第19話 横浜に新ダンジョン出現――ランク30の条件をクリアしているので行くしかない
金曜日。
朝食の食パンをかじりながら、俺はリビングのテレビをぼんやり眺めていた。
要塞マンションの朝は静かだ。静かすぎて、パンをちぎる音がやたら響く。
隣ではノエルが、当たり前みたいにバターを追加している。
「それ、太るぞ」
「天使は太らないわ。ふふん」
根拠が雑だ。
テレビのニュースが切り替わる。
『速報です。横浜湾岸エリアで新たなダンジョンの入口が確認されました――』
「……横浜?」
画面には、黄色い規制テープと、慌ただしく動く協会職員。
その奥に、空間が歪むみたいな“入口”が映っている。
『なお、当該ダンジョンは危険度の確認が出来ておらず、入ダンには“ダンジョンランク30以上”の実績が必要です』
「ランク30……」
俺は思わず、自分のスマホを手に取った。
協会アプリ。ランク表示。
【ダンジョンランク:30】
「……上がってる」
昨日の保護登録。
ノエルを正式に保護したのが、評価に入ったらしい。
ノエルがトーストを口にしたまま、目を輝かせた。
「行くしかないわね」
「……行くしかないな」
目が合って、同時に頷いた。
◆
出発前。
ノエルは“デカカワ”の部屋着――だぼっとしたスウェットのまま、ソファから立ち上がった。
「じゃ、準備してくるわ」
「お前、その格好で行く気じゃないよな」
「まさか。」
ノエルは当然みたいに言い残して、自分の部屋へ消えた。
しばらくして戻ってきたのは――白いローブ姿のノエルだった。
鎌倉ダンジョンで封印から出てきた時の、あの服。
薄手に見えるのに、どこか“揺らぎ”がある。
触れたら弾かれそうな、見えない厚み。
ノエルはローブの袖をひらりと鳴らして、得意げに言った。
「こうみえても。加護で防御は十分足りるわ」
「……便利だな、その加護」
「便利って言い方やめて。天使よ。ふふん」
俺はパーカーを着て、その上から鎧をカチリと固定する。
剣は鞘ごとベルトへ。いつものルーティンで、体に馴染ませる。
「……行くぞ」
「おっけー」
移動は相変わらずタクシーだ。
人混みを歩いて事故るくらいなら、金で距離を買う。
◆
横浜。
現場に着くと、すでに“現場”じゃなかった。
ダンジョン協会の即席の建物が組まれ、入口周辺は完全に管理区域。
警備員。職員。救護班。中継車。
そして――人。
ダンジョン配信者っぽい装備のパーティ。
テレビスタッフ。カメラ。マイク。ライト。
「うわ、混んでる」
ノエルが逆に嬉しそうに言う。
「盛り上がってるじゃない。良いわね、こういうの」
良くない。目立つ。
建物の中へ入ると、さらに密度が増す。
受付窓口が複数あって、列ができていた。
その時。
「すみません! あの、挑戦するんですか!?」
テレビスタッフが寄ってきた。
マイクが近い。レンズが近い。
「意気込みを一言――!」
「すみません」
俺は反射で言って、スッと横へずれる。
こういうのは噛みつくと長くなる。逃げたほうが勝ちだ。
――と思ったら。
後ろでノエルが捕まっていた。
「ええ、挑戦しますとも。だって私は天才天使ですもの。ふふん」
「天使……!?」
「ええ。地上研修中です。皆さま、応援よろしくお願いします!」
おい、調子良すぎるだろ。
俺は聞こえないふりで、受付カウンターに書類を出した。
「入ダン手続きお願いします」
職員が端末を叩く。
「入ダン料金は、お一人三十万円です」
「……三十万」
高い。
職員が淡々と続けた。
「救助要請が出た場合、救助費用は一律百五十万円になります」
「……救助も高い」
