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第37話 浦安ダンジョン対策本部――五十人救助のための三十七名

次の日の早朝。


まだ空気の冷たい時間に、俺たちは手配したタクシーで浦安へ向かっていた。


車内は静かだった。


ノエルは珍しく大人しい。

フィーネは膝の上で両手を揃えたまま、まっすぐ前を見ている。

俺も、窓の外を流れていく朝の街を見ながら、頭の中でやるべきことを何度も整理していた。


◆


現場付近に到着すると、空気が一気に変わった。


道路には警察車両が何台も止まり、赤色灯が朝の光の中でもやけに目立っている。

規制テープとバリケードが張られ、一般人が中へ入れないよう封鎖線が引かれていた。


ダンジョン出現現場らしい、異様な緊張感だ。


「ここから先には入れません」


警察官の一人が、こちらへ歩み寄ってきた。


俺はその場でタクシー代を精算し、三人で車を降りる。


「ダンジョン協会にレイド要請を受けた者です」


そう言って、スマホに表示した協会メールを見せる。


警察官は画面を確認し、表情を引き締めた。


「確認しました。失礼しました」


それから、少しだけ声の調子を落とす。


「対策本部までご案内します。こちらへ」


「よろしくお願いします」


俺たちは、その警察官に案内されて封鎖線の内側へ入った。


報道陣が遠巻きにカメラを構えている。

協会職員が慌ただしく行き来している。

現場は完全に非常時の顔をしていた。


少し歩いた先に、簡易的に建てられた大型テントのような建物が見えてきた。

倉庫にも見えるし、仮設施設にも見える。


だが中へ入った瞬間、その印象はすぐに消えた。


まるで刑事映画で見る捜査本部みたいだった。


長机がいくつも並び、壁には浦安周辺の地図や現場写真が貼られている。

大型モニターにはダンジョン周辺の映像、協会の資料画面、入ダン記録の一覧らしきものが映し出されていた。

電話の呼び出し音。

キーボードを叩く音。

低い声で交わされる報告。

人の数が多いのに、変な私語はない。


空気が張り詰めている。


その奥に、仕切られた一室があった。


【浦安ダンジョン対策本部】


と書かれた紙が貼られている。


案内に従って中へ入った。


◆


その会場には、すでに四十名以上が集まっていた。


配信サイトでよく見かける攻略組も何組かいる。

高難度ダンジョン専門で知られているパーティ、ボス特化で名が売れている配信者、企業案件でも名前を見たことのある探索者までいた。

画面越しなら何度も見た顔ぶれだ。

こうして一つの部屋に集まっていると、さすがに迫力がある。


そして前の方に座っているのは、たぶんダンジョン協会所属のメンバーだろう。

同じ制服を着ていて、一般探索者とは明らかに空気が違う。


俺たちが中へ入った瞬間、会場が少しざわついた。


まあ、目立つよな。


天使とエルフがいる三人組なんて、嫌でも視線を集める。


俺たちはなるべく後ろの方の席へ向かった。

すると、そのあたりにいた配信者や探索者が、興味を引かれたみたいに集まってきた。


気づけば二十人近くが、ノエルとフィーネの周りを囲んでいる。


「うわ、近くで見るとマジで天使じゃん……」

「エルフの耳すげぇ、ほんとに尖ってる」

「かわいっ!」

「一緒に写真撮ってもらっていい?」

「配信で見てたけど、本物めっちゃ小さいな」

「ノエルさん、翼広げてもらえます?」

「フィーネちゃん、こっち向いて!」


悪気がないのは分かる。

でも、今はそういう場じゃない。


ノエルは苦笑いで受け流そうとしている。

フィーネは完全に困っていた。

耳が落ち着かなく揺れていて、視線も泳いでいる。


しかも、こっちの事情なんてお構いなしに距離を詰めてくるのが、余計に腹に障った。

この二人は珍しい展示物じゃない。

救助レイドに来た仲間だ。


胸の奥に、鈍い苛立ちが広がった。


俺は腰のポシェットから《王呼の鐘》を取り出した。


チリン!


