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第105話 第四章開幕―猫耳メイド、初配信――コメント欄が『尊い』で埋まった

セリナがうちに来て、一週間が経った。

あの一件以降、ダンジョンで大きな異変は報告されていない。


あれだけの激戦の後だ。

俺たちも休息を取ることにした。


それに――。


セリナに、この現代という世界に慣れてもらう時間も必要だった。


この一週間、セリナは毎日のように料理を作ってくれた。

買い出しには、いつもノエルがついて行く。

外では《認識阻害結界》を使うこともある。

だが、それ以上に役立っていたのは、ノエルの妙な知識量だった。


「今日はビールな気分だからメキシコ料理ね!」


スーパーの通路を歩きながら、ノエルが得意げに言う。


「トルティーヤが食べたいわ!」


「材料はねー。小麦粉とー」


「作り方はねー」


次々と説明していく。

和食。

洋食。

中華。

ベトナム料理。

メキシコ料理。

レシピまで異様に詳しい。


「なんでそんなに知ってるんだ?」


俺が聞くと、ノエルは胸を張った。


「現代に来たら食べたいものを調べまくったからよ!」


「作ったことは?」


「ない!」


即答だった。


だろうな。


セリナはそんなノエルの話を真剣に聞いていた。

小さなメモ帳を取り出し、熱心に書き込んでいる。


新しい料理。

新しい材料。

そして、みんなで食べること。

それが嬉しくて仕方ないらしい。

瞳がきらきら輝いていた。



夕方。

食卓に並んだのは、見慣れない料理だった。


「本日の料理はトルティーヤでございます」


セリナが丁寧に説明する。


「チキン、ソーセージ、シーフード、チーズの四種類をご用意いたしました」


「おお……」


「ピリ辛のサルサソースもございますので、お好みでお使いくださいませ」


トルティーヤって家で作れるのか。

素直に感心する。


「じゃあ」


「いただきまーす!」


全員で手を合わせた。


一口食べる。

うまい。

皮は香ばしい。

具材はたっぷり。

サルサソースの辛味も絶妙だ。


「うまい!」


思わず声が出た。


「これ好き!」


クロエも大喜びだ。

フィーネはもぐもぐ食べながら小さく頷く。


「……とても美味しいです」


ノエルはビール片手に叫んでいた。


「ビールに合うわー!」


ごくごく。


「ビールに合うわー!」


ごくごく。


「天才!」


セリナは照れたように耳をぴくぴく動かしていた。



そんな時だった。

テレビからニュース速報が流れる。


『鹿島市に出現した新ダンジョンが八階層まで攻略されました――』


俺たちは視線を向けた。


かなり広いダンジョンらしい。

レッドドラゴンの討伐も確認されている。


俺がテレビから振り返る。


すると。

ノエルとクロエが笑顔でピース。

フィーネはおずおずと親指を立てていた。

完全に同じことを考えている。


「行くか」


俺が言う。


「鹿島ダンジョン攻略」


「いえーい!」


「やったー!」


「……はい」


三人が嬉しそうに反応する。


一人だけ。

セリナだけが状況を理解していなかった。


その日の夜。

三人から過去のダンジョン配信動画を見せられながら、説明を受けることになるのだった。



翌日。

大型タクシーで鹿島へ向かった。

もちろん領収書は忘れない。


ダンジョン入口周辺は既に協会によって封鎖されていた。

バリケード。

仮設受付。

中継車。

警備員。

探索者。

かなりの人数が集まっている。


その中へ俺たちが現れた瞬間。

空気が変わった。


「おい、あれシンゴじゃね?」


「マジだ!」


「初めて見た!」


「天使だすげえ!」


「まじ?シンゴ?」


「またメンバー増えてる!」


「猫耳メイド!?」


「なんなんだあのパーティ!」


ひそひそ。

ざわざわ。

視線が集まる。


まあ慣れた。


「さすがはシンゴ様でございます。そのご高名は既に広く知れ渡っているのですね。

皆様のお声を伺う限り、まるで英雄譚の主人公を目の当たりにしたかのような熱気を感じます。

その御姿を拝見するだけで、羨望の眼差しが集まっております」

セリナが感心したように言う。


「いやいやいやいや。仰々しすぎる!」


俺は大きく否定した。


「珍しがられてるだけだ」


するとノエルが割り込んできた。


「流石に事件解決しまくりだから有名にもなるわよ!」


「だよねー♪」


クロエが腕に抱きついてくる。


勘弁してくれ。



入ダン手続きを完了して、いざ配信を始める。



【配信開始】


「こんにちは、シンゴです」


俺がカメラへ向かって手を振る。

「今日は鹿島の新ダンジョンに来ています」


コメント欄が一気に流れ始めた。


『きたあああああ!』

『待ってました!』

『シンゴ配信!』

『鹿島攻略か!』


ノエルが横から手を振る。

「ノエル・セラフィアよ。ふふん」


『ノエルきた!』

『輪っか綺麗!』

『天才天使きたー!』


フィーネがおずおず頭を下げる。

「……フィーネです……」


『フィーネちゃんだ!』

『癒し』

『守りたい』


クロエが前へ出る。

「クロエよっ♪」


顔の横でピース。


『クロエええええ!』

『元気担当』

『今日もかわいい』



そして。

新たに画面へ映ったのは――。


黒と白を基調としたメイド服。

銀色の髪。

猫耳。

緊張して揺れる尻尾。


セリナだった。


一歩前へ出る。


スカートの両裾を摘まむ。


優雅な所作。

そして深い一礼。


完璧なメイドの礼だった。


「皆様、はじめまして」


静かな声。

上品な声。


「わたくし、セリナ・フェリスと申します」


再び小さく頭を下げる。


「このたび、ご縁がありまして、シンゴ様のパーティへ加えていただくことになりました」


耳がぴくりと動く。


「まだ不慣れなことも多くございますが、皆様と仲良くしていただけましたら幸いでございます」


前で手を重ねる。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


再び深々と礼。

その瞬間。

コメント欄が爆発した。


『尊い』

『尊い』

『尊い』

『なんだこのお嬢様メイド』

『礼が本物なんだが!?』

『上品すぎる』

『猫耳メイドきたあああああ』

『シンゴまた増やしたのか』

『なんで毎回SSR連れてくるんだ』

『可愛すぎて仕事やめたい』

『お辞儀だけで登録した』

『もうファンです』

『尊い』

『尊い』

『尊い』


セリナは目をぱちぱちさせた。


「……?」


首を傾げる。


「皆様、その……『とうとい』とは何かのお名前でしょうか?」


『その反応も尊い』

『ノエル説明してやれw』

『だめだ可愛すぎる』

『尊いが止まらない』

『語彙が死んだ』

『守りたい』


その横で。

ノエルが頬を膨らませていた。


「なによ!」


ぷんぷん怒る。


「私の時と反応全然違うじゃない!」


『ノエル姉さんはなぁ』

『そうだよなぁ』

『最初の発言が天才天使だったし』

『自分で言ってた』

『初手が強すぎたw』


「うっ」


ノエルが固まる。


「うっさいわねー!」


顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「天才は天才なんだからね!」


コメント欄は爆笑だった。



配信は始まったばかり。

新ダンジョン。

新しい仲間。


そして、新たな冒険。


鹿島ダンジョンの奥で何が待っているのか。

まだ誰も知らない。


だが一つだけ分かっていることがある。


――今回の配信も、きっと賑やかになる。


そんな予感とともに、俺たちは新たなダンジョンへ足を踏み入れた。

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