第109話 同じT字路――まっすぐ進んだはずなのに
9階に到達した。
ここからはMAPは無い。
本当の探索はこれからだ。
「隊列はこのままでいく。ここからはMAPはないので慎重にいこう」
「……分かりました……」
「ふふん。ついに本当の探索ね!」
「未踏階層ってワクワクするね♪」
「後方は、このセリナにお任せくださいませ」
みんなの返事を聞き、俺たちは九階へ足を踏み入れた。
九階の通路は、これまでよりもさらに無骨だった。
壁は巨大な石材を積み重ねたように見える。
床にも大きな石板が敷き詰められていて、その継ぎ目には細い溝のような線が走っていた。
天井は高い。
だが、ただ広いだけではない。
どこか、古い遺跡というか、人工的な圧迫感がある。
コメント欄も少し緊張している。
『ここからMAPなしか』
『本当の探索きた』
『九階、雰囲気違うな』
『なんか壁が重そう』
9階に入りすぐに、通路はT字路になっていた。
右と左。
どちらにも道が続いている。
そして、そのT字路には分かりやすい目印があった。
正面の壁に、角のある獣の紋章が刻まれている。
牛にも山羊にも見えるが、どちらとも少し違う。
二本の角が大きく広がり、その下には丸い目のような模様がある。
さらに床には、大きなひび割れ。
右側の壁には、以前ここを通った探索者が残したらしい赤いスプレーの矢印があった。
「ここは覚えやすいな」
俺は右と左を見比べる。
「フィーネ、どっちが良さそうだ?」
フィーネは少し目を閉じ、左右の通路へ意識を向けた。
「……右側は、奥で魔力が少し乱れています。左側の方が、流れは安定しています……」
「じゃあ左だ」
俺たちは左の通路へ進んだ。
◆
左の通路は、思ったより長かった。
しばらくは一本道だ。
壁も床も大きな変化はない。
フィーネが前方を確認し、俺がMAP更新を確認する。
セリナは最後尾で、時折後ろを振り返りながら静かに歩いていた。
「静かね」
ノエルが小声で言う。
「静かすぎるのも嫌だな」
「魔物が出ないなら楽でいいじゃない」
「ダンジョンでそれ言うと、大体ろくなことにならない」
「シンゴさん、発言が探索者というよりホラー映画の生存者みたいになってるわよ」
そう言ってノエルが笑った、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
低い音が響いた。
最初は遠くの雷かと思った。
だが違う。
足元が揺れる。
壁の奥で、巨大な石が擦れ合うような音がする。
床に敷かれた石板が微かに震え、天井から細かな砂がぱらぱらと落ちてきた。
「ちょ、ちょっと!? 地震!?」
ノエルが慌てて輪っかを揺らす。
「全員、その場で止まれ!」
俺はすぐに叫んだ。
無闇に動く方が危ない。
セリナが最後尾で二枚盾を構え、クロエはロッドを握る。フィーネは耳を伏せるようにして、周囲の魔力を探っていた。
揺れは十数秒ほど続いた。
やがて、ゴゴゴという音は遠ざかるように小さくなっていく。
そして、静かになった。
「……収まった、か?」
俺は周囲を見回す。
壁に崩れた様子はない。
床も割れていない。
天井から落ちてきた砂が、薄く肩に乗っている程度だ。
コメント欄もざわついている。
『地震?』
『ダンジョン内で地震は怖すぎ』
『今の何の音?』
「全員、大丈夫か?」
「私は平気よ」
「大丈夫♪」
「…はい…大丈夫です……」
「問題ございません」
全員無事。
俺は息を吐いた。
「このまま進む。ただし、今の振動がもう一度来る可能性はある。周囲には注意してくれ」
「了解よ」
俺たちは再び歩き始めた。
一本道を、そのまままっすぐに進む。
曲がってはいない。
戻ってもいない。
ただ、前へ進んだ。
はずだった。
◆
数分後。
通路の先が開けた。
