第35話 次なる戦いへの強化の日々――危険指定、浦安ダンジョンへのレイド要請
横浜ダンジョンの裏ボスを攻略したその日は、帰宅してすぐにささやかな祝勝会になった。
「かんぱーい!」
ノエルがビールを掲げ、フィーネはぶどうジュースのグラスをそっと持ち上げる。
俺も缶を合わせて、一気に喉へ流し込んだ。
疲労感はある。
けれど、それ以上に達成感が勝っていた。
隠し階層。
爆発鉱石。
巨大な石像。
裏ボス部屋の宝箱。
そして、《跳空のブーツ》。
どれも、配信者としても探索者としても、かなり大きな成果だった。
「今日はもう難しいこと考えないで、食べましょ!」
ノエルがテーブルの唐揚げをつまみながら言う。
フィーネも小さくうなずいていた。
「……おいしいです」
よし。
今日はそれでいい。
金のことも、装備のことも、明日考えればいい。
◆
翌日。
俺は一人で銀座に来ていた。
フィーネとノエルは家で留守番だ。
魔石と金貨袋を売るだけなら、さすがに大人数で来る必要はない。
山崎店長の店に入ると、相変わらず空気が違った。
静かで、落ち着いていて、並んでいる品物の一つひとつが場を支配しているような感じがある。
「いらっしゃいませ、霧島様」
山崎店長がいつもの柔らかな笑みで迎えてくれる。
「今日は査定をお願いしたくて」
「承知いたしました」
メロンサイズの魔石三つ。
金貨袋六つ。
それを順番にカウンターへ出していくと、店長の目がわずかに細くなった。
驚いていないように見えて、ちゃんと価値は分かっている顔だ。
査定の間、俺はソファに腰掛けて待った。
前回ほど長くはかからない。既に近い品を見てもらっているからだろう。
やがて店長が戻ってくる。
「今回も、かなりの額になります」
「ですよね」
「合計で、四億九千二百万円となります」
やっぱりか。
内心では覚悟していた額だが、改めて口にされると頭が少しだけ遠くなる。
四億九千二百万円。
もう「高額」ではなく、生活そのものが変わる数字だ。
手続きを終え、スマホで入金を確認する。
残高表示の桁が、前より明らかに膨れ上がっていた。
「……すごいな、これ」
思わず独り言が漏れる。
資産家。
とまではまだ言えないのかもしれない。
でも、一般的な感覚からしたら、十分おかしい金額だ。
このまま一つの口座にまとめておくのはどうなんだろうな。
リスク管理的に、口座は分けた方がいいかもしれない。
通帳も、生活用と探索用で分けるべきか。
そんなことまで考えるようになった自分に、少しだけ笑ってしまう。
数か月前まで、ダンジョン配信で当てるなんて、夢のまた夢みたいな話だったのに。
◆
帰宅すると、フィーネがきちんと座って待っていた。
「……シンゴさん。お願いがあるんです」
「ん? どうした?」
「……爆発鉱石を使って、新しい武器を作りたいです」
その一言で、俺のテンションが上がった。
「いいじゃん。どんなやつだ?」
フィーネは少しだけ身を乗り出す。
「……矢に組み込める形にしたいです。起動準備のための部材と、先端を固定する金属パーツと、いくつか工具が必要で……」
なるほど。
爆発する矢だ。
「分かった。必要なもの、リストアップしてくれ」
「……はい!」
そこからは早かった。
ネットで必要な工具や金属部品、固定具や加工用の細かな材料を片っ端から注文する。
フィーネは横で真剣な顔で画面を見つめ、必要なものを一つずつ指示してきた。
その日のうちに届くものもあれば、翌日配送のものもある。
今どきの通販は本当に便利だ。
荷物が届くと、フィーネはさっそく部屋の一角を作業場にして、制作に取りかかった。
一方で、俺はマンションの庭に出る。
手には《跳空のブーツ》。
まずはこっちだ。
そしてノエルはというと、
「私は情報収集してるから」
そう言ってリビングでソファに寝転がり、アマフリを流しながらビールを開け始めた。
「それ、情報収集か?」
「世の中の空気を知るのも大事なのよ」
絶対違う。
だが、本人がそう言い張るなら、いまはそういうことにしておく。
◆
さてと。
まずは、使うことに慣れるところからだ。
いきなり二十メートルを狙うのは危ない。
まずは一メートル。
軽く屈んで、踏み込む。
ぴょん、と跳ぶ。
着地する。
もう一回。
さらにもう一回。
最初はそれだけだ。
跳ぶ感覚。
着地で衝撃が吸われる感覚。
空中で一瞬だけ身体が軽くなるような、でも浮いているわけではない妙な感覚。
それを何度も何度も繰り返した。
慣れてくると、二メートル。
さらに、空中で膝を抱え込むように身体を畳んで、前転。
後ろ向きに跳んで、バックジャンプ。
ジャンプ中に剣を振る。
いろいろ試す。
最初は派手に尻もちをついたし、着地でよろけて植え込みに突っ込んだこともある。
だが、繰り返すうちに分かってくる。
このブーツは、ただ「高く跳べる」装備じゃない。
踏み込みの角度、力の入れ方、着地で重心をどう置くか。
それ次第で、まるで別物みたいに動きが変わる。
さらに慣れてくると、五メートル。
十メートル。
庭の壁を使った二段ジャンプも試す。
壁に触れる瞬間、足裏がぐっと吸いつくような感覚があって、そこから反発するようにもう一度跳べる。
最初に説明文を読んだときは半信半疑だったが、本当にできた。
三日たった頃には、全力ジャンプで二十メートル。
剣での攻撃。
宙返り。
後方への跳躍。
壁を使った二段ジャンプで四十メートル級の移動。
そこまで習得していた。
かなり気持ちがいい。
なるほど。
あのアニメの主人公たちは、こういう感覚で戦っていたのか。
俺はひっそり感動していた。
◆
次は、実戦で使えるように訓練だ。
リビングで寝転がっていたノエルを起こす。
「手伝ってくれ」
「えー、いまちょうど面白いところなんだけど」
「酒一本追加で」
「よし、乗ったわ」
単純で助かる。
ノエルには空中に浮いてもらい、縄で吊り下げた木製の看板を持ってもらった。
高さも位置もバラバラにして、即席の的にする。
「じゃあ、いくぞ」
俺は距離を測り、角度を見て、踏み込む。
跳ぶ。
剣を振る。
――空振り。
飛びすぎた。
次は少し浅く跳ぶ。
今度は高さが足りない。
さらに次は、角度が違う。
少しずれるだけで、位置が全く合わない。
巨大な敵なら雑に届けばいい、という話ではない。
弱点や頭部を狙うなら、空中で「ちょうどそこ」に自分を持っていかなければならない。
これが、かなり難しかった。
「シンゴさんー。もう疲れたんですけどー」
「あと五回」
「その五回が長いのよ!」
そんなノエルを、毎日大吟醸『女神』で何とか釣って付き合ってもらう。
四日を費やして、ようやく感覚が見えてきた。
飛び出す角度。
踏み込みの強さ。
跳びながら剣を振るまでの間合い。
ノエルが吊り下げた木製の看板めがけてジャンプし、狙いを合わせ、剣を振り抜く。
バキャーーン!
