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第104話 ありがとうが響く食卓――もう家族みたいなもんじゃない!

保護申請も無事終わり、俺たちはスーパーへ向かうことにした。


「じゃあ買い物行くか」


俺が言うと、セリナがぴしっと背筋を伸ばした。


「承知いたしました」


「ふふん。今日はセリナのお料理が食べられるのね!」


「……楽しみです……」


フィーネも小さく頷く。


クロエは最初からやる気満々だった。


「お腹空かせてきたー!」



スーパーへ入った瞬間だった。


セリナが固まる。


表情はいつも通りだ。

だが尻尾だけが違う。


ぶわっ。


猫が驚いた時みたいに太く膨らんでいた。


「シンゴ様」


「ん?」


「肉の種類が物凄く多いのですが」


「牛、豚、鶏が主だな」


「牛……豚……鶏……」


真面目にメモを取る。


次は野菜売り場。


「黄色のお野菜などはじめて見ました」


さらに魚売り場。


「どうしてこんなに新鮮なのですか?漁村が近いのですか?」


そして調味料コーナー。


「塩だけで……こんなに?」


「たぶん五十種類くらいある」


「五十……」


固まる。


クロエが吹き出した。


「セリナ完全に観光客じゃん♪」


「そのようなことはございません」


即答。


だが尻尾は膨らんだままだ。


ノエルも笑う。


「驚いてる。驚いてる」


「驚いてないです」


「尻尾が正直なのよ」


「……」


尻尾だけがぴたりと止まった。


図星らしい。



買い物を終えて帰宅。


セリナはキッチンへ案内された瞬間、言葉を失った。


「広い……」


システムキッチン。


大型冷蔵庫。


オーブン。


食洗機。


コンロ。


料理人から見れば夢のような設備だ。


「使っていいぞ」


「……本当に?ですか?」


初めて敬語が崩れそうになった。


それだけ嬉しかったのだろう。


「もちろん」


「ありがとうございます」


小さく頭を下げる。


その尻尾は、さっきより少しだけ機嫌良さそうに揺れていた。



夕方。


俺たちはリビングで待機していた。


キッチンから良い匂いが漂ってくる。


ノエルは三回覗きに行こうとして止められた。

クロエは二回つまみ食いしようとして怒られた。

フィーネは静かに待っていた。


そして――。


「お待たせいたしました」


セリナが料理を運んできた。


前菜。


スープ。


魚料理。


肉料理。


そしてデザート。


完全なコース料理だった。


「すご……」


思わず声が漏れる。


セリナは少し照れながら説明を始めた。


「こちらのスープは本来、クアルという香辛料を使用いたします」


「クアル?」


「酸味を出す香辛料でございます」


「へぇ」


「この世界にはございませんでしたので、お酢で代用しております」


なるほど。

スーパーで色々調味料を確認していたのは、そのためか。


フィーネが興味津々で見つめている。


「……すごいです」


セリナは続けた。


「魚料理は本来、ドラゴン鴨の卵を使うのですが」


「なんか凄そうな名前だな」


「とても美味しいです」


「美味しいんだ……」



そして実食。


一口食べる。


うまい。

普通にうまい。


いや。

かなりうまい。


「え?」


思わず声が出た。


ノエルが目を見開く。


「なにこれ!?」


クロエも叫ぶ。


「レストランじゃん!」


フィーネは黙々と食べていた。

そして。


「……美味しいです」


その一言に。

セリナの耳がぴくりと動いた。



食事は大成功だった。


どの料理も絶品。

全員が満足している。


そんな中。


ノエルが冷蔵庫から一本取り出した。


「今日はこれよ!」


大吟醸『天使』。


セリナが首を傾げる。


「お酒……でしょうか」


「そう!」


ノエルは得意げだった。


「今日は祝いの日よ!」



数十分後。


セリナの顔は少し赤かった。


「……ふわふわします」


「酔ってるな」


「酔っております……」


初めての感覚らしい。


けれど嫌そうではない。

むしろ楽しそうだった。


みんなが笑う。


食べる。


話す。


騒ぐ。


そんな時間が流れていく。



やがて料理の感想大会になった。