そこは、T字路だった。
「……ん?」
俺は足を止める。
正面の壁に、角のある獣の紋章。
床には大きなひび割れ。
右側の壁には、赤いスプレーの矢印。
見覚えがありすぎる。
「え?」
クロエが首を傾げた。
「さっきの場所?」
ノエルも眉をひそめる。
「いやいやいや。まっすぐ歩いてたわよね?」
「……はい。戻る道はありませんでした……」
フィーネも不思議そうに周囲を見ている。
俺はスマホのMAPを確認した。
9階の最初のT字を左にまっすぐに進んでおり、そこにT字路がまたあった。
コメント欄が一気に流れた。
『いや一本道だったよな』
『ループ?』
『同じT字路だ』
『怖い怖い怖い』
「……どういうこと?」
ノエルが少しだけ声を低くする。
俺もすぐには答えられなかった。
ただのループなら、もっと露骨な違和感がある。
同じ場所に戻された感覚というより、目の前のT字路が、最初からここにあったように見える。
だが、俺たちは確かに左へ進んだ。
そして、その先は一本道だった。
戻る分岐はなかった。
「戻ったんじゃない」
俺は壁の紋章へ近づく。
指で石の表面をなぞる。
ひび割れの位置も同じ。
赤いスプレーのかすれ方も同じ。
間違いない。
同じT字路だ。
「このT字路が、移動したんだ」
そう言った瞬間、遠くでまたゴゴゴ……と低い音が響いた。
今度はさっきより遠い。
だが、確かに同じ音だった。
巨大な石が擦れ合うような、重い音。
「通路が……動いてる?」
クロエが目を丸くする。
ノエルが口元を引きつらせた。
俺は床を見る。
石板の継ぎ目。
壁と床の境目にある細い溝。
今なら分かる。
この階の通路は、巨大なブロックみたいに区切られている。
俺は呟く。
「この階は、道そのものが動く」
◆
その時だった。
フィーネの耳が、ぴくりと動いた。
「……待ってください」
「どうした?」
「……右の壁の奥に、魔力反応があります……」
右の壁。
赤いスプレーの矢印がある方だ。
見た目はただの石壁にしか見えない。
だが、その奥から低い音が響き始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
今度は近い。
かなり近い。
壁の継ぎ目に沿って、細かな砂がこぼれる。
石材同士が擦れる音が、耳の奥に重く響いた。
「全員、構えろ!」
俺が叫んだ直後、右の壁の一部が横へずれた。
今まで何もなかった石壁に、細い隙間が開く。
その奥に見えたのは、通路ではなかった。
黒い穴のような小部屋。
壁も天井も黒く湿っている。
そして、その中に。
何かがびっしりと張りついていた。
丸く硬い甲殻。
鋭い脚。
赤黒く光る複眼。
石と虫が混ざったような、小型の甲虫型モンスター。
それが何体も、壁や天井に張りついていた。
「……来ます!」
フィーネが叫ぶ。
次の瞬間、甲虫型モンスターたちが、開いた隙間から一斉に飛び出してきた。
普通に通路の奥から現れるのではない。
通路が動き、別の区画と接続された瞬間に、壁の中から吐き出されるように出てくる。
「ノエル!」
「任せて!」
ノエルが即座に前へ出た。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
光の紋様が床と壁に走る。
何層もの結界が、右側から飛び出してきた甲虫たちの前に展開された。
バチィッ!
バチバチッ!
結界にぶつかった甲虫型モンスターが弾かれる。
だが、後ろから次々と押し出されるように出てくるため、圧が強い。
「うわ、横からは面倒だな!」
俺は剣を抜く。
セリナがすぐに右側へ回り込んだ。
「右側、受けます」
二枚盾を構える。
甲虫型モンスターの一体が、鋭い脚を突き出して突進してくる。セリナはそれを盾で受け、角度を変えて横へ流した。
ガキンッ!