気持ちのいい音が鳴り、看板が真っ二つに割れた。
「よし!」
ようやく、ものになってきた。
次は、看板を掲げたままノエルに空中を移動してもらう。
ただの固定目標じゃない。敵は動く。
タイミングを計ってジャンプする。
それを察知して、ノエルが方向を変える。
俺は空中で一気に不利になる。
実戦を考えれば当然だ。
空中では、どうしても無防備になる。
だから、防御だ。
跳ぶ。
ずらされる。
剣を引く。
腕を畳む。
姿勢を守って着地する。
攻撃だけじゃない。
外したとき、どうやって生き残るか。
そこまで含めて覚えないといけない。
◆
さらに四日。
訓練は、もうかなり実戦寄りになっていた。
庭を滑るように低空高速で移動する。
ノエルの視線の外へ抜ける。
見えない位置にある壁際へ一気に跳ぶ。
そこから壁を蹴り、二段目の跳躍で距離を詰める。
そのまま看板へ接近し、剣をクロスに二回振る。
スギャーーーン!
木製の看板が十字に切り裂かれ、四つに分かれて落ちた。
「よし!」
「やる!」
ノエルとハイタッチする。
何とか、実戦で使えそうだ。
ただの高跳びじゃない。
接近のルートを増やし、相手の死角を突き、大型敵の上半身に届くための足。
この装備は、俺の戦い方そのものを変える。
◆
その頃には、フィーネの方も完成が近づいていた。
「……できました」
テーブルの上に並べられていたのは、新しい矢だった。
先端に、円錐状の金属パーツが付いている。
一見すると少し重そうだが、フィーネは自信ありげに持ち上げてみせる。
「……矢を射るときに魔力を込めると、起動準備になります。放った矢が物体に当たると、先端に込められた爆発鉱石が爆発します」
「おお!」
俺は思わず声を上げた。
「これ、映画『乱暴者2』で主人公が敵のヘリを撃ち落とした武器にそっくりじゃないか!」
「……へり?」
「いや、こっちの話だ。でもこれ、すごいぞ。雑魚敵の一掃にも使えそうだし、ボスの弱点に叩き込むとか、いろいろできる」
本当にいい。
単純な火力アップじゃない。
使いどころ次第で、一気に戦況をひっくり返せるタイプの武器だ。
「やったな、フィーネ!」
俺は思わず、少し強めに頭をぐりぐりと撫でた。
「……はい」
フィーネは少し顔を赤らめて、嬉しそうに耳を下げる。
すると、横からノエルが口を挟んできた。
「私もシンゴさんの特訓、手伝ったんですけど!」
「そうだな。ノエルもありがとう。助かったよ」
俺はノエルの頭も同じように、少し強めにぐりぐり撫でる。
「ふふん。天才天使におまかせよ!」
言いながら、ノエルも満足そうだった。
和やかな空気が、部屋に広がる。
そのときだった。
ピピピピピピッ!
俺のスマホが、けたたましい警報音を鳴らした。
「なんだ?」
急いで画面を見る。
そこに表示されていたのは、
【緊急警報:浦安ダンジョン立ち入り禁止】
一瞬で空気が変わった。
俺はすぐにテレビをつける。
ちょうど特番に切り替わったところだった。
画面には、現地の映像。
封鎖線。
パトカー。
協会職員。
騒ぐ報道陣。
テロップが赤く走る。
『浦安に新規ダンジョン出現』
『進入した十パーティ五十名と現在も連絡取れず』
『ダンジョン協会、特別危険ダンジョンに指定』
『一般人の立ち入りを全面禁止』
十パーティ、五十人。
その数に、背筋が冷える。
初心者が巻き込まれた事故じゃない。
それだけの人数が入って、まとめて音信不通になったということだ。
ノエルがさっきまでの軽さを消して、画面を見つめている。
フィーネも耳を立てたまま、じっと黙っていた。
その時、俺のスマホにもう一通、通知が入った。
差出人――ダンジョン協会。
タイトルは、
【浦安ダンジョン攻略レイドの参加要請に関して】
和やかだった部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
【フォローで更新通知が届きます】
★評価・ハート・ブックマークで応援いただけると、めちゃくちゃ励みになります!