澄んだ小さな音が鳴る。


その瞬間、部屋の中にいる全員が、ぴたりとこちらを向いた。


ざわめきが止まる。


俺は鐘を下ろし、静かに言った。


「俺たちは、浦安ダンジョンで行方不明になった人たちを救出するために来ています」


一呼吸置く。


「見世物になるために来たわけじゃない。興味本位の行動は慎んでください」


部屋の空気が、少しだけ張った。


囲んでいた連中が、はっとした顔になる。


「……悪かった」

「すみません」

「空気読めてなかった」


そんな声を口々に漏らしながら、それぞれ自分の席へ戻っていった。


ノエルは小さく息を吐いて、羽の力を少し抜いた。

フィーネも耳の強張りがほどけて、胸をなで下ろすみたいにほっとしている。

二人とも、ようやく呼吸が戻った感じだった。


そのときだった。


最前列の中央に座っていた人物と、目が合った。


五十代前半くらいの大柄な男。

協会制服の上からでも分かるほど、身体つきが分厚い。

ただ筋肉があるだけじゃない。現場をくぐってきた人間の立ち方だ。


テレビで見た記憶がある。


確か――


ダンジョン協会所属《特務救援隊》隊長。


その男は、ほんの少しだけ口元を緩めた。

笑ったようにも見えたが、すぐに前を向き直した。


◆


やがて、時計が七時三十分を指した。


前方のモニターが切り替わり、会場の空気が一段引き締まる。


説明が始まった。


浦安ダンジョンに関する概要。

出現時刻。

封鎖状況。

進入した探索者十パーティ五十名と、現在も連絡が取れなくなっていること。


画面には、入ダン時の記録一覧が表示される。

五十名。

名前だけで圧がある。


そして今回、全体の指揮を執るのが、


「隊長は、ダンジョン協会所属《特務救援隊》隊長、津詰(つつみ) 康雄(やすお)」


その名前が呼ばれたタイミングで、さっき目が合った男が立ち上がった。


やはり、あの人だった。


津詰 康雄は、そのまま会場全体を見渡す。


無駄な威圧感はない。

でも、立っただけで場が締まる。


「津詰 康雄です。今回のレイドパーティの隊長を務めさせていただきます」


低く、よく通る声だった。


「行方不明者五十名全員を救出するために、ここにいる皆様の力を貸していただきたい。よろしくお願いします」


短い。

だが、それで十分だった。


雰囲気がある。

現場の人間だ。


社会人としてもしっかりしているし、言葉に芯がある。

こういうタイプを見ると、どうしても昔勤めていた会社の上司たちを思い出してしまう。


比べるのも失礼なほど、できる猛者って感じだった。


◆


続いて、報酬の説明に移る。


参加報酬が二千五百万円。

行方不明者の救助成功で五千万円。

さらに危険排除成功で五千万円。


それぞれのパーティに報酬として支払われるらしい。


十分すぎる金額だ。

普通ならざわつく。


でも、この場にいる面子はほとんど反応しなかった。


金が欲しくないわけじゃない。

ただ、それ以上に案件の危険度が重いのだろう。


俺も同じだった。


今回は、金額だけ見て軽く考えられる話じゃない。


続いて、成果物・回収物の取り扱いについて説明が入った。


「本件レイドにおける討伐成果物および回収物は、原則としてすべて協会管理下に置きます」


会場は静かなままだった。


「今回は通常探索ではなく、特別危険ダンジョンに対する救助・制圧任務です。よって、現場で得られた素材、装備、魔石、その他の成果物については、独断での持ち出し・取得を禁止します。必要な配分や補償については、任務終了後に協会規定に基づいて処理します」


まあ、そこはそうだろう。

今回は完全に“仕事”だ。


さらに説明は続いた。


「また、宝箱については原則として接触禁止とします」


その一言で、会場の空気がわずかに変わった。


「特別危険ダンジョンにおいては、宝箱自体が高位罠、誘導装置、あるいは大規模起動条件となっている可能性があります。罠解除のために部隊を止めること自体が、救助活動全体のリスクを高めると判断しました」


なるほど。

レイド全体の安全優先か。


「よって、宝箱を発見した場合は位置のみ共有し、原則として近づかず通過してください。状況により隊長判断で処理を行う場合のみ、例外とします」


救助が最優先。

回収は後回し。


今回の任務の性質を考えれば、かなり真っ当な方針だった。


◆


そして、陣形の説明に入る。


先頭は、津詰が率いる《特務救援隊》を中心とした精鋭組。

その後ろに火力と制圧力の高いパーティ。

さらに支援役。


俺たちのパーティは、最後方から二番目に配置された。


一番最後方は、バックアタック警戒用にタンク主体のパーティ。

その一つ前に、俺たち。


理由も説明された。


「最後方への奇襲があった場合、近接対応能力の高いシンゴに迎撃を担っていただく」

「また、ノエルさん、フィーネさんのような貴重な回復役、補助魔法持ちの消耗を抑える意図もあります」


なるほど。

理にかなっている。


ノエルとフィーネをなるべく温存しつつ、俺の対応力を使う配置か。


俺は小声で二人に伝えた。


「俺たちは後方支援寄りだ。最後尾の一つ前。後ろから何か来たら、まず俺が対応する。ノエルとフィーネの回復と補助は貴重だから、ここぞって時のために温存気味でいく感じだな」


ノエルはにっと笑う。


「オッケー。切り札ってことね! まかせて!」


フィーネも緊張した顔のまま、しっかりうなずいた。


「……頑張ります……!」


ノエルは普段どおり明るい。

でも目はちゃんと真剣だった。


フィーネは不安を押し込みながらも、きちんと前を見ていた。

その表情に、覚悟が見えた。


二人とも頼もしい。


◆


多少の質疑応答があった。


通信手段について。

撤退判断の基準について。

ダンジョンコア確認時の対応について。


どれも、いかにも本番前という内容ばかりだ。


そして最後に、津詰が短く告げた。


「以上です。各自、最終装備確認後、入ダン準備へ移行してください」


いよいよだ。


会場の椅子が引かれる音が、あちこちで重なった。


誰も騒がない。

誰も気負った言葉を吐かない。


その静けさが、逆に怖い。


俺も立ち上がる。


ノエルが羽を小さく揺らし、フィーネが弓と矢筒を確かめる。


浦安ダンジョンの入口は、もうすぐそこだ。


五十人が消えたダンジョン。

八パーティ三十七名による救助レイド。

そして、ここに集まった全員が、戻ってこられる保証はない。


それでも、行くしかない。


俺たちは装備を整え、対策本部の外へ向かった。


次に開く扉の向こうが、本当の戦場だ。

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