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第108話 最高のパーティ――俺たちは強い

「それじゃあ、探索を再開するぞ」


俺がそう言うと、クロエが元気よく手を上げた。


「はーい♪」


フィーネは小さく頷き、ノエルはなぜか満足げに胸を張っている。

セリナは胸元に収めた《力の加護のネックレス》に一度だけ指を添えてから、二枚の盾を静かに構え直した。


隊列は変わらない。

フィーネが前方の罠と気配を見て、セリナが後方を守る。

俺はマップと実際の地形を照らし合わせながら、状況に応じて前にも後ろにも動ける位置に立つ。


五階でギガントミノスを倒したとはいえ、ここはまだ新ダンジョンだ。

八階までのマップがあるからといって、油断していい理由にはならない。

俺たちは慎重に、六階へと足を踏み入れた。



六階は、五階までと比べて通路の構造がさらに複雑だった。

広い通路と細い通路が交互に現れ、小部屋へ続く枝道も多い。

壁には古い砦の名残のような石積みが残っており、床には大きな石板が敷き詰められている。

ただ、その石板はところどころ不自然に浮いていたり、隙間から薄く魔力が漏れていたりした。


いかにも罠がありそうな階層だ。


俺は百五十万円のマップアプリを確認しながら進む。


高い。

改めて見ても高い。

だが、こういう場所では本当に頼りになる。

マップには通行ルートと罠の位置が細かく記録されており、普通の探索者ならこれだけでもかなり安全に進めるはずだ。


ただし、俺たちにはもう一つ確認手段がある。


「……止まってください」


先頭を歩いていたフィーネが、静かに手を上げた。

俺たちは即座に足を止める。


「どうした?」


「……そこの一角の床に、感圧式のトラップがあります」


フィーネが指差したのは、通路の中央付近だった。

見た目は普通の石板だ。色も形も周囲とほとんど変わらない。

俺だけなら、たぶん気づかずに踏んでいた。


「……ここのラインから回り込んでください。踏まないようにお願いします」


フィーネは床の安全な部分を示しながら、ゆっくりと歩くルートを教えてくれる。

俺たちはその指示通り、壁際を回り込むようにして進んだ。


「ナイス、フィーネ。助かる」


「……はい」


フィーネの耳が、少しだけ嬉しそうに揺れた。


コメント欄もすぐに反応する。


『フィーネちゃん有能』

『罠感知助かる』

『これ初見だと踏むやつ』

『地味だけど超重要』


本当にその通りだ。


そういえば、フィーネがまだいなかった頃は、罠を見つける手段がなかった。

ノエルが黒焦げになったり。

俺が毒になったり。


今思うと、よく無事だったよな。



しばらく進んだところで、フィーネの耳がぴくりと動いた。


さっきとは違う。

罠を見つけた時の静かな反応ではなく、敵の気配を拾った時の、少し鋭い反応だった。


「……来ます」


「敵か?」


「……小型の飛行するモンスターが、多数近づいてきています」


多数。

その言葉だけで、嫌な予感がした。


俺は通路の奥を見る。

だが、ダンジョンの奥は暗く沈んでいて、まだ何も見えない。


代わりに音が聞こえた。


ぱたぱた。

ばさばさ。


薄いものが空気を叩くような音が、いくつも重なりながら近づいてくる。


「……上です!」


フィーネの声に、俺たちは一斉に顔を上げた。


天井の闇。

そこから、黒いものが雨のように降ってきた。


コウモリ型のモンスターだ。

ただのコウモリではない。人間の頭ほどもある胴体に、裂けたように大きな口。

牙は針のように細く、濡れたように光っている。

薄い皮膜の翼には紫色の血管が浮かび、赤黒い目がぎらぎらとこちらを見下ろしていた。


一匹や二匹ではない。


十。

二十。

いや、それ以上。


天井を埋め尽くすほどの群れが、一斉にこちらへ襲いかかってきた。


『うわ多い!』

『天井から!?』

『キモいキモいキモい』

『数がやばい』

『これ範囲攻撃ないと無理だろ』


「任せて!」


ノエルがすかさず前へ出る。


「《多層聖界・プリズムウォール》!」


床、壁、天井に光の紋様が走った。

次の瞬間、通路全体を塞ぐように、何層もの透明な結界が展開される。

光の壁が折り重なるように広がり、俺たちの頭上と正面を覆った。


飛びかかってきたコウモリ型モンスターたちは、次々と結界へ激突する。


バチィッ!

バチバチッ!


