じ感覚を受けたんだろう。
隊列全体の足音が少しだけ慎重になる。
前衛が前へ。
盾役が半歩出る。
中衛が間隔を詰める。
ノエルも羽の動きを抑え、フィーネは弓を手にした。
通路を進む。
左右の小部屋。
開いた扉。
石の壁。
どれも同じように見えるのに、どこか違和感がある。
静かすぎる。
その静けさが一番嫌だった。
しばらく進んだ、そのとき。
「前方コンタクト! ガード!」
津詰隊長の声が飛んだ。
同時に、前衛のタンク二名が前へ出る。
大型の盾を構えたところへ――
黒い影が飛びついてきた。
ガイン!
噛みつきが、盾に食い込む。
それを見た瞬間、正体が分かった。
「ブラックドッグ!」
燃えるような赤い目。
筋肉質な黒い体。
大型犬というより、小型の狼に近い。
そこそこ強敵だ。
しかも一匹じゃない。
最初の一匹の後ろから、四、五、六匹と次々現れる。
低く唸りながら、前へ前へと押し寄せてくる。
だが、前衛の盾役は見事だった。
一匹目を受け止める。
二匹目の飛びつきをいなす。
三匹目を盾で弾き返す。
その間に、津詰隊長がするりと前へ出た。
「前、開けろ!」
両手には中型の斧。
片手一本ずつ。
その構えが、妙に軽い。
次の瞬間、津詰隊長はくるりと回った。
斧が円を描く。
一匹目の首筋が裂ける。
返す動きで、二匹目の肩口を断つ。
さらに回転の勢いのまま、背後から跳びかかってきた三匹目の顎を下から切り上げる。
うまい。
二本の斧が、まるで別の意思を持っているみたいだった。
片方が敵の爪を弾く。
もう片方が腹を裂く。
一歩踏み込み、半歩下がり、体ごと流れるように回る。
ダンスみたいだった。
でも、美しいだけじゃない。
全部が実戦的だ。
無駄がない。
四匹目が横から飛び込む。
津詰隊長は身を沈めてかわし、左の斧で前足を刈り、右の斧で喉を断つ。
五匹目、六匹目も続けて倒れる。
気づけば、ブラックドッグの群れはあっという間に殲滅されていた。
……強い。
正直、それしか出てこなかった。
手数も、間合いも、判断も速い。
しかも、前に出た時間が短い。
「さすが隊長だな……」
思わず小さく漏らすと、ノエルが後ろで小さく笑った。
「でしょ? あれはできる人の動きよ」
フィーネも静かに言う。
「……隙が、ほとんどありませんでした……」
ああ。
その表現が一番近い。
ただ強いんじゃない。
隙がない。
前衛と噛み合った動きも含めて、レイドの中心にいる理由が分かる戦い方だった。
津詰隊長は斧についた黒い血を軽く払うと、何事もなかったみたいに前を向いた。
「進みます」
短い指示で、隊列がまた動き出す。
だが、三階に入ってから空気はもう変わっていた。
一匹見つかったなら、次もある。
それも、もっと悪い形で。
俺は腰の剣の感触を確かめながら、前方の暗がりを見つめた。
静かな通路の奥に、まだ何かが潜んでいる気がした。
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