第104話 ありがとうが響く食卓――もう家族みたいなもんじゃない!
保護申請も無事終わり、俺たちはスーパーへ向かうことにした。
「じゃあ買い物行くか」
俺が言うと、セリナがぴしっと背筋を伸ばした。
「承知いたしました」
「ふふん。今日はセリナのお料理が食べられるのね!」
「……楽しみです……」
フィーネも小さく頷く。
クロエは最初からやる気満々だった。
「お腹空かせてきたー!」
◆
スーパーへ入った瞬間だった。
セリナが固まる。
表情はいつも通りだ。
だが尻尾だけが違う。
ぶわっ。
猫が驚いた時みたいに太く膨らんでいた。
「シンゴ様」
「ん?」
「肉の種類が物凄く多いのですが」
「牛、豚、鶏が主だな」
「牛……豚……鶏……」
真面目にメモを取る。
次は野菜売り場。
「黄色のお野菜などはじめて見ました」
さらに魚売り場。
「どうしてこんなに新鮮なのですか?漁村が近いのですか?」
そして調味料コーナー。
「塩だけで……こんなに?」
「たぶん五十種類くらいある」
「五十……」
固まる。
クロエが吹き出した。
「セリナ完全に観光客じゃん♪」
「そのようなことはございません」
即答。
だが尻尾は膨らんだままだ。
ノエルも笑う。
「驚いてる。驚いてる」
「驚いてないです」
「尻尾が正直なのよ」
「……」
尻尾だけがぴたりと止まった。
図星らしい。
◆
買い物を終えて帰宅。
セリナはキッチンへ案内された瞬間、言葉を失った。
「広い……」
システムキッチン。
大型冷蔵庫。
オーブン。
食洗機。
コンロ。
料理人から見れば夢のような設備だ。
「使っていいぞ」
「……本当に?ですか?」
初めて敬語が崩れそうになった。
それだけ嬉しかったのだろう。
「もちろん」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
その尻尾は、さっきより少しだけ機嫌良さそうに揺れていた。
◆
夕方。
俺たちはリビングで待機していた。
キッチンから良い匂いが漂ってくる。
ノエルは三回覗きに行こうとして止められた。
クロエは二回つまみ食いしようとして怒られた。
フィーネは静かに待っていた。
そして――。
「お待たせいたしました」
セリナが料理を運んできた。
前菜。
スープ。
魚料理。
肉料理。
そしてデザート。
完全なコース料理だった。
「すご……」
思わず声が漏れる。
セリナは少し照れながら説明を始めた。
「こちらのスープは本来、クアルという香辛料を使用いたします」
「クアル?」
「酸味を出す香辛料でございます」
「へぇ」
「この世界にはございませんでしたので、お酢で代用しております」
なるほど。
スーパーで色々調味料を確認していたのは、そのためか。
フィーネが興味津々で見つめている。
「……すごいです」
セリナは続けた。
「魚料理は本来、ドラゴン鴨の卵を使うのですが」
「なんか凄そうな名前だな」
「とても美味しいです」
「美味しいんだ……」
◆
そして実食。
一口食べる。
うまい。
普通にうまい。
いや。
かなりうまい。
「え?」
思わず声が出た。
ノエルが目を見開く。
「なにこれ!?」
クロエも叫ぶ。
「レストランじゃん!」
フィーネは黙々と食べていた。
そして。
「……美味しいです」
その一言に。
セリナの耳がぴくりと動いた。
◆
食事は大成功だった。
どの料理も絶品。
全員が満足している。
そんな中。
ノエルが冷蔵庫から一本取り出した。
「今日はこれよ!」
大吟醸『天使』。
セリナが首を傾げる。
「お酒……でしょうか」
「そう!」
ノエルは得意げだった。
「今日は祝いの日よ!」
◆
数十分後。
セリナの顔は少し赤かった。
「……ふわふわします」
「酔ってるな」
「酔っております……」
初めての感覚らしい。
けれど嫌そうではない。
むしろ楽しそうだった。
みんなが笑う。
食べる。
話す。
騒ぐ。
そんな時間が流れていく。
◆
やがて料理の感想大会になった。