「あの肉料理、かなり好きだったな」


俺が言う。


「……デザート、また食べたいです」


フィーネも続く。


「毎日でもいい!」


クロエが元気よく手を上げる。


「大満足よ!」


ノエルは胸を張った。


その瞬間だった。


ぽろり。


セリナの目から涙が落ちた。


全員が固まる。


「えっ!?」


「どうした!?」


セリナは慌てて涙を拭く。


「申し訳ございません……」


首を振る。


「料理を作って……お礼を言われたことがなかったもので……」


部屋が静かになる。


「勇者様のお食事を作るのは当然のことでございました」


セリナは小さく続けた。


「失敗すれば叱責され」


「上手く出来れば、次は更に良い物を求められ」


「ですが……」


少し震える。


「美味しいと言っていただけることは、一度も……」


フィーネが俯いた。

クロエも黙る。


そして。


ばんっ。

ノエルがテーブルを叩いた。


「何それ!」


全員がびくっとする。


「そんなのおかしいじゃない!」


ノエルが立ち上がる。


「作ってもらったら美味しいって言うの!」


「助けてもらったらありがとうって言うの!」


「嬉しかったら嬉しいって言うの!」


そして。


ノエルは叫んだ。


「もう家族みたいなもんじゃない!」


部屋が静まり返る。


ノエルは止まらない。


「フィーネだってそう!」


「クロエだってそう!」


「セリナだってそう!」


そして俺を指差した。


「当然シンゴさんも!」


「助け合って!」


「ご飯食べて!」


「一緒に暮らして!」


「毎日騒いで!」


「もう家族でしょ!」



誰もすぐには言葉を返せなかった。


フィーネは目を伏せる。

両親と離れ離れになったまま。

今どうしているかも分からない。


クロエも笑っていない。

家族の温もりなんて知らない。


セリナは物心ついた時から奴隷として生きてきた。


そして――。


俺も。

両親は早くに亡くなった。

兄弟はいない。

中学高校の友人も、仕事が忙しくなって会わなくなった。

仕事ばかりしていた。

気付けば一人だった。


「……あれ?」


クロエが目を擦る。


フィーネも涙を拭いていた。


セリナは完全に泣いている。


ノエルまで泣いていた。


「なんでみんな泣いてるんだ」


俺が苦笑すると。


ノエルが鼻をすすった。


「だって家族だもの……嬉しいのよ!」


その言葉に。


誰も反論しなかった。


騒がしい。


面倒臭い。


金もかかる。


でも。


嫌じゃない。


むしろ心地いい。


「……家族、か」


小さく呟く。

契約社員を切られた日。

人生をリセットしようと思った。


一人だった。


誰もいなかった。


ダンジョンへ潜り。


配信を始め。


ノエルと出会った。


フィーネと出会った。


クロエと出会った。


そして、セリナが加わった。


気が付けば、俺の周りはずいぶん賑やかになっていた。


天使がいて。

エルフがいて。

ダークエルフがいて。

猫人族のメイドがいる。


普通に考えたら意味が分からない。


でも――。


笑い声が聞こえる。

楽しそうな声が聞こえる。

誰かがいてくれる。

帰る場所がある。


それだけで、胸の奥が少し温かかった。


「……悪くないな」


そう呟くと。


ノエルが酔った勢いで抱きついてきた。


クロエが便乗した。

フィーネが困ったように笑った。

セリナも、涙の残る顔で小さく微笑んでいた。


騒がしくて。


少し面倒で。


でも、温かい。


ここが今の俺の居場所だ。


そして。


人生をリセットしたはずの俺は、気付けば以前よりずっと大切なものを手に入れていた。


――家族だった。



第三章、完。

【第三章、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!】


魔皇公討伐編、いかがでしたでしょうか。

3人の魔王の登場。

クライマックスのゼルギウス戦、

そして異世界の勇者パーティと、守護セリナ・フェリスの登場。


そして物語は――第四章へ。


一連の異変は終わり、新しい日常が始まります。


引き続き、応援いただけると嬉しいです!

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