聖なる光に弾かれ、黒い翼が煙を上げる。

それでも群れは止まらない。

後続が次々と押し寄せ、結界の向こう側を黒い波のように覆っていく。


俺たちの上には、光り輝くノエルの結界。

そのさらに上には、闇の塊のようなコウモリの軍団。

視界の上半分が、完全に黒い翼で埋まっていた。


「うわ……すごい数だな」


「ふふん。このノエルの結界がなかったら、今頃みんな大変なことになっていたわね!」


悔しいが、その通りだ。

ノエルが仲間になっていなかったら、こんな軍団を相手にする方法はほとんどなかっただろう。


俺は上を見た。

結界の向こうで、コウモリ型モンスターがびっしりと群がっている。

黒い塊みたいになっていて、下からだと正確な数も範囲も分かりにくい。


けれど、前から一度試してみたいことがあった。


「クロエ。作戦がある」


「なになに?」


クロエが嬉しそうに耳を傾ける。



俺は通路の幅、天井の高さ、群れの中心を確認する。

そして、《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》を握り直した。


「行け!」


俺は剣を真上へ投擲した。

光を帯びた剣が、一直線に天井へ向かって飛ぶ。

ノエルの結界を抜け、コウモリ型モンスターの群れへ突き刺さる。


次の瞬間。


黒い波が、縦に裂けた。

剣が通った軌跡に沿って翼が断たれ、胴体が砕け、魔物たちが青い光になって消えていく。

まるで闇の布に、光の槍で穴を開けたようだった。

一拍遅れて、天井近くの群れの中に、ぽっかりと円形の空洞が生まれる。


黒い群れのただ中にできた、一本の道。


『うおお!?』

『穴開けた!』

『投擲やばい』


「よし! 行くぞ、クロエ!」


「オッケー♪ にひひ!」


クロエが俺の背中へ飛びつく。


「落ちるなよ」


「オッケー♪」


俺はクロエを背負ったまま、床を蹴った。


《跳空のブーツ》が発動する。

身体が一気に跳ね上がった。

ノエルの結界を越え、さっき剣で開けた穴へ向かって、一直線に上昇する。


一瞬で、コウモリ型モンスターの群れのさらに上へ、天井近くまで到達した。


そこから下を見ると、状況がはっきり分かった。

コウモリ型モンスターの群れが、ノエルの結界にびっしりと群がっている。


下から見れば黒い壁だが、上からなら違う。

どこにどれだけ密集しているのか。

どの範囲を焼けば一掃できるのか。


全部、見える。


「クロエ! 頼んだ!」


「まかせて♪ 丸見えじゃん!」


クロエが俺の背中でロッドを構える。


その先端に、炎が集まっていく。


赤じゃない。

橙でもない。

もっと白く、もっと鋭い炎。

熱そのものを凝縮したような光が、ロッドの先で渦を巻く。


クロエの口元が、楽しそうに上がった。


「まとめて焼くよ?」


そして、ロッドを振り下ろす。


「ファイヤーストーム!」


次の瞬間、炎の嵐が落ちた。


上から下へ。

正確に。

きれいに。

コウモリ型モンスターの群れがいる範囲だけを、白い炎の渦が飲み込んでいく。


羽が燃える音。

牙が砕ける音。

悲鳴すら、炎に呑まれて消えていく。


ほんの数秒。

それだけだった。

炎が引いた後には、何も残っていなかった。


黒い群れは消え、通路には青い光の粒だけが雨のように舞っている。


『一掃したああああ!』

『クロエ火力やばすぎ』

『上からファイヤーストームは反則』

『シンゴタクシー+クロエ砲台w』


俺は着地し、クロエを背中から下ろした。


「クロエ、ナイス!」


そう言うと、クロエはにひひと笑いながら、顔の横でピースを掲げる。


「クロエ最高でしょ♪」


「ああ、最高だ」


本心だった。


クロエがいなかったら、あの数を一瞬で殲滅するのは無理だ。

ノエルの結界で受け止められても、いずれ数に押されていたかもしれない。

俺が一体ずつ斬っていたら、どれだけ時間がかかったか分からない。


だが、クロエがいる。

だから、群れをまとめて焼き払える。



七階は、六階よりも静かだった。


だが、静かすぎるのも怖い。


マップには安全ルートが記録されているが、俺たちは速度を上げなかった。

曲がり角ではフィーネが先に気配を見て、小部屋の前では俺がマップと照合する。

後ろはセリナが確認し、ノエルとクロエはいつでも結界と魔法を使える位置を保つ。


途中、小型のリザード系モンスターが数体出たが、こちらの連携は乱れなかった。

フィーネが位置を知らせる。

セリナが通路を塞ぐ。

俺が横から斬る。


危なげなく、七階を抜けた。

そして、八階。


階段を降りた瞬間、空気が変わった。

床の石材が大きくなり、通路の幅もさらに広い。天井も高く、壁には巨大な何かがこすったような傷が残っている。


大型の魔物が動き回るための階層。

そんな印象だった。



俺たちは慎重に進んだ。