「あの肉料理、かなり好きだったな」
俺が言う。
「……デザート、また食べたいです」
フィーネも続く。
「毎日でもいい!」
クロエが元気よく手を上げる。
「大満足よ!」
ノエルは胸を張った。
その瞬間だった。
ぽろり。
セリナの目から涙が落ちた。
全員が固まる。
「えっ!?」
「どうした!?」
セリナは慌てて涙を拭く。
「申し訳ございません……」
首を振る。
「料理を作って……お礼を言われたことがなかったもので……」
部屋が静かになる。
「勇者様のお食事を作るのは当然のことでございました」
セリナは小さく続けた。
「失敗すれば叱責され」
「上手く出来れば、次は更に良い物を求められ」
「ですが……」
少し震える。
「美味しいと言っていただけることは、一度も……」
フィーネが俯いた。
クロエも黙る。
そして。
ばんっ。
ノエルがテーブルを叩いた。
「何それ!」
全員がびくっとする。
「そんなのおかしいじゃない!」
ノエルが立ち上がる。
「作ってもらったら美味しいって言うの!」
「助けてもらったらありがとうって言うの!」
「嬉しかったら嬉しいって言うの!」
そして。
ノエルは叫んだ。
「もう家族みたいなもんじゃない!」
部屋が静まり返る。
ノエルは止まらない。
「フィーネだってそう!」
「クロエだってそう!」
「セリナだってそう!」
そして俺を指差した。
「当然シンゴさんも!」
「助け合って!」
「ご飯食べて!」
「一緒に暮らして!」
「毎日騒いで!」
「もう家族でしょ!」
◆
誰もすぐには言葉を返せなかった。
フィーネは目を伏せる。
両親と離れ離れになったまま。
今どうしているかも分からない。
クロエも笑っていない。
家族の温もりなんて知らない。
セリナは物心ついた時から奴隷として生きてきた。
そして――。
俺も。
両親は早くに亡くなった。
兄弟はいない。
中学高校の友人も、仕事が忙しくなって会わなくなった。
仕事ばかりしていた。
気付けば一人だった。
「……あれ?」
クロエが目を擦る。
フィーネも涙を拭いていた。
セリナは完全に泣いている。
ノエルまで泣いていた。
「なんでみんな泣いてるんだ」
俺が苦笑すると。
ノエルが鼻をすすった。
「だって家族だもの……嬉しいのよ!」
その言葉に。
誰も反論しなかった。
騒がしい。
面倒臭い。
金もかかる。
でも。
嫌じゃない。
むしろ心地いい。
「……家族、か」
小さく呟く。
契約社員を切られた日。
人生をリセットしようと思った。
一人だった。
誰もいなかった。
ダンジョンへ潜り。
配信を始め。
ノエルと出会った。
フィーネと出会った。
クロエと出会った。
そして、セリナが加わった。
気が付けば、俺の周りはずいぶん賑やかになっていた。
天使がいて。
エルフがいて。
ダークエルフがいて。
猫人族のメイドがいる。
普通に考えたら意味が分からない。
でも――。
笑い声が聞こえる。
楽しそうな声が聞こえる。
誰かがいてくれる。
帰る場所がある。
それだけで、胸の奥が少し温かかった。
「……悪くないな」
そう呟くと。
ノエルが酔った勢いで抱きついてきた。
クロエが便乗した。
フィーネが困ったように笑った。
セリナも、涙の残る顔で小さく微笑んでいた。
騒がしくて。
少し面倒で。
でも、温かい。
ここが今の俺の居場所だ。
そして。
人生をリセットしたはずの俺は、気付けば以前よりずっと大切なものを手に入れていた。
――家族だった。
第三章、完。
【第三章、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!】
魔皇公討伐編、いかがでしたでしょうか。
3人の魔王の登場。
クライマックスのゼルギウス戦、
そして異世界の勇者パーティと、守護セリナ・フェリスの登場。
そして物語は――第四章へ。
一連の異変は終わり、新しい日常が始まります。
引き続き、応援いただけると嬉しいです!




