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第34話 宝箱開封――伝承級《跳空のブーツ》を入手した

「……外には、罠も回路もありませんね」


巨像の間、その中央に置かれた宝箱の前で、フィーネがいつものように膝をついていた。

指先で縁をなぞり、木目と金具の合わせ目を一つずつ確かめていく。横顔は真剣そのもので、見落とせば終わりになりそうな違和感を、片っ端から拾い上げていた。


やがてフィーネは、蓋の端にそっと手をかける。


「……少し、開けます」


ミリ単位で、慎重に。

蓋がほんのわずかに持ち上がった。


その瞬間、フィーネの瞳が細くなる。


「……すでに、魔法回路が二つ発動しています」


「二つってことは、扉を閉めたのと、石像の起動か?」


後ろから尋ねると、フィーネは小さくうなずいた。


「……おそらくは」


そう言って、さらに数ミリ。

蓋の隙間に意識を集中させたまま、フィーネは中を探るように視線を滑らせる。


数秒。

いや、実際よりずっと長く感じた。


ようやくフィーネが顔を上げる。


「……罠もありません。開けても大丈夫だと思います」


「ありがとう。それじゃあ、オープンタイムだ!」


「イエーー!」


ノエルが両手を挙げて跳ねた。

さっきまで扉の外で待機してもらっていた二人も、いまは宝箱の少し後ろに立っている。ノエルはスマホを構えて撮影係だ。


「じゃ、いくぞ」


俺は宝箱の前に立ち、レンズの向こうにいる視聴者へ向かって口を開いた。


「横浜ダンジョンの裏ボス部屋の宝箱を開けてみたいと思います」


コメント欄が一気に流れる。


『きたあああああ!』

『裏ボス宝箱!!』

『フィーネちゃん有能すぎる』

『絶対なんか出るだろこれ』

『心臓バクバクしてきた』


よし。

こういうのは勢いだ。


「それじゃあ、カウントダウン、三、二、一、オープン!」


蓋を開ける。


中には――


メロンサイズの魔石が二つ。

金貨の袋が三つ。

そして、黒を基調にした一足のブーツが収まっていた。


「おお!」


「おおおおお! 大当たりじゃない!」


ノエルがぱっと顔を輝かせ、俺の肩越しに覗き込んでくる。


「見て見て! ブーツよ、ブーツ! しかも見るからに強そう! こういうのって絶対いいやつじゃない!」


羽までぱたぱた揺れている。

分かりやすくテンションが高い。


コメント欄もさらに加速した。


『メロン魔石きたwww』

『最後ブーツ!?』

『装備品きたああああ』

『これやばいやつだろ』

『靴は当たり枠』


俺は宝箱の中身を見下ろしたまま、別のことを考えていた。


俺はこの間見た動画を思い出していた。


ここで簡易鑑定をしたら、たしかに配信映えはする。


でも。


頭の中で、今回までに手に入れた戦利品を並べる。


メロンサイズの魔石が三つ。

金貨の袋が六つ。

破甲のメイス。

そして、今手に入れたブーツ。


最初の配信で拾ったメロンサイズの魔石は、簡易鑑定では一個一億五千万円だったはず。三つで四億五千万円か。

金貨の袋は一つ七百万として、六つで約四千二百万円。

破甲のメイスが二千五百万円。


ここまでで、五億円は軽く超える。


さらに、このブーツだ。


俺は初めて山崎店長の店に行った時のことを思い出した。

これは配信で流して良い額じゃない。

冷静になれ。


「どうしたの? シンゴさん。急に考え出して?」


「いや! なんでもない、なんでもない」


俺は慌ててごまかした。


「とりあえず、今日はここで締める。ノエル、最後よろしく」


「分かったわ!」


ノエルがくるりとカメラの方を向く。


「ではではー! 今日の配信はここまでね! 今回の配信が面白かった方は、ぜひチャンネル登録、★評価、よろしくお願いしまーす!」


「……よろしくおねがいします」


フィーネも少し緊張した声で続ける。


コメント欄が優しく埋まっていく。


『おつかれー!』

『今日も神回だった』

『フィーネちゃん助かる』

『ノエルさん締めうまいw』

『チャンネル登録した!』

『★押したぞ!』

『また次も楽しみにしてる!』


【配信終了】


画面が落ちたのを確認して、俺はふうっと息を吐いた。


「実はさ、さっき思ったんだけど」


俺は二人に向き直る。


「大金をわざわざ見せつける必要はないし、人の妬みとかも怖い。配信で流しすぎるのは、やっぱ危ない気がする」


「そうね! 一番怖いのは、実は人間ってよくあるパターンよね」


「どのパターンだ?」


ノエルはあっさり言った。

軽い口調なのに、妙に重い。


「……わたしも、その方がいいと思います」


フィーネも静かにうなずく。


二人とも反対しなかった。

そのことに、少しだけ肩の力が抜ける。


「ありがとう。ノエル、フィーネ」


そう言うと、ノエルはえへんと胸を張り、フィーネは耳をぴくりと動かして、ちょっと嬉しそうに目を伏せた。


「さて、魔石と金貨は、また山崎店長のお店で鑑定すればいいとして」


俺は宝箱から取り出したブーツを見る。


「このブーツだ。ちょっと鑑定してみたい」


「いいわね! ガチャみたいで」


「……ガチャ?」


「全然違う」


相変わらず俗世にまみれている天使だった。


俺はその場で、ブーツを簡易鑑定することにした。


スマホを取り出して、ピントを合わせる。


――ピコン。


表示が出た。


【分類:脚防具】

【等級:伝承級】

【銘:《跳空のブーツ》(ちょうくうのブーツ)】