「発見直後のダンジョンは資源が見つかる可能性が高い反面、危険も大きいです。攻略が進み危険度が把握されると、料金は上下します」
なるほど。最前線の“入場料”だ。
俺は迷わず言った。
「二人分でお願いします」
職員が一瞬だけ目を上げる。
でも、プロの顔で頷いた。
「入ダン登録、完了です」
画面に表示。
【横浜新ダンジョン 入ダン登録:完了(2名)】
「すでに二十パーティほど入っています。ご武運を」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、背後でノエルがまだ何か言っていた。
「はい! この天才天使が加護を――」
やめろ、入口で炎上する。
◆
建物の外へ出て、入口の前。
歪んだ空間が、静かに呼吸している。
「配信、つけるぞ」
俺が言うと、ノエルがすぐ手を挙げた。
「私が撮るわ!」
「……頼むから自分のアップはやめろよ」
「失礼ね。私は“絵になる”の」
「それを言うな」
結局、スマホはノエルに渡した。
構え方が“いかにも配信者っぽい持ち方”をしている。
いや、様になってるのが腹立つ。
【配信開始】
「こんにちは、シンゴです。今日は横浜の新ダンジョンに来てます」
コメントが流れる。
『横浜きた!』
『入れるのランク30以上だろ!?』
『天使もいるんだがwww』
ノエルが横から手を振った。
「天才天使のノエル・セラフィアよ。ふふん」
『輪っか本物で草』
『天使が挨拶してるw』
「作戦、言うぞ」
ノエルが腕を組んで頷く。
「聞きましょ」
「すでに複数パーティが入ってる。だから1〜3階は手早く行く。4階から少しじっくり探索。実入りが少なそうなら下層を目指す」
「おっけー」
反応が軽い。
「……分かってるのか」
「分かってるわ。要するに“効率よく稼いで、伸びる”でしょ?」
雑に要約するな。
俺たちは入口をくぐった。
◆
1階。
空気が湿っていて、石が新しい。
壁の削れ方が少ない。匂いも若い。出来たばかりだ。
入ってすぐ、他のパーティとすれ違った。
四人組。盾役っぽい男が先頭で、後ろに杖と短剣、弓。
全員が落ち着いていて、足取りが揃っている。
俺は手を上げた。
相手も軽く手を上げ返して、すれ違う。
ノエルが小声で解説を始めた。
「今のは“手慣れた構成”ね。盾が前、後ろが距離。迷いが少ない人たちよ」
『ノエル解説してるw』
『天使の実況w』
さらに少し進んだところで、二人パーティ。
重装の男と、軽装の女。動きが硬い。目が泳いでる。
俺はまた手を上げる。
相手は一瞬驚いた顔をして、ぎこちなく頷いた。
ノエルが耳打ちする。
「今のは“初心者感”が強いわね。視線が落ち着いてない。こういう階層で迷うと、体力より先に心が削れるの」
やめろ、言い方。
そして、分岐。
右は明るい。
像みたいなオブジェが置いてあって、いかにも“行ってください”って顔をしてる。
左は地味。
でも、床の角がわずかに丸い。擦れがある。
松明の位置も、左の壁際を自然に照らしていた。
「……左だな」
『なんでわかるの』
『開発者読みきた?』
俺は歩きながら言った。
「出口ってさ、基本“迷わせたい場所”じゃなく“進ませたい場所”に置くんだよ。誘導が必ずある」
「誘導?」
ノエルが首をかしげる。
「松明の置き方。床の摩耗。視線が次に行く角度。そういうの」
右の道をちらっと見る。
像が派手に目を引くわりに、床がすれていない。
「派手な置物で目を奪って、ダミーに寄せる。よくある」
『設計者の悪口やめろw』
『でも納得するの悔しいw』
ノエルが、俺の説明を聞いたうえで頷いてまとめた。
