第14話 鎌倉ダンジョン未踏へ――“開発者読み”が嫌がらせギミックを全部無効化
粉塵が落ち着くのを待って、俺は岩扉の向こうを覗き込んだ。
――階段だ。
下へ続く石の階段。
冷たい空気が、ゆっくりと流れてくる。
「……なるほど。ちゃんと“下”があったわけね」
コメントが流れる。
『扉の先、階段!?』
『ショートカットで下層直行やん』
『シンゴ、やってることRTAw』
俺は肩をすくめた。
「行けそうなのに行けない場所、嫌いなんだよな」
剣を鞘に戻し、足元を確かめてから一段降りる。
その瞬間。
スマホが、ぴこん、と短く鳴った。
画面に協会アプリの通知が出る。
【未踏領域に到達しました】
【自動マッピングを開始します】
「……え、なにこれ」
俺は思わず足を止めた。
画面の右上に、薄い線が走り始める。
今いる階段が“線”になって記録され、見えない範囲は黒い霧みたいに塗られていく。
「すごいなこれ。超便利」
『自動マッピングきたwww』
『協会アプリ有能すぎ』
『未踏入った判定あるの草』
『これ、迷子防止になるやつだ』
「これあるだけで、帰り道の不安が半分消えるな」
俺は苦笑しながら階段を降りた。
アプリの線が、俺の動きに合わせて伸びる。
角を曲がれば角が描かれる。
足を止めれば、線も止まる。
――ゲームのミニマップみたいだ。
いや、現実がゲームに寄ってくるな。
◆
階段を降り切ると、そこが8階だった。
空気が重い。湿っている。
壁は黒ずんでいて、ところどころに白い結晶みたいなものが付着している。
俺はまず、数歩だけ歩いた。
コツ……コツ……。
足音が遅れて返ってくる。
天井は低くない。通路はまっすぐじゃない。
曲がり角の先が見えないぶん、空気がじっとりしている。
一度、立ち止まって匂いを嗅ぐ。
鉄っぽい。湿気。石の粉。
「……罠階だな」
コメントが流れる。
『空気重い』
『嫌な階来た』
『ここから本番か』
曲がり角を越えた瞬間、視界が開けた。
まず目に入ったのは、長い通路。
そして――左右の壁。
丸い穴が、びっしり。
「……うわ、ベタ」
『出た矢穴www』
『ダンジョン界の伝統芸』
『踏んだら矢か魔法やろ』
『8Fは罠階か……』
「踏んだら飛んでくるタイプだな」
俺はリュックから、アマザンで買った金属製のピッケルを取り出した。
カチ。
カチ。
カチ。
目いっぱい伸ばす。二メートル。
「こういうとき用に買った」
『伸びた!』
『ピッケル万能すぎ』
『シンゴ、装備が地味にガチ』
俺は通路に足を踏み入れず、遠い位置で床を――
カツン。
ビュンッ!
矢が壁穴から飛んできた。
反対側の壁に、ガツンと刺さる。
「はい、正解」
『うおおw』
『あっぶな!』
『矢、普通に殺意ある』
『これが未踏の洗礼』
同じ位置を、もう一回。
カツン。
ビュンッ!
また飛ぶ。刺さる。
「……回数制だといいけどな」
三回、四回。
カツン、ビュン。
カツン、ビュン。
五回、六回。
七回、八回。
九回――十回。
カツン。
……何も来ない。
「……枯れた」
『枯らしたwww』
『でた!ダンジョン泣かせ』
『地味に一番強い攻略』
『罠かわいそう』
俺は叩いていた地点まで歩いて、左右を確認する。
矢は飛んでこない。
「地味だよな。でも罠回避はダンジョン攻略の基本だから」
『正論パンチ』
『派手さより生存』
『地味で助かる』
「罠に当たって盛り上がるのは、“当たっても死なない人”だけだ」
自分で言って、少し笑った。
――当たっても死なない装備、俺は持ってる。
でも、それを前提に雑に動いたら、いつか必ず詰む。
俺はまたピッケルを伸ばして、目の前の床を――
カツン。
ビュンッ!