【予想価格:400,000,000円】


【落下ダメージ軽減98%】

足裏に圧縮した魔力を展開し、瞬間的な反発力を生み出す脚防具。

装備者に爆発的な跳躍力を与えるだけでなく、着地の衝撃を分散・吸収する。

さらに局所慣性を制御することで、空中での制動、壁面での再跳躍、高所からの安全な着地を可能にする。


「うおっ!」


変な声が出た。

まず目に飛び込んできたのは、『伝承級』の文字だ。


「伝承級って、歴史的偉人や、物語として受け継がれている人が使っていたくらいよ」


「まじか」


「シンゴさんも歴史的偉人になっちゃうしかないわね」


フィーネは嬉しそうにこくこく頷いている。

勘弁してくれと思いながら、俺は下の説明文を読んで内容を噛み砕いた。


「要するに、足裏の魔力で一気に跳んで、着地の衝撃も吸ってくれるブーツってことか。

しかも空中で少し姿勢を変えたり、壁を蹴ってもう一回跳んだりもできる。

高い場所から飛び降りても平気ってわけだな。」


すげぇ。

これはロマンだ。


アニメでよくある、空中を飛び回って戦えるってことか。


「そういえば、このブーツを使えば、あの巨像の頭を直接攻撃もできたってことか」


あらためて、このダンジョンを整理してみる。


中央の宝箱。

動き出す巨像たち。

そして、宝箱の中に入っていた、ジャンプできるブーツ。


思い返せば、このダンジョンはずっとそうだった。


四階の隠し扉の答えは難しい。

でも、マップには隠し区画があることがちゃんと示されていた。


ただ意地悪なだけじゃない。

見つけられるやつには、ちゃんと見つけられるように作ってある。


「なんていうか、このダンジョン、正解を用意してる感じがあるな」


「正解?」


「謎解きはさせる。でも、解けるようにヒントも置いてる。解かれる過程まで込みで楽しんでる感じだ」


「ダンジョン制作者が、相当な謎解き好きってことね」


「そんな感じだな」


ノエルが封印されていたダンジョンは、もっとねちっこかった。

嫌がらせを何重にも重ねて、嫌な気分にさせてくるタイプだった。

それに比べると、ここの制作者は妙に几帳面だ。答えを探すこと自体を遊びにしている。


ダンジョンにも、作ったやつの性格が出るな。


そんなことを思いながら、俺は《跳空のブーツ》を手に取った。


「よし。この部屋広いし、ちょっと試すか」


「いいわね!」


「……気を付けてください」


ブーツを履く。


その瞬間、ぴたりと足に馴染んだ。

最初から俺専用だったみたいに、寸分の狂いもない。


「これも魔法の力か?」


思わず呟く。


足裏に、微かな熱が宿る。

心臓の鼓動が少し速くなるのが分かった。


俺は息を吸い、しゃがみ込み――思い切り地面を蹴った。


「うおおおっ!?」


世界が、一気に下へ滑った。


いや、違う。

俺が上へ吹っ飛んでいる。


気づけば、天井近くまでジャンプしていた。

下を見れば、ノエルとフィーネが豆粒のように小さい。


「怖ええ!」


高所の実感が、遅れてやってくる。

次の瞬間、今度は落下だ。


「うわ、うわ、うわっ!」


俺は反射的に足をばたつかせた。

走るみたいに空中で足を動かしてしまい、そのせいで態勢が崩れる。


ぐるん。


視界がひっくり返った。


頭が下。

地面が、ジェットコースターみたいな速さで迫ってくる。


「まずっ!」


思わず目をつむり、両腕を顔の前でクロスにしてガードする。


どーーーん!!


鈍い音が、部屋の中に響き渡った。


「……大丈夫ですか!?」


フィーネが心配そうに駆け寄ってくる。

耳がぺたんと寝ていて、完全に心配モードだ。


「シンゴさん、生きてるー?」


ノエルはいかにも吹き出しそうに手で口を押さえながら寄ってきた。


「すげー痛い」


俺は床に転がったまま答えた。


ブーツの衝撃吸収と鎧の防御力がなかったら、たぶん即死だった。


つう、と鼻の下が温かくなる。

嫌な予感がして触ると、指先に赤がついた。


「……シンゴさん! 血! 血が!!」


「回復いる?」


「頼む」


短く答えると、ノエルが吹き出した。


「ぶふっ。ごめん、だって今の、すごい勢いで飛んでいって、すごい勢いで逆さまに落ちてきたんだもの」


「笑うな」


「笑うわよ、あれは!」


ノエルの回復魔法がじんわりと染みる。

フィーネはまだ心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


だが、痛みが引いてくるにつれて、別の感情がじわじわ湧いてくる。


――すごいブーツだ。


これがあれば、剣を使う俺でも大型の敵に攻撃ができる。

今まで足元しか狙えなかった相手にも、頭や胴を選択肢に入れられる。

戦い方そのものが変わる。


ただし。


「練習は必須だな」


このままだと、敵を倒す前に俺が自分で墜落する。


俺はゆっくり起き上がり、《跳空のブーツ》を見下ろした。


大型の敵に届く“足”を、ついに手に入れた。

次は、この空中機動を武器に変える番だ。


――まずは、頭から落ちずに着地できるようになるところからだが。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 >まずは練習が必要だ 最初は色んなライダ○キックを真似してみるのも良さそうですね。設定上は結構な距離を飛び上がって急降下キックしてるタイプも有りますから。 それで山なり機動に慣れたら、…
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