「今のシンゴさんの話、要するに、ダンジョンを作った人の考えを読むみたいなかんじかしら」
俺は無言で頷いて、左へ進んだ。
左の通路はすぐに二股に分かれていた。
右はまっすぐ、視界が抜けてる。
左は曲がっていて、先が見えない。
「……こういうの、だいたい“後回しにされがち”が正解なんだよな」
俺は迷わず左へ。
数十メートル。
突き当たりに、小さな扉があった。
……中から、獣みたいな声。
低く、短く、喉の奥で鳴る音。
「ノエル。注意して。勢いで開けない」
「ふふん。分かってるわ」
俺は取っ手に手をかけたまま、一拍置く。
扉の前って、いちばん危ない。
待ち伏せ。罠。飛び出し。
ここで雑にやると、装備がどうとか以前に事故る。
俺は息を整えて――そっと扉を押した。
ギィ……。
中は小部屋だった。
狭い。天井も低い。
でも奥に、影がいくつも蠢いている。
薄汚れた緑色の皮膚。
子どもほどの背丈に、ぎらつく黄色い目。
裂けた口元から尖った歯が覗き、
不揃いの短剣や棍棒を握りしめている。
「……ゴブリンか」
待ち伏せの気配はない。
罠もなさそうだ。
単純に――“部屋に溜まってた”だけ。
「ノエル、いざとなったらフォロー頼む!」
「まかせて!」
俺が一歩踏み込んだ瞬間、ゴブリンが一斉にこちらを向いた。
「ギャッ!」
一体が最初に飛び込んでくる。右から。速い。
――先に、切る。
スパッ。
真っ二つ。
青い塵が、ふわっと散る。
間髪入れず、左から二体目。
返す刀。
下から上へ、刃を返す。
ズバッ。
また真っ二つ。二体目も塵になる。
正面の一体がひるんだ。
一瞬の硬直。
俺は踏み込み、突きを入れる。
ドスッ。
三体目。
口を開いたまま崩れて、青い粒になった。
残りは三体。
一気に距離を詰めてくる。
一体が棍棒を振り上げる。
重いけど、遅い。
俺は半歩だけ外へ。
棍棒が空を切った、その横腹に――横薙ぎ。
スパン。
四体目がほどけるように消える。
別の一体が、壁沿いに回り込もうとした。
逃げ道を作る動き。賢い。
「させない」
足を止めず、角度を変えて追い、肩口から斜めに一閃。
ズァン。
五体目。塵。
最後の一体が短剣を構えて、妙に必死な目で突っ込んできた。
俺は剣先をわずかに下げて――受けずに、かわす。
すれ違いざま、背中へ。
スッ。
切れた感触すら軽い。
六体目が、遅れて消えた。
部屋が、静かになる。
ゴブリンは全て、青い塵となって霧散した。
「……これで全部か」
ノエルがローブの袖を軽く払って、得意げに言う。
「ふふん。シンゴさん、相変わらず手が早いわね」
「早くないと、数で押される」
床を見る。
魔石は――出てない。
「まあ。そりゃそうか」
新ダンジョンの浅い階。
当たりを引くのは、そう簡単じゃない。
「しかし、新しいダンジョンって感じがするな」
「なんで?」
「ゴブリンみたいな“生きてる系”がいる。今までスケルトンばっかりだったからな」
ノエルが「なるほどねー」と頷く。
「初潜入って感じね。出来たてで、息づいてる感じ」
俺は小部屋をざっと確認して、扉を閉めた。
罠も隠し床も無し。ここはただの居住区画だ。
通路を戻る。
さっきの二股へ。
左の寄り道は潰した。――寄り道は終わり。
目の前には、もう一つの道。
最初に見送った“右”。
「……次は右、行くぞ」
ノエルがカメラを向けたまま、軽く手を振る。
「了解。……ふふん。寄り道の次は“本線”ってやつね」
俺は一度だけ呼吸を整えて、足を踏み出した。
「……まあいけるか」
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