表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/130

第15話 9Fで封印解除――拾ったのは“契約を迫ってくる何か”

9F。


階段を下りた瞬間、空気が変わった。


湿り気が消えて、代わりに――張り詰めた静けさ。

石の匂いが薄くなり、どこか“清潔”な感じがする。


壁には、天使の羽根みたいな彫刻。

床には、円環の模様。


「……神殿かよ」


コメントがざわつく。


『雰囲気変わったな』

『ここだけ別ゲー』

『なんか儀式っぽい』


俺のスマホが、また小さく鳴った。


【未踏領域:拡張マッピング中】


線が、9Fへ伸び始める。


奥に見えていた淡い光――

近づくほど、輪郭がはっきりしてきた。


部屋は大きな一室。

天井は高く、アーチ状の梁が何重にも重なっている。

梁には細い金の線が走り、全部が中央へ向かって収束していた。


壁一面には、神と天使のモチーフが彫られた巨大な石板。

その前に、祭壇みたいな台座。


そして台座の上――


透明な結晶でできた繭が、浮いていた。

鎖が幾重にも絡まっている。


鎖は金属じゃない。

光を固めたみたいで、近づくほど目が眩む。


「……ガチの封印だな」


コメントが流れる。


『なんだあれ』

『宝箱じゃないやつ』

『光の鎖こわ』

『シンゴ、慎重に』


俺は台座の縁まで近づき、手を伸ばしかけて止めた。


触るのは最後。

先に“仕組み”を見る。


金の線が繭に集まっている。

つまり、部屋全体が封印装置だ。


「……結界っぽい」


俺は無言で剣に手をかけた。


鞘を抜くと、銀色の刃が淡く光を返す。

剣先を、鎖の一部へ。


スッ――。


薄い膜をなぞるみたいな感触。


抵抗は、ほとんどない。


「……切れる」


次の瞬間。


パキン……パキパキ……


光の鎖にヒビが走り、ひとつ、またひとつと砕けていく。


『うわ割れた!』

『封印バリア破ったぞwww』

『シンゴ、普通に規格外』


鎖が解けると、結晶の繭がゆっくり回転した。


カラン、と乾いた音。


最後の鎖が落ちた。


そして――


繭が、すっとほどけるように開く。


中から、ふわりと浮き上がる影。


金髪のロング。

白い肌。

背中には小さめの羽根。

頭の上には、淡く光る輪。


「……天使?」


『てんしきたー!!!』

『輪っかあるwww』

『ガチ天使で草』


彼女は宙に浮いたまま、ゆっくり瞬きをした。


――服装は白を基調にした薄手のローブ。

胸元から裾にかけて金の刺繍が細く入っていて、肩には短いマントみたいな布。

腰には細い帯が巻かれ、足元は素足に近い軽いサンダル。

封印の中にいたはずなのに、不思議と汚れひとつない。


見た目は二十歳前後。

身長は俺(一七〇)より少し低い――だいたい一六〇くらい。

華奢というより、しっかり女性らしい曲線があるタイプで、立ち姿だけで“格”が出る。


顔立ちは整っている。

鼻筋も通っていて、睫毛が長い。

でも、完璧すぎない。


口元の形と、目尻の角度が――少しだけ“愛嬌”を作っている。


状況を確認するみたいに周囲を見回して――

最後に俺を見る。


そして、最初に出た言葉は“質問”だった。


「……あなた。私の封印を解いたのは、あなたで合ってる?」


「……まあ、たぶん」


「たぶんって何よ。名は?」


俺は咳払いして、名乗った。


「……シンゴ」


彼女は小さく頷く。


「シンゴさんね」


それから、顎を少し上げた。


「私の名はノエル・セラフィア。天才天使よ」


『名乗ったw』

『天才天使www』

『自己評価高いw』


ノエルはニヤッと笑って、胸を張った。


「今日からこの天才天使――ノエル・セラフィアが、加護を与える……のでよろしくね」


「いや。けっこうです」


即答した。


ノエルは目を細める。


「またまたー。最近なんかついてないとか。失敗続きとかあるでしょう?」


「いや。運だけは間に合ってるんで」


ノエルは、負けじと指を立てた。


「じゃあ“運”じゃなくて“安定”よ。

回復、結界、あと、聖属性。

あなたが攻めるなら、私は守って後ろを固める」


「……うるさいほど筋が通ってるのが腹立つ」


『売り込み強いw』

『理屈で殴ってくる天使』


ノエルは頬を膨らませた。


「うぅ……保護してよー。ダンジョン協会の保護下なんてイヤよー」


「……協会?」


「そう。そんなとこ入れられたら、いつまでたっても天界に帰れないじゃない」


俗界に詳しいな、この天使。


俺は、視聴者に向けて一応説明する。


「ダンジョンの中で、ごくまれに“異世界の住人”と出くわすことがあるらしい。そういう場合、その人は協会の保護下に置かれるか、発見者が保護する」


コメントがざわつく。


『そういうルールなんだ』

『現実的だな』

『シンゴ、また拾うのかw』


ノエルは腕を組んで胸を張った。