その時だった。


「……後ろから来ます!」


フィーネの声。


同時に、最後尾のセリナが二枚の盾を構えた。


「お任せください」


通路の奥に、巨大な影が迫ってくる。

最初は暗がりに溶けていて分からなかった。

だが、近づくにつれて、その姿がはっきりしていく。


全長三メートルを超える巨体。

岩のように盛り上がった肩。

丸太のように太い腕。

灰色がかった分厚い皮膚の上には、古傷のような裂け目がいくつも刻まれている。

口元からは荒い息が漏れ、黄色く濁った目がこちらを睨んでいた。


その手に握られているのは、鋼鉄製の巨大な戦槌。

人間なら両手でも持ち上げられないような武器を、そいつは片手で軽々と振り回している。


「オーガだ!」


俺は叫ぶ。


見た目は鈍そうだが、オーガは意外と足が速い。

特に、獲物の背後へ回り込んで一気に潰しにくる個体は危険だ。


「セリナ、来るぞ!」


「はい」


返事は落ち着いていた。


次の瞬間、オーガが地面を蹴った。


速い。

三メートルを超える巨体が、信じられない勢いで迫ってくる。

床が揺れ、重い足音が通路に響いた。


オーガは咆哮しながら、巨大な戦槌を振り上げる。

狙いは最後尾。

つまり、セリナ。


戦槌が振り下ろされた。

普通なら、盾ごと潰されてもおかしくない一撃だ。


だが、そこにいるのはセリナだった。

二枚の大盾を、迷いなく前へ出す。

自分より大きな盾を両手に持ち、真正面から受ける。


いや。


受けるだけではない。


ガァンッ!!


金属同士がぶつかる重い音が、通路に響いた。


オーガの戦槌が、二枚盾に止められる。

それだけでも十分すごい。


だが、次の瞬間。

セリナは一歩踏み込み、盾をカウンター気味に突き出した。


「はっ」


短い息。

二枚盾が、戦槌ごとオーガの上体を押し返す。


「グォッ!?」


巨大なオーガが、逆によろけた。

大きく後ろへ傾き、完全にガードを崩す。


『止めた!?』

『オーガの戦槌を押し返したぞ』

『セリナちゃん強い』

『二枚盾カウンターえぐい』


「まかせろ!」


俺はすぐに剣を抜く。


《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》。


狙うのは、頭部。

ガードを崩した今なら、一直線に通る。


俺は剣を投擲した。

光を帯びた剣が、通路を真っ直ぐに走る。


よろけたオーガの顔が、こちらを向く。

遅い。

剣はそのまま、オーガの頭部へ突き刺さった。


次の瞬間。

頭部が、吹き飛ぶ。

ズズン!

オーガの巨体が、その場へ沈むように倒れ込んだ。


光の粒になり、輪郭が崩れていく。


剣はすぐに軌道を変え、俺の手元へ戻ってきた。


『セリナで崩してシンゴで撃つの強い』

『後方から来ても即処理』

『パーティ完成してきたな』


俺は倒れたオーガが消えていくのを見ながら、息を吐いた。


セリナがいなかったら、あの強力な一撃を後衛へ届かせないようにするだけで精一杯だったかもしれない。


ノエルの結界で受ける。

俺が跳んで割り込む。

クロエやフィーネを守りながら対応する。

それだけで手が塞がる。


だが、今は違う。

セリナが受け止める。

セリナが崩す。

そこに、俺が攻撃を合わせられる。

守りがあるから、攻められる。

それを、はっきり実感した。



最初のダンジョン配信で、キングはぐれミスリルドラゴンを倒した。

けれど、自信はなかった。


たまたま見つけた隠し通路。

たまたま手に入れた装備。

たまたま噛み合った状況。


心のどこかで、ずっとそう思っていた。


魔皇公も倒した。


魔王級の敵も倒した。


でも、今なら思える。


罠を見つけてくれるフィーネがいる。

結界で守ってくれるノエルがいる。

炎で敵を焼き払うクロエがいる。

背中を任せられるセリナがいる。


俺一人で全部やる必要はない。

俺一人で全部背負う必要もない。


誰かが気づき。

誰かが守り。

誰かが焼き払い。

誰かが受け止める。


その中で、俺は剣を振るえばいい。

仲間が作ってくれた道を、迷わず進めばいい。


「……俺たちは、強い」


小さく呟いた。


それは慢心じゃない。

油断でもない。

ここまで一緒に戦ってきた仲間たちへの、確かな信頼だった。


この先、どんな敵が出てきても。

どんな罠が待っていても。

どんな隠し通路が俺たちを誘っていても。

俺たちなら、進める。

そう思えた。


鹿島ダンジョンの奥には、まだ見ぬ階層が広がっている。


何が待っているのかは分からない。


それでも、もう不安だけではない。

胸の奥にあるのは、恐れよりもずっと強いもの。

仲間となら、どこまででも進めるという確信だった。

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