硬い甲殻が壁にぶつかり、火花が散る。
「甲殻が硬い!」
「なら焼く♪」
クロエがロッドを構えた。
「ファイヤーボール!」
炎の弾が通路を走る。
結界に弾かれ、体勢を崩した甲虫型モンスターへ直撃した。甲殻の隙間から炎が入り込み、赤黒い体が青い光へ変わっていく。
『壁から出た!?』
『通路移動で敵部屋と接続されるのか』
『これ怖すぎ』
『ノエル結界ナイス!』
『クロエさすが!』
甲虫型モンスターは、まだ数体いる。
「……右奥、二体来ます!」
「了解!」
俺は《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を構える。
甲虫型モンスターは、壁と床の境目を這うように動いた。低い。速い。
しかも、動く壁の隙間から出てきたせいで、距離が近い。
だが、姿が見えているなら問題ない。
「そこだ!」
剣を振る。
ザンッ!
硬い甲殻を、刃が断ち割った。
一体目が青い光になる。
続けて二体目。
横から飛びかかってきたそれを、セリナが盾で叩き落とす。
「シンゴ様」
「助かる!」
落ちたところへ、俺が剣を突き込んだ。
甲虫型モンスターが青い光になって消える。
開いていた壁の隙間も、ゆっくりと閉じていく。
ゴゴゴ……。
重い音とともに、石壁が元の位置へ戻った。
そこにはもう、先ほどの黒い小部屋も、甲虫型モンスターの巣も見えない。
ただの石壁だけが残っている。
「……なるほどな」
俺は剣を下ろし、壁を見つめた。
「この階、ただ道が動くだけじゃない」
ノエルが嫌そうな顔をする。
「まだ何かあるの?」
「通路が動くことで、別の部屋と接続される。その時だけ、敵の巣や罠部屋と繋がるんだ」
コメント欄がさらに騒ぎ出す。
『うわ、最悪ギミック』
『壁が開くタイミングで敵が出るの怖い』
『地形だけじゃなく接続先も変わるのか』
『九階やばいな』
俺は床の溝を見る。
壁の溝の方向。
全部、何か意味があるように見える。
「一定時間で動くなら、ランダムじゃないはずだ」
俺はスマホのタイマーを起動する。
「何か法則がある」
フィーネが壁の紋章を見上げる。
「……振動の少し前、ここの紋章に魔力が流れていました……。今も、わずかに残っています……」
「じゃあ、この紋章は飾りじゃないな」
俺は獣の紋章を見つめる。
通路が動く前に光る。
壁の奥から魔力が流れる。
そして、移動後に別の通路や部屋と繋がる。
九階は、ただの迷宮ではない。
巨大な仕掛けだ。
通路そのものが動く、スライドパズルのような階層。
普通に地図を書いても意味がない。
今ここにある道は、数分後には別の場所へ移動している。
「この階は、地図を作る階じゃない」
俺は言った。
「動きを読んで、道が繋がるタイミングを狙う階だ」
ノエルが目を丸くする。
「そんなの、どうやって探索するのよ!」
クロエがにひひと笑う。
「でも、お兄ちゃんはちょっと楽しそうだよね♪」
「……分かります……」
フィーネまで小さく頷いた。
「そんなに分かりやすいか?」
「はい」
全員に即答された。
コメント欄も流れる。
『シンゴ楽しそう』
『ゲームギミック解析の顔してる』
『元ゲームデザイナーの本領きた』
『九階、シンゴ向きでは?』
『動く迷宮攻略配信は熱い』
俺は苦笑しながら、スマホのタイマーを確認した。
最初の振動から、次の振動までの時間。
完全ではないが、おおよその間隔は見え始めている。
遠くで、またゴゴゴ……と音が響いた。
次は、どこが動く。
どの通路が繋がる。
どの部屋が開く。
まだ分からない。
けれど、分からないなら調べればいい。
読み解けばいい。
この階を作った何者かが、完全なランダムにしていないなら。
必ず、攻略できるように作られているはずだ。
「面白いじゃないか」
俺は呟いた。
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