「そう! だからシンゴさん、私を保護して!」


「……なんで封印されてたんだよ」


俺が言うと、ノエルは露骨に目を逸らした。


「それは……ほら……ちょっとした不運というか……」


「“ちょっとした”で封印はないだろ」


ノエルはふん、と鼻を鳴らした。


「聞いてよ。あれだけの、たったあれだけで、下天されて、下界で“解かれるまで封印”ってひどくない? この天才天使がよ」


「天才じゃなくて、天災じゃないの?」


『天災天使www』

『口が回るw』

『シンゴ容赦ない』


ノエルはカッ、と俺を睨んで――すぐ、長く笑った。


「んふふふっ! 言うじゃない。嫌いじゃないわよ」


笑い方が悪役っぽい。

天使なのに。


俺はため息をついた。


「で、何をやらかした」


ノエルは一瞬だけ、言葉を詰まらせた。


「……結界よ」


空気が少し、変わる。


「下界都市の防衛結界。その最終確認の責任者だったの」


「それで?」


ノエルは口を尖らせた。


「……お酒、飲んでたのよ。ほんの少し。

で、うっかりしたの。最終点検を一個、飛ばした」


「酔ったうえでうっかり、最悪の組み合わせだろ」


――怠け者の天使。略して怠天使か。


『最悪www』

『それが問題児ってやつか…』

『笑えねぇw』


ノエルは早口になる。


「位相ズレを突かれて、結界が破断。魔族侵入。市街戦。負傷者多数。

はい! 重大な職務怠慢! 上位結界権限停止! 地上研修! 左遷!」


「……重いな」


「重いわよ! だから徳を積むしかないの!」


ノエルは一瞬だけ、真面目な目をした。

余裕ぶった顔が消える。


「天界に戻るには徳を積む。魔を退治するのが一番早いのよ。

だから――私をそばに置いて。お願い」


ノエルは続ける。

「それに! ダンジョン配信でしょ? 私ネットでダンジョン配信よく見てたから、解説とか得意!」


「……封印されてたのに?」

「細かいこと言わない!」


『天使のくせにネット中毒w』

『解説枠きたな』


ノエルは指を一本立てた。


「今なら衣食住と、ほんの少しのお酒だけで長期契約できるチャンスよ! こんなチャンスもうないわよ!」

「営業が俗すぎる」


俺はこめかみを押さえた。


「……結界、ちゃんと張れるのか」


ノエルは胸を張った。


「当然。……私以上のものはいないわ」


短く、「ふふん」。


俺は深く息を吐いた。


協会の保護下に行けば、こいつは嫌がる。

俺が保護すれば、面倒は増える。確実に。


でも――


回復と結界。

それは、パーティに必要な“後ろ”だ。


「……分かった。うちで保護する。」


ノエルの顔がぱっと明るくなる。


「ふふん。賢いわね」


「条件がある」


「え?」


「酒は帰ってから。ダンジョン内は禁止」


「……それは、交渉の余地があるわ」


「ない」


『即却下www』

『シンゴ強い』

『天使、封じられるw』


ノエルは頬を膨らませる。


「んふふふっ……まあ、いいわ。まずは地上に出てビールね」


「聞いてない」


俺は剣を鞘に戻した。


「行くぞ。出る」


ノエルはふわりと俺の横に降り、カメラに向かって手を振った。


「ノエル・セラフィアよ。地上研修中の天才天使!」


コメントが流れる。


『天使拾ったwww』

『回復役確保はデカい』

『契約きたwww』


俺は配信に向けて言った。


「……というわけで、9Fで天使拾いました」


ノエルが胸を張る。


「拾われたんじゃない。迎えられたの」


「はいはい」


「拾われたんじゃない。迎えられたの」


「はいはい」


ノエルは、ふっとスマホのカメラを見た。


「今回の配信が面白かった方、ぜひチャンネル登録、★評価、よろしくお願いしますー!」


コメント欄が一気に流れる。


『天使が宣伝してるwww』

『手慣れてて草』

『やるじゃんノエル』


ノエルは手を振って、締めまで完璧に言い切った。


「また次回の配信でお会いしましょう。おつかれでしたー♪」


俺は思わず、横目で見てしまう。


「……ちゃっかりしてる。これは意外とできる天使かもしれない」


配信画面を見ると、コメント欄が一気に加速していた。

ノエルの締めだけで、場の温度が上がってるのが分かる。


「……あ、えっと……じゃ、今日はここまでで……」


俺は慌てて手を振って、配信終了ボタンを押した。


【配信終了】


静けさが戻る。

ダンジョンの空気と、自分の呼吸だけが残った。


俺は深呼吸して、一歩踏み出した。


「帰るぞ。……まあいけるか」


ノエルが楽しそうに、少し遅れてついてくる。


俺は頭を抱えながら、9Fの神殿を後にした。

――どう考えても、ここから面倒が増える。

【フォローで更新通知が届きます】

★評価・ハート・ブックマークで応援いただけると、めちゃくちゃ励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