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第18話:認識阻害結界発動――赤坂デート(※用事)が成立した日

外に出る前、俺は言った。


「じゃあ次は買い物だな。ノエル、例の魔法をかけてくれ」


「《認識阻害結界》ね。任せて!」


ノエルは両手を軽く合わせて、呪文を唱えた。


「――ミスティア・ルクス。

 目は見えど、心は留めず。

 我らを“ただの景色”に」


ふわ、と空気が温度を変える。


俺とノエルの周りに、淡い光がキラキラと集まった。

二、三秒。


すっと光が消える。


「これで大丈夫よ!」


「……本当に?」


半信半疑で、二人で外へ出る。


人通りは多い。

スーツの人、観光客、配達員。


……誰も見ない。


ノエルの輪も羽根も、普通に視界に入ってるはずなのに。

通り過ぎる。気づかない。立ち止まらない。


「……すごいな。この魔法」


素直に関心する。


ノエルは満足そうに笑った。


「ふふん。分かったみたいね。お礼は大吟醸でいいわよ」


「さっそく来た」


でも助かったのは確かだ。

これがなかったら、協会の入口を出た瞬間に囲まれて終わってたかもしれない。


……とはいえ。

本当に効いてるのか、実感が湧かない。


ちょうどその時だった。


協会の建物を出て、すぐ。

警備員が一人、ちょうど俺たちの前を横切った。


距離、二メートルもない。


顔も輪も羽根も、普通に見える位置だ。


――今、絶対見えてるのに。


警備員は一瞬だけこちらに視線を流した……気がした。

でも、そのまま何事もなかったように歩いていく。


「……今、見たよな?」


俺が小声で言うと、ノエルは得意げに鼻を鳴らした。


「見えてるわよ。視界には入ってる。でも――優先順位が下がるの」


「優先順位?」


「脳が『重要じゃない』って判断するの。だから、気にしない。記憶にも残りにくい。ふふん」


なるほど。透明じゃないのに“存在感”が消える。

怖いくらい便利だ。


……と、その時。


ノエルが、わざとらしく小さく手を振ろうとした。


「ほら、試――」


「やめろ!」


俺は反射で手首を掴んだ。

寸前で止まる。


ノエルが頬を膨らませる。


「なによ」


「派手なことしたらバレるって、自分で言っただろ」


「あ。そうだったわね」


忘れてたのかよ。


「結界は万能じゃない。地味に動く。今日は徹底だ」


「ふふん。分かったわ。地味に天才する」


天才の使い方が変だ。



近くの百貨店へ向かった。


いつもなら目立ちそうな二人なのに、今日は“普通”の客として流れに紛れる。

店員の挨拶も、視線も、全部自然だ。


まずは生活用品。


歯ブラシ、コップ、タオル、スキンケア。


ノエルは棚の前で腕を組み、一本ずつ真剣に眺めた。


「この歯ブラシ、毛の硬さまで選べるの? ……文明って怖いわね」


「怖がるとこ、そこか」


でもノエルは、そこで終わらなかった。

棚から一本取り出し、俺に見せて、なぜか淡々と言う。


「要点をまとめるわ」


「……え?」


ノエルは指を一本ずつ立てる。


「硬さは“ふつう”。歯茎を傷めにくい。

持ち手が滑りにくい。濡れても握れる。

毛先が細い。細部まで届く」


「……急に三行レビュー始めたな」


「選ぶなら、こうよ。ふふん」


無駄に分かりやすい。

しかも的確っぽいのが腹立つ。


(……配信のコメント欄向きだな、このテンポ)


俺が内心でそう思ってると、ノエルは次の棚でも同じことをする。


「このタオル。

吸水。速乾。肌触り」


「短っ」


「短いほど刺さるのよ」


どこで学んだ。


次に服。


下着とかはさすがに俺が選べないので、店員さんに丸投げする。

ノエルは試着室から出てくるたびにポーズを決める。


「ふふん。これ、私に似合うでしょ」


「……似合うけど、目立つ」


「目立つのは天使の義務よ」


義務じゃない。


ノエルはしきりに言った。


「新宿の高級ブランド店に行きましょ。今すぐ」


「さすがにそこまで金はない」


「……ふふん。ケチ」


ケチでいい。命のためだ。



ひと通り揃えて、会計。


レシートが、ぴろろ……と長い。


俺は受け取って、端っこの合計欄を見て――


「……地味に痛い」


口には出さないつもりだったのに、出た。


億が口座にあっても、こういう“普段の財布感覚”は簡単に消えない。

むしろ、ここで雑になると一生雑になる気がする。


ノエルが耳だけで拾って、満足そうに言う。


「ふふん。必要経費よ」


「お前の中で全部経費化するな」


「必要よ。歯は大事。布も大事。生活は徳」


徳の概念が万能すぎる。



最後に約束していた――酒売り場に連れて行った。


俺は純米大吟醸の棚から一本取る。

ラベルは「大天使」。


「これでどうだ」


ノエルの目が、きらっと光った。


「……大天使」


「名前が気に入っただけだろ」


「違うわ。たぶん味も良い。ふふん」


めちゃくちゃご機嫌になった。


買い物袋が増える。

生活が“二人分”になる重さが、腕にずしっと来る。


でも、悪くない。

不思議と、悪くない。



帰り道。


ノエルが紙袋を抱えたまま、やけに嬉しそうに言った。


「ねえシンゴさん。次の配信、いつ?」


「……週末かな」


「ふふん。決まりね」


いや、決まってない。


俺はため息をつきながらも、口元だけは少し緩んでいた。


協会登録を済ませて、ノエルの異世界人登録と保護登録を完了させた。

認識阻害結界をかけてもらって、人目を避けながら普通に移動できるようにした。

生活必需品を買い揃えた。

ノエル用の服一式も調達した。

ついでに純米大吟醸「大天使」で機嫌も取った。


「……まあいけるか」


口に出すと、ノエルが満足そうに頷いた。


「ええ。いけるわ。だって私がいるもの」


……うるさい。

でも今日一日、確かに助かったのも事実だ。


俺は紙袋の重みを持ち直して、小さく息を吐いた。


「……とりあえず、帰ったら顔認証の登録だな」


ノエルが即答する。


「先に冷蔵庫よ。ビール」


「そこはブレないんだな」


相変わらずだ。

それでも――悪くない。

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