第36話 協会からの指名依頼――特別危険ダンジョンへ向かう決意
スマホに届いたメールを、俺はしばらく無言で見つめていた。
画面には、協会からの通知。
【浦安ダンジョン攻略レイドに参加要請に関して】
テレビでは、まだ緊急速報が流れ続けている。
封鎖線。
赤色灯。
慌ただしく動く協会職員。
そして、進入した十パーティ五十名と連絡が取れていないという、重すぎる事実。
俺は一度だけ息を吐いて、意を決してメールを開いた。
◆
シンゴ 様
平素より、ダンジョン協会の活動にご理解とご協力を賜り、誠にありがとうございます。
ダンジョン協会・危機対応課でございます。
このたび、千葉県浦安市内に新規出現したダンジョンにつきまして、協会規定に基づく危険度審査の結果、当該ダンジョンは「特別危険ダンジョン」に指定されましたので、ご連絡申し上げます。
現在、当該ダンジョンには先行して進入した探索者計10パーティ・50名が入ダンしておりますが、現時点において協会との通信はすべて途絶しており、所在確認ができておりません。
当協会では事態を重大かつ緊急性の高いものと判断し、関東圏において一定以上の実績を有する探索者に対し、攻略レイドへの参加要請を行っております。
シンゴ様におかれましては、直近の探索実績、危険ダンジョンにおける対応能力、ならびに高難度個体への対処実績を踏まえ、今回の攻略レイド参加候補者として選定させていただきました。
つきましては、下記概要をご確認のうえ、参加の可否につきご回答くださいますようお願い申し上げます。
【レイド概要】
■ 件名:浦安新規出現ダンジョン 緊急攻略レイド
■ 指定区分:特別危険ダンジョン
■ 目的:
・先行進入探索者の救助、安否確認
・当該ダンジョンの階層調査および危険因子の排除
・必要に応じたダンジョンコアの制圧・封鎖措置
【集合情報】
■ 集合日時:明日 午前7時30分
■ 集合場所:浦安ダンジョン協会臨時対策本部(現地封鎖区域外・北側特設会場)
■ 持参推奨:戦闘装備一式、身分証明書
【報酬・補償】
■ 本件参加者には、協会規定に基づく特別危険任務手当を支給いたします。
■ 任務中に発生した損耗品・装備破損については、協会所定基準に基づき別途補償審査を行います。
■ 討伐成果物・回収物の取り扱いについては、現地ブリーフィング時に説明いたします。
【回答期限】
本通知受領後、本日24時までに参加可否をご返信ください。
なお、緊急案件につき、期限までにご返信が確認できない場合、辞退扱いとさせていただく場合がございます。
◆
「長いわね」
案の定、最初にそう言ったのはノエルだった。
ソファに座ったまま、さっきまでの緊急速報よりも俺の顔色を見ている。
長文を読む気は最初からなかったらしい。
「シンゴさん。要するにどういうこと?」
俺はメール画面を閉じて、簡潔にまとめた。
「要するに、ダンジョン協会から『浦安ダンジョンが危険なので、行方不明者の救助とダンジョン探索・攻略を手伝ってくれ』って依頼だな」
「ふーん」
ノエルはテレビへ一度だけ目をやって、それから俺を見た。
「で、シンゴさんどうするの?」
その問いに、俺はすぐ答えられなかった。
危険なのは間違いない。
先に入った十パーティ、五十人と通信が途絶している。
普通に考えれば、飛び込むような案件じゃない。
でも。
「……五十人もの人が行方不明ってのが、やっぱり引っかかる」
口に出すと、自分の中でもはっきりした。
「俺にできることがあるのに行かなかったら、たぶんずっと後悔する」
リビングが、少し静かになった。
ノエルはふざけない。
フィーネも、じっと俺の方を見ている。
俺は二人を見た。
「ノエル。フィーネ。危険があるのは分かってる。それでも、一緒に来てくれないか?」
ノエルは一瞬だけきょとんとして、それから呆れたみたいに肩をすくめた。
「ふふん。なによ、改まって」
そして、いつもの調子で胸を張る。
「私たち、仲間でしょ? シンゴさんが行くなら、行くに決まってるじゃない」
そのまま、ぐっと親指を立てる。
「天才天使におまかせよ!」
……助かる。
フィーネも、少しだけ緊張した顔で前へ出た。
でも、その目はちゃんとまっすぐだった。
「……私も、シンゴさんが行くなら付いていきます……! 少しでも、お役に立ちたいです……!」
怖くないわけじゃない。
それでも言ってくれたんだろう。
ノエルも、フィーネも。
「ありがとう」
俺は素直にそう言った。
「二人がいてくれるなら、たぶん俺はちゃんと前を向ける。今回も、絶対に一人じゃ無理だ。だから、本当に助かる」
ノエルは「ふふん」と鼻を鳴らして笑う。
フィーネは顔を赤くしながら、でも嬉しそうにうなずいた。
その反応に、少しだけ肩の力が抜ける。
よし。
もう迷う理由はない。
俺はスマホを操作して、協会への返信画面を開いた。
参加――と入力する。
短い文面なのに、送信ボタンを押す指は妙に重かった。
でも、押した。
送信完了。
それで決まりだ。
明日、俺たちは浦安へ行く。
◆
「明日、早くに出発する。みんな準備をしよう」
そう言うと、部屋の空気がはっきり変わった。
さっきまでの和やかな空気は、もうない。
《跳空のブーツ》の訓練だとか、爆発鉱石の矢だとか、そういう“強くなる準備”の時間は終わった。
ここから先は、本番だ。
テレビではまだ、浦安ダンジョンの特番が続いていた。
赤いテロップが画面の下を流れ続ける。
【特別危険ダンジョン】
【十パーティ五十名と連絡途絶】
その文字列が、嫌でも現実感を連れてくる。
明日は、今までの“攻略配信”とは違う。
ただ稼ぐためでも、バズるためでもない。
救助と、生還と、制圧。
それが目的の戦場だ。
俺は装備の確認を終えて、静かに立ち上がった。
和やかだった部屋は、もう完全に次の戦場の空気になっていた。
明日の朝、俺たちは浦安へ向かう。
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