「はい次」
少し進む。
枯らす。
進む。
枯らす。
アプリのミニマップが、線を伸ばしていく。
通路の長さが“視覚化”されると、嫌なことが分かる。
……長い。
「罠階に長い通路は、嫌がらせなんだよな」
『作者の性格悪い』
『鎌倉作者、ねちっこい』
『さっき言ってた通りw』
◆
通路の途中で、床の擦れ方が変わった。
石の角が、一定のラインだけ妙に丸い。
逆に、その隣はほとんど擦れていない。
「……ここ、落とし穴」
『え?』
『早いw』
『なんで分かるの』
『シンゴの観察眼こわ』
俺はピッケルで、怪しい箇所を軽く叩く。
カツン。
……音が薄い。
空洞の響き。
「はい、当たり」
落とし穴の縁をなぞるように、足場を選んで進む。
こういうのは焦ったら負けだ。
『慎重で助かる』
『でも速いのが怖い』
『経験値の差』
落とし穴を抜けた先で、床の模様が変わった。
石板が、格子状に並んでいる。
一枚ずつ、微妙に色が違う。
「……パズルか」
『踏み順だ!』
『罠階のくせにパズル混ぜるなw』
『やば、床全部怪しい』
俺は立ち止まって、壁を見る。
矢穴の位置、通路の幅、石板の配置。
――“誘導”がある。
目立つ石板がある。
わざとらしいほど、真新しい。
「これ、普通はそこ踏ませたいんだろうけど……」
俺は逆に、端の“地味な石板”にピッケルを落とした。
カツン。
……反応なし。
次に、目立つ石板へ。
カツン。
その瞬間、矢穴からビュンッ! と一本だけ飛んできて、逆壁に刺さった。
「はい、罠」
『こっわ!!』
『ピッケル有能』
『踏んだらアウトだったやつ』
『シンゴの試し方、プロすぎ』
俺は、端から安全な石板を一枚ずつ確認していく。
“正解の道”が、線になって見えた。
「こういうの、テストプレイで何回もやったな……」
自分の過去が、変な形で役に立つ。
石板を抜けると、通路はさらに分岐した。
でもミニマップがあるだけで、気持ちが全然違う。
「便利すぎる……協会、やるじゃん」
『便利って言い方w』
『シンゴ、現実をゲームとして扱うなw』
『でも助かる』
◆
罠階は、罠だけじゃ終わらない。
天井から粉が舞い落ちる区画。
足音に反応して壁がずれる区画。
“押したくなるスイッチ”が露骨に置かれている区画。
俺はその全部を、触らない。
「押すと面倒になる。押さない」
『わかるw』
『押したら負け』
『スイッチ=罠』
最後に出たのは、階段前の小部屋だった。
中央に、石の柱。
柱には小さな穴が三つ空いている。
「……鍵穴っぽいけど、鍵はないな」
俺は柱の周りを一周して、視線を落とす。
床に、薄い擦れ。
柱の根元に、わずかな隙間。
「……回すやつだ」
ピッケルの柄で柱を押す。
ゴゴ……と低い音。
柱が少し回る。
もう一回。
ゴゴ……。
三回目で、奥の壁がズレて、階段が現れた。
「はい、9F行き」
『うおおおお』
『罠階突破!』
『地味に神回』
『シンゴ、RTA走者かよ』
俺は階段の前に立ち、スマホを見た。
ミニマップの線が、8Fを一本の道として描き切っている。
「……性格悪いダンジョンだな」
『褒めてるw』
『作者の悪意を踏み潰す男』
『次が本番だろ…』
俺はピッケルを縮めて、リュックに戻す。
深呼吸して、階段を降りた。
◆
9階。
降りた瞬間、空気が変わった。
湿り気が消えて、代わりに――張り詰めた静けさ。
石の匂いが薄くなり、どこか“清潔”な感じがする。
壁には、天使の羽根みたいな彫刻。
床には、円環の模様。
「……神殿かよ」
コメントがざわつく。
『急に天使モチーフ』
『ここ絶対なんかいる』
『鎌倉、雰囲気変わりすぎ』
俺のスマホが、また小さく鳴った。
【未踏領域:拡張マッピング中】
線が、9Fへ伸び始める。
その時。
どこからか、かすかな“音”がした。
笑い声じゃない。
もっと乾いた――何かが擦れるような、短い音。
「……え?」
俺は足を止めた。
『今の音なに?』
『聞こえた!』
『いるぞw』
ヘッドライトを上げる。
光が届いた先――
広い空間の奥に、淡く光る“何か”が見えた。
それは、人影じゃない。
輪郭のない光。
でも――空気が、そこだけ違う。
俺は、唾を飲み込む。
「……落ち着け」
自分に言い聞かせるみたいに小さく呟く。
いきなり突っ込むのは無謀だ。
でも、引き返す理由もない。
俺は足を一歩だけ前に出して、距離を詰めた。
「……まあいけるか」
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